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 今日の自分はやっぱりおかしい。

 視界がぼやけていく。

 ──なぜそんなひどい顔をしているのかしら?

 その問いは、口にしようとしても上手く出てこなかった。

 ヒューヒューと喉が鳴る。

 大切な友よ。さあ、笑ってね。

 今日はエルドラン国民が盛大に祝うべき、喜ばしい日。

 未来の国王の、生涯の伴侶が決まったのだから。

 セーリーヌは力なく口の端を持ち上げた。

 ──もうこんな茶番はおしまいにしましょう。

 セーリーヌは殿下を射止めるためだけに、この世界に迎えられた。

 しかし、セーリーヌにとっての殿下は騙すには優しすぎる、大切な友人だった。

 そして、セーリーヌもこの役目を負えるほどの、完璧な役者にはなれなかった。

 殿下がセーリーヌではない人を選んでくれたことに、セーリーヌ自身が一番ホッとしていた。


 セーリーヌは思う。

 やっぱり、今日はなにかがおかしい。

 自分でもよくわからない。

 自分はこれから、どうすればいいのだろうか。

 幸せな行く末が全く見えない、終わりのない迷路に放り込まれたよう。

 泣きそうな顔をする令嬢たちと、その愛する人──殿下をセーリーヌは見上げた。

 殿下とエリザベータ様が微笑み合う姿を見て、本当は羨ましかった。


 ──ばかし合いはもうたくさんだわ。

 自分にも、あんなふうに微笑んでくれる人がいたら……

 厚かましくもそんなことを思った。

 自分でも思う。どうかしていると。

 そんな未来、あるわけがないのに。

 ──だからわたし、こんなことになっても、ちっとも後悔はないのよ。

 セーリーヌは、ゆっくりと目を閉じた。

 もう涙は出なかった。

 わたくは、殿下とエリザベータ様が幸せならそれでいいの。

 それがわたくしの望み。

──さようなら、殿下。わたくしのためにも、どうか幸せになってね。

 そして、セーリーヌはゆっくりとその意識を手放したのだった。
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