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5 海棠の眠り未だ足らず
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雑貨店のオーナー、ダグラスは花梨の部屋の前に立っていた。ドアノブを回してみても、鍵がかかっているので開かない。
するとダグラスは何やらよくわからない、歌のような言葉を唱え始めた。詠唱が終わると、鍵はかちりと開いた。彼が唱えたのはアンロックの魔法だった。
ダグラスには魔術の心得があったのだが、誰にもそれを口外していなかった。もし、魔術のことが世間に知られれば、厄介なことになるのを彼は熟知していたのである。
部屋に踏み入り、ダグラスは目を見開いた。テーブルの上に突っ伏している花梨の姿。そこには大量の薬の包装と、空のグラスがあった。これを見てしまえば、花梨は服薬自殺を目論んでいたのだと一目瞭然だった。
「彼女の様子がおかしかったから、閉店後に駆けつけてみたんですけど……どうやら遅かったようですね」
ダグラスは歯噛みする。
そのとき、花梨の口から寝息が聞こえてきたので、彼は幾分安堵した。そして彼はオルゴールのねじを巻き、茶褐色の蓋を開けた。流れ出す華麗なメロディーとともにセシルが現れる。
「あれ? どうしてマスターがここにいるの?」
セシルの問いにダグラスは花梨を指差した。
「カリン、寝ているの? あーあ、だらしない格好で寝ちゃって。風邪を引いても知らないからね」
セシルは呑気な声を出す。
それに対し、ダグラスは険しい表情を浮かべていた。
「いや、違うんです、セシル。彼女は自殺を図って、睡眠薬を大量服用してしまったんです」
「え、ええ! なんだってカリンはそんな馬鹿な真似をしたの!?」
セシルは驚愕する。場の空気が一気に重くなっていった。
「いいですか、セシル。救急車を呼んでも、この様子では助からないでしょう。そこできみの出番です」
ダグラスはセシルの肩を掴んだ。
「え、僕の出番だって? でも、一体どうしたらカリンは目を覚ましてくれるのさ!?」
「それは彼女の唇にキスをすることです。妖精の力があれば、彼女を救えるでしょう。──いや、妖精というよりは、王子……」
「ぼ、僕が花梨とキスだって!? だけど、その役目は──」
ダグラスを凝視するセシル。王子なのは──。
「眠れる森の美女は王子様のキスで目を覚まします。セシルもよく知っていることでしょう?」
セシルは確かに知っていた。知ってはいたが──セシルは踊る役目。
「いいですか、セシル。もう時間の猶予がないんです。一刻も早くキスをして、彼女を目覚めさせてください」
「で、でも、マスター。それはマスターの、王子の役割じゃないの?」
「私が王子なのは事実です。でも、セシル。彼女と感情をともにし、親密にしてきたのは、きみです。きみがキスをすれば、きっと彼女は目を覚まします」
セシルは役目が変わったことに困惑していた。自分は目を覚ました美女と王子を祝福するはずだったのに。
「躊躇っている場合ですか、セシル。手遅れになる前に早くしなさい!」
ダグラスはセシルを睨みつけた。その気迫に圧されたのか、セシルは花梨の顔の近くまで行った。
「……恥ずかしいからマスターは見ないでよ」
「はい。私は後ろを向いています」
ダグラスは花梨とセシルに対して背を向けた。
セシルは花梨の顔に己の口を近づける。そこで彼は初めて思った。花梨の顔は、なんて綺麗なのだろうかと。
掠めるように花梨と口づけをする。軽いキスだったが、セシルは脳が痺れるような甘い感覚を抱いた。
「……!」
すると花梨は咳き込みながら、薬を全て吐き出した。
それを見届け、ダグラスは安堵しながら部屋を去っていった。
「彼女にとっての王子様は私ではなかったようですね。王子様はセシルだった。少し妬けますね……」
ダグラスは苦笑いしながら『眠れる森の美女』の童話のあらすじを思い出す。あとは王子様とお姫様の物語だ。
「あれ? 私、一体何を……今日、私は何を?」
眼を擦り、花梨はセシルを見る。
「よかった。カリンが目を覚ましてくれて、本当によかった」
セシルはきつく花梨を抱きしめた。
「ねえ、セシル。私、今日の記憶がないの」
それもそのはずである。セシルはキスに魔法をかけていた。きっと今日、嫌なことがあって、花梨は自殺に及んだのだろう。そう察したセシルは今日の記憶と、彼女のトラウマが消えるようにキスに魔法を仕込んだのである。
「それに、まだ眠い……」
薬の効果が残っているのか、花梨はほんのり目元を赤くしている。セシルはくすりと微笑んだ。
「海棠の眠り未だ足らずだね」
セシルは優しく笑いかけ、花梨の頭を撫でた。
これは花梨という眠り姫と、セシルという王子様が紡いだストーリーだった。
するとダグラスは何やらよくわからない、歌のような言葉を唱え始めた。詠唱が終わると、鍵はかちりと開いた。彼が唱えたのはアンロックの魔法だった。
ダグラスには魔術の心得があったのだが、誰にもそれを口外していなかった。もし、魔術のことが世間に知られれば、厄介なことになるのを彼は熟知していたのである。
部屋に踏み入り、ダグラスは目を見開いた。テーブルの上に突っ伏している花梨の姿。そこには大量の薬の包装と、空のグラスがあった。これを見てしまえば、花梨は服薬自殺を目論んでいたのだと一目瞭然だった。
「彼女の様子がおかしかったから、閉店後に駆けつけてみたんですけど……どうやら遅かったようですね」
ダグラスは歯噛みする。
そのとき、花梨の口から寝息が聞こえてきたので、彼は幾分安堵した。そして彼はオルゴールのねじを巻き、茶褐色の蓋を開けた。流れ出す華麗なメロディーとともにセシルが現れる。
「あれ? どうしてマスターがここにいるの?」
セシルの問いにダグラスは花梨を指差した。
「カリン、寝ているの? あーあ、だらしない格好で寝ちゃって。風邪を引いても知らないからね」
セシルは呑気な声を出す。
それに対し、ダグラスは険しい表情を浮かべていた。
「いや、違うんです、セシル。彼女は自殺を図って、睡眠薬を大量服用してしまったんです」
「え、ええ! なんだってカリンはそんな馬鹿な真似をしたの!?」
セシルは驚愕する。場の空気が一気に重くなっていった。
「いいですか、セシル。救急車を呼んでも、この様子では助からないでしょう。そこできみの出番です」
ダグラスはセシルの肩を掴んだ。
「え、僕の出番だって? でも、一体どうしたらカリンは目を覚ましてくれるのさ!?」
「それは彼女の唇にキスをすることです。妖精の力があれば、彼女を救えるでしょう。──いや、妖精というよりは、王子……」
「ぼ、僕が花梨とキスだって!? だけど、その役目は──」
ダグラスを凝視するセシル。王子なのは──。
「眠れる森の美女は王子様のキスで目を覚まします。セシルもよく知っていることでしょう?」
セシルは確かに知っていた。知ってはいたが──セシルは踊る役目。
「いいですか、セシル。もう時間の猶予がないんです。一刻も早くキスをして、彼女を目覚めさせてください」
「で、でも、マスター。それはマスターの、王子の役割じゃないの?」
「私が王子なのは事実です。でも、セシル。彼女と感情をともにし、親密にしてきたのは、きみです。きみがキスをすれば、きっと彼女は目を覚まします」
セシルは役目が変わったことに困惑していた。自分は目を覚ました美女と王子を祝福するはずだったのに。
「躊躇っている場合ですか、セシル。手遅れになる前に早くしなさい!」
ダグラスはセシルを睨みつけた。その気迫に圧されたのか、セシルは花梨の顔の近くまで行った。
「……恥ずかしいからマスターは見ないでよ」
「はい。私は後ろを向いています」
ダグラスは花梨とセシルに対して背を向けた。
セシルは花梨の顔に己の口を近づける。そこで彼は初めて思った。花梨の顔は、なんて綺麗なのだろうかと。
掠めるように花梨と口づけをする。軽いキスだったが、セシルは脳が痺れるような甘い感覚を抱いた。
「……!」
すると花梨は咳き込みながら、薬を全て吐き出した。
それを見届け、ダグラスは安堵しながら部屋を去っていった。
「彼女にとっての王子様は私ではなかったようですね。王子様はセシルだった。少し妬けますね……」
ダグラスは苦笑いしながら『眠れる森の美女』の童話のあらすじを思い出す。あとは王子様とお姫様の物語だ。
「あれ? 私、一体何を……今日、私は何を?」
眼を擦り、花梨はセシルを見る。
「よかった。カリンが目を覚ましてくれて、本当によかった」
セシルはきつく花梨を抱きしめた。
「ねえ、セシル。私、今日の記憶がないの」
それもそのはずである。セシルはキスに魔法をかけていた。きっと今日、嫌なことがあって、花梨は自殺に及んだのだろう。そう察したセシルは今日の記憶と、彼女のトラウマが消えるようにキスに魔法を仕込んだのである。
「それに、まだ眠い……」
薬の効果が残っているのか、花梨はほんのり目元を赤くしている。セシルはくすりと微笑んだ。
「海棠の眠り未だ足らずだね」
セシルは優しく笑いかけ、花梨の頭を撫でた。
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