197 / 260
第八章
第197話 布石
しおりを挟む
(冷静さを失っているのか)
星南高校のキャプテンである平は、自暴自棄になっている様子の巧に失望していた。
彼の凄さは映像を見るだけでわかった。どんな攻撃を見せてくれるのかと楽しみにしていたほどだ。
巧の特攻とも言える攻撃はチームとして意図したものではなかったのだろう。
咲麗の他の面々は慌てたようにポジションを上げているが、その動きはバラバラだ。
この攻撃を止めてカウンターでもう一点取れるな——。
(……いや、待てよ?)
平はふと違和感を覚えた。先程の攻撃よりも、咲麗は明らかに人数をかけていた。
今回が多いわけではない。前回が少なすぎたのだ。
(おかしい。なんでさっきは人数をかけて攻めてこなかった? 負けているチームにとって、後半一発目の攻撃は大事だ。なのにあいつらは少人数で完結させようとしていた。まるで、止められることを前提としているかように)
「まさかっ……さっきの攻撃は布石……⁉︎」
その意図を推し量るには時間が足りなかった。
しかし、最大限まで警戒レベルを引き上げた平は気づいた。チームメイトが巧の周囲に集まりすぎていることに。
ここを止めてカウンターが決まれば勝利を大きく手繰り寄せられる——!
そう考えて、彼らは確実にボールを奪い切ろうとしていた。
それは決して間違った判断ではなかった。
——巧が、もし本当に自暴自棄になっていたなら。
「囲め!」
巧にボールが入った瞬間、星南の選手たちは一斉にプレッシャーをかけた。
その瞬間、巧はくるりと反転した。大きくボールを蹴り出した。パスの受け手はセンターバックの飛鳥だった。
「ナイスパスだ、巧!」
咲麗のキャプテンはトラップをしてすぐ逆サイドにロングボールを送った。
そこでは、ドリブルが特徴の水田が敵選手と一対一の状況になっていた。
「しまった、水田だ!」
「まずい!」
「遅らせろっ」
「ヘルプいけ!」
星南の選手たちから余裕が一気に失われた。
(水田は特に警戒していたはずなのにっ、如月……!)
平はほぞを噛んだ。
後半最初の少人数での攻撃も巧の無茶なプレーも、やはりチームとしての作戦だったのだ。
あえて隙を見せることで星南の選手を集めたのだろう。個人技のある水田に一対一で勝負させるために。
星南は水田に対してずっと二人がかりで対応していたが、この瞬間だけは全員が巧に意識を取られていた。
ここで叩けば波に乗れると思っていたからだ。
それもこれも、咲麗の攻撃の核とも言える巧が自暴自棄になったように見せかけていたからこそ生まれた隙だった。
彼の苛立ったような表情も、その無茶のように思えたプレーに他のチームメイトが慌てていたのも、全て演技だったのだ。
「やられたっ……!」
平が全貌を理解して戦慄するころには、飛鳥の正確無比のパスは水田の足元に収まっていた。
(やっぱりあいつはすげえな……)
水田は感嘆の息を吐いた。
飛鳥のパス精度も見事だが、それ以上に彼が感心し、畏怖の念すら覚えていたのは後輩である巧に対してだった。
星南だって人数が偏りすぎないように警戒していたはずなのに、気がついたら一対一の構図が出来上がっていた。バスケならまだしも、サッカーでは珍しい光景だ。
水田は逆サイドから見ていた。起きている現象はわかっても、カラクリはわからなかった。
(……本当にすげえやつだよ、巧は)
水田は初めて一軍で一緒にプレーをしたときから気づいていた。
巧は自分だけではない、誠治や真とも次元が違うと。
水田はドリブルが得意だ。どんな相手であろうと一対一なら負ける気がしないし、シュートにも自信がある。
誠治はシュート力とフィジカル、ゴールへの嗅覚というストライカーとして必要な全てを備えており、真はドリブル、パス、シュート。どれをとっても一級品だ。
それでも、彼らは十一人の中の一人にすぎない。
巧のように自チームや相手チームすらも意のままに操ることなどできないのだ。
羨ましくないと言えば、それは嘘になる。
それでも、巧のようになろうとは思わなかった。
ないものねだりなど時間の無駄だ。与えられた手札で勝負をするしかないのだから。
幸い、水田には今の局面で切れる手札がある。
(人は人だ。俺は俺の役割を果たせばいい)
細かくボールを触りながら体重移動を繰り返した。
見るべきは相手の足元。重心が片方に寄った瞬間、逆方向に加速した。
「くっ……!」
ファール覚悟で伸ばされたディフェンダーの手は空を切った。
逆サイドに集まっていたディフェンス陣のヘルプは間に合わない。キーパーとの一対一になる。
水田は味方の状況を確認もしなかった。
——このキーパーは一対一のとき、ニアを意識してファーを空けることが多いです。
ミーティングでの香奈の言葉を思い出しつつ、水田は視線だけはニアに向けつつファーにシュートを放った。
キーパーの指先をかすめたボールは、綺麗な弧を描いてゴールネットに突き刺さった。
「とんでもないわね、彼は。本当に言った通りになるなんて……」
「いやぁ、さすがですね」
ベンチで呆れたようにため息を吐く冬美に対して、隣に座る香奈はニコニコしていた。
「ずいぶん嬉しそうね」
「そりゃあもう。みなさんが巧先輩のことを信頼して、先輩がそれに全力で応えたからこそ成功したわけですから。まあ、その意味で言えばこのゴールは縢先輩のものと言えるかもしれませんけど」
香奈がイタズラっぽく笑った。
「立案は巧先輩でも、縢先輩がいなければ今の作戦は実行できていなかったのかもしれないんですしね」
「……そうね」
冬美は少し遠い目をしてうなずいた。
視線の先では、巧が誠治に飛びついて喜びを表現していた。二人とも無邪気な笑顔だ。
思わず相好を崩してしまった。
「んんっ」
冬美は誤魔化すように咳払いをした。
「冬美先輩、まだ同点なのに喘がないでください」
今日のハーフタイムの一幕は、この試合のみならず今後の咲麗高校の、そして如月君の将来のターニングポイントにすらなったかもしれないわね——。
冬美は本気でそんなことを考えつつ、馬鹿なことを言ってる香奈の頭を容赦なく叩いた。
星南高校のキャプテンである平は、自暴自棄になっている様子の巧に失望していた。
彼の凄さは映像を見るだけでわかった。どんな攻撃を見せてくれるのかと楽しみにしていたほどだ。
巧の特攻とも言える攻撃はチームとして意図したものではなかったのだろう。
咲麗の他の面々は慌てたようにポジションを上げているが、その動きはバラバラだ。
この攻撃を止めてカウンターでもう一点取れるな——。
(……いや、待てよ?)
平はふと違和感を覚えた。先程の攻撃よりも、咲麗は明らかに人数をかけていた。
今回が多いわけではない。前回が少なすぎたのだ。
(おかしい。なんでさっきは人数をかけて攻めてこなかった? 負けているチームにとって、後半一発目の攻撃は大事だ。なのにあいつらは少人数で完結させようとしていた。まるで、止められることを前提としているかように)
「まさかっ……さっきの攻撃は布石……⁉︎」
その意図を推し量るには時間が足りなかった。
しかし、最大限まで警戒レベルを引き上げた平は気づいた。チームメイトが巧の周囲に集まりすぎていることに。
ここを止めてカウンターが決まれば勝利を大きく手繰り寄せられる——!
そう考えて、彼らは確実にボールを奪い切ろうとしていた。
それは決して間違った判断ではなかった。
——巧が、もし本当に自暴自棄になっていたなら。
「囲め!」
巧にボールが入った瞬間、星南の選手たちは一斉にプレッシャーをかけた。
その瞬間、巧はくるりと反転した。大きくボールを蹴り出した。パスの受け手はセンターバックの飛鳥だった。
「ナイスパスだ、巧!」
咲麗のキャプテンはトラップをしてすぐ逆サイドにロングボールを送った。
そこでは、ドリブルが特徴の水田が敵選手と一対一の状況になっていた。
「しまった、水田だ!」
「まずい!」
「遅らせろっ」
「ヘルプいけ!」
星南の選手たちから余裕が一気に失われた。
(水田は特に警戒していたはずなのにっ、如月……!)
平はほぞを噛んだ。
後半最初の少人数での攻撃も巧の無茶なプレーも、やはりチームとしての作戦だったのだ。
あえて隙を見せることで星南の選手を集めたのだろう。個人技のある水田に一対一で勝負させるために。
星南は水田に対してずっと二人がかりで対応していたが、この瞬間だけは全員が巧に意識を取られていた。
ここで叩けば波に乗れると思っていたからだ。
それもこれも、咲麗の攻撃の核とも言える巧が自暴自棄になったように見せかけていたからこそ生まれた隙だった。
彼の苛立ったような表情も、その無茶のように思えたプレーに他のチームメイトが慌てていたのも、全て演技だったのだ。
「やられたっ……!」
平が全貌を理解して戦慄するころには、飛鳥の正確無比のパスは水田の足元に収まっていた。
(やっぱりあいつはすげえな……)
水田は感嘆の息を吐いた。
飛鳥のパス精度も見事だが、それ以上に彼が感心し、畏怖の念すら覚えていたのは後輩である巧に対してだった。
星南だって人数が偏りすぎないように警戒していたはずなのに、気がついたら一対一の構図が出来上がっていた。バスケならまだしも、サッカーでは珍しい光景だ。
水田は逆サイドから見ていた。起きている現象はわかっても、カラクリはわからなかった。
(……本当にすげえやつだよ、巧は)
水田は初めて一軍で一緒にプレーをしたときから気づいていた。
巧は自分だけではない、誠治や真とも次元が違うと。
水田はドリブルが得意だ。どんな相手であろうと一対一なら負ける気がしないし、シュートにも自信がある。
誠治はシュート力とフィジカル、ゴールへの嗅覚というストライカーとして必要な全てを備えており、真はドリブル、パス、シュート。どれをとっても一級品だ。
それでも、彼らは十一人の中の一人にすぎない。
巧のように自チームや相手チームすらも意のままに操ることなどできないのだ。
羨ましくないと言えば、それは嘘になる。
それでも、巧のようになろうとは思わなかった。
ないものねだりなど時間の無駄だ。与えられた手札で勝負をするしかないのだから。
幸い、水田には今の局面で切れる手札がある。
(人は人だ。俺は俺の役割を果たせばいい)
細かくボールを触りながら体重移動を繰り返した。
見るべきは相手の足元。重心が片方に寄った瞬間、逆方向に加速した。
「くっ……!」
ファール覚悟で伸ばされたディフェンダーの手は空を切った。
逆サイドに集まっていたディフェンス陣のヘルプは間に合わない。キーパーとの一対一になる。
水田は味方の状況を確認もしなかった。
——このキーパーは一対一のとき、ニアを意識してファーを空けることが多いです。
ミーティングでの香奈の言葉を思い出しつつ、水田は視線だけはニアに向けつつファーにシュートを放った。
キーパーの指先をかすめたボールは、綺麗な弧を描いてゴールネットに突き刺さった。
「とんでもないわね、彼は。本当に言った通りになるなんて……」
「いやぁ、さすがですね」
ベンチで呆れたようにため息を吐く冬美に対して、隣に座る香奈はニコニコしていた。
「ずいぶん嬉しそうね」
「そりゃあもう。みなさんが巧先輩のことを信頼して、先輩がそれに全力で応えたからこそ成功したわけですから。まあ、その意味で言えばこのゴールは縢先輩のものと言えるかもしれませんけど」
香奈がイタズラっぽく笑った。
「立案は巧先輩でも、縢先輩がいなければ今の作戦は実行できていなかったのかもしれないんですしね」
「……そうね」
冬美は少し遠い目をしてうなずいた。
視線の先では、巧が誠治に飛びついて喜びを表現していた。二人とも無邪気な笑顔だ。
思わず相好を崩してしまった。
「んんっ」
冬美は誤魔化すように咳払いをした。
「冬美先輩、まだ同点なのに喘がないでください」
今日のハーフタイムの一幕は、この試合のみならず今後の咲麗高校の、そして如月君の将来のターニングポイントにすらなったかもしれないわね——。
冬美は本気でそんなことを考えつつ、馬鹿なことを言ってる香奈の頭を容赦なく叩いた。
26
お気に入りに追加
59
あなたにおすすめの小説
まずはお嫁さんからお願いします。
桜庭かなめ
恋愛
高校3年生の長瀬和真のクラスには、有栖川優奈という女子生徒がいる。優奈は成績優秀で容姿端麗、温厚な性格と誰にでも敬語で話すことから、学年や性別を問わず人気を集めている。和真は優奈とはこの2年間で挨拶や、バイト先のドーナッツ屋で接客する程度の関わりだった。
4月の終わり頃。バイト中に店舗の入口前の掃除をしているとき、和真は老齢の男性のスマホを見つける。その男性は優奈の祖父であり、日本有数の企業グループである有栖川グループの会長・有栖川総一郎だった。
総一郎は自分のスマホを見つけてくれた和真をとても気に入り、孫娘の優奈とクラスメイトであること、優奈も和真も18歳であることから優奈との結婚を申し出る。
いきなりの結婚打診に和真は困惑する。ただ、有栖川家の説得や、優奈が和真の印象が良く「結婚していい」「いつかは両親や祖父母のような好き合える夫婦になりたい」と思っていることを知り、和真は結婚を受け入れる。
デート、学校生活、新居での2人での新婚生活などを経て、和真と優奈の距離が近づいていく。交際なしで結婚した高校生の男女が、好き合える夫婦になるまでの温かくて甘いラブコメディ!
※特別編3が完結しました!(2024.8.29)
※小説家になろうとカクヨムでも公開しています。
※お気に入り登録、感想をお待ちしております。
友達の妹が、入浴してる。
つきのはい
恋愛
「交換してみない?」
冴えない高校生の藤堂夏弥は、親友のオシャレでモテまくり同級生、鈴川洋平にバカげた話を持ちかけられる。
それは、お互い現在同居中の妹達、藤堂秋乃と鈴川美咲を交換して生活しようというものだった。
鈴川美咲は、美男子の洋平に勝るとも劣らない美少女なのだけれど、男子に嫌悪感を示し、夏弥とも形式的な会話しかしなかった。
冴えない男子と冷めがちな女子の距離感が、二人暮らしのなかで徐々に変わっていく。
そんなラブコメディです。
鬼上官と、深夜のオフィス
99
恋愛
「このままでは女としての潤いがないまま、生涯を終えてしまうのではないか。」
間もなく30歳となる私は、そんな焦燥感に駆られて婚活アプリを使ってデートの約束を取り付けた。
けれどある日の残業中、アプリを操作しているところを会社の同僚の「鬼上官」こと佐久間君に見られてしまい……?
「婚活アプリで相手を探すくらいだったら、俺を相手にすりゃいい話じゃないですか。」
鬼上官な同僚に翻弄される、深夜のオフィスでの出来事。
※性的な事柄をモチーフとしていますが
その描写は薄いです。
貞操観念逆転世界におけるニートの日常
猫丸
恋愛
男女比1:100。
女性の価値が著しく低下した世界へやってきた【大鳥奏】という一人の少年。
夢のような世界で彼が望んだのは、ラブコメでも、ハーレムでもなく、男の希少性を利用した引き籠り生活だった。
ネトゲは楽しいし、一人は気楽だし、学校行かなくてもいいとか最高だし。
しかし、男女の比率が大きく偏った逆転世界は、そんな彼を放っておくはずもなく……
『カナデさんってもしかして男なんじゃ……?』
『ないでしょw』
『ないと思うけど……え、マジ?』
これは貞操観念逆転世界にやってきた大鳥奏という少年が世界との関わりを断ち自宅からほとんど出ない物語。
貞操観念逆転世界のハーレム主人公を拒んだ一人のネットゲーマーの引き籠り譚である。
高校では誰とも関わらず平穏に過ごしたい陰キャぼっち、美少女たちのせいで実はハイスペックなことが発覚して成りあがってしまう
電脳ピエロ
恋愛
中学時代の経験から、五十嵐 純二は高校では誰とも関わらず陰キャぼっちとして学校生活を送りたいと思っていた。
そのため入学試験でも実力を隠し、最底辺としてスタートした高校生活。
しかし純二の周りには彼の実力隠しを疑う同級生の美少女や、真の実力を知る謎の美人教師など、平穏を脅かす存在が現れ始め……。
「俺は絶対に平穏な高校生活を守り抜く」
そんな純二の願いも虚しく、彼がハイスペックであるという噂は徐々に学校中へと広まっていく。
やがて純二の真の実力に危機感を覚えた生徒会までもが動き始めてしまい……。
実力を隠して平穏に過ごしたい実はハイスペックな陰キャぼっち VS 彼の真の実力を暴きたい美少女たち。
彼らの心理戦は、やがて学校全体を巻き込むほどの大きな戦いへと発展していく。
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる