上 下
6 / 27

(6)

しおりを挟む
「獣人領」は、このエーゼンホルム王国の北に位置する広大な森で、人間社会から隔絶されている。

そこでは獣人たちが独自の文化を築き、人間との交流を一切絶っているという。

「獣人領」に行けば、フィーネの運命は決まったようなものだった。

「お断りします。私はここで人間として生きます!」

フィーネが叫んだ瞬間、彼女は疾風のように走り抜け、城壁を飛び越えた。

彼女は風のように早いが、グスタフも負けてはいない。

フィーネとグスタフの追いかけっこは、さながら本物の獣の狩りのようだった。

彼女は必死に逃げ回り、宮殿の庭園の奥深くへと進んでいった。

しかし、グスタフの追跡は執拗だった。

彼はフィーネを追い詰め、ついに逃げ場を失った。

「もう逃げられない」

グスタフが言った。

フィーネは彼の言葉に反発し、強く叫んだ。

「私は人間です! 閉じ込められたくありません」

「しかし、いずれ獣になる運命なんだ。もし獣に変貌したら理性を無くし、本能のおもむくままこの世界の人間に被害をもたらすだろう」

グスタフの言葉に、フィーネは涙を浮かべながらも強く宣言した。

「私は人間ですわ!」

フィーネは泣きながら叫んだ。

グスタフは彼女の手を取り、抱きしめた。

「分かっている。だから、死なせなくないのだ」

グスタフはフィーネの耳元で優しくささやいた。

その声と温もりがフィーネの心を揺さぶった。

「……私らしく生きられますか?」

「もちろんだ。だから、獣人領で生きろ」

グスタフはフィーネを優しく抱きしめたまま、彼女の頭を撫でた。

「……分かりました」

「良かった」

グスタフはフィーネの耳元で優しくささやきながら、彼女の頭を何度も撫でた。

その温もりがフィーネの心を解きほぐした。

「フィーネ・ローゼンハム公爵令嬢は獣人領内に移送する!」

グスタフが叫んだ。その声を聞きつけて駆けつけた衛兵たちに、彼は続けた。

「ご令嬢はもう逃げたりしない」

グスタフの言葉に、彼らは騒然となった。

中には、フィーネに剣を向ける者、目を背ける者もいた。

「令嬢は俺が責任をもって『獣人領』に連れていく。俺が伯爵家の名にかけて、人間に危害を加えさせることはない。獣になった暁には、俺が彼女を処分する」

「いいだろう、アーガヘルド伯」

フィリップ王子が馬上から応じた。

そして、衛兵たちに武器を下ろすように命じた。

「ありがとうございます、王太子殿下」

と、グスタフは一礼した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

拝啓、婚約者さま

松本雀
恋愛
――静かな藤棚の令嬢ウィステリア。 婚約破棄を告げられた令嬢は、静かに「そう」と答えるだけだった。その冷静な一言が、後に彼の心を深く抉ることになるとも知らずに。

婚約者に嫌われた伯爵令嬢は努力を怠らなかった

有川カナデ
恋愛
オリヴィア・ブレイジャー伯爵令嬢は、未来の公爵夫人を夢見て日々努力を重ねていた。その努力の方向が若干捻れていた頃、最愛の婚約者の口から拒絶の言葉を聞く。 何もかもが無駄だったと嘆く彼女の前に現れた、平民のルーカス。彼の助言のもと、彼女は変わる決意をする。 諸々ご都合主義、気軽に読んでください。数話で完結予定です。

愛しの第一王子殿下

みつまめ つぼみ
恋愛
 公爵令嬢アリシアは15歳。三年前に魔王討伐に出かけたゴルテンファル王国の第一王子クラウス一行の帰りを待ちわびていた。  そして帰ってきたクラウス王子は、仲間の訃報を口にし、それと同時に同行していた聖女との婚姻を告げる。  クラウスとの婚約を破棄されたアリシアは、言い寄ってくる第二王子マティアスの手から逃れようと、国外脱出を図るのだった。  そんなアリシアを手助けするフードを目深に被った旅の戦士エドガー。彼とアリシアの逃避行が、今始まる。

【完結済】ラーレの初恋

こゆき
恋愛
元気なアラサーだった私は、大好きな中世ヨーロッパ風乙女ゲームの世界に転生していた! 死因のせいで顔に大きな火傷跡のような痣があるけど、推しが愛してくれるから問題なし! けれど、待ちに待った誕生日のその日、なんだかみんなの様子がおかしくて──? 転生した少女、ラーレの初恋をめぐるストーリー。 他サイトにも掲載しております。

【完結】巻き戻りを望みましたが、それでもあなたは遠い人

白雨 音
恋愛
14歳のリリアーヌは、淡い恋をしていた。相手は家同士付き合いのある、幼馴染みのレーニエ。 だが、その年、彼はリリアーヌを庇い酷い傷を負ってしまった。その所為で、二人の運命は狂い始める。 罪悪感に苛まれるリリアーヌは、時が戻れば良いと切に願うのだった。 そして、それは現実になったのだが…短編、全6話。 切ないですが、最後はハッピーエンドです☆《完結しました》

【完結】婚約破棄からの絆

岡崎 剛柔
恋愛
 アデリーナ=ヴァレンティーナ公爵令嬢は、王太子アルベールとの婚約者だった。  しかし、彼女には王太子の傍にはいつも可愛がる従妹のリリアがいた。  アデリーナは王太子との絆を深める一方で、従妹リリアとも強い絆を築いていた。  ある日、アデリーナは王太子から呼び出され、彼から婚約破棄を告げられる。  彼の隣にはリリアがおり、次の婚約者はリリアになると言われる。  驚きと絶望に包まれながらも、アデリーナは微笑みを絶やさずに二人の幸せを願い、従者とともに部屋を後にする。  しかし、アデリーナは勘当されるのではないか、他の貴族の後妻にされるのではないかと不安に駆られる。  婚約破棄の話は進まず、代わりに王太子から再び呼び出される。  彼との再会で、アデリーナは彼の真意を知る。  アデリーナの心は揺れ動く中、リリアが彼女を支える存在として姿を現す。  彼女の勇気と言葉に励まされ、アデリーナは再び自らの意志を取り戻し、立ち上がる覚悟を固める。  そして――。

その方は婚約者ではありませんよ、お姉様

夜桜
恋愛
マリサは、姉のニーナに婚約者を取られてしまった。 しかし、本当は婚約者ではなく……?

婚約破棄劇場

小雨路 あんづ
恋愛
「エルナ・ラファ・フラウライト、貴殿とは婚約破棄だ!」 ラウル王国第一王子、ラズライーチ・フォン・ラウルの声が高らかに響き渡った瞬間、金髪赤目の少女エルナ・ラファ・フラウライトは伏せた目を上げた。 よくある婚約破棄をちょっと変えてみました。

処理中です...