53 / 257
第三章 呪いを暴く話
第23話 洞窟の中へ
しおりを挟むさて、お腹も満たして、少し休憩もして、バッチリな午後です。
月人さんは、初めてのカップラーメンの美味しさに感動していました。その様子は、とても可愛らしかったです。
ああ、平和だなー。
「……という事で、ここで終わりにして良くないですか? 行きたくないです。帰りたいです。もう次から次へとキャパオーバーです」
日和は、壮太郎が作った『癒しニヤッと猫ちゃん』と同じ様な死んだ目をする。
「仕事だろ。行くぞ鈍間」
碧真は容赦無く日和の腕を掴んで歩き出す。
(ドナドナ・アゲイン……)
「じゃあ、チビノスケ、ピヨ子ちゃん、月人君。死なない様に頑張ってねー」
壮太郎が手を振り、三人を送り出す。
「うわー。私、『死なない様に頑張れ』って送り出されたの初めてー」
日和はアハハと力なく笑った。虚ろな目の日和を見て、月人はシュンと落ち込んだ顔になる。
「すみません。僕がお願いしたばっかりに……」
「月人さんは何も悪くないですよ! てか、これは私が決めた事なんですよね」
慌てて否定した後、日和は溜め息を吐く。
「確かに、仕事内容は私が決めた事じゃないけど。私が自分の住む家と仕事の為に行くって決めましたし。こんなに危ないものだとは思わなかったけど。結局、今の状況は自分が決めた結果なんですよね。畜生って気持ちでいっぱいだけど。私に出来る最善を選んだ結果なので、ただ目の前の事をやり切るしかない。……だから、行きます」
自分で選んだ道なら、責任を取れるのも自分しかいないと日和は覚悟を決めた。
机の上に残してきた漫画本達を思い出し、日和は拳を握る。
(最新刊を一年も待ったんだ!! 帰ったら続きを読む! 絶対に死ねない!!)
「日和さんは凄いですね……」
月人は俯く。
「僕は、弱くて……。丈さんと壮太郎さんがいなければ、何も見ない振りをしていました。人に助けてもらってばかりで、何も出来ない。僕は、最低な人間です」
「何が悪いんですか?」
「え?」
戸惑いで瞳を揺らす月人を、日和は真っ直ぐに見つめる。
「人間、助け合って文明を築いて生きてきた生物でしょう? 何の為に、自分とは違う力を持った人がいると思うんですか?」
(……まあ、私も「助けて」って言えない人間だったからなー)
過去を思い出して、日和は苦笑する。
迷惑を掛けないようにと、一人で頑張っていた時期があった。強がって「大丈夫」と口にして、全然大丈夫じゃないのに体を壊して。大切な人達に心配をかけた。『何で頼ってくれないの?』と大切な人達に泣かれた時に、ハッとした。
もし、大切な人が苦しんでいる時に頼ってもらえなかったら、支えになれない自分が悔しくて凄く辛い気持ちになる。
「誰にも助けられないで生きるのなんて無理です。助けられてばかりが嫌なら、自分が出来る事で誰かを助ければいい。それに、助け合って生きる世界の方が、私は好きです」
日和が笑って言うと、月人は目を丸くしていた。
(ん? あれ? これって相当恥ずかしい事を言ってる!?)
「と、とにかく、そういうわけで! 無事に生きて帰る為にも頑張りましょう!」
日和は恥ずかしさを誤魔化すように、早口で会話を終わらせた。
山道を登って辿り着いた洞窟。
ひんやりとした冷たい空気が洞窟の中から流れて来て、肌を撫でていく。不気味な雰囲気が漂うせいか、体にゾクリと悪寒が走った。
『入っちゃダメだ』
『危ないよ』
頭の中で、警告が響く。
「あれが、結界の術式……」
日和は目の前にある洞窟の上部を見上げる。
手を伸ばせば届く位置にある洞窟の上部には、簡素な魔法陣の様な黒の術式が描かれていた。洞窟の入口には、灰色の薄い膜がかかっている。
「あの術式、血が使われているな」
「「血!?」」
日和と月人は悲鳴に近い声を上げて驚く。
「血は強い呪具だと、丈さんが説明していただろう。ただ、こんな程度の低い術式に血を使わなければならないのなら、呪術の知識が少しあるだけで、力は無いだろうな」
碧真は平然とした様子で結界に手を伸ばす。碧真の指先が触れた途端に結界がひび割れ、粉々に砕けて消えていった。
「行くぞ」
碧真が先導して、日和、月人の順で洞窟を進んで行く。
外の光が届かない場所まで来た時、碧真がビーズブレスレットを上着のポケットから取り出す。丸い輪っかに細い紐で一粒ずつ分けてビーズ玉が括り付けられているブレスレットから、碧真は一粒だけ千切り取って地面に落とした。
地面に触れた瞬間、ビーズ玉が発光して周囲を照らす。
「わぁ……」
明るくなった洞窟内を見回して、日和は感嘆の声を上げた。
碧真が持っているビーズブレスレットは、壮太郎の作り出した照明系の呪具だ。
約一時間、ある程度の範囲を照らせるものだという。
(この明るさなら、調べやすいよね)
心配なのは、ビーズ玉の個数に限りがある事や洞窟の広さがどの程度なのかわからない事だ。
念の為、壮太郎が持って来ていた小型ペンライト二つと月人の家にあった懐中電灯も持って来ている。無事に洞窟から出るまでは、明かりが持ってくれると信じたい。
洞窟の内部は、岩や石や木の枝が転がっていて足場が悪かった。
碧真は障害物を器用に避けて進んで行く。日和と月人はかなりの頻度で何かに躓きながら必死で歩いた。光が届いていない場所に来ると、碧真がビーズ玉を使って辺りを照らした。
「穢れが……」
少し離れた場所を見つめながら、月人が体を震わせる。
(穢れ……。もしかして、ここの雰囲気が少し悪いと感じるのは、穢れのせいなのかな?)
「月人さん。大丈夫ですか?」
日和は月人の隣に立ち、顔を覗き込む。少し顔色が悪く見えた。
「碧真君。穢れを祓える?」
日和の問いに、先を歩いていた碧真は呆れた顔をして振り返る。
「祓えるわけないだろう。そんな事が出来るのは、天翔慈家くらいだ」
「え? でも、前に榎本さんに御祓いのお酒を飲ませてたし……」
「あれは”邪気”を祓う酒だ。それに、あの酒は鬼降魔家が天翔慈家から買い取っているものだ。俺が作った物じゃない」
「邪気と穢れって、同じものじゃないの?」
どちらも嫌なものだという事はわかるが、そもそも、どういうものなのかわからない。
「俺達三家の間で言う『邪気』は、生きている人間が放つ”他人を害そうとする負の感情”を指す。誰かを呪いたいという感情もそれに当たる。『穢れ』は、”負の感情を抱いた死”から生まれるものだ。怨念や祟りに近いな」
碧真は面倒臭そうな顔をしながらも説明をしてくれた。
「邪気も穢れも人間を害するものだが、レベルが違う。邪気は、相手に不幸な出来事を呼び寄せる。穢れは、相手の思考や精神を歪め、命や魂を削る」
カツンと、やけに大きな音が響く。
自分達とは違う足音が混じっている事に気づいて、三人は立ち止まる。
カツン、カツン、コツン。連続した足音が響き、誰かがこちらに近づいてくる。
日和が後ろを振り返ろうとしたその時、洞窟内に発砲音が響き渡った。
大きな音に日和が驚いていると、隣にいた月人の体が傾いて行くのが見えた。
「月人さん!!」
月人の袴にジワリと血が滲む。左足を撃たれたようだ。
「う……」
月人が呻きながら立ち上がった。
生きている事にホッと息をつきたい所だが、現れた人物を前に、それは叶わない。
「迎えに行くと言っていたのに、こんな所にいるとは。随分と探しましたよ」
頭にライトをつけ、猟銃を手にした富持が立っていた。富持は笑いながら、日和に向かって手を伸ばす。
「さあ、行きましょう。日和さん。御馳走もたくさん用意していますから」
キラリと煌めく物が、富持を目掛けて飛んで行った。富持が咄嗟に身を翻して避けると、背後の地面から勢いよく火柱が上がる。
「な、なんだ!?」
富持が間近に上がった炎に驚いている間に、碧真が日和の背中を洞窟の奥へと押した。
「走れ!」
碧真の言葉に一瞬迷ったが、日和は洞窟の奥へと走り出した。
ジーンズのポケットに入れていたペンライトを取り出す。
走っているせいで、ペンライトの明かりが左右に揺れて足元がよく見えない。
背後から発砲音が聞こえ、日和は驚いて立ち止まる。
(碧真君! 月人さん!)
コツンと石が転がる音と足音が聞こえた。
日和に近づいてくる足音は一つ。日和は警戒しながら足音の方を睨みつける。
ゆったりと余裕のある足音と高い位置にある明かり。
「日和さん。さあ、楽しい夜を過ごしましょう」
顔に血をつけた富持が、残忍な笑みを浮かべて日和を追い詰める。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
睡眠開発〜ドスケベな身体に変えちゃうぞ☆〜
丸井まー(旧:まー)
BL
本人に気づかれないようにやべぇ薬を盛って、毎晩こっそり受けの身体を開発して、ドスケベな身体にしちゃう変態攻めのお話。
なんかやべぇ変態薬師✕純粋に懐いている学生。
※くぴお・橘咲帆様に捧げます!やり過ぎました!ごめんなさい!反省してます!でも後悔はしてません!めちゃくちゃ楽しかったです!!
※喉イキ、おもらし、浣腸プレイ、睡眠姦、イラマチオ等があります。苦手な方はご注意ください。
※ムーンライトノベルズさんでも公開しております。
色地獄 〜会津藩士の美少年が男娼に身を落として〜 18禁 BL時代小説
丸井マロ
BL
十四歳の仙千代は、会津藩の大目付の次男で、衆道(男色)の契りを結んだ恋人がいた。
父は派閥争いに巻き込まれて切腹、家は没落し、貧しい暮らしの中で母は病死。
遺児となった仙千代は、江戸芳町の陰間茶屋『川上屋』に売られてしまう。
そこは、美形の少年たちが痛みに耐えながら体を売り、逃げれば凄惨な折檻が待ち受ける苦界だった──。
快楽責め、乳首責め、吊るし、山芋責め、水責めなど、ハードな虐待やSMまがいの痛い描写あり。
失禁、尿舐めの描写はありますが、大スカはありません。
江戸時代の男娼版遊郭を舞台にした、成人向けBL時代小説、約10万字の長編です。
上級武士の子として生まれ育った受けが転落、性奴隷に落ちぶれる話ですが、ハッピーエンドです。
某所で掲載していたものを、加筆修正した改訂版です。
感想など反応をいただけると励みになり、モチベ維持になります。
よろしくお願いします。
ユリとウサギとガンスミス〜火力不足と追放された【機工術師】ですが、対物ライフルを手に入れてからは魔王すら撃ち抜く最強の狙撃手になりました〜
nagamiyuuichi
ファンタジー
「……単刀直入に言おう。クレール、君にはギルドをやめてもらう」
過去の遺物を修理し扱うことが出来るだけの不遇職【機工術師】のクレールは、ある日魔物にダメージを与えられなくなってきている事を理由に、冒険者パーティー【クロノス】を追放されてしまう。
すっかり自信をなくし、打ちひしがれてしまったクレールだったが、ある日ウサギ耳の少女トンディに拾われ、彼女の父親探しの手伝いをすることに。
初めは──役立たずの私でも、人探しの手伝いぐらいはできるかな?
程度の気持ちで始めた第二の冒険者生活であったが。
道中手に入れた強力な遺物【対物ライフル】を手に入れてから、魔王すら撃ち抜く最強の狙撃手へと変貌。
やがてトンディと共に、最強の冒険者としてその名前を世界に轟かせていくことになる。
これは、自信を無くした機工術師が友達と少しずつ自信を取り戻していく、そんなお話である。
サファヴィア秘話 ―月下の虜囚―
文月 沙織
BL
祖国を出た軍人ダリクは、異国の地サファヴィアで娼館の用心棒として働くことになった。だが、そこにはなんとかつての上官で貴族のサイラスが囚われていた。彼とは因縁があり、ダリクが国を出る理由をつくった相手だ。
性奴隷にされることになったかつての上官が、目のまえでいたぶられる様子を、ダリクは復讐の想いをこめて見つめる。
誇りたかき軍人貴族は、異国の娼館で男娼に堕ちていくーー。
かなり過激な性描写があります。十八歳以下の方はご遠慮ください。
公開凌辱される話まとめ
たみしげ
BL
BLすけべ小説です。
・性奴隷を飼う街
元敵兵を性奴隷として飼っている街の話です。
・玩具でアナルを焦らされる話
猫じゃらし型の玩具を開発済アナルに挿れられて啼かされる話です。
権田剛専用肉便器ファイル
かば
BL
権田剛のノンケ狩りの話
人物紹介
権田剛(30)
ゴリラ顔でごっつい身体付き。高校から大学卒業まで柔道をやっていた。得意技、寝技、絞め技……。仕事は闇の仕事をしている、893にも繋がりがあり、男も女も拉致監禁を請け負っている。
趣味は、売り専ボーイをレイプしては楽しんでいたが、ある日ノンケの武田晃に欲望を抑えきれずレイプしたのがきっかけでノンケを調教するのに快感になってから、ノンケ狩りをするようになった。
ある日、モデルの垣田篤史をレイプしたことがきっかけでモデル事務所の社長、山本秀樹を肉便器にし、所属モデル達に手をつけていく……売り専ボーイ育成モデル事務所の話に続く
武田晃
高校2年生、高校競泳界の期待の星だったが……権田に肉便器にされてから成績が落ちていった……、尻タブに権田剛専用肉便器1号と入墨を入れられた。
速水勇人
高校2年生、高校サッカーで活躍しており、プロチームからもスカウトがいくつかきている。
肉便器2号
池田悟(25)
プロの入墨師で権田の依頼で肉便器にさせられた少年達の尻タブに権田剛専用肉便器◯号と入墨をいれた、権田剛のプレイ仲間。
権田に依頼して池田悟が手に入れたかった幼馴染、萩原浩一を肉便器にする。権田はその弟、萩原人志を肉便器にした。
萩原人志
高校2年生、フェギアかいのプリンスで有名なイケメン、甘いマスクで女性ファンが多い。
肉便器3号
萩原浩一(25)
池田悟の幼馴染で弟と一緒に池田悟専用肉便器1号とされた。
垣田篤史
高校2年生
速水勇人の幼馴染で、読者モデルで人気のモデル、権田の脅しに怯えて、権田に差し出された…。肉便器4号
黒澤竜也
垣田篤史と同じモデル事務所に所属、篤史と飲みに行ったところに権田に感づかれて調教される……。肉便器ではなく、客をとる商品とされた。商品No.1
山本秀樹(25)
篤史、竜也のモデル事務所の社長兼モデル。
権田と池田の毒牙にかかり、池田悟の肉便器2号となる。
香川恋
高校2年生
香川愛の双子の兄、女好きで弟と女の子を引っ掛けては弟とやりまくっていた、根からの女好きだが、権田はの一方的なアナル責で開花される……。商品No.2
香川愛
高校2年生
双子の兄同様、権田はの一方的なアナル責で開花される……。商品No.3
佐々木勇斗
高校2年生
権田によって商品に調教された直後に客をとる優秀商品No.4
橘悠生
高校2年生
権田によってアナルを開発されて初貫通をオークションで売られた商品No.5
モデル達の調教話は「売り専ボーイ育成モデル事務所」をぜひ読んでみてください。
基本、鬼畜でエロオンリーです。
無理矢理異世界転生! 調子にのったら人類の敵になっていた
量産型774
ファンタジー
適当に人生してたら、
神様?にクビ宣告されて、無理矢理異世界転生させられた。
チートポイント?とか言うのを貰えたらから調子にのって使ってみたんだけど、
まさかあんな事になるなんて・・・
ステータス最強でも苦労は沢山あるみたいです。
爽快感よりかはどろどろとした、
いつまでも喉に引っかかる何かを炭酸で割った感じの内容だと思います。
R15相当でなんとか押し留めているハズです。
残酷描写あります。
序盤は救いが”ほぼ”ないダークな内容となっております。ご注意くださいませ。
R指定の無い閑話集を独立させました。5/15
R-18は別の話として作成してあります。
万が一閲覧希望の場合は作者のページよりどうぞ!
翠帳紅閨 ――闇から来る者――
文月 沙織
BL
有名な役者一家に生まれそだった竹弥は、美しいが、その春、胸に憂いを秘めていた。事情があって大学を休学し、古い屋敷で一人暮らしをはじめた。
そこには蔵があり、蔵の整理にやとわれた杉屋という男に、竹弥は手酷い凌辱を受ける。
危険な魅力を持つ杉屋から逃れられず、竹弥は夜毎、調教され、翻弄される。
誇りたかい梨園の貴公子が、使用人の手によって嬲られ、秘めていた欲望に火をつけられる、というお話です。
激しい性描写があります。ご注意ください。
現在では好ましくな表現も出てきます。苦手な方はご遠慮ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる