94 / 257
第四章 過去が呪いになる話
第23話 雪光の目的
しおりを挟む丈は眠らせた美梅の体を左腕で支えた後、雪光を真っ直ぐに見据える。
鬼降魔雪光。
五年前に『鬼降魔家当主襲撃事件』を引き起こした当時十八歳の少年。
事件当時、丈は壮太郎と共に地方の仕事に出ていた。
何代も前から当主を守る優秀な術者の家が存在していた事。丈が当時の当主と距離を取っていた事もあり、総一郎が当主になるまで、丈と本家の関わりは偶に仕事の依頼が入るだけの薄さだった。
事件翌日の夜。壮太郎と共に訪れた事件現場の家は、穢れが大量に発生していた。その為、天翔慈家によって処理される事が決定し、足を踏み入れる事も出来なかった。
当主も総一郎も事件については固く口を閉ざした。事件の調査・追及をしてはならないと厳命も出された為、丈も事件について知っている情報は少ない。
咲良子からの情報も、『加護を使うと発動する術がある』『穢れを放つ黒い辰の加護を持つ』という二点のみだった。
雪光が何故事件を引き起こしたのか。彼の生い立ちから推測する事は出来ても、事実はわからない。
「鬼降魔幸恵を呪罰牢から逃したのは、君か?」
丈の問いに、雪光は無邪気な笑みを浮かべた。
「そうだよ。お母さんが呪罰牢にいるって、お兄ちゃんが教えてくれたの。だから、迎えに行ったんだ」
(……誰かが、雪光に情報を渡したという事か?)
幸恵の『呪罰行き』は一族に知れ渡っている事だ。しかし、誰かが故意的に情報を与えない限り、一族から弾き出された存在の雪光が情報を手に入れる事は難しいだろう。
(この五年間、総一郎は鬼降魔雪光の行方を全く掴めていなかった)
丈の加護を使って幸恵の行方を辿れなかった時のように、妨害されていた事も考えられる。それならば、加護を使わずに調査をすればいい。前当主により調査は禁じられていたが、総一郎が全力で探せば見つからない筈は無い。
(雪光を見つけられなかった理由は、『お兄ちゃん』という存在のせいか?)
雪光に脅されて、匿っていたという場合もある。しかし、自分の意思で匿い、雪光を教唆して犯罪を重ねさせているという事も考えられる。
(どちらにしろ、雪光には協力者がいるという事だ。しかも、鬼降魔幸恵の『呪罰行き』の情報を手に入れられる誰かが……)
「ふふふ。牢にいた人達、加護がいなくちゃ何も出来ないんだね。簡単に壊せちゃった」
無邪気に微笑む雪光に、丈は顔を顰める。
呪罰牢を管理していた家の者達は、襲撃してきた雪光と戦う為に加護を使役したのだろう。鬼降魔の人間が戦闘する際には、銀柱と加護を使用する事が多い。
呪術に使う力は、術者の持つ魂、生命力、感情から生まれる。
力は血液と同じように術者の体を巡っており、加護を使役し、呪術を行使する。
加護が攻撃を受けた場合、通常なら加護に回されていた術者の力が消えるだけ。再び必要量の力を注げば、加護を顕現する事は可能だ。
雪光の生み出した術式は、加護を直接的に攻撃するのではなく、間接的に術者に攻撃を与えるようになっていた。
加護との縁を辿って、術者の体内を流れる力の場所を特定し、攻撃する。例えるなら、血管に毒を流し込まれるようなもの。
外部から攻撃されたのなら、結界で防ぐ事が出来ただろう。しかし、内部からの攻撃を受けた術者は、生命力、魂、感情など、力の源であるものを次々と破壊されていく。
術者の身の危険を察知した加護が姿を現さないようにしても、雪光は加護を持った有利な状態で戦う事が出来る為、戦況は不利となる。
「お母さんに酷い事する人は、みんな死んじゃえばいいよ。僕を守ってくれたのに、禁呪を使ったからって、お母さんを連れて行って僕をひとりぼっちにした」
雪光の目が昏い色を帯びる。
「鬼降魔の人、みんな嫌い。僕の家族を奪って嗤った。僕に酷い事をたくさんして、酷い事をたくさん言った。僕もお母さんも、お父さんも美雪も、何も悪い事してないのに。酷い、酷い。嫌い、嫌い」
俯いた雪光の体から薄灰色の邪気が放たれ、周囲に漂う。
「君の目的は何だ?」
丈は険しい表情のまま、雪光へ問う。
五年前に当主を襲撃した事も、鬼降魔一族への復讐だと言われたのなら理解出来る。
しかし、何故、鬼降魔幸恵を呪罰牢から出す必要があるのか。何故、美梅を妹と呼び、丈を父と呼ぶのか。
雪光は顔を上げる。
「僕は家族みんなで、幸せに暮らしたいだけだよ」
霧のように漂っていた邪気の中から、雪光の加護の辰が姿を現す。
辰は、雪光に向かって穢れを持った息を吹きかける。雪光の体を拘束していた糸が、穢れによって灰となって消える。
穢れと邪気が漂う中で、雪光は無邪気な笑みを浮かべた。
「だから、お父さんも、美雪もお母さんも。みんなで一緒に帰ろう」
雪光が両手を広げる。雪光の胸元が光りを放つと共に、宙に巨大な白の術式が浮かび上がった。
周囲の邪気と穢れを吸い込み、術式が禍々しい黒へと変わる。
丈が左腕で支えていた美梅の体がピクリと動く。術で眠らせたばかりだというのに、もう目を覚ましたようだ。美梅がゆっくりと顔を上げる。
「!?」
美梅の顔を見て、丈は驚きで目を見開く。
美梅の肌の上を大量の赤黒い糸がミミズのように這っていた。
目は焦点が合っておらず、意識があるのかもわからない。赤黒い糸が伸びる先にある美梅の額には、雪光が作り出した巨大な術式と同じ術式が浮かんでいる。
(いつの間に仕掛けられていたんだ!?)
丈は美梅と共に行動していた。美梅には結界を張っていた上に、攻撃を受けないように注意を払っていた。
初めて見る術式。
読み解ける部分は、縁に関わるモノという曖昧さ。
美梅の様子から見て、精神に作用する術だとは推測出来る。精神操作系の術の解呪を失敗すれば、美梅の精神を壊してしまう恐れがあった。
丈は、雪光の頭上に浮かぶ巨大な術式を睨みつける。
雪光の描いた巨大な術式を破壊すれば解呪が出来るのか、それとも破壊した時に美梅の精神に影響が出てしまうのか。それがわからない限り、迂闊に破壊する事は出来ない。
「鬼降魔雪光!!」
空気を震わせる絶叫と共に、白銀色の光が宙を舞う。
緋色の袴を翻して大太刀で斬りかかる咲良子に、雪光は目を見開く。
黒い辰が雪光を守るように、尻尾で咲良子の大太刀を受け止めた。辰の鱗に弾かれた大太刀の遠心力を利用し、咲良子は体を捻ると同時に再度斬りかかる。咲良子の大太刀は辰の尻尾を斬り飛ばした。
辰が咲良子に向かって鋭い爪を振り下ろす。咲良子は地面に着地してすぐに右側へ跳躍して、攻撃を躱す。しかし、完全には避けきれなかったのか、辰の爪を掠めた左腕に血が滲んだ。
「やめろ! 咲良子!」
丈の制止の声は、咲良子に届かない。咲良子は、次々と攻撃を繰り出していた。
「首を寄越せ!!」
普段は叫んだりするような激情を見せない咲良子の姿は痛々しく、危うさを感じさせた。
雪光は咲良子を見つめて、呆然とした表情を浮かべる。
「嫌だ。僕は、家族で暮らしたいだけだよ。なんで邪魔するの? 怖い。僕、怖いよ。お母さん。助けて」
雪光の震える声に反応するように、丈の視界の端で何かが動く。
「うぅぅっ!」
幸恵が獣のように唸りながら、体を起こそうとしていた。
幸恵の肌の上には、美梅と同じ大量の赤黒い糸が這っていた。丈の銀柱に刻んでいた拘束術式から生み出された糸で両手足を拘束されている幸恵。幸恵は自分の肌が傷つくのも厭わずに、拘束の糸を引っ掴んだ。
有り得ない力で糸を引きちぎった幸恵は、雪光の元へ一直線に走る。
咲良子は大太刀に力を込めて辰の頭部を右側へ大きく弾き飛ばす。辰の体の隙間から見えた雪光の頭に向かって、咲良子が大太刀を振り下ろそうとした瞬間、幸恵が二人の間に体を滑り込ませた。
咲良子が驚いて息を呑む。
咲良子の太刀筋に迷いが生まれたのを見て、雪光が笑みを浮かべた。
「咲良子!」
辰が首を戻して、咲良子の右側方から勢いよく噛みつこうとする。大太刀で辰の牙を防ごうとした咲良子に向かって、幸恵が簡易攻撃術式で作り出した矢を放つ。
咄嗟に大太刀で矢を弾いた隙をついて、辰の鋭い牙が咲良子の間近に迫った。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
睡眠開発〜ドスケベな身体に変えちゃうぞ☆〜
丸井まー(旧:まー)
BL
本人に気づかれないようにやべぇ薬を盛って、毎晩こっそり受けの身体を開発して、ドスケベな身体にしちゃう変態攻めのお話。
なんかやべぇ変態薬師✕純粋に懐いている学生。
※くぴお・橘咲帆様に捧げます!やり過ぎました!ごめんなさい!反省してます!でも後悔はしてません!めちゃくちゃ楽しかったです!!
※喉イキ、おもらし、浣腸プレイ、睡眠姦、イラマチオ等があります。苦手な方はご注意ください。
※ムーンライトノベルズさんでも公開しております。
色地獄 〜会津藩士の美少年が男娼に身を落として〜 18禁 BL時代小説
丸井マロ
BL
十四歳の仙千代は、会津藩の大目付の次男で、衆道(男色)の契りを結んだ恋人がいた。
父は派閥争いに巻き込まれて切腹、家は没落し、貧しい暮らしの中で母は病死。
遺児となった仙千代は、江戸芳町の陰間茶屋『川上屋』に売られてしまう。
そこは、美形の少年たちが痛みに耐えながら体を売り、逃げれば凄惨な折檻が待ち受ける苦界だった──。
快楽責め、乳首責め、吊るし、山芋責め、水責めなど、ハードな虐待やSMまがいの痛い描写あり。
失禁、尿舐めの描写はありますが、大スカはありません。
江戸時代の男娼版遊郭を舞台にした、成人向けBL時代小説、約10万字の長編です。
上級武士の子として生まれ育った受けが転落、性奴隷に落ちぶれる話ですが、ハッピーエンドです。
某所で掲載していたものを、加筆修正した改訂版です。
感想など反応をいただけると励みになり、モチベ維持になります。
よろしくお願いします。
ユリとウサギとガンスミス〜火力不足と追放された【機工術師】ですが、対物ライフルを手に入れてからは魔王すら撃ち抜く最強の狙撃手になりました〜
nagamiyuuichi
ファンタジー
「……単刀直入に言おう。クレール、君にはギルドをやめてもらう」
過去の遺物を修理し扱うことが出来るだけの不遇職【機工術師】のクレールは、ある日魔物にダメージを与えられなくなってきている事を理由に、冒険者パーティー【クロノス】を追放されてしまう。
すっかり自信をなくし、打ちひしがれてしまったクレールだったが、ある日ウサギ耳の少女トンディに拾われ、彼女の父親探しの手伝いをすることに。
初めは──役立たずの私でも、人探しの手伝いぐらいはできるかな?
程度の気持ちで始めた第二の冒険者生活であったが。
道中手に入れた強力な遺物【対物ライフル】を手に入れてから、魔王すら撃ち抜く最強の狙撃手へと変貌。
やがてトンディと共に、最強の冒険者としてその名前を世界に轟かせていくことになる。
これは、自信を無くした機工術師が友達と少しずつ自信を取り戻していく、そんなお話である。
サファヴィア秘話 ―月下の虜囚―
文月 沙織
BL
祖国を出た軍人ダリクは、異国の地サファヴィアで娼館の用心棒として働くことになった。だが、そこにはなんとかつての上官で貴族のサイラスが囚われていた。彼とは因縁があり、ダリクが国を出る理由をつくった相手だ。
性奴隷にされることになったかつての上官が、目のまえでいたぶられる様子を、ダリクは復讐の想いをこめて見つめる。
誇りたかき軍人貴族は、異国の娼館で男娼に堕ちていくーー。
かなり過激な性描写があります。十八歳以下の方はご遠慮ください。
公開凌辱される話まとめ
たみしげ
BL
BLすけべ小説です。
・性奴隷を飼う街
元敵兵を性奴隷として飼っている街の話です。
・玩具でアナルを焦らされる話
猫じゃらし型の玩具を開発済アナルに挿れられて啼かされる話です。
権田剛専用肉便器ファイル
かば
BL
権田剛のノンケ狩りの話
人物紹介
権田剛(30)
ゴリラ顔でごっつい身体付き。高校から大学卒業まで柔道をやっていた。得意技、寝技、絞め技……。仕事は闇の仕事をしている、893にも繋がりがあり、男も女も拉致監禁を請け負っている。
趣味は、売り専ボーイをレイプしては楽しんでいたが、ある日ノンケの武田晃に欲望を抑えきれずレイプしたのがきっかけでノンケを調教するのに快感になってから、ノンケ狩りをするようになった。
ある日、モデルの垣田篤史をレイプしたことがきっかけでモデル事務所の社長、山本秀樹を肉便器にし、所属モデル達に手をつけていく……売り専ボーイ育成モデル事務所の話に続く
武田晃
高校2年生、高校競泳界の期待の星だったが……権田に肉便器にされてから成績が落ちていった……、尻タブに権田剛専用肉便器1号と入墨を入れられた。
速水勇人
高校2年生、高校サッカーで活躍しており、プロチームからもスカウトがいくつかきている。
肉便器2号
池田悟(25)
プロの入墨師で権田の依頼で肉便器にさせられた少年達の尻タブに権田剛専用肉便器◯号と入墨をいれた、権田剛のプレイ仲間。
権田に依頼して池田悟が手に入れたかった幼馴染、萩原浩一を肉便器にする。権田はその弟、萩原人志を肉便器にした。
萩原人志
高校2年生、フェギアかいのプリンスで有名なイケメン、甘いマスクで女性ファンが多い。
肉便器3号
萩原浩一(25)
池田悟の幼馴染で弟と一緒に池田悟専用肉便器1号とされた。
垣田篤史
高校2年生
速水勇人の幼馴染で、読者モデルで人気のモデル、権田の脅しに怯えて、権田に差し出された…。肉便器4号
黒澤竜也
垣田篤史と同じモデル事務所に所属、篤史と飲みに行ったところに権田に感づかれて調教される……。肉便器ではなく、客をとる商品とされた。商品No.1
山本秀樹(25)
篤史、竜也のモデル事務所の社長兼モデル。
権田と池田の毒牙にかかり、池田悟の肉便器2号となる。
香川恋
高校2年生
香川愛の双子の兄、女好きで弟と女の子を引っ掛けては弟とやりまくっていた、根からの女好きだが、権田はの一方的なアナル責で開花される……。商品No.2
香川愛
高校2年生
双子の兄同様、権田はの一方的なアナル責で開花される……。商品No.3
佐々木勇斗
高校2年生
権田によって商品に調教された直後に客をとる優秀商品No.4
橘悠生
高校2年生
権田によってアナルを開発されて初貫通をオークションで売られた商品No.5
モデル達の調教話は「売り専ボーイ育成モデル事務所」をぜひ読んでみてください。
基本、鬼畜でエロオンリーです。
無理矢理異世界転生! 調子にのったら人類の敵になっていた
量産型774
ファンタジー
適当に人生してたら、
神様?にクビ宣告されて、無理矢理異世界転生させられた。
チートポイント?とか言うのを貰えたらから調子にのって使ってみたんだけど、
まさかあんな事になるなんて・・・
ステータス最強でも苦労は沢山あるみたいです。
爽快感よりかはどろどろとした、
いつまでも喉に引っかかる何かを炭酸で割った感じの内容だと思います。
R15相当でなんとか押し留めているハズです。
残酷描写あります。
序盤は救いが”ほぼ”ないダークな内容となっております。ご注意くださいませ。
R指定の無い閑話集を独立させました。5/15
R-18は別の話として作成してあります。
万が一閲覧希望の場合は作者のページよりどうぞ!
翠帳紅閨 ――闇から来る者――
文月 沙織
BL
有名な役者一家に生まれそだった竹弥は、美しいが、その春、胸に憂いを秘めていた。事情があって大学を休学し、古い屋敷で一人暮らしをはじめた。
そこには蔵があり、蔵の整理にやとわれた杉屋という男に、竹弥は手酷い凌辱を受ける。
危険な魅力を持つ杉屋から逃れられず、竹弥は夜毎、調教され、翻弄される。
誇りたかい梨園の貴公子が、使用人の手によって嬲られ、秘めていた欲望に火をつけられる、というお話です。
激しい性描写があります。ご注意ください。
現在では好ましくな表現も出てきます。苦手な方はご遠慮ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる