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第二章
第83話 六人と……
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キエティの病室に六人の魔族が集まっていた。
ゼムドが話し始めた。
「キエティと最後に話したのは四日前だ。その後目を覚まさなくなった。急激に体重が落ちている。このままだと死ぬ」
シヴィが質問した。
「どういう事ですか? 治療自体は成功したはずですが」
「分からない。一度あいつが起きて、俺と会話した時は普通だった。異常はなかった。ただ、その夜急激に体調が悪化したらしい。俺は龍のところへ行かなければいけなかったから、昨日になってこちらへ戻ってきて、初めてキエティがおかしくなっていることに気づいた」
「拙者にはよく分からない話でござる。拙者達には医者は必要ないでござるからな。それで、ゼムド殿は我らを集めたわけで何をしたいのでござるか?」
「俺はここでキエティの治療に当たる。といっても、具体的には点滴の栄養素を限界まで水に溶かして体内に吸収しやすくすること、同様に血中の酸素濃度を高めること、また、体全体に負担を掛けないように重力魔法を使うだけだが。試した感じでは、それらで若干体調の悪化を和らげられる。
しかし、そのため俺は当面ここから動けない。だからお前たちにやってもらいことがある。
俺は先ほど、キエティのこの状態について原因が分からないとは言ったが、厳密には一つだけ思い当たるフシある。
おそらくエスカの攻撃を受けた際に、何らかの魔力汚染がキエティに発生したのだろう。
それで現状を説明できるように思う。魔力所有量の少ない者に生じた魔力汚染を除去できればいいはずだ。俺は、昨日ここへ一度戻ってきたあと、すぐに龍のところへ飛んで対処法を聞いたが、龍は分からないということだった。
俺たちや龍のような上位種は基本的に毒や魔力による汚染はない。
しかし、一方で、各種族の下位・中位種はこの手の問題に良くぶつかっているはずだ。具体的にだが、ケリド、お前は獣族のところへ向かってくれ。俺達のような者よりは、獣族の下位・中位の連中の方が、過去にキエティに似た病状を発症している可能性が高い。
シヴィ、お前は人族に人気がある。キエティに似た症状を示した者が過去にいるかどうか手段は問わないから情報収集してくれ。現在、この病院経由で症例を洗ってはいるが、おまえにも可能なら動いてもらいたい。
ワダマルはガルドマドのところへ行ってくれ。ドワーフの繁殖力の低さは、おそらく鉱物を加工する際に魔力汚染で生殖能力に問題が生じるからだろう。もしかすると、ドワーフの慣習の中に何かしら、病状を抑えられるような民間療法があるかもしれない」
ここで、アザドムドが云う。
「俺は行かねー。帰ってゲームするわ。人族には興味ないんでな。じゃあな」
そう言って、窓を開けて飛んで行ってしまった。
シヴィはため息を付いて一言話す。
「アザドムドさんはホントに……」
これにゼムドは少し笑う。
「いや、あいつらしい。あれでいいんだよ」
シヴィには良く分からない発言だ。シヴィは首を傾げる。ゼムドはミホを見る。
「ミホ、お前はどうする? お前もゲームをやるか?」
「う~ん。私も正直、人族に興味はないけど、アザドムドほど空気が読めないわけじゃないんだよねー。いいよー。手伝っても」
「じゃあ、お前はオンラインゲームのチャット機能、あるいはネット上で何かしら魔力汚染についての情報を集めてくれ。ネット上は間違いも多いし期待値は低そうだが、やらないよりはマシだろう」
「オッケー、じゃあ、やるわー」
「じゃあ、全員散ってくれ。宜しく頼む」
ゼムドがそう言うと、全員すぐにその場から飛んで行ってしまった。
ゼムドはキエティの近くに座って、集中する。
なるべく、体調の悪化を抑えなければいけない。
別に自分が焦っても仕方ない。
戦闘時と同じだ。
その時点で淡々とやれることを繰り返すだけだ。
無駄な感情はいらない。
そう思って、重力魔法を使い続ける。
同時にキエティの顔を見た。
いつもと違って、今日は笑っていない。
怒ってもいないな。
コイツは、大体、喜怒哀楽が大きすぎる。
もっと落ち着いた方が良いのにな。
……
……
…………
だが、今は笑えばいいのに。
そう思う。
キエティの額に掛かった髪をゼムドの手で払ってやる。
今までやってみたことはないが、初めてキエティの髪を撫でてみた。
サラサラだった。
……
……
何か見落としている点は無いか?
――事実から現状を分析すれば魔力汚染以外には考えられない――
四日前にキエティをあの場で治療しようとした時も、魔力汚染だけは無いように注意した。
だから、あの場では万一を考えて、自らの纏っている魔力まで魔核へ戻した。
あの距離でも下手すると魔力汚染はありえたからだ。
だが、俺はあの場ではミスをしていない。
俺はミスをしない。
――やはりエスカか。
シヴィが手を犠牲にして防いだようだが、貫通している以上、魔力汚染はあったはずだ。
ただ、本来のエスカとキエティの魔力差で考えれば、微小のダメージでもでもキエティは死んでいるはずだ。それだけシヴィがギリギリまで護ったということか。シヴィを疑っていたが、あいつには悪いことをした。
後でもう一度謝る必要があるか。
……
……
状況だけを考えればそれほど悲観する必要は無いはずだ。
おそらくあいつらのいずれかが、対処法を見つけてくるだろう。
あとはキエティの体力がどれくらい持つか、か。
こればかりは運になる、か。
そう思ってゼムドはさらに手元に集中していった。
***************
アザドムドはゆっくりと飛んでいた。
機嫌は最悪だ。
あの場にいたら、あのエルフを殺していたかもしれない。
それくらい今の気分は悪い。
ゼムドが無防備に背中を見せたのが気に喰わない。
エルフを治療する際に、魔力汚染を防ぐのが目的だったのだろうが、ゼムドが普段自分に纏っている魔力を解いていた。
ゼムドの魔力コントロールならば、自らの魔力放出を抑えなくても、あのエルフに魔力汚染は発生しなかっただろう。
しかし、ゼムドは低い可能性を想定して、己の魔力を解いたのか。
――気に喰わない――
ゼムド達には俺が何処へ行ったかはバレたくない。
だから、今は魔力を抑えながら飛んでいる。
目標が見えてくる。
さらに機嫌が悪くなってくるのを感じる。
とりあえず目標地点に近づいたので、ゆっくりと下りていく。
目標地点からは物凄い警報音が鳴り響いている。
どうやら俺を歓迎してくれているようだ。
二つ、何かが目に映ったが、適当に魔力を飛ばして吹き飛ばす。
二つとも死んだかもしれない。
知ったことではないが。
とりあえず宮殿の入口に近づくが、その入り口も跡形もなく粉砕する。
粉砕と同時に中から何かが四つ出てきたが、それも適当に吹き飛ばす。
これも死んだかもしれない。
宮殿内に入ってみると、随分と大きい造りになっている。
悪くない。
俺が住んでやってもいいかもしれない。
今度、アジトの再建をするならこれを移植してもいい。
それくらいの価値はあるだろう。
龍の宮殿よりはマシだな。
奴らは質素すぎる。
俺はこういう豪華絢爛なものの方が好みだ。
そう思いながら、中を歩いていくが、何か糸のようなものが体に絡みついてくる。
クモの糸のようだ。
服にくっついて汚いから適当に焼き切っていく。
10分程、歩いただろうか。
ドーム状に大きく天井が加工された部屋に出た。
その向こう側に1匹の鳥がいる。
シェルドミルだった。
***************
アザドムドの足元から魔力が漏れ出てしまっていた。
歩くだけでグリフォン王宮の大理石の床が魔力汚染されていく。
ピシッ、と音を立てながら、大理石が割れてその白さが紫へと変色していく。
アザドムドは大きいドーム状の部屋で、シェルドミルと対峙している。
アザドムドが話を始めた。
「俺は弱い者が嫌いだ。ただ、俺は弱い者を嬲ったりはしない。いつもすぐに消してしまう。それは弱い者を見ることすら嫌悪してしまうからだ」
アザドムドは少し時間を置く。
そして続ける。
「だが、今回だけは例外だ。まず最初に、お前達種族のメスと子供を全て消す。次に、残ったお前達オスを1年に1匹ずつ消していく。繁殖できずに、哀れに絶滅までの時間を長引かせるつもりだ」
――ピシッ――
大理石が割れていく。
アザドムドは無表情に話を続ける。
「ゼムドが抱えていたエルフが一人、俺たちの仲間の攻撃で、現在、意識不明の昏睡状態だ。
体の傷は治っているはずだが、意識が戻らない。これを治療しろ」
シェルドミルは表情を変えない。
しかし、すぐに答えた。
「分かりました。担当の者を呼んで参ります。ここでお待ちください」
――ピシッ――
アザドムドはドーム全体に描かれた壁画を見る。
グリフォン種が、過去から現在に掛けて世界の支配を握っていった様子を表現したいらしい。
歴代のグリフォン王であろう者が描かれていて、まるで世界が王を崇拝しているようだ。
王を神話に見立てているような絵面であった。
――ピシッ――
**************
15分ほどしてシェルドミルが1人の年老いたグリフォンを連れてきた
シェルドミルは立ち止まる。
しかし、老いたグリフォンはシェルドミルより5歩だけ前に進み、そこで立ち止まる。
そして、一礼してからアザドムドに話始めた。
「私はグリフォン軍で軍医をしている者です。その患者についての話は伺いました。
その状態はまず間違いなく、魔力汚染による心身衰弱でしょう。
グリフォン種は獣族の中でも上位種であるため、自分より下位種による魔力汚染、また毒のような攻撃は一切無効化できます。しかし、グリフォン軍配下の下位・中位種に関しては任務遂行上、これらに汚染されることはあります。ただ一方で、我々は長年の研究において、これらの汚染・毒に関しては対処できる研究を積み重ねております。具体的には二つで、一つ目には血清の維持保管、また、二つ目に現場で短時間で血清、あるいは解毒剤を作る技術を備えております。獣族の上位種において、このような技術面で最も先行しているのは我が種であり…」
この瞬間アザドムドが魔力を放出して、老グリフォンを吹き飛ばした。
老グリフォンは壁に叩きつけられて、口から血を流す。
シェルドミルはアザドムドを見たままだ。
アザドムドは天井から目線を老グリフォンに移す。
「俺は、エルフを治せるかどうかの話をしている。貴様らの種の優位性についての講義を聞いているわけではない」
そう言ってから、シェルドミルをもう一度見据える。
「おまえ、俺に恩を売りたいようだが、俺は気まぐれにして自由だ。俺はお前達のように弱い〝王〟を崇めたりはしない。エルフが助かることと、助からないこと、そしてお前らが滅ぶか、滅ばないかは関係ない。エルフが助かったとしても、お前らは滅ぶときは滅ぶ。俺の気分次第だ。要点を話せ」
シェルドミルは老グリフォンを見る。
「ガルーバ博士、必要な話だけをお願いします」
老グリフォンは立ち上がって話を再開した。
「…今回のケースでは、その攻撃をした魔族の体細胞の一部があれば短時間で解毒剤を作ることは可能だと思います」
アザドムドがこれに返答した。
「一日以内に人の国へ来い。それだけだ」
そう言って、アザドムドは飛び上がって天井の壁画を派手に突き破り、人の国の方向へ飛んで行ってしまった。
::::::::::::::::::::::::::::::::::
シェルドミルはガルーバを支える。
そして話し始めた。
「ガルーバ博士、申し訳ありません。可能ならあの魔族から譲歩を引き出したかったのですが、その役目を負わせたあなたにこのような目を合わせてしまうとは」
「いや、大丈夫だ。この程度なら問題はない。それより、どうする? 本当にたかが人族に我らの技術を使うのか?」
「はい。エルフの娘がどうなろうと知ったことではありませんが、ゼムドに〝恩を売ること〟に価値があります。今回のケースでは治療そのものは難しくありません。しかし、ゼムド達、上位種にすると、自分が魔力汚染や毒を受けたことがないので治療法が分からないのでしょう。
一方、人族の街では今回のケースの治療法はおそらく確立されているはずです。しかし、解毒剤を作る技術に長けているのはグリフォン軍です。我らはそれが本業なので、人族よりは短時間で生成が可能でしょう。あなたはすぐに人族の街へ向かってください。人族より早く解毒剤を作らねば意味がありません」
「お前がそう言うなら、その通りにする」
「急ぎでお願いします。予算や何か過不足があれば私の名義で全て決裁・承認してもらって構いません」
そう言うと老グリフォンはすぐに飛んで行った。
シェルドミルは考える。
エルフを助けることはメリットがある。ゼムドに恩を売れる。可能なら今来た魔族にも恩を売りたかったが、全く話を聞くタイプではなかった。
ガルーバ博士には申し訳ないことをした。可能なら、他種とグリフォンの優位性の差を説いて“すぐに治してやってもいい”という会話の流れに持って行きたかったが無駄だった。
今日来たあの魔族は何故、エルフを助けたがる?
あのタイプはグリフォン軍にもいるが、優秀ではあるが協調性が無く、自分のためだけに生きるタイプだ。自分の興味のあることしかしないはずだ。ゼムドと仲がいいとも思えない。
一番〝使いづらい〟タイプだ。
それに考えてみるとゼムドならば、あの魔族をグリフォン国へ派遣したはずがない。過去にグリフォンを滅ぼそうとしたからだ。おそらくゼムドは今日、あの魔族がグリフォン国へ来ることを知らないはずだ。あの魔族七人の人間関係が分からない……。
シェルドミルはアザドムドが立っていた場所へ移動する。
しゃがみ込んで床を確認してみる。大理石の魔力汚染がひどい。
グリフォンの魔力でも大理石に汚染のダメージが出るため、常時結界を張っているが、それがまったく意味を為していない。しかも、あの魔族は以前会った時に比べれば全く魔力も放出していない。
加えて――
シェルドミルはアザドムドが歩いてきた通路を見る。設置型の拘束魔法が起動した形跡があるが、それも全て破られている。糸が散らばっているが、全て焼き切られた形跡がある。あれは一度敵が罠に掛かれば、龍の子供でも動けなくすることが出来るだろうが、それを歯牙にもかけないか。やはり現状ではグリフォンは龍どころか魔族にもはるかに劣る。
考え方を変えねば、グリフォンは種として劣勢に立たされる。
…それにしても、あの3年前の事件ではおそらく龍、ゼムド、6人の魔族のいずれも本気を出していない。
あの場で龍には余裕が見られたが、龍はおそらく何か手の内があったはずだ。
会話からするとゼムドが圧倒的に強いように見えるが、それにしては龍の余裕がおかしい。おそらく3000年間で何かしらゼムドに対抗できる手段を手に入れたのだろう。
可能ならそれが欲しい。
それが手に入ることになれば、おそらく龍にも機能する。状況次第ではグリフォンが盤上をひっくり返せる可能性がある。
シェルドミルは立ち上がって、壊された天井を見る。
フン、と鼻を鳴らす。
まぁ、いい。
今は劣っていても最後に勝てればいい。
我が種が、この世界で最も優れた種であることを証明してみせよう。
そう思って、シェルドミルはその場を立ち去って行った。
ゼムドが話し始めた。
「キエティと最後に話したのは四日前だ。その後目を覚まさなくなった。急激に体重が落ちている。このままだと死ぬ」
シヴィが質問した。
「どういう事ですか? 治療自体は成功したはずですが」
「分からない。一度あいつが起きて、俺と会話した時は普通だった。異常はなかった。ただ、その夜急激に体調が悪化したらしい。俺は龍のところへ行かなければいけなかったから、昨日になってこちらへ戻ってきて、初めてキエティがおかしくなっていることに気づいた」
「拙者にはよく分からない話でござる。拙者達には医者は必要ないでござるからな。それで、ゼムド殿は我らを集めたわけで何をしたいのでござるか?」
「俺はここでキエティの治療に当たる。といっても、具体的には点滴の栄養素を限界まで水に溶かして体内に吸収しやすくすること、同様に血中の酸素濃度を高めること、また、体全体に負担を掛けないように重力魔法を使うだけだが。試した感じでは、それらで若干体調の悪化を和らげられる。
しかし、そのため俺は当面ここから動けない。だからお前たちにやってもらいことがある。
俺は先ほど、キエティのこの状態について原因が分からないとは言ったが、厳密には一つだけ思い当たるフシある。
おそらくエスカの攻撃を受けた際に、何らかの魔力汚染がキエティに発生したのだろう。
それで現状を説明できるように思う。魔力所有量の少ない者に生じた魔力汚染を除去できればいいはずだ。俺は、昨日ここへ一度戻ってきたあと、すぐに龍のところへ飛んで対処法を聞いたが、龍は分からないということだった。
俺たちや龍のような上位種は基本的に毒や魔力による汚染はない。
しかし、一方で、各種族の下位・中位種はこの手の問題に良くぶつかっているはずだ。具体的にだが、ケリド、お前は獣族のところへ向かってくれ。俺達のような者よりは、獣族の下位・中位の連中の方が、過去にキエティに似た病状を発症している可能性が高い。
シヴィ、お前は人族に人気がある。キエティに似た症状を示した者が過去にいるかどうか手段は問わないから情報収集してくれ。現在、この病院経由で症例を洗ってはいるが、おまえにも可能なら動いてもらいたい。
ワダマルはガルドマドのところへ行ってくれ。ドワーフの繁殖力の低さは、おそらく鉱物を加工する際に魔力汚染で生殖能力に問題が生じるからだろう。もしかすると、ドワーフの慣習の中に何かしら、病状を抑えられるような民間療法があるかもしれない」
ここで、アザドムドが云う。
「俺は行かねー。帰ってゲームするわ。人族には興味ないんでな。じゃあな」
そう言って、窓を開けて飛んで行ってしまった。
シヴィはため息を付いて一言話す。
「アザドムドさんはホントに……」
これにゼムドは少し笑う。
「いや、あいつらしい。あれでいいんだよ」
シヴィには良く分からない発言だ。シヴィは首を傾げる。ゼムドはミホを見る。
「ミホ、お前はどうする? お前もゲームをやるか?」
「う~ん。私も正直、人族に興味はないけど、アザドムドほど空気が読めないわけじゃないんだよねー。いいよー。手伝っても」
「じゃあ、お前はオンラインゲームのチャット機能、あるいはネット上で何かしら魔力汚染についての情報を集めてくれ。ネット上は間違いも多いし期待値は低そうだが、やらないよりはマシだろう」
「オッケー、じゃあ、やるわー」
「じゃあ、全員散ってくれ。宜しく頼む」
ゼムドがそう言うと、全員すぐにその場から飛んで行ってしまった。
ゼムドはキエティの近くに座って、集中する。
なるべく、体調の悪化を抑えなければいけない。
別に自分が焦っても仕方ない。
戦闘時と同じだ。
その時点で淡々とやれることを繰り返すだけだ。
無駄な感情はいらない。
そう思って、重力魔法を使い続ける。
同時にキエティの顔を見た。
いつもと違って、今日は笑っていない。
怒ってもいないな。
コイツは、大体、喜怒哀楽が大きすぎる。
もっと落ち着いた方が良いのにな。
……
……
…………
だが、今は笑えばいいのに。
そう思う。
キエティの額に掛かった髪をゼムドの手で払ってやる。
今までやってみたことはないが、初めてキエティの髪を撫でてみた。
サラサラだった。
……
……
何か見落としている点は無いか?
――事実から現状を分析すれば魔力汚染以外には考えられない――
四日前にキエティをあの場で治療しようとした時も、魔力汚染だけは無いように注意した。
だから、あの場では万一を考えて、自らの纏っている魔力まで魔核へ戻した。
あの距離でも下手すると魔力汚染はありえたからだ。
だが、俺はあの場ではミスをしていない。
俺はミスをしない。
――やはりエスカか。
シヴィが手を犠牲にして防いだようだが、貫通している以上、魔力汚染はあったはずだ。
ただ、本来のエスカとキエティの魔力差で考えれば、微小のダメージでもでもキエティは死んでいるはずだ。それだけシヴィがギリギリまで護ったということか。シヴィを疑っていたが、あいつには悪いことをした。
後でもう一度謝る必要があるか。
……
……
状況だけを考えればそれほど悲観する必要は無いはずだ。
おそらくあいつらのいずれかが、対処法を見つけてくるだろう。
あとはキエティの体力がどれくらい持つか、か。
こればかりは運になる、か。
そう思ってゼムドはさらに手元に集中していった。
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アザドムドはゆっくりと飛んでいた。
機嫌は最悪だ。
あの場にいたら、あのエルフを殺していたかもしれない。
それくらい今の気分は悪い。
ゼムドが無防備に背中を見せたのが気に喰わない。
エルフを治療する際に、魔力汚染を防ぐのが目的だったのだろうが、ゼムドが普段自分に纏っている魔力を解いていた。
ゼムドの魔力コントロールならば、自らの魔力放出を抑えなくても、あのエルフに魔力汚染は発生しなかっただろう。
しかし、ゼムドは低い可能性を想定して、己の魔力を解いたのか。
――気に喰わない――
ゼムド達には俺が何処へ行ったかはバレたくない。
だから、今は魔力を抑えながら飛んでいる。
目標が見えてくる。
さらに機嫌が悪くなってくるのを感じる。
とりあえず目標地点に近づいたので、ゆっくりと下りていく。
目標地点からは物凄い警報音が鳴り響いている。
どうやら俺を歓迎してくれているようだ。
二つ、何かが目に映ったが、適当に魔力を飛ばして吹き飛ばす。
二つとも死んだかもしれない。
知ったことではないが。
とりあえず宮殿の入口に近づくが、その入り口も跡形もなく粉砕する。
粉砕と同時に中から何かが四つ出てきたが、それも適当に吹き飛ばす。
これも死んだかもしれない。
宮殿内に入ってみると、随分と大きい造りになっている。
悪くない。
俺が住んでやってもいいかもしれない。
今度、アジトの再建をするならこれを移植してもいい。
それくらいの価値はあるだろう。
龍の宮殿よりはマシだな。
奴らは質素すぎる。
俺はこういう豪華絢爛なものの方が好みだ。
そう思いながら、中を歩いていくが、何か糸のようなものが体に絡みついてくる。
クモの糸のようだ。
服にくっついて汚いから適当に焼き切っていく。
10分程、歩いただろうか。
ドーム状に大きく天井が加工された部屋に出た。
その向こう側に1匹の鳥がいる。
シェルドミルだった。
***************
アザドムドの足元から魔力が漏れ出てしまっていた。
歩くだけでグリフォン王宮の大理石の床が魔力汚染されていく。
ピシッ、と音を立てながら、大理石が割れてその白さが紫へと変色していく。
アザドムドは大きいドーム状の部屋で、シェルドミルと対峙している。
アザドムドが話を始めた。
「俺は弱い者が嫌いだ。ただ、俺は弱い者を嬲ったりはしない。いつもすぐに消してしまう。それは弱い者を見ることすら嫌悪してしまうからだ」
アザドムドは少し時間を置く。
そして続ける。
「だが、今回だけは例外だ。まず最初に、お前達種族のメスと子供を全て消す。次に、残ったお前達オスを1年に1匹ずつ消していく。繁殖できずに、哀れに絶滅までの時間を長引かせるつもりだ」
――ピシッ――
大理石が割れていく。
アザドムドは無表情に話を続ける。
「ゼムドが抱えていたエルフが一人、俺たちの仲間の攻撃で、現在、意識不明の昏睡状態だ。
体の傷は治っているはずだが、意識が戻らない。これを治療しろ」
シェルドミルは表情を変えない。
しかし、すぐに答えた。
「分かりました。担当の者を呼んで参ります。ここでお待ちください」
――ピシッ――
アザドムドはドーム全体に描かれた壁画を見る。
グリフォン種が、過去から現在に掛けて世界の支配を握っていった様子を表現したいらしい。
歴代のグリフォン王であろう者が描かれていて、まるで世界が王を崇拝しているようだ。
王を神話に見立てているような絵面であった。
――ピシッ――
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15分ほどしてシェルドミルが1人の年老いたグリフォンを連れてきた
シェルドミルは立ち止まる。
しかし、老いたグリフォンはシェルドミルより5歩だけ前に進み、そこで立ち止まる。
そして、一礼してからアザドムドに話始めた。
「私はグリフォン軍で軍医をしている者です。その患者についての話は伺いました。
その状態はまず間違いなく、魔力汚染による心身衰弱でしょう。
グリフォン種は獣族の中でも上位種であるため、自分より下位種による魔力汚染、また毒のような攻撃は一切無効化できます。しかし、グリフォン軍配下の下位・中位種に関しては任務遂行上、これらに汚染されることはあります。ただ一方で、我々は長年の研究において、これらの汚染・毒に関しては対処できる研究を積み重ねております。具体的には二つで、一つ目には血清の維持保管、また、二つ目に現場で短時間で血清、あるいは解毒剤を作る技術を備えております。獣族の上位種において、このような技術面で最も先行しているのは我が種であり…」
この瞬間アザドムドが魔力を放出して、老グリフォンを吹き飛ばした。
老グリフォンは壁に叩きつけられて、口から血を流す。
シェルドミルはアザドムドを見たままだ。
アザドムドは天井から目線を老グリフォンに移す。
「俺は、エルフを治せるかどうかの話をしている。貴様らの種の優位性についての講義を聞いているわけではない」
そう言ってから、シェルドミルをもう一度見据える。
「おまえ、俺に恩を売りたいようだが、俺は気まぐれにして自由だ。俺はお前達のように弱い〝王〟を崇めたりはしない。エルフが助かることと、助からないこと、そしてお前らが滅ぶか、滅ばないかは関係ない。エルフが助かったとしても、お前らは滅ぶときは滅ぶ。俺の気分次第だ。要点を話せ」
シェルドミルは老グリフォンを見る。
「ガルーバ博士、必要な話だけをお願いします」
老グリフォンは立ち上がって話を再開した。
「…今回のケースでは、その攻撃をした魔族の体細胞の一部があれば短時間で解毒剤を作ることは可能だと思います」
アザドムドがこれに返答した。
「一日以内に人の国へ来い。それだけだ」
そう言って、アザドムドは飛び上がって天井の壁画を派手に突き破り、人の国の方向へ飛んで行ってしまった。
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シェルドミルはガルーバを支える。
そして話し始めた。
「ガルーバ博士、申し訳ありません。可能ならあの魔族から譲歩を引き出したかったのですが、その役目を負わせたあなたにこのような目を合わせてしまうとは」
「いや、大丈夫だ。この程度なら問題はない。それより、どうする? 本当にたかが人族に我らの技術を使うのか?」
「はい。エルフの娘がどうなろうと知ったことではありませんが、ゼムドに〝恩を売ること〟に価値があります。今回のケースでは治療そのものは難しくありません。しかし、ゼムド達、上位種にすると、自分が魔力汚染や毒を受けたことがないので治療法が分からないのでしょう。
一方、人族の街では今回のケースの治療法はおそらく確立されているはずです。しかし、解毒剤を作る技術に長けているのはグリフォン軍です。我らはそれが本業なので、人族よりは短時間で生成が可能でしょう。あなたはすぐに人族の街へ向かってください。人族より早く解毒剤を作らねば意味がありません」
「お前がそう言うなら、その通りにする」
「急ぎでお願いします。予算や何か過不足があれば私の名義で全て決裁・承認してもらって構いません」
そう言うと老グリフォンはすぐに飛んで行った。
シェルドミルは考える。
エルフを助けることはメリットがある。ゼムドに恩を売れる。可能なら今来た魔族にも恩を売りたかったが、全く話を聞くタイプではなかった。
ガルーバ博士には申し訳ないことをした。可能なら、他種とグリフォンの優位性の差を説いて“すぐに治してやってもいい”という会話の流れに持って行きたかったが無駄だった。
今日来たあの魔族は何故、エルフを助けたがる?
あのタイプはグリフォン軍にもいるが、優秀ではあるが協調性が無く、自分のためだけに生きるタイプだ。自分の興味のあることしかしないはずだ。ゼムドと仲がいいとも思えない。
一番〝使いづらい〟タイプだ。
それに考えてみるとゼムドならば、あの魔族をグリフォン国へ派遣したはずがない。過去にグリフォンを滅ぼそうとしたからだ。おそらくゼムドは今日、あの魔族がグリフォン国へ来ることを知らないはずだ。あの魔族七人の人間関係が分からない……。
シェルドミルはアザドムドが立っていた場所へ移動する。
しゃがみ込んで床を確認してみる。大理石の魔力汚染がひどい。
グリフォンの魔力でも大理石に汚染のダメージが出るため、常時結界を張っているが、それがまったく意味を為していない。しかも、あの魔族は以前会った時に比べれば全く魔力も放出していない。
加えて――
シェルドミルはアザドムドが歩いてきた通路を見る。設置型の拘束魔法が起動した形跡があるが、それも全て破られている。糸が散らばっているが、全て焼き切られた形跡がある。あれは一度敵が罠に掛かれば、龍の子供でも動けなくすることが出来るだろうが、それを歯牙にもかけないか。やはり現状ではグリフォンは龍どころか魔族にもはるかに劣る。
考え方を変えねば、グリフォンは種として劣勢に立たされる。
…それにしても、あの3年前の事件ではおそらく龍、ゼムド、6人の魔族のいずれも本気を出していない。
あの場で龍には余裕が見られたが、龍はおそらく何か手の内があったはずだ。
会話からするとゼムドが圧倒的に強いように見えるが、それにしては龍の余裕がおかしい。おそらく3000年間で何かしらゼムドに対抗できる手段を手に入れたのだろう。
可能ならそれが欲しい。
それが手に入ることになれば、おそらく龍にも機能する。状況次第ではグリフォンが盤上をひっくり返せる可能性がある。
シェルドミルは立ち上がって、壊された天井を見る。
フン、と鼻を鳴らす。
まぁ、いい。
今は劣っていても最後に勝てればいい。
我が種が、この世界で最も優れた種であることを証明してみせよう。
そう思って、シェルドミルはその場を立ち去って行った。
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「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」
夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。
自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。
お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。
本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。
※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります
※作者都合のご都合主義です。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
俺の召喚魔術が特殊な件〜留年3年目から始まる、いずれ最強の召喚術士の成り上がり〜
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