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第三章 呪いを暴く話

第22話 知らない事ばかり

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「そ、そんな……村長が……」
 月人つきひとは体をカタカタと震わせて青ざめる。

「だって、待宵まつよいは何も……」
 数年前に月人が邪神化の原因について尋ねた時も、待宵月まつよいづき之玉姫のたまひめは『私のせいだから』と自分自身を責めるだけだった。その悲しげな表情に、月人はそれ以上何も聞けなかった。

「待宵月之玉姫は、村で起きている事を全てを知っていた。しかし、君には話せなかったのだろう」
「……ど、どういう事ですか?」
 じょうの言葉の意味がわからず、月人は戸惑いながら問う。

「村長さんは君を使って、待宵月之玉姫を脅しているんだと思うよ」 
「え?」
 壮太郎そうたろうは月人の右手を指差す。

「君に刻まれた『月人』の証である『神隠シ』の術式は、肉体ではなく、魂に刻んでいるものだ。その術が欠けているという事は、君の魂が欠けている状態である事を表す。おそらく、二代目の『月人』が死亡した際、魂の欠片を奪われたんだろうね。『月人』の記憶が欠落しているのも、儀式が失敗したのも、それが原因かな」

 ”魂の欠片”など初めて聞いた言葉に、月人は戸惑う。

「村長さんは待宵月之玉姫を脅して、村で起こす悪事を黙認させた。自分は村の英雄となり、殺人を続けた。その目的は……」
 月人は固唾を呑んで、壮太郎の言葉を待つ。緊迫した空気が漂う中、壮太郎はカラリと笑った。

「わかんないや」
「「えっ?」」
 月人と日和ひよりが、揃って間の抜けた声を上げる。

「僕は天才だけど、探偵じゃないからわからないよ。流石に、本人に聞いてみないとねー」
 カラカラと笑う壮太郎に、丈が溜め息を吐く。

「これ以上の被害を防ぐ為にも、月人君の魂の欠片を取り戻さなければならない。怪しい場所の目星は付いている」

 丈は壮太郎からペンと紙を受け取り、簡略的な村の地図を書いていく。

「まずは、村長の家。俺の加護が調べた所、中庭に建てられている蔵の床に隠し扉があった。そこに、村の外に張られていた結界と同じ術式が描かれていた。もう一つは、村の外れにある洞窟。村長の息子が一人で出入りしていたんだが、洞窟の入口にも同じ結界の術式があった」

「結界を張るなんて、”ここに隠したいモノがあるよ”って言っている様なものなのに。何の役に立たない弱い結界を張るなんて、浅はかだよね。まあ、周りに呪術を使える人間がいない故のお粗末さなんだろうけど」

「結界を破ると術者に気づかれる。結界の内部は調べていないから、どちらに月人君の魂の欠片があるのかはわからないが」
「洞窟の方じゃない?」 
 丈の言葉に、壮太郎があっさりと答える。

「二代目『月人』の最後の記憶は、山奥の洞窟って言ってたし。それに、僕ならより危険な物の方を自分の近くに隠すなー」
「き、危険な物って?」
 日和が若干引きつつ問う。壮太郎はニコリと笑った。

「多分、それが村長さんが村の人達を殺して得ようとしたものだと思うんだ」

 月人と日和は顔を青くする。
 人を殺して何をしようとしたのか。その目的の為に、どれだけ多くの村人の命を犠牲にしてきたというのか。

「これから、どうするんですか? まあ、手分けして調べるしかないんでしょうが」
 碧真あおしが不機嫌そうに言う。

「え? 別れるんですか? あ、危ないのでは……」
 月人はオロオロする。危険な場所に向かうのなら、人数が多い方が安全な筈だ。

「ひとかたまりになって動く方が危険なんだ。さて、ピヨ子ちゃん。何ででしょう?」
 壮太郎が日和に謎かけをする。日和は少し思案した後、何かに気付いた様な表情で口を開く。

「結界があるからですよね。結界を壊したら、術者が気付く。もし、村長さんと富持さんが協力しているのなら、どちらか片方を叩いたとしても、もう片方が動く。その間に、何かされる可能性がある……って事でしょうか?」

 日和は話している内に自信がなくなったのか、語尾が小さくなっていった。
 壮太郎は、「正解!」と満足そうに笑う。

「結界自体は大した事は無いけど、壊した事を術者に察知されるのが面倒なんだよね。だから、手分けして調べるしかないってわけ」

「俺と壮太郎が、村長の自宅へ向かう。碧真は日和さんと月人君を連れて洞窟へ向かってくれ」
 丈の言葉に、碧真が顔をしかめる。

「俺に足手まとい二人のお守りをしろって言うんですか? パワーバランスがおかしすぎません? せめて、馬鹿女はそっちで引き取ってくださいよ」

(じ、自分の奥さんに対してバカって……)
 月人は驚く。案の定、馬鹿呼ばわりされた日和は怒った。

「馬鹿女って! 酷すぎない!?」
「今までの自分の行動を省みろよ。馬鹿女と呼ばれても、おかしく無い筈だが?」
「省みろとか、碧真君には言われたくないんですけど!? 碧真君こそ、今までの私への暴言を省みてよ!」
「省みた結果、適切な対応をしていたとわかった」
「何処が!? てか、省みる時間一秒も無かったよね!?」

 どうやら、夫婦仲は良くなさそうだ。

「二人共、今は夫婦なんだから仲良くしなよー。それに、チビノスケはピヨ子ちゃんを連れて行った方がいい」
「……は? 何故です?」
 碧真が訝しげな顔で問う。

「僕の勘!」
 壮太郎は胸を張って、自信満々に言い放った。碧真は理解出来ないと言いたげな表情をする。

「僕の勘は当たるんだよ?」 
 壮太郎は不敵に笑った。

 納得出来ないものの、碧真は仕方がないと渋々了承したようだ。

 丈は居間に置かれた時計を見る。
 時刻は午後二時を指していた。

「祭りが始まる前までには、解決出来る様にしよう。それでは……」
「ストーップ」
 立ち上がろうとした丈の手首を、壮太郎が掴んで止める。

「その前に、ご飯にしない? 僕もうお腹ペコペコで力が出なーい」
 そういえば、昼時を過ぎていたと気付く。皆、何も食べていないのだろう。壮太郎が隣の部屋に置いている黒い大きな鞄を指差した。

「僕の鞄の中に、カップラーメンが何個か入ってるからさ。丈君。ごめんけど、僕の鞄を取ってきて。月人君、お湯頂戴。たっぷり沸かしてね」

(カップラーメン? お湯?)
 月人は不思議に思いながらも、言われた通りに台所でお湯を沸かした。

 月人がお湯の入った大きなヤカンを持っていくと、卓袱台ちゃぶだいの上に何かが並べられていた。月人は首を傾げる。

「これは何ですか?」
「何って、カップラーメンだよ。月人君は、どれが好き? あ、カレー味は一つは僕ので、きつねうどんは丈君のだから。あと残っているのは、カレー、醤油、シーフード味のラーメンかな。どれがいい? 早い者勝ちだよー。あ、お湯貰うね」

 壮太郎は月人が持っていたヤカンを受け取った。
 並べられたカップラーメンをマジマジと見つめていると、碧真がシーフード味を取った。

「月人さんは、どれがいいですか? 先に決めてください」
 どれがいいかわからず、月人は壮太郎と同じカレー味を手に取る。日和は残っていた醤油味を取った。

(これって、どうしたらいいのかな?)
 月人は隣にいる日和の行動を横目で見ながら、同じように包みと紙の蓋を外した。

「あれ? 蓋、全部剥がしちゃったんですか?」
 日和が不思議そうな顔をする。どうやら、間違った行動だったらしい。

「あ、す、すみません。僕、こういうの知らなくて」
 月人は慌てて謝る。無知な事を不快に感じたのではないかと思うと、怖くて顔を上げられなかった。

「は? 知らない?」
 碧真が訝しげな声を上げる。月人はビクリと肩を揺らした。

「カップラーメン、食べた事ないの?」
 壮太郎は不思議そうに尋ねてくる。月人は頷いた。

 見た事も聞いた事もない物だった。食べ物だろうという事はわかるが、乾燥した黄色の塊が茶色の粉に塗れている様にしか見えない。

「マジかよ。どんだけ閉鎖的な村なんだよ」
 心底呆れたような碧真の言葉に、月人は萎縮した。

「じゃあ、今日は初カップラーメン記念日だね!」
 楽しげな壮太郎の言葉に驚いて、月人は顔を上げる。壮太郎は優しい笑みを浮かべていた。

「知らない事や新しい事に出会えるのは、それがどんなに小さな事であれ、素敵な事だよ。それを楽しめたら、もっと素敵だ」

 月人は目を見開く。

(僕は今まで、”楽しむ事”を考えた事があっただろうか?)

「月人さん。お湯を入れますから、台の上に置いて下さい」
 月人が手に持っていたカップラーメンを卓袱台の上に置くと、日和がお湯を注いでくれた。壮太郎が蓋と変な物を置く。

「こ、これは?」
 カップラーメンの蓋の上に置かれた物を見て、月人は戸惑う。
 死んだ魚のような目をした小さな猫の人形が、偉そうに寝そべってこちらを見上げていた。

『三分待つニャー。待てない奴は、一生モテない呪いをかけてやるニャー』
 突然低い声で喋り出した猫の人形に、月人と日和は目を白黒させる。

「僕が作ったヌードルストッパー、『癒しニヤッと猫ちゃん』だよ。可愛いでしょ?」
 壮太郎は笑顔でそう言うと、自分や他の三人のカップラーメンの蓋の上に同じ猫の人形を置いた。

『『『『『呪ってやるニャーァアアァア』』』』』
 五匹の『癒しニヤッと猫ちゃん』が共鳴して叫び、卓袱台が振動でガタガタと揺れる。軽い恐怖を感じるような非日常的な光景だった。

「本当、知らない事ばかりですね……。村の外だと、これは可愛い物なんだ」

 感心する月人に、壮太郎以外の三人は「違う」と声を揃えて否定した。

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