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第九章

第231話 彼女の献身的なサポート

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「なんだか部屋が広く感じますね」
「そうだね」

 月曜日の放課後、部活がオフだったため学校から直帰したたくみ香奈かなは、巧の部屋のリビングに入るなり顔を見合わせて笑った。
 昨日は総勢七名だったため、そう感じるのも無理はないだろう。

「アイシングしちゃいましょうか」
「うん。ありがとう」

 香奈はテキパキと動き、ソファーに座ってオットマンに乗せた巧の足首に、タオルで巻いた氷を優しく押し当ててくれた。
 巧は自分でやると言ったが、それだと体勢がキツくなってしまうからと彼女がやってくれていた。

「香奈、ありがとね」
「えへへ~」

 頭を撫でると、香奈は猫のように目を細めてくしゃっと笑った。
 アイシングをする際の交換条件だった。巧に申し訳なさを感じさせないための気遣いだろう。本当に気が利くものだ。

 一回のアイシングは十五分ほどだ。
 部屋の掃除まで終えると、香奈は巧の隣に座って抱きついてきた。

「この後勉強も頑張りますから、その前に充電させてください。昨日は昨日ですごい楽しかったですけど、巧先輩が足りません」
「僕もだよ」

 上半身を密着させて抱き合う。

「昨日、何回も抱きつきたくなるのを堪えてました」
「僕も何回キスしそうになったかわかんないよ」
「いやん」

 香奈がわざとらしく体をくねらせた。
 もっと彼女を感じたくて、身動きすら取れないほど力強く抱きしめる。

「んふふ」

 香奈は何かを噛みしめるように笑い、緩み切った頬をすり寄せてきた。

 しばらく好きにさせた後、衝動を抑えきれなくなった巧はその細くも丸みのある両肩に手を乗せて引き剥がした。
 何をされるのかわかったようで、香奈は頬を赤らめて目を閉じ、わずかに上を向いて唇を突き出した。

「可愛い」

 巧はすぐさまそれを奪った。

「ん……ん……」

 短い間隔でキスを繰り返す。
 一呼吸置いてアイコンタクトを交わしてから、長い口づけをした。
 ゆっくりと顔を離す。香奈は頬を膨らませて、

「もう、あんまり長くやっちゃダメですよ?」
「どうして?」

 巧が揶揄うように顔を近づけて尋ねると、香奈がふいっと視線を背けた。横顔と耳には赤みが差している。
 唇を尖らせ、拗ねたような口調で言った。

「わかってるくせに」
「まあね」
「意地悪」

 香奈は上目遣いで巧を見てクスクス笑い、再び抱きついてきた。
 がっしりと受け止め、全身でその温もりと柔らかさを味わう。

(……そろそろまずいな)

 巧の中で理性と本能がせめぎ合い始めたころ、香奈は「よしっ!」と勢いよく離れた。

「充電完了っ、頑張るぞ~!」
「おー」

 巧も拳を突き上げた。

「僕は五時半までに数学のワークを最後まで終わらそうかな」
「じゃあ、私はそのときまでに社会のプリントを三枚復習します」
「いいね」

 目標と時間を設定すれば、自然とやる気は起きる。
 ソファーに並んで腰掛け、彼らは仲良く勉強に取りかかった。



「巧先輩、できましたよー」
「ありがとう! わぁ、美味しそうだね」

 香奈がソファーまで食事を運んできてくれた。
 巧は彼女の頬に触れた。

「ありがとね、香奈。勉強とかもあって大変なのに」

 香奈はとても頑張っていた。
 しっかりと宣言した時間内にやるべきことを終わらせると即座に夕食の準備に取りかかり、合間の時間で巧のアシングのための氷を用意したり、はたまた単語帳を開いたりしていた。
 相当疲れているはずだが、彼女はまるでそんなことを感じさせない太陽のような明るい笑顔を浮かべた。

「いえいえ。料理は好きですから! 気分転換になりますしね。あっ、アーンしてあげましょうか?」

 そして、こうして冗談を挟むことで空気を軽くもしてくれるのだ。
 ここは変にお礼を言いすぎても、逆に彼女がしんどいだろう。

「それは遠慮しておくよ。手は使えるし」
「それなら仕方ないですねぇ」
「良かったよ。手を怪我したら香奈のこと撫でられなくなっちゃうから」
「私もさすがに足では撫でられたくないですね」

 香奈はおかしそうにクスクス笑った。

「それじゃ、食べようか」
「そうですね」

 彼女はうなずき、ローテーブルの前に正座をした。巧と向かい合う形だ。

「「いただきます」」

 巧は味噌汁をすすり、様子をうかがっていた香奈に親指を立てた。

「美味しいですか?」
中村なかむら俊輔しゅんすけのフリーキックくらい完璧だよ」
「やったあ!」

 香奈が両手をあげて大袈裟に喜んだ。
 普通にしていてちょうど少し肌が覗けるほどのシャツを着ていたため、お腹が大きく露出した。
 きめ細やかでまさに抜けるような白肌、臀部と胸部のふくらみの間に位置する滑らかな曲線、そしてわずかに割れている腹筋と縦に細長いおへそに、巧の視線は自然と吸い寄せられた。

「あっ、巧先輩に腹チラ見られたー。エッチ~」

 香奈はニヤニヤと笑った。わざとらしい言い方だ。おそらく意図的に見せつけてきたのだろう。
 揶揄われた形だが、腹は立たなかった。
 代わりに別の部分が立ち、否、勃ちそうになったが、今は食事中だ。

「目に入っただけだよ」

 巧はさらりと答え、いつも以上に味に集中した。
 どれも彼好みの薄味に調節されていたため、やがて男としての欲望がもたげたことなど忘れて食事を楽しんだ。



「いやぁ、我ながら美味しかったですね」

 洗い物を済ませると、香奈は満足そうな表情で巧の隣に腰かけた。

「そうだね。めっちゃ美味しかった。味付けも僕の好きな薄味にしてくれてありがとね」
「私も最近は塩分の摂りすぎに気をつけてますから」

 香奈は笑ってひらひらと手を振った。相変わらず、自然に相手の心労を軽減させるのが上手い子だ。
 それからしばらくは普通におしゃべりをしていたが、巧はふといい時間になっていることに気づいた。

「そういえば、戻らなくていいの? 今日はもうお母さん帰ってきてるんでしょ?」
「大丈夫です。しばらくの間は夜までこっちにいるって言っておきましたし、彼女でマネージャーなんだからしっかり支えなさいって仰せつかってますから。逆に早めに帰ったら怒られちゃいますよ」

 香奈が冗談めかして笑った。
 巧の胸の内が温かいもので満たされた。

「そっか。ありがとう」
「私が巧先輩のそばにいたいだけなので、お気になさらず~」

 緩い口調でそう言った後、香奈は巧の腕をぎゅっと抱きしめて「ただ」と続けた。

「もしも巧先輩が罪悪感を感じてしまうようでしたら、いっぱい甘やかしてくれてもいいんですよ?」

 おねだりをする無邪気な子供のようでありながら、あやしく誘ってくる女としての色気も同時に感じられた。
 シャンプーかリンスのものであろう昼間よりも甘い匂いと、腕に押し付けられているむにゅっとした柔らかさとずっしりとした弾力を併せ持つ悩ましい感触は、いとも簡単に巧の理性の壁を壊した。
 元々、勉強前のスキンシップと食事開始時の腹チラでかなりパラメーターは上昇していたのだ。

「——香奈」

 上目遣いでじっと見つめてくる赤い瞳に吸い込まれるように、顔を近づける。
 あえて唇ではなく、首筋に吸い付いた。

「あっ……!」

 驚いたのか、香奈が嬌声をあげた。
 満足感を覚えつつ、巧は首、耳、頬、おでことマーキングをするように口付けの雨を降らせた。

「た、巧先輩っ……」

 香奈が潤んだ瞳を向けてくる。
 彼女がとろけそうになっていることも、それでいて不満を覚えていることもわかっていた。

 焦らすほどの余裕は残っていなかった。
 目を見つめた後、一気に唇を奪った。

 舌を絡め合う濃厚なキス。
 勉強前のものとは違う「性」を強く感じさせるその行為は、巧の本能を強く刺激した。
 それが形となって現れたことに、香奈もすぐに気づいたようだ。

「巧先輩っ……」

 ほぅ、と熱い息を吐き、香奈が男としての欲望が具現化したソレに触れてくる。
 ズボンの上から形を確かめるようになぞり、妖艶ようえんに笑った。瞳の奥はすっかり燃え上がっていた。

「お願いしてもいい?」
「もちろんです。今の巧先輩じゃ一人で発散するのも難しいですもんね」
「……まぁ」

 自慰行為を示唆され、巧は気恥ずかしさを覚えて顔を背けた。

「ふふ」

 香奈は嬉しそうに笑い、ズボンのホックを外しにかかった。

 巧の怪我のため、本番は行わなかった。
 それを補うかのように、彼らは心ゆくまでお互いの体をむさぼった。
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