上 下
45 / 211
第二章

第45話 同級生にプレーについて文句を言われた

しおりを挟む
 翌日、晴弘はるひろは部活に姿を見せていた。
 たくみ香奈かなと目が合うと、気まずそうに目を逸らした。

 とりあえず、もう何か仕掛けてくることはなさそうだ、と巧は安堵した。
 なんで謝りにすら来れないんですか、と憤慨ふんがいしている香奈は、思春期だから仕方ない面もあると思うよ、と宥めておいた。
 彼女はうなずいたが、とても不満そうな顔をしていた。

 巧が二軍に昇格した日——三日前——にキャプテンの二瓶にへいから教えられていた通り、その日は軽い練習メニューを済ませると、紅白戦が行われた。

 偶然か必然か、巧は二瓶や晴弘と同じAチームだった。
 Bチームとの一発目の試合の前半は〇対〇で終えた。
 巧はチームの足を引っ張らないように周囲と連動して守備を頑張りつつ、攻撃では味方の癖を観察することに集中した。

「先輩、お疲れ様です!」
「ありがとう、白雪しらゆきさん」

 香奈が巧にドリンクを渡してくれた。
 お礼に対してニコッと笑うと、彼女は他の部員にもドリンクを配って行った。

「おい、巧」
「何? 小太郎こたろう

 同じ二年生の山田やまだ小太郎こたろうは、明らかに不機嫌そうな表情を浮かべていた。

「お前、どういうつもりだ?」
「何が?」
「何がじゃねえっ、お前のパスがズレたせいで二回も速攻のチャンスを失ったじゃねーか!」

 巧は、小太郎がどの場面のことを言っているのかすぐにわかった。

「あれはズレたんじゃなくてズラしたんだよ。そのまま速攻を仕掛けても多分無理だったから」
「何……? ミスを正当化するつもりか⁉︎」
「違うよ。思い出して。あのときは——」
「晴弘がサイドに張っていて、雄太ゆうたがマークについてた。身長でも勝っている。もし晴弘がボールを収められれば一気にチャンスになった。それだけのことだろう」

 小太郎が鼻を鳴らした。

「そう。けど、相手のセンターバックの柏木かしわぎ先輩がすぐにヘルプに来れるように準備していたし、晴弘の周囲にチームメイトはいなかったから、競り負けたら確実に相手ボールになってたよ」

 巧は、実際に選手のポジションを地面に書いて説明した。

「て、適当に言ってるんじゃないのか⁉︎」
「——いや、合ってますよ」

 巧を真っ先に援護したのは晴弘だった。

「な、何っ?」
「その二つの場面ではたしかに巧さんの言う通り、柏木先輩がこっちを警戒していたし、俺のサポートもありませんでした。多分、あのタイミングでもらっても厳しかったと思います」

(……へぇ)

 巧は意外に思った。
 晴弘が巧の援護射撃をしたことではない。自分がボールを受けても難しかったという現実を受け止めたことだ。

「話はまとまったな。お互いの意見をぶつけ合うのは構わへん。小太郎も巧も晴弘も、相手の判断が間違っていると思えばどんどん言ったらええ。もちろん他のやつもやぞ?」

 二瓶の言葉に、固唾かたずを呑んで見守っていたチームメイトたちが「はい!」「うす」と次々に返事をした。

(うまいなぁ、最後に僕ら以外に振ることで、僕らに話を続けさせる余地をなくした)

 巧はさすがはキャプテンだと感心した。
 同時に、二瓶も巧に感心していた。

(上がってきたばっかで、技術や身体能力では他に劣る中、あそこまではっきりと自分の意見を伝えられるっちゅーのは大したもんやな)

 しかし同時に、彼は不満を抱いてもいた。

(前半も悪くなかった。けど、あれじゃ二軍ではスタメンで出れん。川畑かわばた監督や三葉みわが口を揃えてお前のことを褒めたんや。もっとできるやろ、巧。前半であらかたの情報収集は終わったはずや。後半、真価を見せてみろ)

 二瓶は巧を見た。巧はこくりとうなずいた。
 一切を口に出してはいなかったが、まるで「任せてください」と言っているように、二瓶には見えた。



(なんや、これは——⁉︎)

 後半、二瓶は驚愕きょうがくを覚えっぱなしだった。
 巧が何かを大きく変えているようには見えない。せいぜい前半よりも少し攻撃的になった程度だ。
 しかし、彼がパス交換に絡むと、いつの間にか塞がれていたはずの味方へのパスコースが開通しているのだ。

 しばらく観察していて、二瓶は気づいた。
 巧が自身のちょっとした動きやフェイク、そしてメッセージ性のあるパスで敵味方双方を自身の望むように動かしていることに。

「そんなことが可能なんかっ……⁉︎ どこまで、何手先まで見えてんねん……!」

 二瓶も、相手や味方の意図を読むことは得意だ。しかし、巧のそれはそもそもの次元が違った。

 お前は巧のとりこになるかもしれんな——。
 巧のことを話しているときに、三葉がそう言っていた。

「……お前の言った通りになりそうやな、三葉」

 二瓶はそうこぼしつつ、いつの間にか空いていた晴弘へのパスコースに鋭い縦パスを通した。

(ナイスパスです、キャプテン)

 晴弘にボールが渡った瞬間、いや、その前から巧は動いていた。
 晴弘がドリブルで一人かわす。

「晴弘!」

 巧は寸分違わず足元に来たボールをダイレクトシュートするふりをして、晴弘の少し前にパスを出した。いわゆるワンツーをしたのだ。
 巧のシュートフェイントに反応してしまった相手ディフェンダーとキーパーに、晴弘を止めることは不可能だった。

 ボールがネットを揺らす。

「ナイッシュー、晴弘」

 巧は一声かけて、彼から離れた。

「……ナイスパスです」

 背後でポツリとつぶやかれたセリフに、巧はほんのわずかに口元を緩めた。



「……白雪、巧さん。ちょっといいですか」

 練習が終わった後、巧と香奈は晴弘に声をかけられた。

「その……昨日と一昨日のことはすいませんでした」
「いいよ。今後は気をつけてね」

 巧は謝罪を受け入れた。

(ぶっちゃけかなり頭に来てたけど、後輩の間違いを正すのも先輩の役目だからね。こうして謝ってきたなら、許してあげるべきだ)

「はい……白雪も、悪かった。俺は、自分のことしか考えてなかった」
「……謝るだけなら誰でもできるでしょ。これからの行動で示して」
「あぁ、わかった」

 香奈の厳しい言葉にも、晴弘は素直にうなずいた。
 これまでの周囲の環境が良くなかっただけで、もしかしたら根は悪いやつじゃないのかもしれないな、と巧は思った。



◇   ◇   ◇



 最後にもう一度謝罪をしてから、晴弘は巧と香奈の元を立ち去った。

 昨日、自分の目の前で繰り広げられたほんの数分間のやり取りを見て、そしてこれまでの彼らの交流している様子を振り返って、彼は気づいてしまったのだ。
 巧が香奈に付きまとっているというのが、単なる自分の思い込みに過ぎなかったことに。
 そして彼らに言われた通り、自分はただこうあって欲しいという理想のみを追い、現実から目を背けていたことに。

 もちろん、最初から現実を受け入れられたわけではなかった。
 自室で暴れたりもした。

 しかし、怒りというのはいつまでも続くものではない。
 ふと冷静になった瞬間、晴弘は自分の過ちを受け入れることができた。

 彼は思考の偏りが激しく衝動的な人間だが、根っこから捻じ曲がっているわけではない。
 現実を受け入れられたなら、あとは感情の問題だけだった。

 そして今日、紅白戦で巧のすごさを知った。
 彼がプレーに関われば関わるほど、晴弘たちAチームの攻撃は活性化した。
 巧の実力を認めたこと。それが最後のトリガーとなり、謝罪するにまで至ったのだ。

「よく考えれば、というよりよく考えなくても、白雪が巧さんに好意を抱いていたのは一目瞭然りょうぜんだったよな。部活中は特に肩入れしてるわけじゃないけど、明らかにあの人に対してだけ笑顔の種類違うし」

 晴弘は過去の自分に呆れると同時に、思い込みの力は恐ろしいな、と恐怖も感じた。

「にしても、謝るだけなら誰にでもできる。行動で示せ……か。その通りだな」

 というより、むしろよくそれだけで済ませてくれたよな、と晴弘は苦笑いを浮かべた。



◇   ◇   ◇



「謝るだけなら誰でもできる。行動で示して、か。香奈もなかなか手厳しいね」

 晴弘の背中を見送りながら、巧は苦笑した。

「巧先輩が甘すぎるんですよ」
「まあ、後輩だしね」
「本当に後輩には甘いですよね、先輩は」

 香奈が呆れたように言った。

「ご不満なら、香奈にはもっと厳しくするけど?」
「無料お試し期間とかあります?」
「サブスクか」
「えっ、スク水?」
「それは無理あるでしょ」
「うん、ちょっと思いました」

 香奈がポリポリと頬を掻き、照れたように笑った。

「じゃあ、帰ろっか」
「ですね」

 二人は当然のように連れ立って帰った。
 そして香奈はシャワーを浴びた後、これまた当然のように巧の家に突撃した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

生臭坊主の異世界転生 死霊術師はスローライフを送れない

しめさば
ファンタジー
急遽異世界へと転生することになった九条颯馬(30) 小さな村に厄介になるも、生活の為に冒険者に。 ギルドに騙され、与えられたのは最低ランクのカッパープレート。 それに挫けることなく日々の雑務をこなしながらも、不慣れな異世界生活を送っていた。 そんな九条を優しく癒してくれるのは、ギルドの担当職員であるミア(10)と、森で助けた狐のカガリ(モフモフ)。 とは言えそんな日常も長くは続かず、ある日を境に九条は人生の転機を迎えることとなる。 ダンジョンで手に入れた魔法書。村を襲う盗賊団に、新たなる出会い。そして見直された九条の評価。 冒険者ギルドの最高ランクであるプラチナを手にし、目標であるスローライフに一歩前進したかのようにも見えたのだが、現実はそう甘くない。 今度はそれを利用しようと擦り寄って来る者達の手により、日常は非日常へと変化していく……。 「俺は田舎でモフモフに囲まれ、ミアと一緒にのんびり暮らしていたいんだ!!」 降りかかる火の粉は魔獣達と死霊術でズバッと解決! 面倒臭がりの生臭坊主は死霊術師として成り上がり、残念ながらスローライフは送れない。 これは、いずれ魔王と呼ばれる男と、勇者の少女の物語である。

怒れるおせっかい奥様

asamurasaki
恋愛
ベレッタ・サウスカールトンは出産時に前世の記憶を思い出した。 可愛い男の子を産んだその瞬間にベレッタは前世の記憶が怒涛のことく甦った。 日本人ので三人の子持ちで孫もいた60代女性だった記憶だ。 そして今までのベレッタの人生も一緒に思い出した。 コローラル子爵家第一女として生まれたけど、実の母はベレッタが4歳の時に急な病で亡くなった。 そして母の喪が明けてすぐに父が愛人とその子を連れて帰ってきた。 それからベレッタは継母と同い年の義妹に虐げられてきた。 父も一緒になって虐げてくるクズ。 そしてベレッタは18歳でこの国の貴族なら通うことが義務付けられてるアカデミーを卒業してすぐに父の持ってきた縁談で結婚して厄介払いされた。 相手はフィンレル・サウスカールトン侯爵22歳。 子爵令嬢か侯爵と結婚なんて…恵まれているはずがない! あのクズが持ってきた縁談だ、資金援助を条件に訳あり侯爵に嫁がされた。 そのベレッタは結婚してからも侯爵家で夫には見向きもされず、使用人には冷遇されている。 白い結婚でなかったのは侯爵がどうしても後継ぎを必要としていたからだ。 良かったのか悪かったのか、初夜のたったの一度でベレッタは妊娠して子を生んだ。 前世60代だった私が転生して19歳の少女になった訳よね? ゲームの世界に転生ってやつかしら?でも私の20代後半の娘は恋愛ゲームやそういう異世界転生とかの小説が好きで私によく話していたけど、私はあまり知らないから娘が話してたことしかわからないから、当然どこの世界なのかわからないのよ。 どうして転生したのが私だったのかしら? でもそんなこと言ってる場合じゃないわ! あの私に無関心な夫とよく似ている息子とはいえ、私がお腹を痛めて生んだ愛しい我が子よ! 子供がいないなら離縁して平民になり生きていってもいいけど、子供がいるなら話は別。 私は自分の息子の為、そして私の為に離縁などしないわ! 無関心夫なんて宛にせず私が息子を立派な侯爵になるようにしてみせるわ! 前世60代女性だった孫にばぁばと言われていたベレッタが立ち上がる! 無関心夫の愛なんて求めてないけど夫にも事情があり夫にはガツンガツン言葉で責めて凹ませますが、夫へのざまあはありません。 他の人たちのざまあはアリ。 ユルユル設定です。 ご了承下さい。

今度は後悔させません

東野鯉
恋愛
東屋橙子(あずまやとうこ)は、男性アイドルの発掘を任されている。とはいえ、全くもって見る目がないのか売れっ子を見極める事が出来ず職場での地位も年々下がってきている。 一発どかんと当てたい橙子は、一日中スカウトに力を入れるも、撃沈。夜の街で自暴自棄になり呑んだくれていた時、猛烈な罵声が聞こえてくる。 酔った客に絡まれる線の細い店員。どこからどう見てもイケてないそんな男なのに、何故か煌々と光がさす感覚に陥った。酔いが一瞬に冷めた橙子は、凄みをきかせて酔っ払いを追払い、その店員の男のスカウトに試みる。 その出会いが実は……。

悪役令嬢の悪行とやらって正直なにも悪くなくない?ってお話

下菊みこと
恋愛
多分微ざまぁ? 小説家になろう様でも投稿しています。

義妹の嫌がらせで、子持ち男性と結婚する羽目になりました。義理の娘に嫌われることも覚悟していましたが、本当の家族を手に入れることができました。

石河 翠
ファンタジー
義母と義妹の嫌がらせにより、子持ち男性の元に嫁ぐことになった主人公。夫になる男性は、前妻が残した一人娘を可愛がっており、新しい子どもはいらないのだという。 実家を出ても、自分は家族を持つことなどできない。そう思っていた主人公だが、娘思いの男性と素直になれないわがままな義理の娘に好感を持ち、少しずつ距離を縮めていく。 そんなある日、死んだはずの前妻が屋敷に現れ、主人公を追い出そうとしてきた。前妻いわく、血の繋がった母親の方が、継母よりも価値があるのだという。主人公が言葉に詰まったその時……。 血の繋がらない母と娘が家族になるまでのお話。 この作品は、小説家になろうおよびエブリスタにも投稿しております。 扉絵は、管澤捻さまに描いていただきました。

訳あり侯爵様に嫁いで白い結婚をした虐げられ姫が逃亡を目指した、その結果

柴野
恋愛
国王の側妃の娘として生まれた故に虐げられ続けていた王女アグネス・エル・シェブーリエ。 彼女は父に命じられ、半ば厄介払いのような形で訳あり侯爵様に嫁がされることになる。 しかしそこでも不要とされているようで、「きみを愛することはない」と言われてしまったアグネスは、ニヤリと口角を吊り上げた。 「どうせいてもいなくてもいいような存在なんですもの、さっさと逃げてしまいましょう!」 逃亡して自由の身になる――それが彼女の長年の夢だったのだ。 あらゆる手段を使って脱走を実行しようとするアグネス。だがなぜか毎度毎度侯爵様にめざとく見つかってしまい、その度失敗してしまう。 しかも日に日に彼の態度は温かみを帯びたものになっていった。 気づけば一日中彼と同じ部屋で過ごすという軟禁状態になり、溺愛という名の雁字搦めにされていて……? 虐げられ姫と女性不信な侯爵によるラブストーリー。 ※小説家になろうに重複投稿しています。

そんなに幼馴染の事が好きなら、婚約者なんていなくてもいいのですね?

新野乃花(大舟)
恋愛
レベック第一王子と婚約関係にあった、貴族令嬢シノン。その関係を手配したのはレベックの父であるユーゲント国王であり、二人の関係を心から嬉しく思っていた。しかしある日、レベックは幼馴染であるユミリアに浮気をし、シノンの事を婚約破棄の上で追放してしまう。事後報告する形であれば国王も怒りはしないだろうと甘く考えていたレベックであったものの、婚約破棄の事を知った国王は激しく憤りを見せ始め…。

虚弱生産士は今日も死ぬ ―小さな望みは世界を救いました―

山田 武
ファンタジー
今よりも科学が発達した世界、そんな世界にVRMMOが登場した。 Every Holiday Online 休みを謳歌できるこのゲームを、俺たち家族全員が始めることになった。 最初のチュートリアルの時、俺は一つの願いを言った――そしたらステータスは最弱、スキルの大半はエラー状態!? ゲーム開始地点は誰もいない無人の星、あるのは求めて手に入れた生産特化のスキル――:DIY:。 はたして、俺はこのゲームで大車輪ができるのか!? (大切) 1話約1000文字です 01章――バトル無し・下準備回 02章――冒険の始まり・死に続ける 03章――『超越者』・騎士の国へ 04章――森の守護獣・イベント参加 05章――ダンジョン・未知との遭遇 06章──仙人の街・帝国の進撃 07章──強さを求めて・錬金の王 08章──魔族の侵略・魔王との邂逅 09章──匠天の証明・眠る機械龍 10章──東の果てへ・物ノ怪の巫女 11章──アンヤク・封じられし人形 12章──獣人の都・蔓延る闘争 13章──当千の試練・機械仕掛けの不死者 14章──天の集い・北の果て 15章──刀の王様・眠れる妖精 16章──腕輪祭り・悪鬼騒動 17章──幽源の世界・侵略者の侵蝕 18章──タコヤキ作り・幽魔と霊王 19章──剋服の試練・ギルド問題 20章──五州騒動・迷宮イベント 21章──VS戦乙女・就職活動 22章──休日開放・家族冒険 23章──千■万■・■■の主(予定) タイトル通りになるのは二章以降となります、予めご了承を。

処理中です...