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第三章 呪いを暴く話

第26話 人間に祈る守り神

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「それから八十年後。私達は前世の記憶を持ったまま、再び兄弟として生まれました」


 村人に対する憎しみを燃やした二人は、旅の呪術師達に出会う。
 旅の呪術師は若い二人組の男で、同じ呪術師から術を学んだ兄弟弟子だと言う。呪術師達に前世の恨みを話すと、村人達への復讐に協力すると約束してくれた。

 因縁のある村を訪れると、自分達兄弟を喰い殺した熊が神として崇められていた。村人達も幸せそうに笑っている。自分を殺したモノ達が幸せでいる事に、身が焦がれる程の悔しさと妬ましさを感じた。

「神に穢れを与えましょう」
 呪術師の一人が、自分の荷から札の張られた黒い壺を取り出した。

「二十人分の生娘を生贄にして作った呪具ですよ」
 禍々しい気を放つ壺の中身を呪術師は説明する。

「血は呪具になります。特に負の感情を持った女の血は強力です。この中には、恐怖や恨みを抱いたまま死んだ娘達の血が入っています」
 壺をゆっくりと撫でて、呪術師は妖艶に笑う。

「この血を守り神の御神体に浴びせれば、神は穢れ、災厄を撒き散らす邪神に変わるでしょう」
 
 その晩、村の守り神の元に出向いた呪術師の一人が、足を負傷して帰ってきた。失敗したのかと慌てると、呪術師は笑みを浮かべながら「邪神化が成功した」と告げた。


「呪術師達の手によって人喰い熊は本性を現し、村人達を次々と喰らって行きました。実に愉快でしたよ。私達を殺した村人達の子孫が、訳もわからずに殺されていく様は」

 村人達の血と嘆きが、兄弟の心を潤した。
 しかし、そこで思いも寄らぬ邪魔者が現れた。

「あの天翔慈てんしょうじ晴信はるのぶという男が」

「はい、ストーップ。悪いけど、あなたから晴信の話は聞きたく無い」
 木木塚ききづかの語りを壮太郎そうたろうが制する。

「人の話は、誰が語るかによって見えてくるものが全然違う。人は誰だって、自分の正当性を主張したいからね。僕は僕が聞きたい人の話を聞くよ。あなたが主張したい頭のおかしな正当性なんて聞くだけ無駄。あなたの恨みや復讐なんて、僕は微塵も興味も無いし。どうせなら、その呪術師達の方が興味深いかな」

「今の月人つきひと君の魂が欠けているというのも、その呪術師が原因か?」
 壮太郎に興味が無いと吐き捨てられた事に怒りを感じていた木木塚は、丈の問いに笑みを浮かべた。

「はい。前世で呪術師達に教えてもらった術を使って、二代目の『月人』を殺した際に魂の欠片を奪いました」

 木木塚は当時を思い出して愉快そうに笑った。


***


 洞窟の前で、待宵月まつよいづき之玉姫のたまひめは立ち往生していた。

 洞窟内に月人がいる事は感じるが、穢れがある為、入る事が出来ない。

(穢れに触れば、また前のようになる)
 穢れを浴びた時の事を思い出し、待宵月之玉姫は震える。侵食されていく思考、ただ目の前の命を喰らった過去。

『月人!』
 待宵月之玉姫は洞窟の中へ向かって叫ぶ。
 洞窟内には、複数の人間の気配がする。反響した発砲音が耳に届き、待宵月之玉姫は青ざめた。

(また、また失ってしまうの?)

 この場所は、二代目の『月人』が殺された場所だ。

 二代目『月人』が命を落とした日。月人と待宵月之玉姫は二人で山道を歩いていた。
 その日は、二人がした『約束』を果たそうとした日だった。
 
 二人で話をしている所に、当時まだ十歳の少年だった木木塚が現れた。
 それは、待宵月之玉姫が月人から目を離した一瞬の出来事だった。
 木木塚が隠し持っていた包丁で月人を刺した。
 腹を押さえてうずくまる月人に、追い討ちをかけるように何度も包丁を突き刺す木木塚。月人の体が真っ赤に染まった。

『何をするの!?』
 月人に近づこうとした待宵月之玉姫の前に、木木塚は手にしているモノを掲げて見せた。

「これ、なんだかわかるか?」

『あぁ……』
 待宵月之玉姫は目を見開いて震えた声を出す。
 
 美しい光を放つ小さな結晶。
 月人の魂の欠片だ。

『どうして……』
 ただの人の子が、魂の欠片を手にしているのか。疑問が浮かぶが、奪われたものを取り返さなければならない。待宵月之玉姫は、木木塚に向かって手を伸ばす。
 しかし、待宵月之玉姫の指先は、月人の魂の欠片に触れる事が出来なかった。

 禍々しい穢れが、月人の魂の欠片を包んでいた。更に、月人の体まで穢れが覆っていく。

「どうした? また穢れて邪神になるのが怖いか? 人喰い熊」
 嘲笑う木木塚を、待宵月之玉姫は驚愕の目で見る。

『どうして……』
 憎悪の目が、待宵月之玉姫を射抜くように睨みつけていた。

『もしかして、あなた……』

「ああ、そうさ。熊だった頃のお前に、喰い殺された男だよ」
 待宵月之玉姫が青ざめると、木木塚は嬉しそうに笑った。

「これから存分に苦しめてやる。お前も『月人』も、村人達全員な。お前達の命で、俺達に償え」

 木木塚は、笑いながら月人に包丁を突き刺す。月人の体が痙攣し、心臓が止まる。
 待宵月之玉姫は近づく事も出来ず、ただ愛しい人が死ぬのを見ていた。


 魂が欠けた為か、三代目の『月人』が生まれるまで二十三年も掛かった。

 ようやく生まれた三代目の月人は、『月人』ではなかった。
 『神隠シ』の術に関する事を忘れ、待宵月之玉姫と想い合った事も忘れていた。
 想い合った日々を忘れられたのは苦しかったが、また出会えた事が嬉しかった。

 ただ、待宵月之玉姫の存在は、月人を苦しめる事になった。
 二十年前の儀式の失敗。儀式の最中で、月人は眠らされた。

 儀式の日に出される料理には、木木塚の血が含まれている。
 微量なので、完全に意思を奪う事は出来ないが、僅かに思考を操作する事は出来る。
 木木塚は、四十年前から長い月日を掛けて、村人の思考を少しずつ狂わせていた。

 生贄を捧げる事に疑問を思わないのも、絵理とその家族に村の男達が非道な行いをするのも、木木塚が村人達の恐怖を煽り、正常な思考を奪っているからだ。
 
 全ての始まりは、待宵月之玉姫が人を喰い殺した事が原因だ。
 待宵月之玉姫がいなければ、村人達は、月人は苦しめられる事は無かった。

 待宵月之玉姫は守り神ではなく、疫病神でしかない。

(お願い。お願いだから、助けて)

 待宵月之玉姫は、穢れに意識を蝕まれた自分を助け出してくれた夫婦を思い出す。

(あの人の魂が巡り、この村に来た事は偶然じゃない。お願い。月人を、村の皆を救って)

 神が人間に祈るなど滑稽だと思いながらも、待宵月之玉姫は祈る事しか出来なかった。

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