先輩に退部を命じられた僕を励ましてくれたアイドル級美少女の後輩マネージャーを成り行きで家に上げたら、なぜかその後も入り浸るようになった件

桜 偉村

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第七章

第175話 父親襲来②

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 香奈かなが見事に自己紹介で噛んでしまった後、ぶふっと吹き出す声が聞こえた。それも二つだ。

(お、終わったー!)

 香奈は火が出そうなほど真っ赤になった顔を手のひらで覆った。泣きたくなった。
 それでも、謝らなければという義務感が彼女を動かした。

「す、すみません寝てしまってて!」

 香奈がペコペコ頭を下げると、大樹たいきはハハハ、とおおらかに笑った。

「全然気にしなくていいよ。むしろすまないね、いきなり押しかけてしまって。たくみがお世話になっています。父の大樹です」
「こ、こちらこそお世話になってます!」

 香奈がいっぱいいっぱいになりながらも返事をすると、再び巧が吹き出した。

「ちょ、た、巧先輩っ!」
「ごめんっ、でも……!」

 抗議もなんのその。巧は腹を抱えて笑っている。
 香奈は「うぅ……!」とうめいて再度顔を覆った。

 息子とその彼女を見比べ、大樹が苦笑を浮かべた。

「すまないね、香奈ちゃん。もうとっくに知ってるだろうけど、うちの息子はこう見えていい性格をしているんだ」
「は、はい! それはもうっ、よく存じ上げてます!」

 香奈は腹いせとばかりに勢いよく肯定した。
 巧が笑いの余韻を残しつつ、唇を尖らせる。

「香奈、その言い方だと僕が毎回いじめてるみたいじゃん」
「えっ、違ったんですか? しょっちゅう私を照れさせてはニヤニヤしてるくせに」
「やめてやめて。お父さんの前で一番恥ずかしいやつだからそれっ」

 本気で焦っている巧に対し、香奈は腕を組んでツンとそっぽを向いてみせた。

「ふん、ゲラゲラ笑った罰ですよーだ」
「ハハ、二人は仲が良いね。まるで夫婦漫才だ」
「はぅ……!」

 大樹に微笑ましそうに見つめられ、香奈は脳天から湯気をプシューと噴き出した。



◇   ◇   ◇



 時間も時間だし、続きは明日にしようということになった。
 香奈は「失礼します!」と勢いよく頭を下げた後、逃げるように去っていった。
 ただ恥ずかしがっているだけなのは巧にも、そして初対面の大樹にも丸わかりだった。

 巧と大樹はダイニングテーブルで向かい合い、久々の親子水入らずの時間を過ごした。

「前に会ったときよりいい顔になっているな、巧」
「そう? まあ、サッカーも上手くいってるしね」
「いやぁ、咲麗しょうれいの一軍でスタメンとはたまげたんだ」
「ごめん、今うち人参はないんだ。白米だし」
「いやそれサムゲタンやないかーい、って普通巧がこのツッコミをするんじゃないのか?」
「知らないよ」

 巧はクスッと笑った。
 他人からすればとてもくだらないやり取りだろうが、これが彼ら親子の日常だった。

 巧は親しくなった人から「意外としょうもない親父ギャグ好きなんだね」と言われることが多いが、間違いなく大樹の影響だろう。

「あっ、でもキムチならあるよ。あと納豆も。好きでしょ? キムチ納豆」
「もらおうか」
「なんでちょっと偉そうなの」

 巧は腕を組んでふんぞり返る大樹に苦笑しつつ、冷蔵庫を漁った。

「ありがとう……うん、やっぱり巧の作るキムチ納豆が一番だな」
「一ミリも生産工程に関わってないけどね」
「何を言っている。息子からの愛情が何よりのスパイスだ」
「うーん、父親に言われてもキュンとはしないなぁ」

 言い終えてから巧はしまった、と思ったが、時すでに遅しだった。
 大樹は箸を置き、不満そうな表情で身を乗り出した。

「キュンとすると言えば、どうして付き合った時点で報告してくれなかったんだ? 言ってくれたらすべての仕事をキャンセルしてこっちに来たのに」
「だからだよ」

 大樹には、三日ほど前の電話で初めて香奈の存在を伝えた。
 恋人ができたと報告すれば、彼は冗談抜きで飛んできてしまう。
 日頃から多忙な父にこれ以上無理をさせたくはなかった巧は、あえてこれまで香奈のことは伏せていた。

 ——決して、電話のたびに毎度毎度好きな女の子はできたか、彼女はできたかと聞いてくる下世話な父親に色々と詮索されるのが面倒で後回しにしていたわけではない。

「香奈ちゃんといったか、いい子そうだったな。あそこで噛むのは息子の彼女としては好印象だ。変にこういう雰囲気慣れしてないというか」
「うん、僕が初めての彼氏らしいよ」

 大樹がポカンと口を開けた。

「……あれでか?」
「うん、あれで。なんかガツガツしてないのが良かったみたい」
「あー、まあたしかにそうか」

 大樹が合点がいったように何度もうなずいた。

「中学生高校生ならあれくらいの子がいたらみんな群がるから、逆に辟易してたんだな」
「多分ね。前にそんなこと言ってたし」
「俺は巧のがっつかなさを心配していたんだが、逆にそれが功を奏したってわけだ。あっ、今の『こう』は別に巧とかけてないぞ?」

 大樹がニヤリと笑った。
 巧は肩をすくめて、

「知ってるし、そもそも功を奏すの功と巧って字違うからね」
「まあそれはいいとして、香奈ちゃんとはどんなふうに仲良くなったんだ?」
「あっ、誤魔化した」

 もっとも、巧としても父親のミスをネチネチ指摘したいわけではない。
 それ以上は突っ込まず、武岡たけおかに退部を勧告されて実際に退部しようと思っていたことなどはやんわりと包み隠しつつ、香奈との馴れ初めを話した。

「お互い一人でいる時間が長かったから、結構そこで一緒に過ごして仲良くなれた感じはするね」

 巧としてはただの良き思い出だったが、大樹は違う受け取り方をしてしまったようだ。
 眉を下げて申し訳なさそうな表情を浮かべた。

「そうか……寂しい思いをさせてしまっていてすまないな」
「ううん、全然大丈夫だよ。咲麗行きたいっていうわがままも聞いてくれたし、僕のために働いてくれてるのは知ってるから」
「……本当にいい子に育ってくれたな」

 大樹が慈愛に満ちた表情を浮かべる。
 巧は恥ずかしくなって視線を逸らした。

「……親の教育の賜物たまものじゃない?」
「よし巧、何がほしい?」
「大丈夫だよ」

 巧は苦笑いを浮かべ、ひらひらと手を振ってみせた。

「こんな一人暮らしにはもったいない家に住まわせてくれてるんだし、諸々の費用も払ってくれてるんだから。サブスクも色々契約してくれてるしさ」
「それは息子に一人暮らしをさせているんだから当然だ。冗談抜きに、本当にほしいものはないか?」
「ごめんね、今はさつまいもしかないんだ」
「干し芋じゃなくてほしいものだ。予算は心配しなくていいぞ」
「うーん……」

 巧としては本当にもうお腹いっぱいなのだが、ここは素直に甘えたほうが親孝行というものだろう。
 それに、ほしいものならあった。

「なら、新しいスパイク買ってほしいな。前に買ってもらったものもすごく良いんだけど、できればあのレベルのものを複数持っていたいんだよね」
「よし、わかった。最高ランクのものを買ってやろう。明後日の午前中にでも行くか? たしか昼ごろに試合があっただろう。俺も午後に会議があるからゆっくりはできないが、買い物の時間くらいは全然取れるぞ」
「うん。ありがとう、お父さん」

 巧が満面の笑みを浮かべると、大樹が頭を撫でてきた。
 高校男児ともなれば父親に頭を撫でられるというのは恥ずかしかったが、大樹が本当に幸せそうに笑っていたため、巧は羞恥を我慢してされるがままになっていた。

 ——それに普段会っていない分、父親に甘えたい気持ちがあるのもまた事実だった。
 母親がすでに他界しており、父親ともあまり長い時間を過ごせていない巧は、反抗期などというものとは無縁の生活を送っていた。

 大樹があまり父親面であれこれ指図してこないことも影響しているのだろう。
 巧にとって、普段の彼は父親というより歳の離れた兄弟という感覚に近いのだ。

「まあでも、巧が楽しく過ごせているようでよかった。香奈ちゃんには明日お礼を言わないとな。ちゃんと大切にしてるか?」
「もちろん。まだ全然だけど、お父さんに教えてもらって一応自分なりに調べたりもしてるしね」

 巧が生理に対してある種高校生離れした知識を持ち合わせているのは、大樹の教育のおかげだった。
 細かくは教えられなかったが、特に思春期の女の子は男の子に比べて色々と大変だということは聞いていたため、自分なりに勉強して対応することができたのだ。

「そういえばお父さん——」

 定期的に電話しているとはいえ、数ヶ月も会っていなければ話も積もるというものだ。
 一晩中でもしゃべり続けることは可能だっただろうが、明日も文化祭だ。

「そろそろ寝るか」
「そうだね」

 名残惜しさを感じつつも適当なところで切り上げて、父子は床に就いた。
 布団に入ってからも結局会話が止まらなかったのはご愛嬌だろう。
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