呪いの一族と一般人

呪ぱんの作者

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第三章 呪いを暴く話

第21話 首謀者

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「今から、『神隠シ』に隠された呪いを暴く話をしよう」 

 じょうは落ち着いた声で言葉を紡ぎ、壮太郎そうたろうへ視線を向ける。

「壮太郎。晴信はるのぶ様の術について、わかった事を教えてくれ」
 壮太郎は手に持っている紙の束から一枚の紙を取り出して、卓袱台ちゃぶだいの上に置く。紙の上には繊細で美しい三日月型の術式が描かれ、その周囲に術についての考察が書かれていた。

「欠落している部分もあるから、全てわかったわけじゃ無いけど。とりあえず、わかった所だけ話すね」
 そう前置きをして、壮太郎は話し出す。

「最初、僕と丈君は『神隠シ』の術について、邪神化した待宵月まつよいづき之玉姫のたまひめを別世界に隔離して浄化する『村人を守る為の術』だと思っていた。けど、月人つきひと君の話や術の分析してみてわかった。この術の本質は、『神を守る為の術』だったんだ」 

「神様を守る?」 
 日和ひよりの呟く様な問いに、壮太郎が優しい顔で頷く。

「穢れを引き起こす悪意ある人間から、待宵月之玉姫を守る為の術だよ。晴信も言ってたでしょ? ”待宵月之玉姫の邪神化には、人為的な思惑が関与している”って。一九〇七年に起こった待宵月之玉姫の邪神化は、人の手によって引き起こされた物だった。晴信は、それに気づいたんだね」

 人間が神の存在を歪めた。それによって、多数の死者が出る災いがもたらされた。

「邪神化で大きく力を消費すれば、神も弱まる。待宵月之玉姫が消滅したり、また誰かに利用されないように、違う世界で浄化する事を選んだ。晴信は、待宵月之玉姫が神本来の力を取り戻した時に、こちら側へ戻ってこられるようにしたんだ」

 一九〇七年に待宵月之玉姫を邪神化させた首謀者は不明だ。
 しかし、百年以上前の出来事なので、首謀者も既に亡くなっている筈。

 では、今も村で起きている殺人は、一体誰が引き起こしているものなのか。

「神の行いだとうそぶいて、自らを絶対的な存在にして生贄を差し出させる。四十年前から村の人達を操っていた人物」

 壮太郎の言葉に、月人の顔色が見る見る内に悪くなる。己が信じていたものが音を立てて崩れていく恐怖と絶望が、月人の心や思考を飲み込んで行く。

「首謀者は、村長の木木塚ききづかさんだろうね」
 

*** 

 
 待宵月之玉姫は村の中を歩く。
 何人かの村人とすれ違ったが、誰も待宵月之玉姫に気づかない。

 もう慣れた事だった。

 最初は、声が届かなくなった。
 次第に、見つけてもらえなくなった。
 年月が経つ内に、村人達の中から己の存在が消えていくのを感じた。

 あれだけ近かったのに。いつの間にか、人は神から遠くなってしまった。

「うぅっ」
 待宵月之玉姫の耳に、すすり泣く声が届く。顔を向ければ、木陰でうずくまって泣いている女性がいた。

『絵理』
 待宵月之玉姫は寄り添うように隣に座り、泣いている絵理に声を掛ける。
 待宵月之玉姫の声は届かず、絵理は泣き続けている。涙の理由を、待宵月之玉姫は知っていた。

『ごめんね。ごめんなさい』
 絵理の悲しみを知っていても、待宵月之玉姫は慰めるすべも資格も持っていない。

「こんな所で何をしている?」
 冷たい声が聞こえ、絵理が弾かれた様に顔を上げた。

 木木塚を見た絵理は、怯えて顔を青くした。
 うまく言葉を紡げずに口をパクパクさせる絵理を見て、木木塚は嘲笑する。

「誰かと思えば、裏切り者の女じゃないか。こんな所で何をしているんだ?」
 絵理は恐怖から後ずさろうとする。上手く動かない絵理の足を、木木塚は容赦無く踏みつけた。絵理が声を押し殺した様な悲鳴を上げる。

「何をそんなに怯えている? 俺は三十年前に、お前が起こした災いを防いだ。言わば、お前の恩人だろう? お前が生贄の役目から逃げたせいで、一体、何人の村人が死んだんだろうなぁ?」
 
 うまく息が出来ないのか、絵理の喉が詰まる様な音がした。待宵月之玉姫は慌てて絵理の喉に手を当てる。力を注ぎ、呼吸が出来るようにした。

「双子の娘は逃げないようにしろよ。なあに、娘が死んだとしても、また産めばいい。今までだって、そうして来ただろう?」
 残酷な言葉を放ちながら、木木塚は下卑げびた笑みを浮かべる。

「いつも通り、今夜の儀式で村の男達を全員相手にすれば、子供なんてすぐ出来る。俺も最初の時のように相手をしてやる。楽しみにしていろ」

 木木塚は愉快そうに笑いながら、絵理の前から去る。

 待宵月之玉姫は、木木塚の後を追った。
 絵理から離れた場所で、木木塚に声を掛ける。

『もうやめて。もう十分でしょう?』
 待宵月之玉姫の言葉に、木木塚は振り返る。

「まだだ。まだ足りない」
 木木塚の顔には、悪意と憎悪が浮かんでいた。木木塚の視線は、真っ直ぐに待宵月之玉姫を捉えている。

「それに、お前が言う資格は無い。そもそもは、お前が原因だろう? ただの人喰い熊が」
 嘲るように、木木塚は言葉を紡ぐ。

「なあ、お前が神としてまつられていると知った俺達の気持ちがわかるか? あの屑な村人の子孫と俺達を殺したお前が幸せそうに暮らしているのを見た、俺達の気持ちが!!」

 魂からの怒りが、空気を震わせる。待宵月之玉姫は何も言い返せずに唇を噛む。木木塚はニヤリと笑った。

「それに、お前は村人達より、一人の男を選んだ。俺を止めたければ止めればいい。その代わり、あの男には二度と会えなくなるだろうがな」

 二代目の『月人』が死んだ時の事を思い出して、待宵月之玉姫の体が震える。
 失う事への恐怖で動けなくなった待宵月之玉姫を見て、木木塚は声を上げて笑いながら去っていった。


***

 
 絵理は上手く動かない左足に手を当てる。
 左足首には、一生消える事の無い大きな傷があった。

 三十年前の儀式の時、絵理は十三歳で生贄の巫女に選ばれた。
 しかし、儀式の直前になって死ぬ事が怖くなり、一人だけ逃げ出した。絵理が逃げ隠れている間に、村人達は次々と殺されて行った。絵理の父親も、好きだった同級生の男の子も、首や手足を切り落とされて死んでいた。

 殺された村人達の中に生贄では無い三歳の少女がいた為か、八人以上の命を奪って、待宵月之玉姫は怒りを鎮めた。

 絵理は生贄から逃げ出した罰として、左足首の腱を切られ、人としての尊厳を踏みにじられる地獄の様な日々を生きた。

 もし、絵理が逃げ出さなければ、他の村人達は死ななかった。
 自分や母や姉や妹も、村の男達に陵辱され続ける人生を送らずに済んだ筈だ。今まで生まれてきた絵理の六人の娘達も、真っ先に生贄に選ばれる事は無かっただろう。

 邪神化した神を封じる力を持った月人は出来損ないで、二十年前の儀式は失敗した。
 生贄を差し出さなければならないとしても、村人達は木木塚に縋るしかない。
 
 絵理は、集会場を訪れた日和と旦那である男性を思い浮かべる。 
 旦那の方は、今夜には殺されるだろう。
 二年前に移住してきた家族のように。

 二年前。
 『田舎暮らしに憧れていた』と言って、村に移住してきた家族がいた。
 村人は全員、移住家族を歓迎した。夫婦の間には、小さな娘が二人いたからだ。
  
 一年前の儀式で、村の娘達が神の生贄に捧げられている事を知った夫婦は、『この村はおかしい』と言って、一家で村から逃げ出そうとした。

 荷物を纏めて出て行こうとした一家を、村の大人達二十人掛かりで捕まえた。
 旦那の方は、村の男達によって殴り殺された。妻の方は手足を縛られて監禁された後、村の男達の相手をさせられた末に暴行されて亡くなった。
 娘達は木木塚が預かり、未来の生贄として、生きたまま屋敷に閉じ込めている。

 殺された夫婦の上の娘は、絵理の娘達と共に、今年の生贄として神に捧げられる。
 今回の儀式を終えれば、村に残された生娘は、夫婦の下の娘である六歳の子のみとなる。

 村は、子供を産める女性を求めている。
 日和は今夜、亡くなった移住者の女性や絵理が味わった生き地獄を共に味わう事になるのだろう。

(ああ、楽しみだ)
 誰かが自分と同じ場所に堕ちてくれる事を願う程に、絵理の心は壊れていた。

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