呪いの一族と一般人

呪ぱんの作者

文字の大きさ
上 下
61 / 276
第三章 呪いを暴く話

第31話 価値なんて知るか!

しおりを挟む

 
 暗い洞窟の中を狛犬達に導かれて日和ひよりは走る。
 地面を這う謎の虫達に鳥肌が立つ。蝙蝠こうもりらしきものが、日和の頭上をかすめて行った。

(待って、待って! 怖い!!)
 狛犬達は、どんどん進んで行く。眼鏡の無い視界不良の中で置いていかれたら、完全に遭難状態に逆戻りだ。

『もうすぐ着くぞ』
『火薬と血の匂いがする』
 狛犬達が日和を振り返り、声を掛けてくる。
 ふと、狛犬の一匹が急に進路を変えた。

『日和。これを持って行こう』
 進路を変えた狛犬が示したのは、古びたシャベルだった。

『いいね。これで、富持とみじの頭を思い切り殴っちゃえ!』
 狛犬の言葉に、日和はギョッとする。

(いや、それ死んじゃうよね? え? 狛犬さん? 可愛い顔で何を仰っているのかな?)

『ほら、早く拾うんだ』
『武器は必要だよ!』
 狛犬達に促されて、日和はシャベルを拾う。ズシリとした重みを持つシャベルは、確かに武器になるだろう。
 狛犬達が走り出したので、日和もシャベルを手に持ったまま再び走り出した。

(どうして、こんな事になっているの!? 呪いとか、儀式とか、生贄とか邪神とか!! 武器とか!! 私の平凡平和な人生は本当に何処に行ったの!?)
 日和は歯を食いしばり、半泣きになりながら走った。

 暫くして、人の怒声が聞こえた。

 前を走る狛犬達が強烈な光を放つ。
 後に続いていた日和は、走ったままの勢いで光の中に飛び込んだ。日和の足が何かに躓き、体が宙へと投げ出される。

「のわああああ!!」
 間抜けな叫び声を上げて、日和は地面に転がった。

(私、どんだけ転がるの!?)
 日和は自分自身にツッコミを入れながら、シャベルの先端を地面に突き刺す。シャベルを支えにして、日和は上体を起こした。

「……日和?」
 名前を呼ばれて振り返った日和は、驚きで目を見開く。

碧真あおし君?」
 そこには、地面に膝を着いた状態の碧真がいた。無事に合流出来た事に安堵の息を吐いた後、日和は眉を寄せる。
 日和は膝で這うように近づいて、碧真の顔に両手を添える。近視で見えない為、顔を近づけて確認する。碧真は額から血を流し、右頬は大きく腫れていた。

「え!? 大丈夫なの!? 止血! てか、病院!!」
 碧真の怪我に、日和は慌てる。上着のポケットに入れていたハンカチを取り出して、碧真の額に垂れている血を拭った。碧真を見れば、顔以外にも右足や右腕も血で赤く染まっていた。

 いつもなら憎まれ口を発する筈なのに、碧真は戸惑うように日和を見つめる。普段とは違う碧真の反応に、日和は不安な気持ちになった。

(頭を殴られて、脳に異常が起きているのかも……)

「助けを呼ばないと! あ! 月人つきひとさんは!?」
 日和は周囲を見る。ぼんやりとしか見えない視界で、動くものを見つけた。

「日和さん。生きていたんですね」
 聞きたくなかった声に、日和はビクリと肩を揺らす。 

「富持さん……」
 表情は見えないが、富持の声から嬉しそうな様子が感じられた。富持に踏みつけられている月人から呻き声が上がる。

「待っていてください。先に、いらない連中を片付けます。その後に一緒に此処から出ましょう」
 富持のねっとりとした優しい声に、日和はゾッとする。

「富持さん。月人さんから足を下ろしてください」
「おや? どうしてですか?」
 富持は首を傾げて笑う。愉快そうな様子に、日和の不快感が上がった。

「この村の人間は全員、生きている価値も無い人間です。傷つこうが、死んでしまおうが、あなたが気にする事は無いですよ」

 日和は訝しげな表情で富持を見る。

「まるで、村の人達が嫌いな様に聞こえますけど……。富持さん。私達に村を案内してくれた時、この村の事を嬉しそうに話していましたよね?」

「ええ。ここは良い所ですよ。屑な人間を踏みつけて、思うように蹂躪じゅうりん出来る。俺と兄上には、あいつらの命を好き勝手に出来る権利がある。助けを求めて苦しむ顔は、最高にそそりますよ!! この村は、俺たち兄弟にとって、最高の娯楽場所なんです!」
 
「兄弟?」
 富持に兄弟がいるのは知らなかった。この事件に村長以外の人間も関わっているのだとしたら厄介だ。

「はい。ああ、今は父親ですがね。今の父は、前世で俺の兄上だったのですよ」

(前世……って、この人も生まれ変わってるの!?)
 日和は頭を抱えたくなった。他にも呪術を使える人間がいないのは幸いだが、事情が厄介そうだ。

「俺たち兄弟は、今は三回目の人生を生きています。一度目の人生で、俺達は村人達に金目の物を奪われて山に捨てられ、熊に喰い殺されて死にました。二度目の人生は、村人達に復讐する為に旅の呪術師達と共に、村の守り神となっていた熊を邪神化させました。そして、三度目の人生の今、村人達は俺たち兄弟の奴隷です」
 
「……復讐ですか」
 日和の呟きに、富持は頷く。

「はい。悪い奴等は報いを受ける。当然の事だと思いませんか? それとも、あなたは復讐は悪だとでも言いますか?」 
 富持の問いに、日和は首を横に振る。

「私は『復讐は絶対にしてはいけない』なんて思いません。私だって、大切な人が傷つけられたのなら、そいつをブン殴りますし、精神的に追い詰めてやると思います」
 
 ”復讐をしても何もならない”という綺麗な言葉を聞いた事がある。
 けれど、酷い目に遭わされたのに黙っていられる訳が無い。自分を、自分の大切な人を傷つけて笑う奴達は許せない。
 復讐を正当化する訳でもない。ただ、やられたらやり返す。復讐の連鎖など知らない。

「わかってくれますか! 俺たちが正義であることを!!」
 富持が興奮気味に嬉しそうな声を上げる。

「いえ、わかりません。あなた達が正義だとは思いません」
 日和は首を横に振って否定した。

「私は『正義』という言葉が大嫌いです。一方の意見を『正義』と決めつけて、違う意見を『悪』と見なす。『正義』という綺麗な言葉で飾って正当化して、『悪』とされた誰かの思いを踏み躙るのは暴力と一緒です」
 
 正義という言葉に、幼い頃は憧れていた。
 しかし、大人になるにつれて、疑問に思うようになった。
 誰にでも大切にしている思いがある。それを『違う』からと否定して踏み躙って『同じになれ』と強制するのは、『正しい』事なのか? そもそも『正しい』とは、一体何なのだろうか。
 
「前世で殺されたから、子孫である村の人達を苦しめようとする気持ちもわかりません。そもそも復讐する相手が違う。親と子供は別の人間です。親が犯罪を犯したからって、子供に罪は無いでしょう? それに、誰かの命を好き勝手する権利なんて誰にも無い!」

 日和が立ち上がって富持を睨みつける。富持は笑いながら月人を踏みつけた。

「生きる価値の無い人間の命を踏み躙る事の何がいけないんですか? 例えば、こいつは『月人』としての役割も果たせず、村で仕事を与えても失敗ばかり。目障りで苛々する存在です。誰の役にも立たないのに、生きている価値がありますか? いらないでしょう?」

 月人から嗚咽が聞こえる。富持に体を踏みつけられたせいか、それとも言葉で心を踏み躙られたせいか。どちらにしろ、日和は怒りを感じた。

「生きる価値? そんなもん知るか!!」
 
 日和は吠えた。

「そりゃ、誰かの役に立てる生き方は素敵だと思うけどね! 生きているだけで、どうしてダメなの!? 生物の目的は『生存』でしょ!? そうやって、命を否定するのが『価値』というものなら、そんなものいらない!! 命という土台を否定する後付けの付属品の方がいらないわよ!!」

 富持にではなく、過去の自分に向けた言葉だった。

 生きる事を投げ出したかった過去の自分。
 辛さを感じる原因は、他の人が作り上げた『立派な人間でないと生きる価値は無い』という偏った価値観に自分を合わせようとしていたからだ。
 立派な人間を目指して、無理して自分を蔑ろにして、心を殺して。それに一体、何の意味があるのだろう。立派な人間に擬態したとして、そこに終わりはない。死ぬまで苦しんで生きる事になる。

 この世界にあるもの全て、生きていてこそ、感じるもの。
 生きる事こそ目的。その目的を見失わせてしまうものは、日和にとって必要の無いものだ。
 
 日和はシャベルを構えて、切っ先を富持へ向けた。
 睨み付ける日和を、富持はわらう。

「そのシャベルで、私を倒すつもりですか? こちらには銃があるんですよ? 抵抗するだけ無駄です。あなたの体は出来れば傷つけたくないですし。さあ、それを置いて。こちらへ来てください」

(確かに、銃で撃たれたら終わりだ……。それに、碧真君も怪我している。月人さんも、よく見えないけど怪我をしているだろうし)

 絶望的な状況だった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王妃だって有休が欲しい!~夫の浮気が発覚したので休暇申請させていただきます~

ぽんぽこ@書籍発売中!!
恋愛
【書籍発売記念!】 1/7の書籍化デビューを記念いたしまして、新作を投稿いたします。 全9話 完結まで一挙公開! 「――そう、夫は浮気をしていたのね」 マーガレットは夫に長年尽くし、国を発展させてきた真の功労者だった。 その報いがまさかの“夫の浮気疑惑”ですって!?貞淑な王妃として我慢を重ねてきた彼女も、今回ばかりはブチ切れた。 ――愛されたかったけど、無理なら距離を置きましょう。 「わたくし、実家に帰らせていただきます」 何事かと驚く夫を尻目に、マーガレットは侍女のエメルダだけを連れて王城を出た。 だが目指すは実家ではなく、温泉地で有名な田舎町だった。 慰安旅行を楽しむマーガレットたちだったが、彼女らに忍び寄る影が現れて――。 1/6中に完結まで公開予定です。 小説家になろう様でも投稿済み。 表紙はノーコピーライトガール様より

石女を理由に離縁されましたが、実家に出戻って幸せになりました

お好み焼き
恋愛
ゼネラル侯爵家に嫁いで三年、私は子が出来ないことを理由に冷遇されていて、とうとう離縁されてしまいました。なのにその後、ゼネラル家に嫁として戻って来いと手紙と書類が届きました。息子は種無しだったと、だから石女として私に叩き付けた離縁状は無効だと。 その他にも色々ありましたが、今となっては心は落ち着いています。私には優しい弟がいて、頼れるお祖父様がいて、可愛い妹もいるのですから。

え?そちらが有責ですよね?

碧桜 汐香
恋愛
婚約者に浮気をされているはずなのに、声の大きい婚約者たちが真実の愛だともてはやされ、罵倒される日々を送る公爵令嬢。 卒業パーティーで全てを明らかにしてやります!

ミスリルの剣

りっち
ファンタジー
ミスリル製の武器。それは多くの冒険者の憧れだった。 決して折れない強度。全てを切り裂く切れ味。 一流の冒険者にのみ手にする事を許される、最高級の武器。 そう、ミスリルの剣さえあれば、このクソみたいな毎日から抜け出せるはずだ。 なんの才能にも恵まれなかった俺だって、ミスリルの剣さえあれば変われるはずだ。 ミスリルの剣を手にして、冒険者として名を馳せてみせる。 俺は絶対に諦めない。いつの日かミスリルの剣をこの手に握り締めるまで。 ※ノベルアップ+様でも同タイトルを公開しております。  アルファポリス様には無い前書き、後書き機能を使って、ちょくちょく補足などが入っています。  https://novelup.plus/story/653563055

覚悟は良いですか、お父様? ―虐げられた娘はお家乗っ取りを企んだ婿の父とその愛人の娘である異母妹をまとめて追い出す―

Erin
恋愛
【完結済・全3話】伯爵令嬢のカメリアは母が死んだ直後に、父が屋敷に連れ込んだ愛人とその子に虐げられていた。その挙句、カメリアが十六歳の成人後に継ぐ予定の伯爵家から追い出し、伯爵家の血を一滴も引かない異母妹に継がせると言い出す。後を継がないカメリアには嗜虐趣味のある男に嫁がられることになった。絶対に父たちの言いなりになりたくないカメリアは家を出て復讐することにした。7/6に最終話投稿予定。

【完結済み】妹に婚約者を奪われたので実家の事は全て任せます。あぁ、崩壊しても一切責任は取りませんからね?

早乙女らいか
恋愛
当主であり伯爵令嬢のカチュアはいつも妹のネメスにいじめられていた。 物も、立場も、そして婚約者も……全てネメスに奪われてしまう。 度重なる災難に心が崩壊したカチュアは、妹のネメアに言い放つ。 「実家の事はすべて任せます。ただし、責任は一切取りません」 そして彼女は自らの命を絶とうとする。もう生きる気力もない。 全てを終わらせようと覚悟を決めた時、カチュアに優しくしてくれた王子が現れて……

とあるおっさんのVRMMO活動記

椎名ほわほわ
ファンタジー
VRMMORPGが普及した世界。 念のため申し上げますが戦闘も生産もあります。 戦闘は生々しい表現も含みます。 のんびりする時もあるし、えぐい戦闘もあります。 また一話一話が3000文字ぐらいの日記帳ぐらいの分量であり 一人の冒険者の一日の活動記録を覗く、ぐらいの感覚が お好みではない場合は読まれないほうがよろしいと思われます。 また、このお話の舞台となっているVRMMOはクリアする事や 無双する事が目的ではなく、冒険し生きていくもう1つの人生が テーマとなっているVRMMOですので、極端に戦闘続きという 事もございません。 また、転生物やデスゲームなどに変化することもございませんので、そのようなお話がお好みの方は読まれないほうが良いと思われます。

異世界道中ゆめうつつ! 転生したら虚弱令嬢でした。チート能力なしでたのしい健康スローライフ!

マーニー
ファンタジー
※ほのぼの日常系です 病弱で閉鎖的な生活を送る、伯爵令嬢の美少女ニコル(10歳)。対して、亡くなった両親が残した借金地獄から抜け出すため、忙殺状態の限界社会人サラ(22歳)。 ある日、同日同時刻に、体力の限界で息を引き取った2人だったが、なんとサラはニコルの体に転生していたのだった。 「こういうときって、神様のチート能力とかあるんじゃないのぉ?涙」 異世界転生お約束の神様登場も特別スキルもなく、ただただ、不健康でひ弱な美少女に転生してしまったサラ。 「せっかく忙殺の日々から解放されたんだから…楽しむしかない。ぜっっったいにスローライフを満喫する!」 ―――異世界と健康への不安が募りつつ 憧れのスローライフ実現のためまずは健康体になることを決意したが、果たしてどうなるのか? 魔法に魔物、お貴族様。 夢と現実の狭間のような日々の中で、 転生者サラが自身の夢を叶えるために 新ニコルとして我が道をつきすすむ! 『目指せ健康体!美味しいご飯と楽しい仲間たちと夢のスローライフを叶えていくお話』 ※はじめは健康生活。そのうちお料理したり、旅に出たりもします。日常ほのぼの系です。 ※非現実色強めな内容です。 ※溺愛親バカと、あたおか要素があるのでご注意です。

処理中です...