呪いの一族と一般人

呪ぱんの作者

文字の大きさ
上 下
39 / 276
第三章 呪いを暴く話

第9話 私の帰りを待っているものがある

しおりを挟む
「もう嫌だ。お家帰りたい……」
 日和ひよりは頭を抱えて泣き言を口にする。
 
 怪しげな仕事だと事前に覚悟をしていたが、その覚悟を余裕で飛び越えられた。
 明らかに、日和の精神が許容出来るレベルの話ではない。

「アハハ。ピヨ子ちゃん。これからも鬼降魔きごうまに関わっていくなら、このくらい慣れないとやっていけないよ?」
 あっけらかんと壮太郎そうたろうに言われ、日和は涙目になる。

「無理です! そんな物騒な事に慣れたくない! 住みやすい素敵な家も条件の良い仕事も諦めますから、どうか平凡平和な日常に戻して!! もう帰るぅっ!!」

 家も仕事も手放したくないが、命あっての物種だ。
 立ち上がって走り出そうとした日和の後襟うしろえりを、碧真あおしが掴んで止める。思い切り首が絞まり、日和は「んぐぅっ」と変な呻き声を上げて尻もちをついた。

「俺達は村に残るんだぞ? どうやって帰るんだ? 歩いてか?」
 碧真が呆れたように言う。日和はピタッと動きを止めた。

「私、方向音痴だから無理だ!!」
「いや、方向音痴とか関係なく、距離的な問題だろう。アホか」
 頭が回っていない日和に、碧真が溜め息混じりのツッコミを入れた。確かに、車でも結構な時間が掛かっていた。徒歩で帰るのは無謀だろう。

 日和は望みをかけてじょうを見た。丈は気まずそうな顔をする。

「すまないが、俺の一存では君の解雇を承諾出来ない。それに、君を家に送り届けるのも仕事が終わった後にしか出来ない」
「そ、そんなぁ……」
 丈が悪くないのはわかっているが、日和はガクリと項垂うなだれた。

「まあ、何とかなるよ。ピヨ子ちゃんが一人きりにならなければ大丈夫」
「……それって、『一人きりになるイコール何か起こるよ』って事ですか?」
「うん。絶対に起きるね。何されるかは想像つくけど……言った方がいい?」
「……いえ。もういいです。これ以上は私の精神衛生上、良くないと思いますので」

 人を殺して埋めるような事が起こるのだ。考えられるのは『死』だけだろう。

 日和は結界に目をやり、ふと思いつく。

「あ! じゃあ、結界の中に閉じ籠るのは……」
「やめた方がいいよ。この結界は場所に対して効果を発揮する物で、術者に合わせて移動する事は出来ない。攻撃を防ぐ事は出来るけど、相手を退ける物じゃないし。使い方を間違えたら、ピヨ子ちゃんにとって、死を待つ牢獄になるだろうね」
「ひえっ……」 
 日和は青ざめる。

 目の前に殺人鬼がいる状態で、結界を張ったとする。攻撃が効かない事に殺人鬼が諦めて去ってくれたらいいが、日和が出てくるのを待つ場合は悲惨だ。殺人鬼が一人なら隙を見て逃げ出す事は出来るだろうが、殺人鬼が複数で見張りを交代する場合も考えられる。日和は結界から出られず衰弱死するか、結界を出て殺人鬼に殺されるかの二択になる。

 落ち込む日和を見て、碧真が呆れたように溜め息を吐く。
 
「諦めろよ。見苦しい」
「この命を諦めろと!? 私には、帰りを待っている未読の漫画達がいるの! 絶対に、続きを読むまで……いや、読んでも死ねない!」
「仕事を放棄するのを諦めろって意味だ。……本当に面倒臭い奴だな」

「ピヨ子ちゃん。そんなに怖がらなくても大丈夫だよ。チビノスケが責任持って、ピヨ子ちゃんを守ってくれるからね。なんたって夫婦役だし。ねえ、チビノスケ?」

「……まあ、仕事ですから。仕方なくですけど」
 嫌そうな顔だから少し不安はあるが、日和にとって頼みの綱である。

「勝手な行動をしたら、即見捨てます」
「心底安心できない。終わった……」
 頼みの綱なんてなかった。日和の頬をツーッと涙が流れていった。

「いざとなったら、ピヨ子ちゃんの加護も頑張って働いてくれるだろうし。何とかなるんじゃない?」

「私の加護?」
 壮太郎の言葉に、日和は首を傾げる。
 日和には、碧真や丈の様な干支の加護は無い筈だ。

「生きている人間、みんな何かしらの加護は持っているんだよ。お金に恵まれる加護だったり、才能に恵まれる加護、必要な人に出会える加護だったり、色々だね。ピヨ子ちゃんは命の危険から守ってくれる加護がついてるね。今まで、危ない目に遭っても無事だった事が多かったんじゃない?」

 日和は驚いた。
 呪いに関わった時もそうだが、日和は今までの人生で何度か危ない目に遭った事があるが、不思議と無事だった。
 横道から飛び出して来た車に引きずられた時も、不思議と打撲のみで済んでいた。いつも通る道で大きな事故が起きた時も、なんとなく気分で道を変えて巻き込まれずに済んでいた。

「ピヨ子ちゃんは、普段から神社に行っているよね? 元々の運もあるだろうけど、神社の神や狛犬達から加護を貰ってる。よく行く神社は二つかな?」
「何でわかるんですか!?」
 日和が驚くと、壮太郎は怪しげな笑みを浮べて自分の目を指差した。

結人間ゆいひとま家の人間は、人外が見える目を持っているんだ。神の専門は天翔慈てんしょうじ家だから、詳しく知りたいのなら、そっちに聞いた方がいいけどね」
 
「日和の加護とかどうでも良いから、これからの話をしませんか? 俺、早く風呂入って寝たいんですけど」

 碧真が少し苛立ったような声で言う。思えば脱線ばかりして、肝心の話があまり出来ていない。

「まあ、圧倒的に情報が足りないから、もっと情報が集まってから話そうか。思ったよりも複雑そうだから。明日は手分けして行動した方がいいかもね」

 壮太郎の言葉に、丈も頷く。

「俺と壮太郎は、明日もう一度神社へ行く。赤間さんと碧真は集会場で村人への聞き込みを頼む」
「わかりました」
 碧真が了承し、日和も力なく頷いた。

(どうせ逃げられないし……やるしかないんだ)
 日和は自分の気持ちと戦いながら料理を口へ運ぶ。しょっぱい味がした。


***
 

「あ゛ー。生き返るー」
 温かいお湯の中で、日和はホッと息を吐く。

 食事の後、風呂に入る事になった。日和の安全の為に、脱衣所の外には見張り役として碧真が待機している。別れ際に見た碧真は、心底面倒臭そうな顔をしていた。

「ピヨ子ちゃん。おじさん臭いよー」
 壁越しに、男湯に入っている壮太郎の声が聞こえた。

 女湯と男湯は隣接しており、壁で仕切られていた。天井付近は壁がなく繋がっている為、お互いの声が丸聞こえだ。

「お風呂くらいゆっくり味わいたいんです。休息は大事ですから」
「ハハ。確かに大事だね。束の間の休息だろうし」
 
(ううっ、私の安息は一体何処に……)
 束の間の休息という言葉に、日和は泣きたい気分になる。

「嫌だなー。怖いなー。逃げたいなー」
「泣き言ばかりだねぇ」
「泣き言くらい言わせてくださいよ」
 頬を膨らませて言うと、壮太郎の笑い声が聞こえた。

「ピヨ子ちゃんは格好つけないんだね。正義感だとか、人助けだとか、張り切らないの?」

 漫画の主人公だったら、泣き言も言わずに「誰かの為」にと命を張る。
 勇気を奮い立たせて強い敵に戦いを挑んだり、困難を恐れずに突き進む事が出来るだろう。
 美しく、気高く、優しく、強く。理想的で誰もが称賛する生き方。
 
 しかし、日和はそんな事は出来ない。

「怖いものは怖い。逃げられるものは逃げたい。誰かと戦うのも嫌だし、困難なんて避けて、平和に笑っていたい。私は汚い人間です。見ず知らずの誰かの事より、自分が生きる事が何より大事です」

 綺麗な心でいたいと願って、ガムシャラに頑張っていた時があった。
 人の為に、人に優しく。周りを笑顔で幸せにして、自分は後回し。
 そうすれば、いつかきっと報われる。自分も幸せになれる。
 そう思い、必死で生きていた頃。
 いい人間で在りたいという願いとは裏腹に、心が荒んで、人を妬んだ。

(私は汚い人間。情けない存在だって、あの時、嫌になる程に思い知らされた)
 日和は膝を抱えて座り、自分の両腕に爪を立てた。

「心配しなくても、ピヨ子ちゃんは無事に家に帰れるよ」
 壮太郎の言葉に、日和は訝しげな顔になる。

「どうしてですか?」
「勘」
(勘かー)
 つい最近も、こういうやりとりを聞いた気がする。

「僕の勘は当たるから、安心していいよ」
 壮太郎の言葉に、日和は困った笑みを浮かべる。

(そうだといいなー)

 無事に生きて帰って、机の上に置いて来た漫画の続きを読めたらいい。日和は湯気が上る先にある天井を仰いで、そう願った。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

【本編完結】若き公爵の子を授かった夫人は、愛する夫のために逃げ出した。 一方公爵様は、妻死亡説が流れようとも諦めません!

はづも
恋愛
本編完結済み。番外編がたまに投稿されたりされなかったりします。 伯爵家に生まれたカレン・アーネストは、20歳のとき、幼馴染でもある若き公爵、ジョンズワート・デュライトの妻となった。 しかし、ジョンズワートはカレンを愛しているわけではない。 当時12歳だったカレンの額に傷を負わせた彼は、その責任を取るためにカレンと結婚したのである。 ……本当に好きな人を、諦めてまで。 幼い頃からずっと好きだった彼のために、早く身を引かなければ。 そう思っていたのに、初夜の一度でカレンは懐妊。 このままでは、ジョンズワートが一生自分に縛られてしまう。 夫を想うが故に、カレンは妊娠したことを隠して姿を消した。 愛する人を縛りたくないヒロインと、死亡説が流れても好きな人を諦めることができないヒーローの、両片想い・幼馴染・すれ違い・ハッピーエンドなお話です。

多産を見込まれて嫁いだ辺境伯家でしたが旦那様が閨に来ません。どうしたらいいのでしょう?

あとさん♪
恋愛
「俺の愛は、期待しないでくれ」 結婚式当日の晩、つまり初夜に、旦那様は私にそう言いました。 それはそれは苦渋に満ち満ちたお顔で。そして呆然とする私を残して、部屋を出て行った旦那様は、私が寝た後に私の上に伸し掛かって来まして。 不器用な年上旦那さまと割と飄々とした年下妻のじれじれラブ(を、目指しました) ※序盤、主人公が大切にされていない表現が続きます。ご気分を害された場合、速やかにブラウザバックして下さい。ご自分のメンタルはご自分で守って下さい。 ※小説家になろうにも掲載しております

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈 
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

私はお母様の奴隷じゃありません。「出てけ」とおっしゃるなら、望み通り出ていきます【完結】

小平ニコ
ファンタジー
主人公レベッカは、幼いころから母親に冷たく当たられ、家庭内の雑務を全て押し付けられてきた。 他の姉妹たちとは明らかに違う、奴隷のような扱いを受けても、いつか母親が自分を愛してくれると信じ、出来得る限りの努力を続けてきたレベッカだったが、16歳の誕生日に突然、公爵の館に奉公に行けと命じられる。 それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。 友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。 レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。 そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。 レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

家出した伯爵令嬢【完結済】

弓立歩
恋愛
薬学に長けた家に生まれた伯爵令嬢のカノン。病弱だった第2王子との7年の婚約の結果は何と婚約破棄だった!これまでの尽力に対して、実家も含めあまりにもつらい仕打ちにとうとうカノンは家を出る決意をする。 番外編において暴力的なシーン等もありますので一応R15が付いています 6/21完結。今後の更新は予定しておりません。また、本編は60000字と少しで柔らかい表現で出来ております

処理中です...