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12 冒険者たち
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イバリアの三本首の黒竜退治は、多難を極めていた。
フローラルをクビにして村の宿に残したまま、三人の冒険者たちは、早朝の馬車便で出発した。
北方の荒れ地、イバリアの農村に着いたのは、三日後の午後だった。
国中から、黒竜退治の報奨金目当てに集まった冒険者たちは、険しい山岳に潜む竜を倒そうと、周辺の商家や農家に滞在しながら、山から現れる機会をうかがっている。
しかし、一週間、一ヶ月、半年と、時間は無駄に過ぎ、農家の納屋に滞在していた三人にも、家賃の支払いにも滞り始め、慣れない生活の疲労も増してきた。
最初に不満を露わにしたのは、黒魔術師のアングリーズだった。
農家の貧相な、芋だらけの薄いスープを木の匙ですくいながら、
「まったく、もう、我慢ならないわ! クソ不味い料理にも飽き飽き! もう、竜の住処を先制して攻撃するべきよ」
と、文字通り、匙を投げ出したのだ。
「ちょっと、どこに行く?」
リーダーの剣の勇者、オクセンが、屋外に飛び出した彼女を追いかけようと席を立つと、
「あいつは、もう駄目だ。放っておけ」
槍の勇者、ベリーが腕を掴み、首を振る。
「いや、彼女がいないと困る。フローラルみたいなクビにすることはしない。後悔してるんだ」
オクセンは腕を振りほどき、牛が放牧されている丘へと向かう。
アングリーズは、寒さで体をすぼめながら、膝を抱えて、座り込んでいる。
「おい、風邪引くぞ」
オクセンが上着を彼女の肩にかけてやると、
「わたしを、クビにしてもいいのよ。フローラルと同じように」
アングリーズは、結い上げた紫の長髪をいじりながら、言う。
「それはしない。俺は、彼女をクビにしたのを後悔してるから」
「そう?」
アングリーズは、俯いたまま、鼻歌を歌い出して、取りやめる。
「そうよね。わたし、今、フローラルの歌がすごく聴きたいのよ。あの子のハーブの演奏が懐かしい。彼女はいつだって、一番みんなが苦しい時に、明るい励ましの歌を奏でてくれた」
「俺は、まだ、フローラルのくれた匂い袋を持っている。もう、香りはうっすらとしかないが。あの匂いで、別の世界にいける気がしたな」
ふたりは、笑い出した。
フローラルの向日葵のような、太陽のような笑顔と、穏やかな癒やしの魔法を一番欲していることに、気づいたからだった。
しばらくして、虚空を眺めたのち、オクセンは意を決して、
「一週間が体力でも資金でも、我慢の限界だ。待って、まだ黒竜が山から下りてこないなら、奴の住処に攻め込むことにするよ」
そのリーダーの決定は、相棒のベリーにも伝えられた。
冒険者たちは、戦闘に備えて、食料を買い込み、防備を整え始めた。
オクセンとベリーはそれぞれ剣や槍を磨き、アングリーズは魔法の杖や魔法の魔術を復習し直す。
農家の年五十くらいの牛飼いの男が、そんな彼らの行動の変化に気づいた。
決行の二日前、林でオクセンが剣術の訓練をしていたときだった。
「黒竜をやる気かね」
振り向くと、白いのが混じった牛飼いが、気のよさそうな笑顔で訊いてきた。
オクセンが汗をぬぐい、剣の構えを中断し、出立の胸を話すと、
「勝ち目はない。皆、死ぬ」
と、牛飼いは断言する。
「なぜ、あなたに、そんなことが言えるのです?」
オクセンの口調には、平民の農民である身であるのに、という侮蔑の響きが滲んでいる。
だが、牛飼いは怯むことはない。眉間に皺を寄せながら、
「わたしが数年観察するに、あの竜はたいへん忍耐強い。目も鼻も利く。この一年だけで、目の前の賞金目当てで百もの若い戦士たちが山に分けいった。皆、食われて戻らないのは、君らも分かっているよな?」
オクセンは黙って頷きながら、
「では、いつ、向かえばいいんです?」
「向かうのは、黒竜の思う壺だ。
あと、二ヶ月、待てば辺りは雪で覆われ、食料なわなくなる。小腹を空かせて、この山里の家畜を狙って、山里に降りてきた時。そこで仕留める」
「どのくらいの時間、降りてきた?」
「早朝の四時か五時。十分も満たない」
「それで逃したら、どうなる?」
「また、来年、その時を待つしかない。わたしはそれを待ってきた。愛する家族を捨ててな」
「そんな、馬鹿げたことはできない。俺たちはやる」
オクセンはクルリと背を向けて、足早に立ち去った。
フローラルをクビにして村の宿に残したまま、三人の冒険者たちは、早朝の馬車便で出発した。
北方の荒れ地、イバリアの農村に着いたのは、三日後の午後だった。
国中から、黒竜退治の報奨金目当てに集まった冒険者たちは、険しい山岳に潜む竜を倒そうと、周辺の商家や農家に滞在しながら、山から現れる機会をうかがっている。
しかし、一週間、一ヶ月、半年と、時間は無駄に過ぎ、農家の納屋に滞在していた三人にも、家賃の支払いにも滞り始め、慣れない生活の疲労も増してきた。
最初に不満を露わにしたのは、黒魔術師のアングリーズだった。
農家の貧相な、芋だらけの薄いスープを木の匙ですくいながら、
「まったく、もう、我慢ならないわ! クソ不味い料理にも飽き飽き! もう、竜の住処を先制して攻撃するべきよ」
と、文字通り、匙を投げ出したのだ。
「ちょっと、どこに行く?」
リーダーの剣の勇者、オクセンが、屋外に飛び出した彼女を追いかけようと席を立つと、
「あいつは、もう駄目だ。放っておけ」
槍の勇者、ベリーが腕を掴み、首を振る。
「いや、彼女がいないと困る。フローラルみたいなクビにすることはしない。後悔してるんだ」
オクセンは腕を振りほどき、牛が放牧されている丘へと向かう。
アングリーズは、寒さで体をすぼめながら、膝を抱えて、座り込んでいる。
「おい、風邪引くぞ」
オクセンが上着を彼女の肩にかけてやると、
「わたしを、クビにしてもいいのよ。フローラルと同じように」
アングリーズは、結い上げた紫の長髪をいじりながら、言う。
「それはしない。俺は、彼女をクビにしたのを後悔してるから」
「そう?」
アングリーズは、俯いたまま、鼻歌を歌い出して、取りやめる。
「そうよね。わたし、今、フローラルの歌がすごく聴きたいのよ。あの子のハーブの演奏が懐かしい。彼女はいつだって、一番みんなが苦しい時に、明るい励ましの歌を奏でてくれた」
「俺は、まだ、フローラルのくれた匂い袋を持っている。もう、香りはうっすらとしかないが。あの匂いで、別の世界にいける気がしたな」
ふたりは、笑い出した。
フローラルの向日葵のような、太陽のような笑顔と、穏やかな癒やしの魔法を一番欲していることに、気づいたからだった。
しばらくして、虚空を眺めたのち、オクセンは意を決して、
「一週間が体力でも資金でも、我慢の限界だ。待って、まだ黒竜が山から下りてこないなら、奴の住処に攻め込むことにするよ」
そのリーダーの決定は、相棒のベリーにも伝えられた。
冒険者たちは、戦闘に備えて、食料を買い込み、防備を整え始めた。
オクセンとベリーはそれぞれ剣や槍を磨き、アングリーズは魔法の杖や魔法の魔術を復習し直す。
農家の年五十くらいの牛飼いの男が、そんな彼らの行動の変化に気づいた。
決行の二日前、林でオクセンが剣術の訓練をしていたときだった。
「黒竜をやる気かね」
振り向くと、白いのが混じった牛飼いが、気のよさそうな笑顔で訊いてきた。
オクセンが汗をぬぐい、剣の構えを中断し、出立の胸を話すと、
「勝ち目はない。皆、死ぬ」
と、牛飼いは断言する。
「なぜ、あなたに、そんなことが言えるのです?」
オクセンの口調には、平民の農民である身であるのに、という侮蔑の響きが滲んでいる。
だが、牛飼いは怯むことはない。眉間に皺を寄せながら、
「わたしが数年観察するに、あの竜はたいへん忍耐強い。目も鼻も利く。この一年だけで、目の前の賞金目当てで百もの若い戦士たちが山に分けいった。皆、食われて戻らないのは、君らも分かっているよな?」
オクセンは黙って頷きながら、
「では、いつ、向かえばいいんです?」
「向かうのは、黒竜の思う壺だ。
あと、二ヶ月、待てば辺りは雪で覆われ、食料なわなくなる。小腹を空かせて、この山里の家畜を狙って、山里に降りてきた時。そこで仕留める」
「どのくらいの時間、降りてきた?」
「早朝の四時か五時。十分も満たない」
「それで逃したら、どうなる?」
「また、来年、その時を待つしかない。わたしはそれを待ってきた。愛する家族を捨ててな」
「そんな、馬鹿げたことはできない。俺たちはやる」
オクセンはクルリと背を向けて、足早に立ち去った。
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