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第六章

第143話 親友の幼馴染に勉強を教えてもらった

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「ごめんね久東くとうさん、僕らまでお邪魔しちゃって」

 門扉をくぐりながら、たくみは先頭を歩く冬美ふゆみの背中に声をかけた。

「構わないわ。如月きさらぎ君にはバかがりの世話をしてもらうつもりだから」
「えー、嫌だなぁ」
「んだと?」
「もうそうやってすぐ暴力に訴えるっ……弱い者いじめ反対!」

 首を絞められながら巧は抗議した。

「あなたたち、遊びに来たのなら帰ってもらうわよ」
「「ごめんなさい」」

 それまで言い合っていたのが嘘かのように、巧と誠治は同時に謝罪をした。

「ホント息ぴったりだよなお前ら」
「うむ、仲が良いのはいいことだ!」

 二人のさらに後ろを歩いていたまさるが苦笑し、大介だいすけはガッハッハと豪快に笑った。

「えー……」
「おい、文句あんのかコラ」
「文句はあるよそりゃ」

 巧は言い返しながら大介の背後に隠れた。

「おい、大介を盾にすんじゃねー」
「だって誠治、すぐ手出すじゃん。暴力変態だからね」
「変態はてめえだろ隠れむっつりが」
「……はぁ」

 冬美が呆れたようにため息を吐いた。
 巧は、少なくとも三割以上の原因になっていることを自覚していた。
 誠治との言い争いという名の戯れの合間に、片目をつむりながら両手を合わせた。

 謝罪の意を込めたつもりだったが、冬美はふいっと視線を逸らしてしまった。
 機嫌を損ねてしまったかと心配になったが、扉を開ける際の彼女の横顔は柔らかなものだった。

(良かった。怒ってはないみたいだ)

 安堵の息を吐きつつ、巧は「お邪魔しまーす」と玄関に足を踏み入れた。
 今から五人は冬美の家で勉強会をする予定となっているのだ。明日から始める定期テスト対策だ。

 最初は冬美と誠治と巧で開催する予定だったが、優と大介も呼ぼうという流れになった。
 もちろん冬美に許可を得てから、二人には話を通した。その結果が今の大所帯だ。

「広っ……!」

 リビングに足を踏み入れ、巧は思わず感嘆の声を漏らしてしまった。彼や香奈の家の三倍はあるだろうか。
 四人で押しかけるのはさすがに、と遠慮しかけたときに「ウチは広いから大丈夫よ」と言っていたが、想像以上だ。

 壁際には大型のテレビや観葉植物、四人がけのソファーなどが置かれ、中央には五人で座っても余裕のありそうな大きな机があった。
 それでもまったく窮屈な印象は受けなかった。

「あら、いらっしゃーい」
「うす」
「「「お邪魔します」」」

 おっとりとした雰囲気の女性が笑顔で出迎えてくれた。
 誠治は慣れたように挨拶をし、巧と優と大介は頭を下げた。

 女性は久東くとう恵理えりと名乗った。冬美の母親だ。

「冬美と誠治君からみんなの話は聞いているわ。ゆっくりしていってちょうだい。もちろん誠治君もね」
「「「ありがとうございます」」」
「ういっす」

 恵理はパッと見の印象と違わず、おっとりとした話し方の女性だった。
 冬美の母にしては穏やかな人だ。

如月きさらぎ君。何か失礼なことを考えていないかしら?」
「まさか」

 巧はしれっと受け流した。冬美は二秒ほどジトっとした瞳を向けてきたが、スッと視線を逸らした。

(あぶなっ……)

 背中に冷や汗が伝っていたが、なんとか誤魔化せたようだ。

 家に入るまではふざけていたが、本来の目的は勉強会である。
 同級生の女の子の実家であることも相まって、巧たちは真面目に試験勉強に取りかかった。



「うーん……」
「難しい顔してるわね」

 巧がテキストと睨めっこをしていると、隣から声がかけられた。冬美だ。

「うん。なかなか難しい」
「英語かしら?」
「そ。長文のこの問題なんだけど……久東さんわかる?」
「えぇ」

 あっさりうなずくと、冬美は丁寧に問題を解説してくれた。

「なるほど……熟語がこんなに離れてる場合もあるんだ」
「えぇ。難しい問題ならそういう場合もあるんだと頭に入れておくだけで視野が広がるわ」
「そうだね。ありがとう」
「他は大丈夫なのかしら? 赤点を取られても困るし、人に教えるのは私にとって有意義だから教えてあげても良いのだけど」
「本当? じゃあこれも教えてもらっていい? 解説見たんだけどざっくりとしか理解できなくて」
「これは——」

 間髪入れずに的確でわかりやすい答えが返ってきた。

「なるほど……すごくわかりやすかった。ありがとう。すごいね、さっきまで社会勉強してたのにスラスラ答えられるって」

 冬美の机には歴史のワークが開かれている。

「別に、英語は普段から特にちゃんと勉強しているだけよ」
「冬美。ヘルプー」

 誠治が冬美を呼んだ。
 彼は冬美の左隣に座っている。巧は右隣だ。

「待ちなさい。今如月君に教えているから」
「あっ、僕はもう大丈夫だよ」
「……そうかしら?」
「うん、ありがとう。すごく助かった」

 巧としてはしっかりと感謝の気持ちを伝えたつもりだったが、冬美はほのかに不満げな表情を浮かべて誠治に向き直った。

(もしかしたら、もう君は必要ないみたいな感じで受け取られちゃったかな?)

 もしそうなら申し訳ない。後でもう一度ちゃんと礼を言っておこう。



 基本はそれぞれが自分の課題を進め、時にはお互いに教え合っていると、あっという間に一時間以上が経過した。
 巧がトイレを借りてから洗面所を経由して戻ってくると、リビングから男子三人の話し声が、台所からかちゃかちゃという食器を扱うような音が聞こえてきた。

 ちらっと視線を送ると、冬美がお茶やら何やらの準備をしていた。母親は先程買い物に出かけて、まだ帰ってきていない。
 年頃の娘一人と同級生の男四人のみを家に残していいのかとも思うが、幼馴染の誠治という信頼の置ける人物がいてこその判断だろう。

「久東さん、手伝うよ。何かできることない?」
「大丈夫よ。これくらい一人でできるわ」
「うん。でもお邪魔してる身としては何か手伝いたいなーって。あっ、邪魔ならいいんだけど」
「邪魔だなんて言っていないわ。そんなに捻くれていて国語の読解は大丈夫なのかしら?」
「捻くれているのは久東さんのほうじゃ——ごめん」

 冬美にギロリと睨まれ、巧は首をすくめた。

「……じゃあ、あと一分経ったらお茶を注いでくれるかしら。私はお菓子を準備するから」
「わかった」

 巧は携帯でタイマーをセットした。

「一応感謝しておくわ」
「どういたしまして」

 素直ではない言い方に、巧は頬を緩めた。
 冬美はお菓子の袋を取り出しつつ、そっとため息を吐いた。

「……どうして」
「えっ、何か言った?」
「な、なんでもないわ」

 幻聴じゃないのかしら——。
 もはや条件反射のように口から漏れそうになった言葉を、冬美はなんとか喉の奥で押しとどめた。
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