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第六章

第151話 クールな先輩マネージャーは同級生にケーキを贈る

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「ありがとうございましたー」

 店員さんの声を背中に、玲子れいこは店を出た。
 電車の時間が迫っていた。手に持った箱が揺れたり斜めらないように気をつけつつ、道を急ぐ。

 電車は空いていた。一番端の席に座ることができた。
 混雑していないときはいつも荷物は足の間に置いているが、今日は箱を大事そうに膝に抱えていた。

 目的の駅の改札を抜けると、三葉みわの姿があった。

「すまないな、三葉。わざわざ迎えに来てもらって」
「気にするな。当然のことだ」

 三葉の視線がサッと玲子の全身を行き来する。

愛沢あいざわがスカートなのは珍しいな」
「たまにはな。変か?」
「いや、似合っているぞ。か、可愛いと思う」

 三葉がメガネをかちゃかちゃさせた。
 可愛いと言い慣れていないのが丸わかりだった。

 可愛いのはどっちだと玲子は思ったが、「ありがとう」とお礼を言うにとどめた。
 そこを揶揄われるのは男としてはプライドが傷つくだろうし、さらりと言われるよりも心がこもっているようで嬉しかった。

「それにしても驚いたぞ、まさか今度は三葉の家に行くことになるとはな」
「お互いカフェよりも近いし、前に上げてもらったお返しのようなものだ。今日は兄弟もいないから静かだしな」
「そうか……前の私みたいに断りを入れないということは、そういう狙いがあるのかい?」
「なっ⁉︎ そ、そんなわけないだろうっ?」
「わかっているよ。冗談だ。君が誠実なことはよく知っているからな」
「あ、あぁ」

 三葉がメガネをかちゃっと掛け直した。
 取り止めのない話をしていると、程なくして到着した。玲子の家よりも一回り大きかった。

 二階建ての一軒家だ。外から見た限りではあるが、庭には色とりどりの花が咲いていた。

「どんな花が植えられているんだ?」
「わからない」
「君らしいな」
「悪かったな、風情がなくて」
「そこまでは言っていないぞ?」

 玲子はクスクス笑った。

「ところで愛沢、それは?」

 お互いに手洗いうがいを済ませたタイミングで、三葉が玲子の持っていた箱に目を向けてきた。

「ケーキだ」
「えっ?」
「誕生日おめでとう、三葉」

 玲子は箱を差し出した。
 三葉が目を見開きつつ、受け取った。彼はそのまま呆然としていた。

「……誕生日、今日だろう?」

 まさか日付を間違えていたかと玲子が心配になって尋ねると、

「あ、あぁ、すまないっ。ありがとう。まさか愛沢からケーキをもらえるなんて思っていなくてな」
「まあ、なんだ。いつもお世話になっているから、そのお礼だ。三葉が好きなモンブランにした」
「お礼をするのは俺な気がするが……ありがとう」

 三葉が本当に嬉しそうに笑った。

「っ……喜んでもらえて何よりだ」

 玲子は平静を装って答えた。
 ケーキは勉強後のご褒美にするとして、一旦勉強を始めることにした。

「三葉、シャーペン変えたのか?」
「これか? たくみからもらったんだ。三軍の練習が終わったときにちょうどあいつらがやってきてな」
「なるほど。結構いい物じゃないか?」
「あぁ。あいつにはちょっと貸しがあったからだろう」

 ラブホテルの一件だ。
 知らない玲子は意外そうに、

「珍しいな。如月きさらぎ君が誰かに借りを作るなんて」
「まあ、あいつも完璧ではないということだ。おそらくこれで最後になるだろうがな」

 巧も香奈かなも賢い人間だ。
 今回は色々な偶然や不運が重なっただけだろうと三葉は考えていた。

 それから二時間ほど勉強した後、少しだけまとまった休憩時間をとった。
 部活の話になる。

「そういえば今日、内村うちむらが二軍に降格して、怪我明けのまことも調整として二軍でやっていたんだろう? 大丈夫だったのか?」
西宮にしみやは良くも悪くもいつも通りだったが……内村はだいぶ百瀬ももせ君に絡んでいたな」

 この日、咲麗しょうれい高校サッカー部では各所で選手の入れ替えがあった。
 まず、一軍からは内村が降格した。彼と昨日怪我をした選手の穴を埋める形で、一年生の新島にいじま晴弘はるひろ姫野ひめの蒼太そうたが一軍に昇格した。

 晴弘がいなくなったことで、二軍はサイドの選手が足りなくなった。
 そこで白羽の矢が立ったのがまさるだった。
 三軍監督の川畑かわばたから昇格を告げられたとき、彼は狂喜乱舞した。

 しかし、初日で試練が待ち受けていた。
 真の金魚のフンである内村が、降格した腹いせに嫌がらせをしてきたのだ。

 具体的にはアップのときから優にだけやたらチェックが厳しかったり、試合中はパスを出さなかったりした。
 優が巧の親しい友人であったことも拍車をかけたのだろう。

 理不尽な扱いに優は当然腹を立て、冷静さを失っていた。一本目の練習試合での彼の出来は散々だった。
 イラつき、そのせいでいいプレーができず、さらにイラつく。
 負のスパイラルにハマっていた彼に声をかけたのが、マネージャーのあかりだった。

「百瀬先輩。同じ土俵に落ちちゃダメです。元一軍とか関係ありません。あんなの相手にせず、先輩は自分の持ち味を見せつけてやりましょう」

 あかりに励まされて元気と冷静さを取り戻した優は、本来の、下手をすればそれ以上のプレーを発揮した。
 対する内村は、急に調子を上げた優に対して焦りと苛立ちを募らせ、ミスを連発した。

(クソがっ、三軍でやってた雑魚のくせに……!)

 内村は必死に内心で優を見下そうとしていたが、そうすればするほどプレーは雑になっていった。

 一軍でやっていた選手と三軍から昇格したばかりの選手だ。
 技術は当然内村のほうが上だったが、精神状態がプレーにもたらす影響は大きい。
 理不尽に苛ついている選手と好きな女の子に背中を押された選手では、どちらがいいプレーをできるのかは明白だった。

 監督やチームメイトから褒められた優は、練習試合終了後にはすっかり気分を良くしていた。

「ふんふ~ん」

 親から二軍昇格祝いで渡されたお金で一番好きなアーティスト「ONE OK ROCK」のライブDVDを買った彼は、ご機嫌な様子で鼻歌を歌いながらDVDショップから出た。
 そこで、あかりと遭遇した。

「あれ、百瀬先輩。奇遇ですね」
「よう、七瀬ななせ。買い物か?」
「はい。たまには一人でぶらぶらしようかなと。百瀬先輩は何を買ったんですか?」
「ふっふっふ、これだ」

 優はニヤけつつ、袋の中からゆっくりとDVDを取り出した。
 あかりは怪訝そうな表情から一転、驚きに目を見張った。

「こ、これはっ……セトリがとにかく神っていた渚園のライブですか⁉︎」
「おうよ、二軍昇格記念で買ったんだ」
「うわっ、最高ですね! いいなぁ」

 普段はどちらかといえば冷静沈着なあかりが、子供のように瞳をキラキラさせていた。

「なら、ウチに観にくるか?」
「……えっ?」

 あかりがキョトンとした表情になった。
 優は自分が何を言っていたのかを理解した。

「あっ、す、すまん! そういう意図じゃなくてだなっ」
「それはわかっていますよ」

 あかりがふっと笑った。
 優はホッと息を吐いた。

「えっ、本当に観にいっていいんですか?」

 あかりの表情からは期待が見え隠れしていた。

「いいけど……男の家に来んの抵抗ねえんだな」
「百瀬先輩はそんな人じゃありませんから」

 優に本当に邪な気持ちはなかったし、それはあかりにもわかった。だからこそ家に行っても大丈夫かなと思ったのだ。
 それだけワンオクのライブ映像が魅力的だったというのもあるが。

「それはヘタレだって言いてえのか?」
「はい——嘘ですよ。そんな不誠実なお猿さんなら、そもそもネットでも現実でもブロックします」
「こわっ」
「女って怖いんですよ」
「お、おう」

 ふふ、と笑うあかりに、優は頬を引きつらせた。

「いつなら都合が良いですか?」
「明日の放課後とかはどうだ? ちょうど部活オフだし」
「いいですね。うわっ、楽しみだなぁ」

 あかりの瞳が再び子供のように輝き出す。
 ワクワクを全面に押し出したその表情に、優の心臓は容易く撃ち抜かれた。

(か、可愛すぎるだろ……! というか、マジで七瀬がウチに来んのかよ……⁉︎)

 体から熱を逃すように、ふーっと長く息を吐いた。
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