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第二章
第61話 美少女後輩マネージャーは親友に相談する
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『わかってるんだよ、私がヘタレなのが悪いってことは……でもさでもさ、今の関係が壊れるのが怖いんだもん~』
「やっぱりそこにたどり着くんだね」
咲麗高校一年生で、サッカー部の三軍マネージャーの七瀬あかりは苦笑した。電話の相手は香奈だ。
あかりは習い事をたくさんしているし、香奈は二軍であかりは三軍であるためあまりスケジュールを合わせられないが、それでも週に一回は必ず会うようにしている。
そんな親友と呼んで差し支えない香奈から電話がかかってきたのは、突然だった。
彼女はあかりの忙しさを知っている。事前連絡なしで唐突に電話をかけてくるのは珍しい。
若干面倒ごとの予感がしつつも電話をとると、開口一番に『先輩に好きな人ができたかもしれない~』という涙交じりの声が聞こえてきた。
香奈の言う「先輩」が、つい先日二軍に昇格したサッカー部員の如月巧であることは、あかりにもすぐにわかった。
それからずっと香奈は愚痴をこぼしているのだが、最終的には必ず『自分がヘタレなのが悪いのはわかってるけど、今の関係性が壊れるのが怖い。もし拒否されて気まずくなったら嫌だ』というところに戻ってきている。
今のまま進展する兆しが見えてないんなら、家に上がらせてもらってるんだしもっとアピールするかいっそのことさっさと告っちゃえ——、
と言いたい気持ちは、正直なところあかりにもある。
しかし、それを口に出すことはしない——少なくとも今は。
香奈が求めていないからだ。
彼女は今、ただ愚痴をこぼしたい気分なのだ。永遠と言っていることがループしているのがその証拠である。
それに、あかりにも気持ちはよくわかった。
話を聞く限り、香奈が一番ボールに近いのは明らかだ。
無理に仕掛けてその地位すらも失うのが怖いと考えて現状維持を選ぶのは、至極真っ当な選択であるように思われた。
『もし先輩に好きな人とか気になる人がいたらどうしよう~……今まさにデート中かもしれないし、明日からその人に誤解させたくないからって一緒に登下校するの拒否されるかもしれない……』
ここまでは今まで通りだ。しかし、その先が違った。
『ねえ、どうしたらいいと思う?』
香奈は初めて、あかりに意見を求めてきた。
「うーん、結局香奈がどうしたいかが大事なんだと思うよ。現状維持でもいいのか、それとも関係を進めたいのか」
『そりゃ、進めたいよ~。けど、どうすればいいの? 私、結構アピールしてるつもりなのに、全然振り向いてくれないんだもん……』
「うん、香奈が頑張ってるのはすごい伝わってくるよ。相手が相手なら、全然ゴールインしててもおかしくないと思う」
慰めではなく、客観的な意見だった。
もし本当に巧が香奈の好意に気づいてない、もしくはあくまで後輩から先輩へのものだと思っているのなら、なかなかの朴念仁っぷりだとあかりも思う。
しかし、問題はそこではないのだ。
「でもさ、香奈。香奈は誰でもいいわけじゃなくて、あくまで如月先輩と恋人になりたいんでしょ?」
『うん』
「だったら、いくら鈍チン朴念仁だったとしても勘違いしようのないくらいの好意を示す必要があると思うな。今から少し、厳しいことを言ってもいい?」
『うん、いいよ。あかりが私のためを思って言ってくれるんでしょ?』
「もちろん」
なんだその可愛いセリフは。
発狂したくなるのを抑えて、あかりはいつもよりワントーン低い声で続けた。
「率直に言って、今の香奈は逃げてると思うよ」
『に、逃げてる?』
香奈が驚いたような声を出した。
「うん。話を聞いている限り、香奈は如月先輩なら気づかなくても、もしくは後輩としての好意と受け止められても仕方ないくらいのアピールしかしてないし、自分でもそれくらいで留めてる。違う?」
『……なんで話聞いただけでわかるの?』
「そりゃ、親友だもん」
あかりは笑った。
「香奈が普段は調子いいくせに、大事なところでヘタれることくらい知ってるよ」
『うっ……そこまで言わなくてもいいじゃん~』
香奈が不貞腐れたように言った。
相変わらず可愛いなこの子は、とあかりは頬を緩めた。
「ごめんごめん。でも、結局はそこに集約されると思うよ。本当に好意に気づいてほしいなら、香奈は甘えん坊の後輩っていう肩書きに甘えちゃいけないと思う」
『っ……!』
電話の向こうで、香奈が息を呑む気配がした。
「たしかに現状は香奈が他をリードしているのかもしれないけど、他の女性と出かけてることからも、如月先輩はまだ香奈のことを恋愛対象としてはっきり意識はしてない。焦って失敗したら元も子もないけど、うかうかして他の人にかっさらわれるのは嫌じゃん?」
『うん、絶対嫌だ』
「じゃあ、あえて今仕掛けてみるのはアリだと思うよ。今くらいの関係をズルズル続けてたら、ますます如月先輩の朴念仁具合が加速しそうな気もするし」
『……それは間違いないね』
香奈の声はため息混じりだった。
「でしょ? だったら難しいとは思うけど、今が一歩踏み出すべきときなのかもしれないよ?」
『……そうだよね。うん、わかった。ありがとう、あかり! ちょっと元気出た!』
「良かった。香奈ならできるよ、頑張れ」
『はーい! もしダメだったら一日は泣きつかせてね』
「そのときはね。けど、最初からダメだったときを考えてちゃダメだぞ」
あかりは少しふざけてみた。
『だぞって、可愛いなぁもう! じゃ、また今度遊ぼうねー』
「うん、また」
『またね! 今日は本当にありがとう!』
「はーい」
三秒ほど経ってから、電話は切れた。
手元で役目を終えた携帯を見ながら、あかりは眉をひそめた。
(家に上げるほど親しくしておきながら香奈を自分のモノにしようとしないなんて、如月先輩のほうがヘタレなのか? もしくは同性愛者だったり……?)
「……いや、それはさすがに都合が良すぎるか」
あかりは苦笑いを浮かべつつ、浮かんできた可能性を打ち消した。
◇ ◇ ◇
「やっぱりさすがだな~、あかりは」
たっぷり三秒後に電話を切り、香奈は携帯を投げ出して布団に寝っ転がった。
「甘えん坊の後輩っていう肩書きに甘えちゃいけないっていうのは刺さったなぁ……」
あかりの言う通り、香奈はこれまでずっと「巧なら気づかなくてもおかしくないライン』を攻め続けてきた。
下ネタや冗談めかしたことは言えても、どう足掻いても好意があるとしか受け取れないような表現は故意に避けてきたのだ。
「それによって恋も避けちゃってたのか……なんて、バカなことを考えてる場合じゃないな」
——うかうかして他の人にかっさらわれるのは嫌じゃん?
嫌どころの話ではない。もしそんなことになったら、冗談抜きで正気ではいられないだろう。
(逃げているってのも、その通りだったな……絶対に誰にも取られたくないのに、自分のモノにしようとしてなかったわけだもんね)
香奈は決めた。取り返しのつかなくなる前に、もっと積極的に行こうと。
「実はもう手遅れだったり……いやいや、まだ大丈夫なはずだ。あかりも言ってたでしょ、最初からダメだったときを考えてちゃダメだぞって。香奈、ポジティブになりなさい」
(……でも、巧先輩にも勘違いしようのないくらいって、どうすればいいんだろう?)
ウンウン頭を悩ませていた香奈は、遅いしもう寝ようと思ってからも、結局うだうだとアプローチ方法を考えてしまい、なかなか眠れない夜を過ごした。
我ながら恋する乙女だな、と苦笑した。
「やっぱりそこにたどり着くんだね」
咲麗高校一年生で、サッカー部の三軍マネージャーの七瀬あかりは苦笑した。電話の相手は香奈だ。
あかりは習い事をたくさんしているし、香奈は二軍であかりは三軍であるためあまりスケジュールを合わせられないが、それでも週に一回は必ず会うようにしている。
そんな親友と呼んで差し支えない香奈から電話がかかってきたのは、突然だった。
彼女はあかりの忙しさを知っている。事前連絡なしで唐突に電話をかけてくるのは珍しい。
若干面倒ごとの予感がしつつも電話をとると、開口一番に『先輩に好きな人ができたかもしれない~』という涙交じりの声が聞こえてきた。
香奈の言う「先輩」が、つい先日二軍に昇格したサッカー部員の如月巧であることは、あかりにもすぐにわかった。
それからずっと香奈は愚痴をこぼしているのだが、最終的には必ず『自分がヘタレなのが悪いのはわかってるけど、今の関係性が壊れるのが怖い。もし拒否されて気まずくなったら嫌だ』というところに戻ってきている。
今のまま進展する兆しが見えてないんなら、家に上がらせてもらってるんだしもっとアピールするかいっそのことさっさと告っちゃえ——、
と言いたい気持ちは、正直なところあかりにもある。
しかし、それを口に出すことはしない——少なくとも今は。
香奈が求めていないからだ。
彼女は今、ただ愚痴をこぼしたい気分なのだ。永遠と言っていることがループしているのがその証拠である。
それに、あかりにも気持ちはよくわかった。
話を聞く限り、香奈が一番ボールに近いのは明らかだ。
無理に仕掛けてその地位すらも失うのが怖いと考えて現状維持を選ぶのは、至極真っ当な選択であるように思われた。
『もし先輩に好きな人とか気になる人がいたらどうしよう~……今まさにデート中かもしれないし、明日からその人に誤解させたくないからって一緒に登下校するの拒否されるかもしれない……』
ここまでは今まで通りだ。しかし、その先が違った。
『ねえ、どうしたらいいと思う?』
香奈は初めて、あかりに意見を求めてきた。
「うーん、結局香奈がどうしたいかが大事なんだと思うよ。現状維持でもいいのか、それとも関係を進めたいのか」
『そりゃ、進めたいよ~。けど、どうすればいいの? 私、結構アピールしてるつもりなのに、全然振り向いてくれないんだもん……』
「うん、香奈が頑張ってるのはすごい伝わってくるよ。相手が相手なら、全然ゴールインしててもおかしくないと思う」
慰めではなく、客観的な意見だった。
もし本当に巧が香奈の好意に気づいてない、もしくはあくまで後輩から先輩へのものだと思っているのなら、なかなかの朴念仁っぷりだとあかりも思う。
しかし、問題はそこではないのだ。
「でもさ、香奈。香奈は誰でもいいわけじゃなくて、あくまで如月先輩と恋人になりたいんでしょ?」
『うん』
「だったら、いくら鈍チン朴念仁だったとしても勘違いしようのないくらいの好意を示す必要があると思うな。今から少し、厳しいことを言ってもいい?」
『うん、いいよ。あかりが私のためを思って言ってくれるんでしょ?』
「もちろん」
なんだその可愛いセリフは。
発狂したくなるのを抑えて、あかりはいつもよりワントーン低い声で続けた。
「率直に言って、今の香奈は逃げてると思うよ」
『に、逃げてる?』
香奈が驚いたような声を出した。
「うん。話を聞いている限り、香奈は如月先輩なら気づかなくても、もしくは後輩としての好意と受け止められても仕方ないくらいのアピールしかしてないし、自分でもそれくらいで留めてる。違う?」
『……なんで話聞いただけでわかるの?』
「そりゃ、親友だもん」
あかりは笑った。
「香奈が普段は調子いいくせに、大事なところでヘタれることくらい知ってるよ」
『うっ……そこまで言わなくてもいいじゃん~』
香奈が不貞腐れたように言った。
相変わらず可愛いなこの子は、とあかりは頬を緩めた。
「ごめんごめん。でも、結局はそこに集約されると思うよ。本当に好意に気づいてほしいなら、香奈は甘えん坊の後輩っていう肩書きに甘えちゃいけないと思う」
『っ……!』
電話の向こうで、香奈が息を呑む気配がした。
「たしかに現状は香奈が他をリードしているのかもしれないけど、他の女性と出かけてることからも、如月先輩はまだ香奈のことを恋愛対象としてはっきり意識はしてない。焦って失敗したら元も子もないけど、うかうかして他の人にかっさらわれるのは嫌じゃん?」
『うん、絶対嫌だ』
「じゃあ、あえて今仕掛けてみるのはアリだと思うよ。今くらいの関係をズルズル続けてたら、ますます如月先輩の朴念仁具合が加速しそうな気もするし」
『……それは間違いないね』
香奈の声はため息混じりだった。
「でしょ? だったら難しいとは思うけど、今が一歩踏み出すべきときなのかもしれないよ?」
『……そうだよね。うん、わかった。ありがとう、あかり! ちょっと元気出た!』
「良かった。香奈ならできるよ、頑張れ」
『はーい! もしダメだったら一日は泣きつかせてね』
「そのときはね。けど、最初からダメだったときを考えてちゃダメだぞ」
あかりは少しふざけてみた。
『だぞって、可愛いなぁもう! じゃ、また今度遊ぼうねー』
「うん、また」
『またね! 今日は本当にありがとう!』
「はーい」
三秒ほど経ってから、電話は切れた。
手元で役目を終えた携帯を見ながら、あかりは眉をひそめた。
(家に上げるほど親しくしておきながら香奈を自分のモノにしようとしないなんて、如月先輩のほうがヘタレなのか? もしくは同性愛者だったり……?)
「……いや、それはさすがに都合が良すぎるか」
あかりは苦笑いを浮かべつつ、浮かんできた可能性を打ち消した。
◇ ◇ ◇
「やっぱりさすがだな~、あかりは」
たっぷり三秒後に電話を切り、香奈は携帯を投げ出して布団に寝っ転がった。
「甘えん坊の後輩っていう肩書きに甘えちゃいけないっていうのは刺さったなぁ……」
あかりの言う通り、香奈はこれまでずっと「巧なら気づかなくてもおかしくないライン』を攻め続けてきた。
下ネタや冗談めかしたことは言えても、どう足掻いても好意があるとしか受け取れないような表現は故意に避けてきたのだ。
「それによって恋も避けちゃってたのか……なんて、バカなことを考えてる場合じゃないな」
——うかうかして他の人にかっさらわれるのは嫌じゃん?
嫌どころの話ではない。もしそんなことになったら、冗談抜きで正気ではいられないだろう。
(逃げているってのも、その通りだったな……絶対に誰にも取られたくないのに、自分のモノにしようとしてなかったわけだもんね)
香奈は決めた。取り返しのつかなくなる前に、もっと積極的に行こうと。
「実はもう手遅れだったり……いやいや、まだ大丈夫なはずだ。あかりも言ってたでしょ、最初からダメだったときを考えてちゃダメだぞって。香奈、ポジティブになりなさい」
(……でも、巧先輩にも勘違いしようのないくらいって、どうすればいいんだろう?)
ウンウン頭を悩ませていた香奈は、遅いしもう寝ようと思ってからも、結局うだうだとアプローチ方法を考えてしまい、なかなか眠れない夜を過ごした。
我ながら恋する乙女だな、と苦笑した。
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