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第三章

第75話 美少女後輩マネージャーと花火大会に行くことになった

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「おーい、たくみ先輩ー? 生きてますかー?」

 香奈かなは巧の頬をツンツンとつついた。
 彼はくすぐられてすっかり体力を消耗し、ソファーでうつ伏せになっていた。

「わっふぅ! 相変わらずもちもちですねぇ、巧先輩のほっぺ。可愛いですっ」
「可愛いって言われても嬉しくないけどね……」
「大丈夫ですよっ、真剣な表情のときの先輩は格好いいですから!」

 そう言ってニカっと笑い、香奈は窓際に歩いて行った。

「おっ、結構浴衣の人たちが歩いてます」
「そういえば今日、近所で花火大会あるんだっけ?」

 巧は起き上がった。

「はい——あっ、巧先輩。どうせならちょっと花火でも見に行きませんか? お互いの一軍昇格祝いということで!」
「おっ、いいじゃん。いこっか」

 巧が了承すると、香奈がパァ、と表情を輝かせた。

「やったぁ! じゃあ準備してくるので、一時間後にまた来ますマタドガス!」

 ——ぶっ。
 香奈が脇に手を差し込んでおならの音を演出した。服が持ち上がり、引き締まったお腹が顔を覗かせた。
 巧にツッコむ隙すらも与えず、彼女は稲妻のように彼の家を飛び出していった。

(マタドガスだからおならってことか、懐かしいな……というか着替えたりお化粧するのに一時間もかかるって、女の子は大変だなぁ)

 巧も女の子と出かけるということで、普段よりも身だしなみに気を遣いはしたが、それでも二十分ほどで支度は終わった。
 ソファーに座っていると、先程までの出来事がフラッシュバックする。

「香奈の言葉、嬉しかったな……」

 今さら自分を卑下ひげはしていないし、自分のプレーやこれまでやってきたことに関しては小太郎こたろうから何を言われようとも揺らぐことはなかったが、それでもやはり他の人から努力を認められるのは嬉しかった。
 だから余計、小太郎に彼女を馬鹿にされて怒ってしまったという側面もあったのかな、と巧は思った。

(お礼にお祭りで何か奢ってあげようかな。景品とか取ってあげてもいいかもしれない)

 無駄に射的は得意だし、などと考えつつサッカーのハイライトを見たりしていると、きっかり一時間後に香奈はやってきた。

「じゃーん! 巧先輩、どうですかっ?」
「っ……!」

 玄関先で、巧は言葉を失った。

「えへへ~、びっくりしました?」

 香奈はをつまみ、イタズラっぽい笑みを浮かべた。

「……うん、びっくりした。急に決まったし、まさか浴衣とは思ってなかったよ」
「ふっふっふ。備えあればってやつですよ。どうですか?」

 香奈がくるっと一回転した。
 浴衣は赤を基調に黄色と白の花びらを咲かせており、帯は紅葉を連想させる橙色だ。
 頭の左側につけられたかんざしはひまわりのように明るい黄色で、浴衣の柄と近しい色をしている。

 全体的に夏の終わりから秋の訪れを感じさせつつ、女子高校生らしい華やかさも兼ね備えている。
 この一式は香奈のために取り揃えられたのではないか、と巧は本気で思った。

「すごく似合ってるよ。可愛い」
「っ……ありがとうございます!」

 香奈がはにかんだ。

「っ……」

 巧は息を呑んだ。
 笑顔自体は見慣れているが、普段の香奈はナチュラルメイクで元の顔立ちも童顔であるため、年下感が強い。

 しかし、今は化粧をしっかりしている影響で女性らしさが増しており、抜群のスタイルを浴衣に包んでいる。
 破壊力は、少なく見積もっても普段の倍以上だった。

「あっ、でも僕浴衣持ってないけどいいの?」

 巧はしれっと話題を変えた。
 香奈に、彼の動揺に気づいた様子は見られなかった。

「はい。女子だけ浴衣というのは結構あるみたいですよ。さっきもいましたし、両親がデートをしたときも、お母さんだけ浴衣を着ていたこともあったみたいです」
「ならよかったけど……こんな格好だと尻込みしちゃうなぁ」

 巧は自分の服装を見下ろした。
 彼の中ではまだおしゃれな服を選んだつもりだが、それでも元々ファッションに無頓着むとんちゃくな上、相手は浴衣姿のアイドル級美少女だ。
 どう足掻あがいても釣り合っていない。

「大丈夫ですよ! 今のままでも格好いいですし、何より先輩と行くっていうのが重要なので、別に最悪靴下だけでも私は気にしませんから!」
「全裸よりも気持ち悪いね、それ」
「ジェンガ?」
「言ってないね。僕そんなグラグラしないから」
「全裸ならどちらかというとぶらぶら——あっ、これはダメか」
「途中でやめるなら、最初から言わなければいいんじゃない?」
「最初に気づかないから途中でやめるんですよ」

 香奈がふふんと胸を張った。

「ドヤ顔しない」
「でも、成長したと思いません? 前までの私なら絶対に言い切ってましたよ」
「……まあ、最近たしかにちょっとだけ自制心が育ってきたかもね」

 前よりも、香奈は幼稚な下ネタを言わなくなっている。
 何か彼女の中で心境の変化があったのかもしれない。

「えへへ~、偉いですか?」
「うん偉い偉い」
「頭撫でさせて差し上げましょうか?」
「だからなんで僕が撫でさせてもらう立場なの。あと、今はせっかく結った髪が解けちゃうからお願いされても撫でないよ」
「相変わらず紳士ですねぇ。じゃあ、また今度お願いしますっ」
「まあ、いいけど——」

 携帯の通知が鳴った。

まさるからだ。あっ、ごめん。優たちに一軍昇格したことだけ伝えていい? すっかり忘れてた」
「もちろんです。私もあかりに連絡しておこうっと」

 ソファーに並んで座り、それぞれ友人にメッセージを送る。
 巧は優と大介だいすけ、そして誠治せいじの四人グルに報告した。
 すぐに一つ既読がついた。

 ——優だった。
 元々巧と別件でやり取りをしていた彼は、それに対する返事かと何の気なしに携帯を見て、愕然がくぜんとした。

「……はあ⁉︎ い、一軍⁉︎」

 ちょうど自主練習を終えたところだった彼は、混乱したまま巧に電話をかけた。

『もしもし』
「た、巧っ、マジで一軍昇格したのか⁉︎」
『うん。マジ』

 電話口から聞こえる巧の声は穏やかだったが、隠しきれない喜びがにじみ出ていた。

「そっか……おめでとう。また奢んなくちゃいけねえな」
『気持ちだけで十分だよ。僕に金使ってたら、彼女作れなくなっちゃうだろうし』
「うっせ! お前は相変わらず白雪しらゆきと仲良いみたいだな。一緒に昇格とか運命じゃねえの?」
『だから、そんなんじゃないって』
「はいはい。んじゃ、また遊ぼうぜ」
『流されたのはすごい不服だけど、またね。優も頑張って』
「……おう。んじゃな」
『バイバイ』

 たっぷり三秒後に電話は切れた。
 暗くなった画面を見て、優はため息を吐いた。

「……はあ」
「どうしました?」

 声をかけられ、優はノロノロと顔を上げた。
 三軍マネージャーの七瀬ななせあかりだった。彼女も携帯を片手に持っていた。

「……七瀬か」
如月きさらぎ先輩と香奈、一軍に昇格したらしいですね」
「お前も知ってんのか」
「今さっき、香奈から報告が来ました。電話の相手、如月先輩ですよね? 何か嫌なことでも言われたんですか?」
「まさか」

 優は首を横に振った。

「あいつはそんな奴じゃねえよ」
「まあ、そうですよね。でも、じゃあなんでため息を?」
「……自己嫌悪だよ」

 優は視線を落としてつぶやいた。

「自己嫌悪?」
「巧は友達だし、あいつが頑張ってきたのは知ってる。だから一軍昇格って聞いて最初は嬉しかったけど、同時になんであいつがって思っちまったんだ……最低だよな、俺」

 優は再び大きなため息を吐いた。

(巧には伝わってねえといいけど……俺、こんなに性格悪かったのかよ)

「別におかしなことじゃないんじゃないですか?」
「……えっ?」

 予想外の言葉が聞こえて、優は顔をあげた。
 発言者のあかりは、彼を穏やかな表情で見つめた。

「如月先輩がすごい人であることは間違いないですけど、彼のプレーは特殊ですから。普通のプレーだったり一対一だったらまず間違いなく百瀬ももせ先輩のほうが上でしょうし、そう思ってしまうのも無理はないと思います」
「でも……だって友達だぜ?」
「そうですね。ですが所詮は他人です。たとえ友達だったとしても、抱いちゃいけない感情を抱くことくらいあるんじゃないですか?」
「っ……」

 優は息を呑んであかりを見つめた。
 彼女の言葉には、優の心を揺さぶるには十分なほどの想いが込められていた。

「そう……なのかな」
「そうですよ。大事なのは、それを相手にぶつけないことじゃないですか。百瀬先輩も如月先輩に何か言ったりはしなかったでしょう?」
「それは、まあ……」
「それってすごいことだと思いますし、自分を卑下する必要はないと思いますよ。その想いを力に変えればいいんです」
「……お前、すごいな」

 優が噛みしめるように言うと、あかりがニヤリと笑った。

「親友にとんでもない凄腕マネージャーがいるので、感化されました。あぁ、私は別に香奈に嫉妬はしてませんよ? ちょっと次元が違うのであの子は」
「まあな。けど、お前と白雪じゃタイプが違うっつーか、そもそもあいつみたいなタイプって珍しくね? 比べるようなものでもねえと思うんだけど」
「お気遣いありがとうございます。それで言うと、如月先輩は香奈以上に珍しいタイプでしょうから、百瀬先輩もあんまり気にしすぎなくていいんじゃないですか? 先輩は先輩なりに頑張ればいいと思います。今も、一人残って自主練してたわけですし」
「……そうだな」

 優は立ち上がった。

「めっちゃ心軽くなったわ。サンキュー、七瀬」
「それはよかったです。これからも頑張ってください」
「……おう」

 笑みとともに贈られたエールに、優は視線を逸らしてうなずいた。

「それじゃあ失礼します」

 ぺこりと一礼し、あかりが去っていく。
 優はぼーっとその後ろ姿を見送っていた。
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