上 下
66 / 217
第三章

第66話 変わるもの、変わらないもの

しおりを挟む
 覚悟しててください。ただの後輩だと舐めてると、痛い目見ますから——。

 そんな宣言をされた翌日も、たくみ香奈かなとの関係を変えることはしなかった。
 登校時、家に来たときこそ彼女は不安そうな表情を浮かべていたが、巧が家を出るときには異様なほどハイテンションになっていた。

 下校時もそのテンションは継続しており、ボディタッチも増えているように感じられた。
 しかし、逆に言えばそれだけだった。

(やっぱり、僕の考えすぎだったのかな?)

 普段とそこまで変わらない香奈の様子に、巧はそんなことを考え始めていた。
 ——だから、その不意打ちに動揺してしまった。

「お邪魔しまーす!」
「っ……うん。どうぞどうぞ」

 香奈が元気よく家に入ってきたとき、巧は思わず息を呑んだ。

 私服に動揺したわけではない。
 彼女は毎回、一度自分の家に帰ってシャワーを浴びてから凸してくるため、巧も私服姿自体には慣れていた。

 しかし、今日の香奈はこれまでよりも露出の多い格好をしていた。
 とはいえ胸元などが大胆に開いているわけではなく、いわゆるヘソ出しファッションだ。

 こういう服装が好きなのだ、と言われればそれまでのラインではあるが、やはり美少女の引き締まった白いお腹と縦に細長いおへそ、そしてわずかに影を作っているくびれは、健全な男子高校生の巧にとっては刺激的だったし、官能的でもあった。
 ——昨日の宣言を受けた後では、なおさら。

「あっ、巧先輩。どうですかこの服? 最近一目惚れして買っちゃったんですけど、可愛くないですか?」
「う、うん、可愛いと思うよ。よく似合ってる」
「えへへ~、ありがとうございます!」

 香奈がはにかんだ。
 他意はなさそうな無邪気な笑みだったため、巧も気にしないことにした。

 香奈が「手洗わせてもらいますねー」と洗面所に入っていく。
 巧は、服から見え隠れするなだらかな曲線を描いている腰からそっと視線を逸らした。



◇   ◇   ◇



「くぁ~、全部終わったー……!」

 約三時間後、香奈が噛みしめるようにそう言って、大きく体を伸ばした。数日を残して、夏休みの宿題をすべて終了させたのだ。
 伸びをすればその分服も上に引っ張られるため、お腹の露出面積も増える。

「よく頑張ったね」

 巧は冷凍庫を漁りつつ、ねぎらいの言葉をかけた。
 香奈が肩を回しながら、にへらと笑った。

「巧先輩のおかげですよー。先輩とやると、嫌いな勉強も楽しくなっちゃうんですよね」
「それは良かった。はい、ご褒美」
「おー、バーゲンダッチ! いいんですか?」

 しっかりとカップを受け取ってから、香奈が瞳を輝かせて尋ねてくる。
 巧はサッとカップを奪い取った。

「やっぱりダメ」
「えっ——」
「嘘だよ」

 一瞬で絶望に染まった香奈の顔を見て、巧は堪えきれずに吹き出しながらカップにスプーンを付けて返した。

「ひどいです先輩っ! ……でも、本当に私が食べちゃっていいんですか?」

 香奈がうかがうように尋ねてくる。
 バーゲンダッチは学生が買うにしては少々高価なアイスだ。

「頑張ってたからね。特別だよ?」
「わーい! さすが先輩ですっ、ありがとうございます!」
「うん。喜んでもらえて良かった」

 巧は自らもバーゲンダッチを食べ始めた。

「ん~、やっぱり美味しいです!」

 香奈が顔全体を使って、幸せであることを表現している。
 アイスよりも先に彼女が溶けてしまいそうだ。

「やっぱりこれは格別だよね」
「ですねぇ。人の金で食うアイスは格別です」
「おい」
「嘘ですよー。巧先輩からいただく物ならなんでも格別ですから!」

 香奈が無邪気に笑った。

「……へぇ、じゃあ今度しいたけメインの夕食に招待してあげるよ」
「くっ……い、いいでしょう」
「言ったね? あっ、そういえば香奈。今日はご両親遅いんでしょ? 早速今日しよっか」
「嘘ですごめんなさいしいたけだけはご勘弁を!」

 この通りですっ、と香奈が腰を直角に折り曲げた。

「あはは。まあそれは冗談として、ウチで食べてく?」
「そうですね……あっ、巧先輩。今日中に処理しておきたい食材ってあります?」
「待ってね」

 巧は冷蔵庫をのぞいた。

「いや、特にはないかな」
「じゃあ、今日はウチで一緒に食べません? 実は前に安売りしてたお肉を買いすぎちゃって、それが今日までなんですよ」
「僕はいいけど、ご両親のいない家に勝手にお邪魔するのは良くないんじゃない?」
「全然大丈夫ですよ。両親の許可は取ってありますから」
「そうなの?」
「はい。むしろ、ご馳走になった分はちゃんとお返ししなさいって注意されちゃいました」

 香奈が舌を出しながら頭を掻いた。

「だから、ぶっちゃけ食べにきてくれるとワン石ツー鳥なんですよ」
「わんせきつうちょう……? あっ、一石二鳥か」

 香奈が無言で席を立ち、玄関に向かっていく。

「香奈? どうしたの?」

 巧の問いかけに答えず、彼女は玄関を出た。
 ——ピンポーン。
 インターホンを鳴らし、何食わぬ顔で戻ってくる。

「インターホンって正解音じゃないから」

 巧は呆れと感心を込めてツッコんだ。
 あはは、と香奈が肩を揺らして笑った。

「まあ、そういうことならお邪魔させてもらうよ……あっ、でも待って。昨日の味噌汁余ってる」
「冷蔵庫に入れてたなら多分大丈夫でしょうけど、味噌汁は足が早いんですから気をつけてくださいね」
「大丈夫。味噌汁はボルトじゃないから」
「じゃーまーいっか」

 巧と香奈は無言でハイタッチを交わした。
 ちなみに、ボルトの国籍はジャマイカだ。

「息ぴったりですね私たち。一緒に出ましょうっ、R—1!」
「言うならM—1でしょ。なんで敵対しなきゃいけないの」
「巧先輩って、ツッコミスイッチ入ると語気強くなりますよね」

 香奈がくつくつ笑った。

「うん。ちょっと血がたぎっちゃうんだ」
「そんなあなたにはこれですっ、強さ引き出す乳酸菌!」
「それヨーグルトのR—1のキャッチフレーズね。味噌汁飲む? あっ、でもアイス食べたばっかりだし、もう少し後でもいっか」
「そうですね。それより巧先輩」
「何?」

 香奈が無言で巧の腕を取り、ソファーまで引っ張っていく。
 自身が座った後、彼女は巧の腕をクイっと引っ張った。

(座れってことか)

 この時点で、巧は何となく香奈の言いたいことを察した。

「私、いっぱい勉強して宿題を見事終わらせたわけじゃないですか」
「そうだね」
「もちろんバーゲンダッチもめっちゃ美味しかったですし嬉しかったですけど、もう少しご褒美があってもいいぐらいの大偉業じゃないですか」
「うーん」
「大偉業ですよね?」
「はい」

 途方もない圧を感じ、巧は思わず敬語になってしまった。

「で、巧先輩はそのお手伝いをしてくれたわけじゃないですか」
「そうだね」
「ということは、私と巧先輩どっちにもご褒美が——あぁ、もう面倒くさいですっ、お願いします!」
「自分から始めたのに」

 巧は笑いつつ、香奈の頭に手を乗せた。

 これでいいのか、と聞く必要はなかった。
 香奈は若干頬を染めつつ、目を閉じて口元もへにゃりと緩めていた。幸せオーラが溢れ出ていた。

「っ……」

 思わず息を呑んでしまった巧は、彼女に悟られないようにそっと視線を外した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

悲しいことがあった。そんなときに3年間続いていた彼女を寝取られた。僕はもう何を信じたらいいのか分からなくなってしまいそうだ。

ねんごろ
恋愛
大学生の主人公の両親と兄弟が交通事故で亡くなった。電話で死を知らされても、主人公には実感がわかない。3日が過ぎ、やっと現実を受け入れ始める。家族の追悼や手続きに追われる中で、日常生活にも少しずつ戻っていく。大切な家族を失った主人公は、今までの大学生活を後悔し、人生の有限性と無常性を自覚するようになる。そんな折、久しぶりに連絡をとった恋人の部屋を心配して訪ねてみると、そこには予期せぬ光景が待っていた。家族の死に直面し、人生の意味を問い直す青年の姿が描かれる。

穏やかな田舎町。僕は親友に裏切られて幼馴染(彼女)を寝取られた。僕たちは自然豊かな場所で何をそんなに飢えているのだろうか。

ねんごろ
恋愛
 穏やかなのは、いつも自然だけで。  心穏やかでないのは、いつも心なわけで。  そんなふうな世界なようです。

君と僕の一周年記念日に君がラブホテルで寝取らていた件について~ドロドロの日々~

ねんごろ
恋愛
一周年記念は地獄へと変わった。 僕はどうしていけばいいんだろう。 どうやってこの日々を生きていけばいいんだろう。

冤罪で自殺未遂にまで追いやられた俺が、潔白だと皆が気付くまで

一本橋
恋愛
 ある日、密かに想いを寄せていた相手が痴漢にあった。  その犯人は俺だったらしい。  見覚えのない疑惑をかけられ、必死に否定するが周りからの反応は冷たいものだった。  罵倒する者、蔑む者、中には憎悪をたぎらせる者さえいた。  噂はすぐに広まり、あろうことかネットにまで晒されてしまった。  その矛先は家族にまで向き、次第にメチャクチャになっていく。  慕ってくれていた妹すらからも拒絶され、人生に絶望した俺は、自ずと歩道橋へ引き寄せられるのだった──

寝取られて裏切った恋人への復讐

音の中
恋愛
【あらすじ】 彼との出会いは中学2年生のクラス替え。 席が隣同士だったのがきっかけでお話をするようになったんだよね。 彼とはドラマ鑑賞という共通の趣味があった。 いつも前日に見たドラマの感想を話していたのが懐かしいな。 それから徐々に仲良くなって付き合えた時は本当に嬉しかったよ。 この幸せはずっと続く。 その時はそう信じて疑わなかったな、あの日までは。 【注意】 ・人を不快にさせる小説だと思います。 ・けど小説を書いてると、意外と不快にならないかも?という感覚になり麻痺してしまいます。 ・素読みしてみたら作者のくせに思った以上にダメージくらいました。(公開して3日目の感想) ・私がこの小説を読んでたら多分作者に怒りを覚えます。 ・ラブコメパートが半分を占めます。 ・エロい表現もあります。 ・ざまぁはありますが、殺したり、人格を壊して精神病棟行きなどの過激なものではありません。 ・された側視点ではハッピーエンドになります。 ・復讐が駆け足だと感じちゃうかも…… ・この小説はこの間初めて読んでみたNTR漫画にムカついたので書きました。 ・プロットもほぼない状態で、怒りに任せて殴り書きした感じです。 ・だからおかしいところが散見するかも……。 ・とりあえず私はもうNTR漫画とか読むことはないでしょう……。 【更新について】 ・1日2回投稿します ・初回を除き、『7時』『17時』に公開します ※この小説は書き終えているのでエタることはありません。 ※逆に言うと、コメントで要望があっても答えられない可能性がとても高いです。

冤罪をかけられ、彼女まで寝取られた俺。潔白が証明され、皆は後悔しても戻れない事を知ったらしい

一本橋
恋愛
痴漢という犯罪者のレッテルを張られた鈴木正俊は、周りの信用を失った。 しかし、その実態は私人逮捕による冤罪だった。 家族をはじめ、友人やクラスメイトまでもが見限り、ひとり孤独へとなってしまう。 そんな正俊を慰めようと現れた彼女だったが、そこへ私人逮捕の首謀者である“山本”の姿が。 そこで、唯一の頼みだった彼女にさえも裏切られていたことを知ることになる。 ……絶望し、身を投げようとする正俊だったが、そこに学校一の美少女と呼ばれている幼馴染みが現れて──

処理中です...