呪いの一族と一般人

呪ぱんの作者

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第三章 呪いを暴く話

第39話 賭けの結果

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「やあ、こんばんわ。ヘタレ当主」

 日和ひよりじょうを送り届ける為に鬼降魔きごうまの本家を訪れた壮太郎そうたろうは、自室で書き物をしていた総一郎そういちろうに声を掛ける。

 一拍置いて顔を上げた総一郎は、胡散臭い笑みを浮かべた。

「おや、結人間ゆいひとま家の天才と自称する御人が、私に何の御用でしょうか?」

「”自称”じゃないよ。自他共に認める天才だ。何なら、僕と戦ってみる?」
 壮太郎は挑発の笑みを浮かべる。総一郎は壮太郎を睨みつけた後、深い溜め息を吐き出した。

「やめておきます。私には、まだやらなければならない事がありますから」
 壮太郎と戦ったとしても、総一郎は一瞬で倒されてしまう。実力差をきちんと理解しているようだ。

「それで? 私を嫌うあなたが、何故ここに?」

「ああ、今回の村の件で話があったんだ。明日、結人間ゆいひとま家と天翔慈てんしょうじ家から鬼降魔にも報告は入ると思うけど、君の元で止めておいてくれない? チビノスケやピヨ子ちゃんだけではなく、丈君にも。『穢れは祓われ、村人達の精神的なケアが行われた』って説明しておいて」

「……あなた、何をしたんですか?」
 総一郎が顔をしかめる。

「別に? 僕は誰も傷つけてはいないよ。村の人達に真実を教えてあげただけさ」

 丈に頼んで、ねずみに持たせた記録用カメラの呪具。
 集会場に行った際に、壮太郎はカメラの映像がリアルタイムで映し出されるスクリーンの呪具を設置して、ステージで上映した。

 スクリーンの映像は、壮太郎と月人つきひとを対象に記録していた呪具の物。
 壮太郎の思惑通り、木木塚ききづか富持とみじは己の悪行を得意気に語ってくれた。 

 真実を知った村人達がどういう行動に出ようが、壮太郎の知った事ではない。

(あの絵理って人は、僕が誘導したけどね)
 絵理は見当違いにも、憎しみの矛先を日和へ向けていた。それを本来向けるべき相手へと誘導した。絵理が放つ邪気が日和を襲う事は無いだろう。

「あなたの行いを丈が知ったらどう思うのでしょうね?」
 いつもの報復のつもりなのか、総一郎は脅すような意地の悪い笑みを浮かべる。

「僕の本質は、丈君が一番理解してくれているよ。そして、丈君が僕を嫌いになる事は無いという事は、僕が一番理解している。怒る事はあるけどね。というか……君、思い違いをしていない?」

 壮太郎は、総一郎を冷たい目で見下ろした。

「僕が真実を伏せろと言ったのは、優しい丈君の心をつまらない事で傷つけたくないからだ。君みたいに、自分を綺麗な存在だと偽る為じゃない。勘違いして調子に乗る様なお粗末な物なら、その役立たずな耳と舌を切り落とすよ?」

 壮太郎の本気を察したのか、総一郎は口を噤む。
 小動物を虐めているような気分になり、壮太郎は冷めた気持ちになる。

「そういうことだから、よろしくね。あ、ピヨ子ちゃんは今回頑張ったんだから、お給料は弾んでおくんだよ。あと、僕の姪っ子の機嫌も損ねないようにね」

 ヒラリと手を振って、壮太郎は総一郎の部屋を後にした。

 庭に面する廊下を歩く壮太郎は、ズボンのポケットから記録用カメラの呪具であるピアスを取り出した。
 そのピアスには、洞窟内で日和に起こった事が記録されている。

 病院の待合室で記録内容を見た壮太郎は、久しぶりに心底驚愕した。

 天翔慈てんしょうじ晴信はるのぶの妻、天翔慈てんしょうじつづり
 晴信の手記にも彼女の名前はよく登場し、彼女の存在は三家でも知られている。

 壮太郎も、天翔慈綴の事は祖父から何度も聞いた。
 天翔慈晴信を語るならば、天翔慈綴についても語らなければならない。二人を語る祖父の顔は幸福そうであり、同時に切なさを感じさせるものだった。
 
(まさかピヨ子ちゃんが、天翔慈綴の生まれ変わりとはね……)
 もし、天翔慈家がこの事実を知れば、日和を引き込むだろう。
 晴信の力と存在は、死して尚、天翔慈家へ多大なる影響を与えている。
 日和に綴としての記憶がなかったとしても、その魂は天翔慈家にとって魅力的で手に入れたいものだ。
 
 壮太郎がこの呪具を天翔慈家へ渡せば、日和の運命は大きく変わる。
 天翔慈家は、壮太郎の貢献を評価するだろう。
 鬼降魔の人間がこの事実を知れば、恩恵を得る為に天翔慈家に日和を差し出す。総一郎も「日和さんの為」と綺麗事を言って彼女の意思を操るだろう。

『日和ちゃんを頼むよ。彼女を”天翔慈晴信の縁者”としてではなく、”日和ちゃん”として生きさせてあげて』

 晴信の言葉は、壮太郎に向けられたものだった。
 彼はねずみが持っている呪具を通して、壮太郎が映像を見る事を知っていたのだろう。
 そして、壮太郎が取る行動すら、晴信はわかっている。壮太郎を信じて、この映像を残したのだ。

 壮太郎は笑みを浮かべた。

(大丈夫だよ。僕は、権力とか興味ないし。誰かを犠牲にしなくても、僕はあなたと同じように、自分の実力で生きていけるから)

 壮太郎はピアスを握り潰す。
 パキンと軽い音がして、呪具は壊れた。白銀色の粒子になった呪具が風に攫われて、掌から零れ落ちる。

 夜空に舞う白銀の光を見つめて壮太郎は微笑み、その場を後にした。


***

 
 日和が目を覚ますと、見覚えのある天井が広がっていた。

「え!? ここって」
 飛び起きた日和は周りを見回す。以前も泊まった事がある鬼降魔の屋敷の離れだった。

「い、いつの間に……」 
 体を動かそうとして、日和は顔を歪める。全身に筋肉痛のような痛みがあった。

 日和の声が聞こえたのか、屋敷で働く女中じょちゅうが声を掛けて、襖を開けた。
  女中の話によると、昨夜遅くに丈と壮太郎が日和を鬼降魔の屋敷に連れ帰った。壮太郎が日和を抱えて運んでくれたらしい。着替えは女中がしてくれた様だ。

 日和は顔を真っ赤にした。

(待って!! 私、今の体重やばい!! 絶対重いって思われてる!!)
 最近、少し出てきたお腹。ご褒美お菓子だの何だのと油断して食べ過ぎていた過去の自分。新たな黒歴史が誕生した事に、日和は叫び出したくなった。

 日和は心の中で散々泣きながら、女中に促されて入浴した。
 入浴して体もサッパリ綺麗になると、少しだけ気持ちが浮上する。髪を乾かし、女中が洗濯してくれていた自分の服に着替えて脱衣所の外へと出る。

(そうだ。もう壮太郎さんに会う事も無いし! 黒歴史は永遠に封印出来る筈!!) 
 前向きに考えて歩き出そうとした日和の肩を、誰かがポンと叩く。

「おはよう。ピヨ子ちゃん。目が覚めたんだね」
「みぃぃぎゃーーーーーーーーーーああああっっ!!!!!」

 日和は屋敷中に響き渡る程に絶叫した。
 突然発狂した日和を壮太郎と丈がポカンとした顔で見ている。慌てて駆け寄ってくる女中達の足音が聞こえた。

 日和の黒歴史が再び生み出された瞬間だった。

 
 母屋の一室で日和が遅い朝食をとっている間に、座卓の向かい側に座った壮太郎と丈が昨夜からの事を話してくれた。

 碧真あおしと月人は暫く入院する事になった。
 村の事は結人間家と天翔慈家が対処して、穢れも無事に祓われ、村の人達のケアも行われているらしい。

「だから、ピヨ子ちゃんの今回のお仕事は、これでおしまい」

 仕事が完了した事に、日和は安堵の息を吐く。

(これでやっと、呪いの仕事から手が引けるんだ。あー、ご飯がおいしい。生きていてよかった……)
 ご飯の味に感動しながら、日和は生きている実感を噛み締めた。

 食事を終えた日和は、満面の笑みで丈に話を切り出す。
 
「丈さん。総一郎さんに退職の話をしたいのですが。なるべく早めに!」
 丈は困ったように眉を下げる。

「あはは。ピヨ子ちゃん。ダメだよ。僕との約束、覚えてる?」
「え? 約束……」
 日和は壮太郎との賭けを思い出す。

「碧真君が私をいらないと言ったら、辞められるんでしょ? 碧真君なら、絶対に”いらない”って言います。だから……」
 壮太郎は笑みを浮かべたまま、自分の携帯を取り出して座卓の上に置いた。

『ねえ、チビノスケ。ピヨ子ちゃんが仕事を辞めたいって言ってたんだけどさ、辞めていいかな?』
 壮太郎の携帯から音声が流れる。どうやら、録音した物のようだ。

『はあ? 何で俺に聞くんですか? そういうのは、総一郎に言ってくださいよ。どうせ、辞めさせないでしょうけどね』

『僕とピヨ子ちゃんが賭けをしたんだ。チビノスケがピヨ子ちゃんをいらないって言うのなら、仕事を辞められるように僕が手伝おうと思ってさ。僕からヘタレ当主に圧力を掛ければ、ピヨ子ちゃんは円満に仕事を辞められるし』

『……』

『どう? チビノスケ。ピヨ子ちゃんが必要か、必要じゃないか。チビノスケ次第だよ?』
 壮太郎が揶揄からかう口調で問うと、碧真の舌打ちが聞こえた。

『……あいつがいたら迷惑です。今までも散々、迷惑かけられてますから』

 日和は歓喜の笑みを浮かべる。碧真の毒舌も、今は円満退職の為の応援にしか聞こえない。

(ああ、よかった! これで解放ね!!)

『それなのに、あっさり辞められるのはムカつきます』

(ん?)
 不穏な言葉に、日和はピタリと固まる。

『つまり?』
『辞めさせません。迷惑をかけられた分、き使ってやります。退職は、その後ですね』

 壮太郎は携帯の音声を止めて、ニコリと笑った。

「というわけでー。ピヨ子ちゃんは僕との約束通り、あと半年は鬼降魔家で働く事になりました! これからも、お仕事頑張ってね♪」

「あ、な……」
 楽しげな壮太郎とは対照的に、日和は青い顔で固まる。

 昔から悪かった日和の仕事運は、今も神に見放された状態らしい。

「何でーーーーーーーっ!?」

 日和は再び絶叫する。

 求める平凡平和な日常が、更に遠く離れていくのを感じた。
   
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