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「ちょっと、来てくれ」

「え……?」

 突然のことに戸惑っていると、彼は強引に歩き出した。

 会場を出ると、そのまま馬車に乗せられてしまう。

「ど、どこへ向かわれるのですか?」

「黙っていろ」

 彼は苛立ったように言った。

 その表情からは怒りのようなものが感じられたため、セーリーヌは何も言えなくなってしまう。

(どうして怒っているのでしょうか……?)

 不安な気持ちを抱きながら窓の外を眺めていると、ふいに彼が口を開いた。

「あの男のことが好きなのか?」

「え……?」

 突然の質問にセーリーヌは戸惑った。

 なぜそんなことを訊かれるのだろうかと思ったが、すぐにアドニス侯爵のことだと気づく。

「何のお話ですの……ご婚礼前なのに……困りますわ……」

「誤魔化すな!」

 彼は声を張り上げた。

 その声は馬車中に響き渡り、馬が驚いて嘶く。

 セーリーヌはびくりとして肩を震わせた。

 そんな彼女を見下ろしながら彼は続ける。

「お前はあの男とどういう関係なんだ?」

「ど、どういうって……ただのお友達ですわ……」

「それだけか?」

「え……?」

 思いがけない質問にセーリーヌは困惑した。

 アドニス侯爵とは何度か逢瀬を重ねた仲ではあるし──愛している。

 だが、それを正直に打ち明けても良いものか悩む。

「答えろ」

 殿下は厳しい口調で迫った。

 セーリーヌは思わず息を呑む。

(この方はわたくしに何を言わせたいの……?)

 そう思ったが、黙っているわけにもいかないだろうと思い直し、口を開いた。

「彼を愛しています……」
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