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 しかしアガーネン卿は余裕の表情を崩さない。

 そのまま立っているだけだ。

「ふん、やってみろ、ウィリアム」

 アガーネン卿の首に剣が届く寸前で、突然横から手が伸びてきてウィリアムの腕を掴んだ。

「ぐはっ!」

という苦痛の声を漏らしながら後ろに倒れ込むウィリアム。

 そこに立っていたのは、背後に隠れていたシリウス子爵であった。

 彼は残忍な顔でニヤリと笑いながら言った。

「ふんっ、馬鹿なやつだ」



 一方、エドナは床に倒れたままの状態で動くことができずにいた。

 恐怖で身体が震えて動けなかった。

 そんな彼女を見下ろしながら、アガーネン卿が言った。

「未来の主人もこれで終わりだ」

 それからアガーネン卿はゆっくりと近づいてくると、エドナを抱き起こしながら、

「可哀想な女だ。せめて今は休んでおけ」

と言って彼女の髪を掴み上げた。

「痛いっ…何するの? やめて!」

と彼女が叫んだ瞬間、アガーネン卿は彼女のお腹を殴りつけた。

「くうっ!」

「やめろ! エドナに手を出すな!」

 その頃、ウィリアムはシリウス子爵の部下たちに拘束されていた。

 彼は縄で縛られており、身動きが取れなくなっていた。

 そんな彼に、アガーネン卿が呼びかけた。

 手にはナイフを持っている。

「ウィリアムよ、大人しくしないと、この女を殺す!」

と言ってエドナにナイフを突きつけてきた。


(くそっ)と思いながらもウィリアムは抵抗できない。

 悔しそうに歯を食いしばることしかできなかった。

 シリウス子爵はウィリアムの横で嘲笑を浮かべている。

 エドナは恐怖で震えていた。

 それでもウィリアムの姿を見ると、勇気を振り絞り叫んだ。

「ウィリアム様、わたしのことは気になさらないで……!」

 だがその声をかき消すようにシリウス公爵が叫ぶ。

「黙れ!」と言って彼女の頬を叩いた。

 パンッという音が響くと同時に彼女の口から血が飛び散り、頬が赤く腫れ上がった。

「エドナ!」

 それを見てもなおシリウス卿は笑いながら言った。

「さあ、見殺しウィリアムよ。叫んでみろ、泣いてみろ。何か言いたいことがあるのなら言えよ」

 ウィリアムは覚悟を決めて言った。

「……確かに俺はリンドン隊長を守れなかった。どうなっても俺は構わない。だが頼む。エドナは無関係だ。命だけは救ってくれ!」

 そして彼は目を閉じた。

(これでエドナが助かるのなら本望だ)という想いを込めて……。

 しかし次の瞬間、聞こえてきたのはエドナの声であった。

「違うわ…。あなたは立派な隊長よ! 私なんて気になさらないで国を守って!」
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