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第三章 呪いを暴く話
第14話 集会場
しおりを挟む「あ、あの! そろそろ集会場に行きませんか?」
次こそは険悪な空気を変えようと、日和は切り出す。
「……そうですね。案内します」
富持は背を向けて、集会場への道を歩き出した。
碧真は富持を警戒して距離を取りながら、日和の手を引いて歩く。集会場までの道は、三人共無言だった。
集会場が近づくと、人の声が聞こえてきた。
集会場には、村の人達が集まっていた。男性達は祭りで使う木材を組み立て、子供達は大人達の周りを駆け回って遊んでいる。子供のはしゃぎ回る声や、金槌の小気味の良い音が辺りに響いていた。
建物の中に入ると、昨日はあまり見かけなかった女性達の姿がある。
女性達は食事の用意をしているようだ。野菜を切る音、食材を煮込む音がする。室内は、食欲をそそる匂いと調理中の熱気に満ちていた。
「おーい。お客さんだ。茶を用意しろ」
富持が女性達に声を掛ける。女性達が驚きで肩を震わせて、こちらを一斉に振り返った。
(え!? な、何?)
女性達の顔は硬っていた。緊張している表情や恐怖を感じているような表情に、日和は戸惑う。
「おい! 聞こえているのか?」
富持が少し強めの口調で言うと、一人の女性が慌てて前に出た。
女性から部屋の隅の空いている座卓の前へと案内される。
お茶を出してくれた女性の手は震えていた。
(な、なんか怖がられてる?)
女性達が緊張している事は一目瞭然だ。隣に座った碧真を見ると、眉間に深い皺を寄せていた。
(もしかして、碧真君が怖いとか? それなら納得……)
「おい。手が空いている奴は、客人達の相手をしないか。村の事を教えてやれ」
富持は高圧的な態度で女性達に声をかける。固まって返事をしない女性達に、富持は苛立った様に舌打ちをした。
「おい! お前が来い!」
富持は、女性達の内の一人を指差す。昨日、巫女である少女達に舞を教えていた女性だった。女性は足が悪いのか、左足を引きずりながら歩く。
「早くしろ! ノロマが!」
富持が女性に対して怒声を浴びせた時、室内の扉が開く。
「富持さん。鹿を見つけた!」
狩猟の格好をした村の男性の一人が、富持を呼びに来た。富持は頷き、立ち上がる。
「では、日和さん。また後で。美味い肉を楽しみにしていてください」
にこやかな笑顔を浮かべて、富持は去っていった。
富持の姿が見えなくなった途端、女性達の緊張が和らいだように感じた。
目の前に来てくれた女性もホッとしたような息を漏らす。女性は向かいの席に腰を下ろすと、日和を真っ直ぐに見つめた。
「はじめまして。私は絵理。あなたは?」
「はじめまして。あ……日和です」
またしても名字を名乗りそうになり、慌てて訂正する。隣に座った碧真が呆れたような目で日和を見ていた。碧真が名乗ろうとしないので、日和が代わりに紹介しようと口を開く。
「こちらが」
「教えなくていいわ」
絵理に碧真の紹介を遮られ、日和はキョトンとした。
「知る必要がないから」
絵理は碧真を見ようとしなかった。
(え? 何で? 碧真君の事、そんなに怖い?)
「聞きたい事があるって言っていたわね。私が知っている事なら答えてあげる。あなたは、もう村の一員だから」
どうやら、日和は既に村の一員と認定をされているようだった。
「えっと……では、村の守り神様の事を聞いてもいいですか? 私、神社とか好きなので」
不自然に思われないかと冷や冷やしながら、日和は問う。
「待宵月之玉姫様の事なら、月人が誰より知っている筈だけどね。まあ、あの不完全な月人より、今は村長の方が詳しいけど……」
絵理が嫌悪するような顔で月人の名を呼ぶ。どうやら、月人に対して冷たいのは、富持だけではないようだ。絵理は溜め息を吐くと、再び口を開いた。
「待宵月之玉姫様は、元は人喰い熊だったらしいわ。二百年以上昔に村の近くで旅人を喰い殺した。危険を感じた村人に撃ち殺された熊が人を恨み、災いをもたらす存在になったから、村で祀ったという話よ」
恨みや怨念を持った魂を鎮める為に祀られた神。日和が知っている神社でも似たような話を聞く。
(元々この村の守り神は、人を襲う性質を持っていたという事か)
「初代の月人が待宵月之玉姫様を鎮めてから、この村は平和だった。けれど、四十年前から再び村に災いが起き始めたの。数年に一度、待宵月之玉姫様が邪神に変わる夜。私達は祭りを行い、邪神となった待宵月之玉姫様の魂を鎮める」
絵理の話に、日和は目を見開く。
(ということは、今夜、待宵月之玉姫様が邪神に変わるって事!?)
「数年に一度と言うが、どのくらいの周期で行われているんだ?」
碧真が問うと、絵里は無表情のまま口を開く。
「周期は決まっていない。四十年前、三十年前、二十年前、十年前、五年前、一年前に行われたわ」
(どんどん、短くなってる……)
「何故、邪神化する事がわかるんだ?」
碧真は問いを重ねた。
「待宵月之玉姫様が要求されるのよ。村の中央に、体を切り刻まれた村人の死体があったら、その翌月に祭りを開いて生贄を差し出すの」
絵理は目を伏せる。
「村の生娘三人の命と引き換えに、私達は平和に暮らせるの。生贄を捧げなければ、それ以上の数の村人が殺される」
「じゃあ、巫女っていうのは……」
「巫女は生贄。神に捧げる供物よ」
重たい空気が辺りに漂う。
「仕方無い事なの。あなたも、もし娘を産む時は覚悟しておいた方がいい」
日和は他の女性達に目を向ける。絵理の言葉が真実であるかのように、皆が口を噤んでいた。中には、涙を流している女性もいる。
「ど、どうにかできないんですか? 皆で逃げるとか」
日和の言葉に、絵理は首を横に振る。
「逃げる事は出来ないの。村から逃げ出そうとした者は……」
邪神の力を恐れるように、絵理は体を震わせた。
「首や手足を切り落とされて、身体中を切り刻まれて、村の中央にゴミのように捨てられるの……」
あまりの悲惨さに、日和は言葉を失った。
「一緒に育ってきた子や可愛がってきた子を生贄にしないと、私達は暮らしていけないの。それが、この村で暮らす者達の宿命なのよ。今夜、三人の命を使って、待宵月之玉姫様を鎮める儀式をするわ。終わるまで、決して外へ出てはいけない。外へ出たら、殺されてしまうから」
絵理は瞳孔を開きながら、日和に警告した。
(丈さんが言っていた『神隠シ』は、三人の命が必要な儀式なんだ)
日和は眉を下げた。
何となくだが、『神隠シ』は”守る為の術”だと思っていた。上総之介がくれた『身代わり守り』の様に、脅威から人々の命を守ってくれると。多数を守る為とはいえ、三人の命を犠牲にしなければならないのは嫌な気持ちになる。
「足りなくないか?」
黙っていた碧真が口を開く。
「三人と言っていたが、昨日見かけた巫女は二人。儀式は失敗するんじゃないか?」
日和もハッとする。確かに、あと一人足りない。
(ん? というか、私、生贄の条件に当てはまってない?)
そう思い至って、日和は嫌な汗をかく。
もし、日和が生贄の条件に当てはまっている事がバレてしまったら、代わりに差し出される可能性がある。
「大丈夫。生贄は三人いるわ。今年八歳になる子で、舞が踊れなかっただけ」
(八歳の子が生贄に……)
日和は胸が痛む。十代の少女達が生贄になるだけでも理不尽だというのに、八歳の女の子が今夜命を落とすという。
『生贄を代るか?』と問われたら、日和は『無理だ』と即答する。
日和は自分が一番大事だ。大事な人間の為ならともかく、同情だけでよく知らない人の為に命を差し出す事は出来ない。漫画の主人公のようなヒーローや聖人君子にはなれない。
「でも、巫女達は幸せよ。地獄を知らないで、綺麗なまま死ねるもの」
絵理は虚ろな目で呟く。
「地獄?」
深く濁ったような絵理の目が、日和を捉える。
「ええ、あなたも行く所よ」
愉悦を滲ませて、絵理は嗤った。
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