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第三章

第80話 僕も本気で

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「今日は楽しかったです、ありがとうございました!」

 たくみの家の前で、香奈かなが勢いよく頭を下げた。
 その表情はスッキリしていた。

「うん……こっちこそありがとね」

 反対に、巧はげっそりとしていた。

「あれ、巧先輩。ちょっと疲れてません?」
「誰のせいだと思ってるの」
「私のせいですね。ごめんなさい」

 香奈が舌を出してテヘッと笑った。

「てへ、じゃないよ」

 巧は怒る気力もなくなった。
 ——そもそも、元から怒る気などなかったが。
 君が積極的すぎるから色々抑えるのに苦労したんだけど、などと言えるはずがない。恥ずかしすぎる。

「ふふ、すみません。それじゃあまた明日です! おやすみなさい、巧先輩っ」
「うん、おやすみ」

 巧が家に入ろうとしたところで、香奈が駆け足で戻ってくる。

「巧先輩」
「何?」

 彼女は背伸びをして、巧の耳元で、

「——大好きです」
「っ……!」

 巧が放心しているうちに、彼女はさっさとエレベーターに乗り込んで去っていった。

「……それは反則でしょ」

 絶対に好きになってもらいますから——。
 そう宣言したときの香奈の覚悟を決めたような真剣な表情が、脳裏に浮かんだ。



「ふぅー……」

 手洗いうがいだけを済ませてソファーに座り、未だに頬に滞在している熱を逃がすように息を吐き出す。

「……いい加減、ちゃんと見てあげないと」

 香奈にも言ったが、彼女が自分のことを好きであることは薄々気づいていた。
 あの宣言以降はほとんど確信していた。

 それでも何も行動を変えなかったのは、香奈が本当に自分なんかを好きになってくれるのだろうかという疑念が残っていたからというのもあったが、それ以上に現状に甘えていたのだ。
 自分に好意を持ってくれている相手と一緒に過ごすというのは、心地の良いものだった。
 そうでなくとも、香奈といるのは楽しかった。

 だから、このままでもいいなどと考えていたし、香奈からの明確な好意があるとしか考えられないアピールも、わざと自分の都合のいいように解釈して流していた。
 香奈が自分のことを好きだと認めてしまえば、彼女との関係について真剣に考えなければならないから。

(我ながら卑怯だったな……でも、香奈が勇気を出して告白してくれたんだ。僕も本気で応えないと)

 巧も、自分が香奈に好意を持っていることは自覚していた。
 しかし、それが単なる後輩や友人に対するものなのか、それとも異性へのそれなのかが、自分でもよくわからなかった。

 一緒にいて楽しいのは間違いないが、そこを基準にしてしまったら玲子れいこやクラスで仲良くしている女子だって好きだということになるし、何なら誠治せいじまさる大介だいすけだって候補になってしまう。
 
 触れ合えば性的な欲求も生じるが、それだってアキや華子はなこのような嫌悪を覚える対象でなければ同じだろう。
 欲の大小に違いはあるだろうが、香奈ほど容姿とスタイルが完璧な子は他にいないし、童顔でショートヘアというのは元々巧の好みだ。
 彼女に対して一番興奮したとしても何ら不思議ではない。

 どちらにせよ好きではあるんだから付き合ってもいいという考えもあるのだろうが、もし巧が香奈のことを異性として好きでなかったなら、どこかで必ずすれ違いが生じる。
 自分の気持ちもあやふやなまま返事をするのは不誠実なことだというのが彼の考えであり、だからこそこれまで彼女との関係を曖昧なままにしてきたし、今回も猶予をもらった。

 しかし、いくら考えてみてもわからなかった。
 少なくとも玲子のときのように「何かが違う」という感覚はないが、それがイコール香奈を異性として好きだということにはならないだろう。

「そもそも、人を好きになるってどういうことなんだ……?」

 巧が哲学の足湯を始めたところで、携帯がメッセージの着信を告げた。香奈だった。

 ——今日は本当にありがとうございました! 一応写メ送っときますね
 最後にハートマークのついたメッセージの後に、アルバムが作成された。

 巧が香奈にあんず飴を咥えさせている写真や、香奈に抱きつかれながらイカ焼きを食べている姿、そして帰り道に撮った香奈が背伸びをしながら巧の肩に腕を乗せている写真や、巧が犬のぬいぐるみを抱えているものなどだ。

 もちろん風景は場面ごとに異なっているが、全てに共通していることもあった。
 知らない人が見たら、どこをどう見ても恋人同士にしか思えないということ。
 そして、香奈が本当に幸せそうな表情を浮かべているということだ。

 知らずのうちに、巧は微笑んでいた。
 その頬は、桜に色づいていた。
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