上 下
62 / 217
第二章

第62話 クールな先輩マネージャーの決意

しおりを挟む
「おはよう、香奈かな
「おはようございますっ、たくみ先輩!」

(おっ、調子は戻っているみたいだ。良かった)

 いつも通りの香奈の元気な挨拶に、巧は胸を撫で下ろした。

「昨日はすみませんでした。なんか突然帰る形になっちゃって」

 香奈がぺこりと頭を下げた。

「ううん、気にしないで。体調でも悪かった?」
「そうですね。ちょっと調子良くなかったって言うのもありますし……まあでも、今はもう大丈夫なので」
「そっか。元気になったなら良かった」

 本当に大丈夫そうだったので、巧は深くは言及しなかった。
 香奈は安堵したように息を吐いた後、ふっと笑った。

「やっぱり、巧先輩って優しいですよね」
「えっ、どうしたの急に」
「いえ、普通なら突然帰ったらもっと怒ってもおかしくないのに、むしろ心配してくれてるのが優しいなって。いつもありがとうございます」
「ううん、こちらこそありがとう。そんなふうに言える香奈も優しいね」
「っ……巧先輩限定ですよ?」

 息を詰まらせた後、香奈がそう言ってウインクをした。

「そうなの? それは嬉しいけど、他の人にも優しくしなきゃダメだよ」
「わかってますよー。デフォルトで優しいですもん私。巧先輩が特別ってだけですから!」
「そっか。ありがとう」

 たとえそれがたわむれの範疇はんちゅうを出なかったとしても、特別と言われて嬉しくない人間はいない。
 巧は若干の照れ臭さを感じつつ、笑みを浮かべた。

「やはり手強い……」
「えっ、何か言った?」
「気になりますか?」

 香奈が小首を傾げてニヤリと笑った。

「うん、気になる」
「えっ、私のことが?」
「あなたの発言が」
「もう、仕方ないなぁ……特別ですよ?」

 香奈が手を口元に持っていき、メガフォンのような形を作った。
 巧が耳を寄せると、彼女はささやいた。

「……にょ」
「えっ?」
「ゴニョゴニョ」
「ゴニョゴニョって言ってるだけじゃん」

 巧は思わず香奈の頭をチョップしてしまった。

「いたっ」
「あっ、ご、ごめん! ついっ……痛かった?」
「いえ、ぜんぜ——痛かったです」
「今全然って言いかけ——」
「痛かったです」

 強い口調で言い切った後、香奈が巧の腕をつかんだ。

「……えっと?」
「痛かったので、痛いの痛いの飛んでけーってしてください」
「今?」
「今です」

 即答だった。

「……外なんだけど」
「いいじゃないですか。パッと見では人もいませんし、いたとしても見せつけてやればいいんです。私たちのラブラブさを」

 香奈がイタズラっぽく笑った。

「イタイカップルのすることじゃん、それは」
「じゃあ、それもまとめての飛んでけぇってしないとですね」
「……おぉ、うまいね」
「でしょう? ほらほら巧先輩、早く。人来ちゃいますよ?」
「しょうがないなぁ」

 巧は渋々、香奈の頭に手を乗せた。

「痛いの痛いの飛んでけー……って、すごい恥ずかしいんだけど、これ」
「ふふ、でもそのおかげですっかり痛みがなくなりました。ありがとうございます!」
「まあ、ならよかったけど」

 ちょっといつもと調子が違うなぁ、と巧は思った。

 ——そんな彼の様子を見て、香奈は一定の手応えを覚えていた。
 ここまででもかなり恥ずかしさを押し殺しているが、苦労に見合うだけの成果は得られていると感じていた。

 しかし、彼女は油断してはいなかった。
 あかりの忠告もあり、これまで以上に巧と距離を縮めている人はいないかと注視していた。

 だから、グラウンドに到着してすぐに気がついた。
 玲子れいこが、巧に明確な好意を持っていることに。
 そして、二人の距離間がこれまでよりも近くなっていることに。


◇   ◇   ◇



 香奈に自分の巧への好意が露見したことは、玲子にもすぐにわかった。
 彼女の自分を見る目が、一瞬だけ鋭くなったからだ。
 嫌悪は感じなかったが、間違いなく敵視はしていた。

 玲子は意識的に巧との距離を縮めているため、ある程度は覚悟していた。
 しかし、その鋭さは予想を上回るものだった。

「ちょっとした出来事って、二軍昇格だったんですね」
「あぁ」
「ちょっとした、じゃなくないですか?」
「おや、そんなに喜んでくれているのかい?」
「それはまあ、嬉しいですよ」

 巧が頬を緩めた。
 同時に香奈からの視線が鋭くなるのが、玲子にはわかった。
 ちょうど死角になっているため、巧にはわからないだろうが。

「ふふ、可愛いことを言ってくれるじゃないか……ところで如月君。香奈ちゃんとは何かあったのかい?」
白雪しらゆきさんとですか? いえ、特には何もありませんけど。どうしてですか?」
「いや、何もないならいいんだ。気にしないでくれ」

 玲子は、巧との関係が進展したがゆえに香奈が予想以上に自分を敵視していると考えたのだが、巧が嘘を吐いているようには見えない。
 ということは、香奈の中で何か心境の変化があったのだろう。

(もう少しじっくり距離を縮めようと思っていたが……多分、急いだほうが良さそうだな)

 思っている以上に時間がないことを玲子は自覚した。
 彼女にとっては、香奈だって可愛くて大切な後輩だ。

(だが、負けるわけにはいかない)

 恋はスポーツと同じだ。
 さまざまな駆け引きがあり、最終的に頂に立てるのは、特に巧の場合は絶対に一人だけ。その一人を除けば全員が敗者だ。

 それに、相変わらず巧と香奈が登校しているところを見るに、それがたとえなんらかの事情ありきだったとしても、玲子が現時点で負けているのは間違いないだろう。
 香奈が本気でアタックをし始めたら、おそらく勝ち目はない。手をこまねいている暇はないのだ。

 悪いけど先に仕掛けるよ、香奈ちゃん——。
 心の中で宣戦布告をしてから、玲子は巧に話しかけた。

「如月君。今日の練習後は空いているかい?」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました

ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら…… という、とんでもないお話を書きました。 ぜひ読んでください。

3年振りに帰ってきた地元で幼馴染が女の子とエッチしていた

ねんごろ
恋愛
3年ぶりに帰ってきた地元は、何かが違っていた。 俺が変わったのか…… 地元が変わったのか…… 主人公は倒錯した日常を過ごすことになる。 ※他Web小説サイトで連載していた作品です

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

悲しいことがあった。そんなときに3年間続いていた彼女を寝取られた。僕はもう何を信じたらいいのか分からなくなってしまいそうだ。

ねんごろ
恋愛
大学生の主人公の両親と兄弟が交通事故で亡くなった。電話で死を知らされても、主人公には実感がわかない。3日が過ぎ、やっと現実を受け入れ始める。家族の追悼や手続きに追われる中で、日常生活にも少しずつ戻っていく。大切な家族を失った主人公は、今までの大学生活を後悔し、人生の有限性と無常性を自覚するようになる。そんな折、久しぶりに連絡をとった恋人の部屋を心配して訪ねてみると、そこには予期せぬ光景が待っていた。家族の死に直面し、人生の意味を問い直す青年の姿が描かれる。

女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。

矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。 女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。 取って付けたようなバレンタインネタあり。 カクヨムでも同内容で公開しています。

君と僕の一周年記念日に君がラブホテルで寝取らていた件について~ドロドロの日々~

ねんごろ
恋愛
一周年記念は地獄へと変わった。 僕はどうしていけばいいんだろう。 どうやってこの日々を生きていけばいいんだろう。

冤罪をかけられ、彼女まで寝取られた俺。潔白が証明され、皆は後悔しても戻れない事を知ったらしい

一本橋
恋愛
痴漢という犯罪者のレッテルを張られた鈴木正俊は、周りの信用を失った。 しかし、その実態は私人逮捕による冤罪だった。 家族をはじめ、友人やクラスメイトまでもが見限り、ひとり孤独へとなってしまう。 そんな正俊を慰めようと現れた彼女だったが、そこへ私人逮捕の首謀者である“山本”の姿が。 そこで、唯一の頼みだった彼女にさえも裏切られていたことを知ることになる。 ……絶望し、身を投げようとする正俊だったが、そこに学校一の美少女と呼ばれている幼馴染みが現れて──

社長の奴隷

星野しずく
恋愛
セクシー系の商品を販売するネットショップを経営する若手イケメン社長、茂手木寛成のもとで、大のイケメン好き藤巻美緒は仕事と称して、毎日エッチな人体実験をされていた。そんな二人だけの空間にある日、こちらもイケメン大学生である信楽誠之助がアルバイトとして入社する。ただでさえ異常な空間だった社内は、信楽が入ったことでさらに混乱を極めていくことに・・・。(途中、ごくごく軽いBL要素が入ります。念のため)

処理中です...