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第三章 呪いを暴く話
第11話 壮太郎との賭け
しおりを挟む壮太郎に手を引かれて、日和は丈のいる部屋へ連れて来られた。
「ただいま~。丈君も、お風呂入って来なよ」
「ああ。ありがとう。壮太郎、赤間さんの護衛を頼んだぞ」
「誰に言ってるのさ。大天才の僕だよ?」
丈は笑って頷き、荷物を持って部屋を出て行った。
(そういえば、スッピンなの忘れてた……)
普段の化粧も気持ち程度にしかしていない為、別人とまではならないが、素顔で人前に出るのは少し落ち着かない。日和は下ろしていた髪の毛を若干寄せて、顔が出ている面積を減らそうと試みる。
壮太郎は部屋の扉に指輪を投げつけて結界を張った後、自身の旅行鞄を漁った。
「さて、ピヨ子ちゃん。何して遊ぶ?」
壮太郎は旅行鞄から取り出した物を畳の上に並べていく。
「トランプ、ウノ、花札、オセロ。さあ、どれがいい?」
(この人、遊ぶ気満々で持って来たな……)
日和は苦笑いする。壮太郎は暇つぶしの道具について考えられる程の余裕があるのだろう。
(でも、遊べるのは嬉しいかも)
人とゲームで遊べる事に、日和は少しだけ気分が上がった。
「じゃあ、オセロから……」
「お? 頭脳戦を選ぶとはね。ピヨ子ちゃん、頭の良さに自信あり?」
「いえ、単純にやりたいだけです」
オセロをするのは小学生以来だ。友人や弟と一緒に遊んだ時の勝敗は半々くらいで普通の強さだった。
「何を賭ける?」
「え!? 賭けですか!?」
日和はギョッとして壮太郎を見る。壮太郎は首を傾げた。
「勝負は何か賭けるものじゃない?」
日和は遊びで何かを賭けた事が無い。賭け事なんて、ゲームの世界の中だけだ。
「僕が負けたら、ピヨ子ちゃんに新しい仕事を紹介してあげる。勿論、呪いとは無関係の普通の仕事をね。鬼降魔の仕事を辞められる様に協力もしてあげよう」
「普通の仕事!?」
魅力的な誘いに、日和は目を輝かせた。
「ピヨ子ちゃんが負けたら、どうしようか……」
壮太郎は悩む仕草をした後、ニヤリと笑う。
「あと半年は鬼降魔の仕事を続けるって事でどう? そうすれば、引っ越し資金も貯められるし、新しい仕事も探せるでしょう?」
「半年も仕事を続けられる自信は無いのですが……」
今回の出張でも、命が危険に晒されている。今回無事に帰る事が出来たとしても、また危険な仕事を任される可能性があった。
「じゃあ、チビノスケがピヨ子ちゃんに”残って欲しい”と言ったら、残る。いらないって言ったら、ピヨ子ちゃんは仕事を辞められるって事でいい? もちろん、辞める時は僕から鬼降魔のヘタレ当主に圧力をかけてあげる。次の仕事は自分で探すって事でいい?」
(碧真君なら、絶対に”いらない”って言うよね。つまり、この賭けは、壮太郎さんに勝てば仕事を紹介してもらえる。負ければ、仕事は自分で探す。鬼降魔の仕事は、どちらにしろ辞められるって事だよね?)
どう考えても、日和には有利な条件でしかない。
「これって、明らかに私しか得をしなくないですか?」
壮太郎には何もメリットはない。どちらにしろ、日和の為に動いてくれる事になるからだ。
壮太郎はニコニコ笑っているだけで、真意は読み取れない。
「どうする? 賭けるか、賭けないか。選ぶのはピヨ子ちゃんだよ」
(明らかにデメリットは無い筈なのに、すっごく嫌な予感がするんだけど……)
頭で考えたら、受ける一択。心で考えたら、受けない一択。
日和はグルグルと考え、頭の意見を採用する事にした。
(大丈夫。大丈夫……だよね?)
「受けます」
勝負を受けた日和を見て、壮太郎は不敵な笑みを浮かべた。
「先攻は譲ってあげよう」
日和が先攻の黒、壮太郎が後攻の白で勝負が始まる。
一手打つ度に、盤上の駒がクルクルと色を変えた。
「ピヨ子ちゃんは、チビノスケの事情を何処まで知っているの?」
「何処までとは?」
漠然とした問いに、日和も問いで返す。
「例えば、『呪罰行きの子』と呼ばれて、一族から毛嫌いされている理由とかさ」
鬼降魔の禁呪を使用した者を、一族が管理する牢に幽閉するという『呪罰行き』。呪罰行きになった者とその家族は、一族から嫌悪の対象になると言う。
「『呪罰行きの子』と呼ばれているのは知ってますけど、理由は知りませんし、知ろうとも思いません」
「何で? 興味ないの?」
面白がるように問いを重ねる壮太郎。日和は眉を下げた。
「碧真君自身が話したいのなら聞きますけど、知られたくない話なんじゃないですか?」
『呪罰行きの子』と呼ばれる時、碧真は少しだけ痛みを堪えているような表情をする。
「私なら、過去の詮索なんてされたくないです。黒歴史ばっかりですから。偶に思い出して、恥ずかしくて一人で悶えます」
過去を思い出すと、自分が恥ずかしくなる。あの時は精一杯生きていたつもりだが、今の自分から見たら滑稽で愚かな行動や思考をしていたのだとわかる。今の未熟な自分より、更に未熟だったのだから仕方ないかもしれない。
ただ、もし記憶を消せる術を使えたら、過去を知る人達の記憶から自分を抹消してしまいたいくらいだ。
パチリ、と盤上に駒を置く音が心地よく耳に響く。
今の所、盤上の白と黒の割合は半々だ。角を取れないか、角を取られるような手を打たないように気をつけながら、日和は駒を置く。
「私が知っている碧真君は、いつも不機嫌です。仕事はちゃんとする人で、朝が苦手。黒づくめの服ばかり。毒舌で完全にドライな人かと思ったら、私が怪我をした時に不器用だけど気遣ってくれました。私が碧真君と関わって知った事だけで十分です。それに、仕事を辞めたら会う事も無いでしょう」
盤上には、日和の駒である黒が少し多くなる。
(これは勝てるかも!)
勝ちの予感に、日和は笑みを浮かべた。
「ピヨ子ちゃんは鬼降魔の仕事を辞めて、どうするつもりなの?」
駒を指先で弄びながら、壮太郎が問う。
「仕事と家を探して、平凡平和な日常を生きるだけです。私は特別な存在じゃない。一般人ですから。誰の記憶にも残らず、ただ日常を繰り返して生きて、死んでいくだけ」
「随分と悲観的じゃない? 何かを成し遂げたいとか思わないの?」
壮太郎の苦笑に、日和も苦笑を返す。
「昔は思っていましたよ。”特別な存在になれたら”って。けど、これまで生きてきて、”私は特別な存在じゃない”、”特別にならなくてもいい”と思いました。何かを成すのは他の人にお任せして、私は凄い事や変化の無い自分の人生を生きるのみです」
鬼降魔家の人達と出会う前の日々に戻るだけ。生きる為に働き、死ぬまでの時間を消化するだけだ。
「ピヨ子ちゃんは、夢とか希望とかはないの?」
昔の自分が酔いしれていた『夢』や『希望』という綺麗な言葉に、日和は自嘲的な笑みを浮かべた。
「ありません。夢とか希望とか、手を伸ばしても届かない事を思い知らされるのは、もう十分なんですよ」
何度も手を伸ばして、手に入れる事は出来なかった。
不器用で、生き方もわからず、苦しんで溺れた。
希望を持って自分を奮い立たせて進んでも、結局はハリボテ。期待通りに行かなければ、希望は絶望に変わって心を傷つける。
立ち上がれなくなる。動けなくなる。
それなら、最初から願わなければいい。期待しなければいい。
「平凡平和。変化の無い人生ねぇ……」
壮太郎はニヤリと笑い、指先で弄んでいた駒を盤上に置いた。
パチリ、パチリ、パチリ……駒の色が音と共に変化していく。
「ピヨ子ちゃん。人生の先輩として言っておくよ。人生は、ある日いきなり一変する」
「あ!」
日和は盤上を見て、絶句した。
形勢が一気に変わり、次々と白に埋め尽くされていく。日和が駒を置ける場所は、壮太郎によって作り出されたもの。日和にとって悪手にしかならない場所だ。気づかない内に、追い詰められている。
日和は顔を歪めて、仕方なしに駒を置いた。
「君は達観しているつもりかもしれないけどね。自分の生き方を決めつけて、独りよがりの自己完結をしているだけ。君の人生で起こる出来事は、君が操作出来ないものが大半だよ。この世界に、どれだけの人が生きていると思っているの? たくさんの関わりが運命を作る。運命という大きな波の前で、君は無力だ」
壮太郎が最後の一手を置く。
「君の人生は、もう平凡平和には戻れないだろうね。君は既に変化の渦に呑み込まれてしまってる。君に決められるのは、それを楽しむか、悲観するかだ」
盤上の駒が全て白一色に染まった。
(負けた……。しかも、完敗だ)
日和はガックリと項垂れた。
「いやー、面白いくらいに単純で可愛い思考回路だよね。ピヨ子ちゃんは。罠にも綺麗に嵌ってくれて気持ちよかったなぁ」
壮太郎に笑われ、日和は悔しさから「う゛っ」と呻く。
「じゃあ、この仕事が終わった時にでも、チビノスケにピヨ子ちゃんが必要かどうか聞いて、どうするか決めようね。仕事の紹介は無しになるけど」
(……まあ、賭ける前から自分で仕事を探すつもりだったし。振り出しに戻っただけで痛くはないかな)
「さて、次は何か賭けようか?」
「賭けは無しで! また負けそうな予感しかしません」
「えー。賭けた方が面白いでしょう? 好きな勝負を選ばせてあげるからさ」
(あれー? 賭けが絶対条件になってるー)
壮太郎はニコニコと笑っている。逃げられなさそうな威圧感に、日和はたじろいだ。
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