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第二章
第41話 一年生部員にメンチを切られた
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三軍の誰かが漏らしたのだろう。
巧と香奈が一緒に登下校しているという話はすでに二軍の中でも広まっていたようで、二人を見て驚く者はいなかった——巧に嫉妬の目線を向けてくる者なら一定数存在したが。
「君が如月巧君やな?」
そう言って話しかけてきたのは、糸目のメガネの男だ。
「はい。本日からお世話になります——二瓶先輩」
「そんな畏まらなくてもええで。俺はそんな体育会系ちゃうから」
二瓶が柔和な笑みを受けべて手をひらひらさせた。
嘘くさい笑顔だな、と巧は感じた。二瓶はその表情のまま顔を近づけてきた。
「にしても君、俺の記憶では三軍でも下手くそな部類だった気がするんやけどな。どんなせこい手を使ったんや?」
「自分にできることを最大限やっただけです。それに、せこい手を使って上がれるほど、咲麗は緩くないと思います」
「……合格や」
二瓶が相合を崩した。
今度は本当の笑みに見えた。
「すまんな。君の人となりを知りたかったんや」
「いえ」
「三日後、紅白戦をやる。君が面白い選手だっていう情報も三葉と川畑監督から徴収(聴取)済みや。楽しみにしてるで」
「はい」
巧は顎を引いた。
もちろん、普段のどの練習も手を抜く気はない。
だが、最初から自分の特徴をある程度知ってもらえてるというのは、多くの面で周囲より劣っている巧にとっては心強かった。
(なるほど。性格は悪いけどいい先輩であることは間違いないってこういうことか)
香奈の言葉を思い出して、巧は一人うなずいた。
当然だが、二軍の練習は三軍よりもレベルが高かった。
「ふぅ……」
「お疲れ様です、先輩!」
巧が手のひらで顎の汗を拭っていると、横からスッとボトルが差し出された。
「ありがとう、白雪さん」
巧はちびちびと水を含んだ。あまり一気に飲みすぎると、次動いたときに腹痛になってしまう。
「どうですか? 二軍は」
「やっぱりレベルが高いね。それに三軍に来て白雪さんも感じてたと思うけど、三軍よりも明らかにみんなの目がギラギラしてる」
レベルの高さはもちろんそうだが、何より巧が感銘を受けていたのはそこだった。
より一軍に近いポジションにいることで、モチベーションが高まっているのだろう。
絶対に爪痕を残してやる、という気概が感じられたし、自分のことに集中している人が多い印象だった。
しかし、何事にも例外は存在する。
自分のことに集中している人が多い、という側面で言えば、例外は今年の一年生の中では最速で二軍昇格を果たした晴弘だった。
先程まで一対一形式の練習が行われていたが、彼は巧に勝利すると、必ず勝ち誇った表情を向けてきた。
香奈も言ったように実力はたしかなので、巧は対戦するたびに後輩のドヤ顔を拝むハメになっていた。
今も、絡んでこそこないものの、巧に鋭い視線を向けてきている。
香奈も気づいていたらしい。彼女はササっと移動して、晴弘と巧を結ぶ線上に立った。
お互いに姿を視認できない状態になった。
「ありがと、白雪さん。でも、気にしないで大丈夫だよ。全然なんとも思ってないから」
「……そうですよね。先輩はあんなの気にしませんよね。すみません、当事者でもないのに」
「えっ? ううん、白雪さんがそうやって気を遣ってくれるから、僕は気にしないでいられるんだよ。ありがとね」
「本当ですか? 私、先輩の力になれてますか?」
「もちろん。白雪さんにはこれまでにもたくさん支えてもらってるよ。多分、君が思ってる以上に」
「そっかぁ……!」
香奈が本当に嬉しそうに微笑んだ。
「っ……あっ、次僕たちの番だ」
「はいっ、頑張ってください!」
「うん、ありがとう」
巧は早足で香奈から離れ、「よしっ」と頬を叩いた。
そして思う。ちょうどいいタイミングで自分たちの番になってよかった、と。
◇ ◇ ◇
巧が昇格して二日目のウェイトトレーニングも、いい意味でも悪い意味でも一日目と同様の光景が広がっていた。
ほとんどの選手は自分の限界に挑戦しているし、晴弘はわざわざ巧と同じ種目を行っては、巧より重い重量を持ち上げて気分がよさそうにしていた。
(そんなに嫌われるほど接点はなかったともうんだけどな)
疑問に思った巧が少し観察していると、彼は巧に勝った後に必ず香奈に視線を向けていることに気づいた。
(……なるほど。そういうことか)
晴弘が特に巧に鋭い視線を向けてきていたタイミングは、巧が初めて二軍の練習に昇格した昨日の朝を含めて数回あるが、それらすべてには共通点があった。
香奈と一緒にいた、ということだ。
状況的に、どうしても武岡の一件を思い出してしまう。
(……いや、さすがに何もしてこないよね)
巧は押し寄せる不安を必死に振り払った。
ウェイトトレーニング中心の練習を終えた後、巧は二年生の仲間たちと雑談をしつつ身支度を整え、電車組の半数とは部室前で、もう半分とは校門前で別れた。
咲麗には二つの最寄駅があるが、その片方は巧とは反対の校門から近く、もう一つもお互い最短を目指せば校門前で別れることになる。
別に駅まで着いて行ってもいいのだが、そうなるとスーパーに寄るためにいくらか道を戻らなければならない。
それは面倒だし、自分一人のために複数人を遠回りさせるのは申し訳ないため、巧は一人での下校を選択した。少し久々だ。
最近常に一緒に下校していた香奈は現在、マネージャーだけのミーティングに参加している。
巧としては別に待っても良かったのだが、いつ終わるかわからないし待たせるのは申し訳ないので、と香奈が言ったため、こうして先に帰宅している。
巧の役割はあくまで男除けだ。香奈が望まないのなら、強引に一緒にいるつもりはない。
そんなことをすればそれこそ、武岡のいう「勘違い野郎」になってしまう。
今日の夕飯はどうしようかな——。
仲間と別れてから始めたその思考は、すぐに中断させられることになった。
「——巧さん。ちょっといいですか?」
反射的に嫌だ、と答えそうになり、慌てて言葉を呑み込んだ。
呼び止めてきたのは晴弘だった。
その表情は、とても「この後一緒に帰りませんか?」などと可愛いことを言ってきそうな友好的なものではない。
(面倒事は確定したけど……香奈じゃなくて僕に絡んできただけマシか)
なんとかプラス思考に切り替えつつ、巧はうなずいた。
「うん、いいよ」
校門前はよろしくないと判断したのだろう。
晴弘は学校近くの公園に入るや否や、振り返って巧に鋭い視線を向けてきた。
「単刀直入に言います。巧さん、これ以上白雪に付きまとわないでください」
(……ふむ)
これは、想像していたよりもさらに厄介かもしれないな——。
巧と香奈が一緒に登下校しているという話はすでに二軍の中でも広まっていたようで、二人を見て驚く者はいなかった——巧に嫉妬の目線を向けてくる者なら一定数存在したが。
「君が如月巧君やな?」
そう言って話しかけてきたのは、糸目のメガネの男だ。
「はい。本日からお世話になります——二瓶先輩」
「そんな畏まらなくてもええで。俺はそんな体育会系ちゃうから」
二瓶が柔和な笑みを受けべて手をひらひらさせた。
嘘くさい笑顔だな、と巧は感じた。二瓶はその表情のまま顔を近づけてきた。
「にしても君、俺の記憶では三軍でも下手くそな部類だった気がするんやけどな。どんなせこい手を使ったんや?」
「自分にできることを最大限やっただけです。それに、せこい手を使って上がれるほど、咲麗は緩くないと思います」
「……合格や」
二瓶が相合を崩した。
今度は本当の笑みに見えた。
「すまんな。君の人となりを知りたかったんや」
「いえ」
「三日後、紅白戦をやる。君が面白い選手だっていう情報も三葉と川畑監督から徴収(聴取)済みや。楽しみにしてるで」
「はい」
巧は顎を引いた。
もちろん、普段のどの練習も手を抜く気はない。
だが、最初から自分の特徴をある程度知ってもらえてるというのは、多くの面で周囲より劣っている巧にとっては心強かった。
(なるほど。性格は悪いけどいい先輩であることは間違いないってこういうことか)
香奈の言葉を思い出して、巧は一人うなずいた。
当然だが、二軍の練習は三軍よりもレベルが高かった。
「ふぅ……」
「お疲れ様です、先輩!」
巧が手のひらで顎の汗を拭っていると、横からスッとボトルが差し出された。
「ありがとう、白雪さん」
巧はちびちびと水を含んだ。あまり一気に飲みすぎると、次動いたときに腹痛になってしまう。
「どうですか? 二軍は」
「やっぱりレベルが高いね。それに三軍に来て白雪さんも感じてたと思うけど、三軍よりも明らかにみんなの目がギラギラしてる」
レベルの高さはもちろんそうだが、何より巧が感銘を受けていたのはそこだった。
より一軍に近いポジションにいることで、モチベーションが高まっているのだろう。
絶対に爪痕を残してやる、という気概が感じられたし、自分のことに集中している人が多い印象だった。
しかし、何事にも例外は存在する。
自分のことに集中している人が多い、という側面で言えば、例外は今年の一年生の中では最速で二軍昇格を果たした晴弘だった。
先程まで一対一形式の練習が行われていたが、彼は巧に勝利すると、必ず勝ち誇った表情を向けてきた。
香奈も言ったように実力はたしかなので、巧は対戦するたびに後輩のドヤ顔を拝むハメになっていた。
今も、絡んでこそこないものの、巧に鋭い視線を向けてきている。
香奈も気づいていたらしい。彼女はササっと移動して、晴弘と巧を結ぶ線上に立った。
お互いに姿を視認できない状態になった。
「ありがと、白雪さん。でも、気にしないで大丈夫だよ。全然なんとも思ってないから」
「……そうですよね。先輩はあんなの気にしませんよね。すみません、当事者でもないのに」
「えっ? ううん、白雪さんがそうやって気を遣ってくれるから、僕は気にしないでいられるんだよ。ありがとね」
「本当ですか? 私、先輩の力になれてますか?」
「もちろん。白雪さんにはこれまでにもたくさん支えてもらってるよ。多分、君が思ってる以上に」
「そっかぁ……!」
香奈が本当に嬉しそうに微笑んだ。
「っ……あっ、次僕たちの番だ」
「はいっ、頑張ってください!」
「うん、ありがとう」
巧は早足で香奈から離れ、「よしっ」と頬を叩いた。
そして思う。ちょうどいいタイミングで自分たちの番になってよかった、と。
◇ ◇ ◇
巧が昇格して二日目のウェイトトレーニングも、いい意味でも悪い意味でも一日目と同様の光景が広がっていた。
ほとんどの選手は自分の限界に挑戦しているし、晴弘はわざわざ巧と同じ種目を行っては、巧より重い重量を持ち上げて気分がよさそうにしていた。
(そんなに嫌われるほど接点はなかったともうんだけどな)
疑問に思った巧が少し観察していると、彼は巧に勝った後に必ず香奈に視線を向けていることに気づいた。
(……なるほど。そういうことか)
晴弘が特に巧に鋭い視線を向けてきていたタイミングは、巧が初めて二軍の練習に昇格した昨日の朝を含めて数回あるが、それらすべてには共通点があった。
香奈と一緒にいた、ということだ。
状況的に、どうしても武岡の一件を思い出してしまう。
(……いや、さすがに何もしてこないよね)
巧は押し寄せる不安を必死に振り払った。
ウェイトトレーニング中心の練習を終えた後、巧は二年生の仲間たちと雑談をしつつ身支度を整え、電車組の半数とは部室前で、もう半分とは校門前で別れた。
咲麗には二つの最寄駅があるが、その片方は巧とは反対の校門から近く、もう一つもお互い最短を目指せば校門前で別れることになる。
別に駅まで着いて行ってもいいのだが、そうなるとスーパーに寄るためにいくらか道を戻らなければならない。
それは面倒だし、自分一人のために複数人を遠回りさせるのは申し訳ないため、巧は一人での下校を選択した。少し久々だ。
最近常に一緒に下校していた香奈は現在、マネージャーだけのミーティングに参加している。
巧としては別に待っても良かったのだが、いつ終わるかわからないし待たせるのは申し訳ないので、と香奈が言ったため、こうして先に帰宅している。
巧の役割はあくまで男除けだ。香奈が望まないのなら、強引に一緒にいるつもりはない。
そんなことをすればそれこそ、武岡のいう「勘違い野郎」になってしまう。
今日の夕飯はどうしようかな——。
仲間と別れてから始めたその思考は、すぐに中断させられることになった。
「——巧さん。ちょっといいですか?」
反射的に嫌だ、と答えそうになり、慌てて言葉を呑み込んだ。
呼び止めてきたのは晴弘だった。
その表情は、とても「この後一緒に帰りませんか?」などと可愛いことを言ってきそうな友好的なものではない。
(面倒事は確定したけど……香奈じゃなくて僕に絡んできただけマシか)
なんとかプラス思考に切り替えつつ、巧はうなずいた。
「うん、いいよ」
校門前はよろしくないと判断したのだろう。
晴弘は学校近くの公園に入るや否や、振り返って巧に鋭い視線を向けてきた。
「単刀直入に言います。巧さん、これ以上白雪に付きまとわないでください」
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