12 / 276
第一章 呪いを見つけてしまった話
第12話 置き去りにした幸せ
しおりを挟む優しくない世界で、幸恵は懸命に生きていた。
ある日、疎遠だった両親の訃報が届いた。
葬儀の準備の為に久しぶりに実家を訪れた幸恵は、妹の家族に会った。
妹は幸せそうだった。
両親の死に涙する妹に優しく寄り添う旦那と子供。妹のお腹には新しい命も宿っていると言う。
妹の結婚相手は同じ鬼降魔の人間で、会社を経営している実業家。妹の結婚式は豪華で、集まった人の数も幸恵とは比べ物にならない程に多かった。
妹の子供は、鬼降魔の力を持っていた。
力を持った男子は、一族の中でも優遇される。度が過ぎた愚鈍でなければ、一族の人間が経営している会社にコネで入社出来る。妹の子供は恵まれた両親の元に生まれ、健康的な体を持ち、輝かしい将来まで約束されていた。
鬼降魔の力を持たなかった自分の子供と妹の子供の境遇の差に、幸恵は怒りを感じた。
(妹は何でも持っている。私が欲しいもの全て)
両親に愛されなかったのも、自分の人生がうまくいかないのも、息子の体が弱いのも、息子が鬼降魔の力を授からなかったのも、旦那が浮気したのも、全て妹のせいではないかと幸恵は思った。
(私の幸せを、妹が奪ったのね)
幸恵は妹の子供に近づき、肩に付いていた物を指先で摘む。不思議そうに振り返った妹の子供に、幸恵は笑顔を向ける。
「髪の毛がついていたわ」
妹の子供は丁寧にお礼を言って、可愛らしい笑顔を浮かべた。
(ああ、そうやって人に愛されるのね。憎たらしい)
妹譲りの可愛い顔と愛嬌の良さ。妹もそうやって、幸恵が得る筈だった愛情を奪ったのだ。
幸恵は、妹の子供の髪の毛をハンカチに包んだ。
(私はどうなってもいいわ。けれど、息子は幸せになる権利がある)
***
両親の遺品整理の時。
幸恵は実家の押し入れから、禁呪が書かれた本を取り出した。子供の時に偶然見つけて、「触ってはならない」と父親から怒られた事があった。
古い本の頁を捲る。
本には、対象を呪い殺す術や奪う術など、魅力的な術が並んでいた。
(……でも、憎い奴らを殺したとしても、あの子は幸せにはならない)
苦しめたい対象は旦那と妹と妹の子供。けれど、相手を呪い殺す術を使ったとしても、幸恵の息子の幸せには繋がらない。奪う術はどうかと考えるが、奪えるモノは一つ。
悩む幸恵は、ある術の記述に目を留める。
「『取リ替エ』?」
持っているモノ同士を取り替える術。取り替えるモノも、複数指定する事が出来るという。
幸恵は吸い込まれるように、その術の記述を読む。読み終えた幸恵の口元に、深い笑みが浮かんだ。
(これなら、私が望むモノ全てが叶えられる!)
妹の子供と、幸恵の子供の持っているもの。
『体の丈夫さ』を取り替えれば、息子は『健康な体』になる。
『才能』を取り替えれば、妹の子供が持っている『鬼降魔の力』などの才能が手に入る。
何より、『存在』ごと取り替えれば、息子は妹の子供となり、妹の子供は幸恵の子供となる。
(妹家族に息子を渡して、幸せにしてもらう。妹は自分の子供じゃない子を育てて、自分の本当の子を奪われる)
術を使った者以外は、『取リ替エ』の術で何が取り替えられたのか気づくことが出来ない。幸恵の子供は、妹の子供として認識される。
ただ、優れた術者がいる本家の人間は気づく可能性がある。
禁呪である『取リ替エ』を使えば、本家が幸恵を罰するだろう。
──呪罰行き。
それは、禁呪を使った者を一族が作った牢に閉じ込める事。
刑務所のように、罪の重さによって牢に閉じ込められる期間が異なる。罪が重い場合は、体を呪術の道具にされる事もあるらしい。髪、血肉、骨、臓物は、呪術では強力な道具になる。本当の話かわからないが、子供の頃に両親に散々脅されたものだ。
(私が呪罰行きになったとしても、『取リ替エ』が成功すれば、妹の子供が『呪罰行きの子』として一族に蔑まれる。どちらに転んでも、妹と妹の子供は不幸になるわ)
禁呪が完成した場合、解呪する事は出来ない。
元に戻す為には、同じ『取リ替エ』を行う必要がある。本家は立場上、禁呪を使用する事は出来ない。妹が自分の子供を取り戻す為に禁呪を使ったのなら、妹も呪罰行きに出来る。
自分の子供の幸せと妹への復讐の両方叶えられるのだ。
幸恵は自分が考えた完璧と言える復讐に笑みを浮かべた。
(私と同じ場所まで引きずり落としてやる)
「お母さん?」
息子が不安そうな顔で幸恵を見ていた。幸恵は慈愛の笑みを浮かべて、息子の手を握りしめる。
「お母さんが、絶対にあなたを幸せにしてあげる。欲しいものを全部あげる」
(幸せな家族、健康な体、鬼降魔の力、安定した将来。全てをあげる)
幸せそうに微笑む幸恵の手を、息子はギュッと握り返した。
「僕より、お母さんが幸せな方がいい」
息子は、何処か悲しそうに呟いた。
***
仕事帰りの夜。幸恵は、とある神社を訪れた。
職場から自宅までの帰り道にある神社。人の出入りが少なく、木々に囲まれた場所は、隠れて呪術を行うのにピッタリだと思った。
幸恵は神社の駐車場に車を停めて、呪いに使う道具を入れた鞄をトランクから取り出す。
神社の参道から外れた木々の生い茂った場所へ足を踏み入れる。携帯のライトで足元を照らしながら進み、辺りを見渡した。
(ここなら、誰も入って来ないわ)
幸恵は鞄から二体の日本人形を取り出す。
昔、幸恵と妹に祖母がくれた物だ。妹は「怖いからいらない」と言って、二体とも幸恵の物になった。幸恵は人形の一体に妹の子供の髪の毛を埋め込み、もう一体に息子の髪の毛を埋め込んだ。
二体の人形を紐で木に括り付け、地面に術式を描き、場を整える。妹の子供の髪の毛を埋め込んだ人形に、果物ナイフを突き刺す。能面の人形が、痛みを訴えるかのように手足を揺らした。
これから十三夜掛けて、人形を壊していく。
幸恵は参道へ戻り、お社までの階段を上った。周囲からは見えないが、高い位置にあるお社からなら術が見えてしまう為、隠す必要があった。
幸恵は鞄を探る。目眩しの術の媒体になる物はないかと思い、鞄から取り出したのは、息子が昔お気に入りだったミニカーだった。息子が小さい頃によく使っていた鞄だった為、その頃に入れた物が入ったままだったのだろう。
幸恵は微笑む。
旦那と子供と三人で幸せに笑っていた頃の思い出の品だ。
幸恵はミニカーを媒体にする事を決めて、地面に置く。ミニカーに目眩しの術をかける。成功したのを感じ、幸恵は笑みを浮かべた。
昔の幸せを置き去りにするかのように、幸恵はミニカーを置いたまま、神社を後にした。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。
せいめ
恋愛
メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。
頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。
ご都合主義です。誤字脱字お許しください。
【本編完結】若き公爵の子を授かった夫人は、愛する夫のために逃げ出した。 一方公爵様は、妻死亡説が流れようとも諦めません!
はづも
恋愛
本編完結済み。番外編がたまに投稿されたりされなかったりします。
伯爵家に生まれたカレン・アーネストは、20歳のとき、幼馴染でもある若き公爵、ジョンズワート・デュライトの妻となった。
しかし、ジョンズワートはカレンを愛しているわけではない。
当時12歳だったカレンの額に傷を負わせた彼は、その責任を取るためにカレンと結婚したのである。
……本当に好きな人を、諦めてまで。
幼い頃からずっと好きだった彼のために、早く身を引かなければ。
そう思っていたのに、初夜の一度でカレンは懐妊。
このままでは、ジョンズワートが一生自分に縛られてしまう。
夫を想うが故に、カレンは妊娠したことを隠して姿を消した。
愛する人を縛りたくないヒロインと、死亡説が流れても好きな人を諦めることができないヒーローの、両片想い・幼馴染・すれ違い・ハッピーエンドなお話です。
多産を見込まれて嫁いだ辺境伯家でしたが旦那様が閨に来ません。どうしたらいいのでしょう?
あとさん♪
恋愛
「俺の愛は、期待しないでくれ」
結婚式当日の晩、つまり初夜に、旦那様は私にそう言いました。
それはそれは苦渋に満ち満ちたお顔で。そして呆然とする私を残して、部屋を出て行った旦那様は、私が寝た後に私の上に伸し掛かって来まして。
不器用な年上旦那さまと割と飄々とした年下妻のじれじれラブ(を、目指しました)
※序盤、主人公が大切にされていない表現が続きます。ご気分を害された場合、速やかにブラウザバックして下さい。ご自分のメンタルはご自分で守って下さい。
※小説家になろうにも掲載しております
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
私はお母様の奴隷じゃありません。「出てけ」とおっしゃるなら、望み通り出ていきます【完結】
小平ニコ
ファンタジー
主人公レベッカは、幼いころから母親に冷たく当たられ、家庭内の雑務を全て押し付けられてきた。
他の姉妹たちとは明らかに違う、奴隷のような扱いを受けても、いつか母親が自分を愛してくれると信じ、出来得る限りの努力を続けてきたレベッカだったが、16歳の誕生日に突然、公爵の館に奉公に行けと命じられる。
それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。
友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。
レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。
そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。
レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる