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第六章

第144話 親友の幼馴染から褒められた

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 ピピっとタイマーが鳴った。
 急須はたくみが持っているものよりも明らかに高級品だった。万が一にも壊してしまわないよう、しっかりと蓋を抑えつつ湯呑みに注いでいく。

「慣れているのね」

 巧の所作を見ていたのか、冬美ふゆみがポツリと言った。

「まあ、ちょいちょい家で入れるからね」
「……すごいと思うわ。高校生で一人暮らしなのに、あなたは部活も勉強も家事もしっかりとこなしている」
「そう? ありがとう」

 冬美からストレートな賛辞が送られることはあまりない。
 巧は意外に思いつつ、礼を述べた。

「でも、僕は留学に行った久東さんのほうがすごいと思うけどな。普通、漠然ばくぜんと行きたいなぁって思うくらいだもん」
「将来的に英語を使った仕事をしたいから行っただけよ」
「それがすごいんだよ。僕は部活は楽しいから別として、勉強も家事も必要に迫られてるからできてるだけだし、将来に必要だからってだけで行動に移せる人ってなかなかいないと思う」

 香奈かなほどではなかったにせよ、冬美も他に比べれば早くから一軍マネージャーになっていた。
 鋭い観察眼もそうだが、判断力と実行力を買われての早期昇格だったと巧は見ていた。
 彼女には「この人ならなんとかしてくれる」という安心感があるのだ。

「それに、さっきの解説もめっちゃわかりやすかったし」
「ずいぶん褒めてくれるのね。豪勢なお菓子でも献上させようという魂胆かしら?」
「まさか」

 巧は心外だと首を振った。

「普通に思ったことを言ってるだけだよ。お世辞じゃないから」
「……そう」

 冬美が小さくつぶやき、視線を逸らした。
 頬が少しだけ染まっているのを見る限り、照れているようだった。

久東くとうさんって普段はクールで冷静沈着だけど、意外と照れ屋さんなんだよね)

 誠治せいじに冷たく対応しつつもなんだかんだ勉強やその他諸々のお世話をしているところを見ても、彼女の毒舌が一種の照れ隠しの意味合いを持っていることは容易に察せられた。
 まさにツンデレだなと巧は思ったが、さすがに口には出さなかった。

「なんだか腹立たしいわ、その目」
「いたっ……! 理不尽じゃない?」

 脇腹をつねられ、巧は抗議の声を上げた。
 冬美はフンと鼻を鳴らし、お盆を取り出した。

 香奈だったなら仕返しとして背後から抱きしめてあんな場所やそんな場所を触るところだが、もちろん冬美にそんなことはしない。
 恋愛感情を持ち合わせてもいなければ付き合ってもいないし、もし付き合っていたとしても不意打ちで性的な接触でもしようものなら、未来永劫子孫を残せない体にされてしまうだろう。



「なんだ巧、遅いと思ったら準備してくれてたのか。二人ともサンキュー」
「すまないな、どっかり座ってしまっていた」

 まさる大介だいすけがお茶とお菓子を運んできた巧と冬美に申し訳なさそうに頭を下げた。
 キッチンとリビングが離れていたこともあり、気づかなかったのだろう。

「巧、うんこがデカすぎて流れなかったんじゃねーんだな」
「初めて来た女の子の家で開始一時間でうんちする人はなかなかいないでしょ」
「別に、そこを遠慮する必要はないと思うのだけれど」
「えっ——」
「黙りなさい」
「まだ何も言ってねえ⁉︎」

 誠治は心外そうに言うが、何か下らないことを言おうとしていたのは想像に難くない。

「——誠治」
「うす」

 冬美に名前を呼ばれた誠治は、何を言われたわけでもないのに顔を前に持っていき、手に持っていたせんべいを皿の上でかじった。

「なんかお前ら、熟練夫婦みたいだな」
百瀬ももせ君。あなた小説の情景描写に関する問題で点を取ったことはあるかしら?」
「あるわ。なんだそのおしゃれな反論の仕方」

 優は憮然ぶぜんとした後、真剣な表情になって、

「でも実際、マジで付き合ってねえの?」
「付き合っていたらあなたたちを家に入れてはいないわ」
「まあそう言われればそうだけど……」
「不満そうね」
「そりゃ、やっぱり友達の浮いた話はおもろいからな」
「それなら、私たちよりもよっぽど叩けば色々出てきそうな人がいるんじゃないかしら」

 冬美が巧に視線を向けてくる。
 彼女は視線を鋭くさせて、

「香奈だけじゃ飽き足らず、最近は西宮にしみや先輩のファンも強奪し始めたようだけど」
「人聞きが悪いな。別に強奪なんてしてないし、誰とも何もないよ」
「怪しいわね。あなたはそう言いつつサラッと恋人を作っていてもおかしくないもの」

 巧はドキッとした。心当たりしかなかった。

「ないって。それにファンで言うなら誠治のほうが明らかにいっぱいいるじゃん」
「誠治のファンは所詮は顔とプレーしか見てないから問題外よ。あなたのほうは何だかもっと思い入れが強そうに感じられるわ」
「そうなの? 全然わかんないや」

 自分を応援してくれている女の子たちから、特段他とは違ったものは伝わってこない。
 女子同士、感じるものがあるのだろうか。

「巧は色々ありそうだけど、イジり甲斐がねえんだよな。揶揄っても『うん、好きだよ』とか普通に肯定しそうだし」
「それは容易に想像がつくわ」
「だろ?」

 優と冬美がうなずき合う。誠治も大介も同意見のようだ。
 巧としては少々不満が残るが、何も言わなかった。
 これ以上自分のことを詮索されても困るし、せっかく優が話題を逸らそうとしてくれているのだ。大人しく乗っかっておくべきだろう。

「だから、俺らとしては誠治と久東に何かがあったほうが面白いわけよ」
「ご期待には添えそうにないわね」

 冬美は表情を変えずにそう言った。

(これはツンデレなのか、それとも本当に誠治を恋愛対象として見ていないのか、どっちなんだろう?)

 冬美の表情を観察するが、巧には判断がつかなかった。

「そういうあなたたちはどうなのかしら?」

 冬美が優と大介に話を振った。

「なんもねえって」
「うむ、特にないな」
「本当かしら? 昨日、百瀬君とあかりが仲良さそうに歩いてるところを見た人がいるそうだけど」
「べ、別にあいつとは何もねえよ。たまたま会っただけで」

 優は見るからに動揺していた。
 冬美に追撃する気はなかったようだ。

「ふーん? まあいいけれど……意外とお似合いだと思うわよ」
「お、おう」

 優は平静を装っているが、あからさまに嬉しそうだった。

(もしかしてちょっと進展したのかな?)

 もし優とあかりがくっついたなら、一回ダブルデートなんてものをしてみてもいいかもしれない。
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