先輩に退部を命じられた僕を励ましてくれたアイドル級美少女の後輩マネージャーを成り行きで家に上げたら、なぜかその後も入り浸るようになった件

桜 偉村

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第一章

第38話 美少女後輩マネージャーの自宅に招かれた

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「……えっ、白雪しらゆき家?」

 たくみは思わず聞き返してしまった。
 聞き取れなかったわけではない。

「はいっ! 巧先輩の昇格祝いとして、私とお母さんで腕に海苔をかけて作りました! ささ、行きましょうっ」

 香奈がグイグイ巧の腕を引っ張る。
 彼はされるがままで家を出そうになり、慌てて抵抗した。

「ちょ、待って待って香奈」
「……もしかしてご迷惑でしたか?」
「そんなわけないじゃん。すごく嬉しいよ、けど、着替えないと。さすがに部屋着じゃいけないよ」
「お母さんは全然気にしないと思いますけど」
「僕が気にするの。あと、ごめんね。びっくりしてて海苔にツッコめなかった」

 巧は早足で自室に入ろうとして——、

「……なんで着いてきてるの?」
「何っ、バレた……だと⁉︎」
「テンション高いね」

 一人芝居をしている香奈を放っておいて素早く自室に引っ込もうとするが、彼女はそれ以上の速度で巧の背後を取った。

「香奈?」
「いえ、ツッコミを入れられなかった罰として、巧先輩には美少女に着替えを見られる刑を受けていただこうかと」

 巧は考えた。どう対応するのが正解なのかと。

(ぶっちゃけ、香奈は本当に着替えを見ようとするような子じゃないし……この手で行くか)

「うん、わかった」
「……へっ?」

 扉を大きく開ける巧に対して、香奈がポカンと口を開けて固まった。

「罰なんでしょ? 受け入れるよ」

 巧はシャツに手をかけた。

「わわっ⁉︎ し、失礼しますっ!」

 香奈は頬を赤く染め、脱兎の如く逃げ出した。
 巧は堪えきれずに、腹を抱えて笑った。

 結局、巧の家を出てから彼女の家に到着するまで、ポカポカと叩かれ続けた。



「お邪魔します」
「いらっしゃい、巧君」

 巧を出迎えたのは、柔和ならんの笑顔と色とりどりの食材が盛り付けられたいくつものお皿だった。

「おおっ……!」

 巧は思わず感動の声を上げてしまった。

「どう? なかなか豪勢な仕上がりでしょ?」
「はい……こんなに用意していただいちゃってすみません」
「巧君。すみませんじゃなくて?」
「……ありがとうございますっ」
「よくできました」

 蘭がにっこりと笑った。
 笑うと目元が緩やかな細い弧を描くところなどは、香奈にそっくりだ。
 順番的に言えば、香奈が蘭にそっくりだというべきだろうが。

「ささ、先輩! どうぞこちらへ」

 香奈が小走りで食卓に向かい、巧のものだろう椅子を引いた。

「ありがとう。けどその前に、洗面所だけお借りしていいですか? エレベーターとか触ったので」
「ええ、もちろんよ」
「……先輩、私今すごい恥ずかしいんですけど」
「わりと本気で申し訳ないと思ってるよ」

 さすがにお母さんの前ではびしょハラとは言わないんだな、と巧は内心で苦笑した。

「あなたがせっかちなのよ。巧君、気にしなくていいからね」
「はい、大丈夫です」

 巧が手洗いうがいを済ませた後、三人で席に着く。
 香奈と蘭が横に並び、巧は香奈の正面に座った。

「それじゃあ、先輩の二軍昇格を祝って——」
「「「いただきます!」」」

 すぐにでも食べたかったが、失礼にならないよう、巧はあえてゆっくりと箸を運んだ。
 副菜や汁物はすでに取り分けられており、主菜のみが大皿によそられている。

 巧は最初に小さめに作られたハンバーグを食べた。

「このハンバーグ、美味しいですね」
「それはよかった。結構多めに作っちゃったから、どんどん食べてね」
「はい、ありがとうございます」

 元来食が太くないとはいえ、巧も運動部の男性高校生だ。お腹は減っていた。

「あっ、この肉野菜炒めも美味しい」
「本当ですか⁉︎」

 香奈が一際大きなリアクションをした。

「白雪さんが作ったんだ?」
「そうなんですよー。今日は五年ぶりくらいにちゃんと味付けしました!」
「この子、いつも適当なのよ」

 蘭が苦笑いを浮かべた。

「はい、前に伺いました」
「お母さんはちゃんとやるのに、何で私は大雑把なんだろうね?」
「あなたが知らないなら誰も知らないわよ」

 蘭のツッコミに、香奈が「それはそうだ」とケタケタ笑った。

「蘭さんは結構ちゃんと測ったりするんですか?」
「そうね。まあ、そこまで厳密じゃないけど」
「味噌とかもちゃんと測ってるもんね。あっ、先輩、お味噌汁飲んでみてください。味噌汁半端ないって、ですから!」
「そう? じゃあいただきます」

 高校サッカーの伝説のミーム『大迫おおさこ半端ないって』をオマージュした香奈の勧めに従い、巧は味噌汁を手に取った。
 口に含んだ瞬間、

「っ……!」

 彼は目を見開いて固まった。

 ——あれ、巧先輩動かなくなっちゃった。
 自信を持ってオススメした手前、香奈は最初、巧が美味しすぎてフリーズしたのだと思った。
 しかし、すぐに異変に気づいた。

「せ、先輩⁉︎ なんで泣いてるんですか⁉︎」
「……えっ?」

 巧は自分の目元に手をやり、目を見開いた。
 彼は、自分が涙を流していることに気づいていなかった。

「そ、そんなにまずかったかしら⁉︎」

 蘭が口元を抑えてショックの表情を浮かべる。
 巧は慌てて首を振った。

「い、いえ、とても美味しいです! ただ……小さいころに他界した母の味にそっくりでっ……」

 巧は目頭を抑えた。
 ずっと母の味を覚えていたわけじゃない。飲んだ瞬間、ふと蘇ってきたのだ。
 思い出、というよりも、親子三人で仲良く生活していたころの感情が。

 せっかく祝ってくれてるんだ。泣くんじゃない——。
 そう自分に言い聞かせても、涙は簡単には止まってくれなかった。



 結局、巧は数分間泣き続けた。
 蘭が渡してくれたタオルを膝で握りしめ、頭を下げる。

「すみません、せっかくお祝いをしてくださっている最中なのに、暗い雰囲気にしてしまって……」
「いいのよ。それに、こっちにはあなた以上に泣いてる子もいるしね」

 蘭が半分呆れたように隣に目を向けた。
 ——香奈が、巧以上にえぐえぐと泣いていた。
 彼がそんなに長く泣き続けなかった理由の一つである。

「もう……何であなたのほうが大泣きしているのよ」
「だって、だって……!」

 香奈が手の甲で涙を拭い、しゃくりあげた。

「白雪さん、大丈夫?」
「うっ……す、すみませんっ、私のほうが泣いちゃって……!」
「ううん、おかげさまで心が軽くなったよ。白雪さんが僕の分まで泣いてくれたおかげだね。ありがとう」

 巧がお礼を言うと、香奈の涙はさらに勢いを増した。
 ——結局、祝賀会が再開したのはそれからさらに十分後のことだった。



 泣き止んだときにはすっかり茹でダコになっていた香奈も、食事が進むにつれていつもの調子を取り戻した。

「それにしても、高校生で一人暮らしってすごいわねぇ」

 蘭がしみじみとした口調で言った。

「全然ですよ。親の両脛りょうすねかじりつくしてますから」
「それでも、勉強と部活に加えて掃除に洗濯、さらに自炊までしてるんじゃ大変でしょう」
「ね。私絶対できないもん」
「あなたはもう少しやりなさい」
「はーい」
「全く、返事だけはいいんだから……」

 小学生のように手を挙げて返事をする香奈に、蘭が苦笑した。

「高校生くらいの女の子だと一切親と喋らなくなる子もいるって聞きますけど、お二人は仲良いですよね」
「ふふ、いい子に育ちました!」
「こら、調子乗らないの」
「いてっ」

 サムズアップする香奈の頭を、蘭が優しく叩いた。
 その顔には仕方ないわねこの子は、という愛情のこもった笑みが浮かんでいる。

「まあでも、そうね。反抗期という反抗期は今のところ来てないわ。勉強はしないけど」
「さ、最低限はしてるもん!」
「最低限してたら赤点なんて取らないでしょう」
「あっ、お母さん。ハンバーグ最後の一個だよ。いる?」
「私の機嫌取りよりもお客人を優先しなさい」
「たしかに! 先輩、どーぞ」
「ありがとう、白雪さん」

 巧は素直にいただいた。
 遠慮したほうがいいのかな、とも考えたが、食べたほうが蘭は喜んでくれそうな気がした。

 単純に、美味しいのでもう一個食べたかった、というのもあったが。



「巧君さえよければ、またいつでも食べにいらっしゃい。というより、香奈がご馳走になった分は食べにきなさい」

 巧を送り出す際、蘭はそう言ってお茶目に笑った。

「はい、ありがとうございます。すごく美味しかったです! それで、あの……」
「何かしら?」

 巧は少し言い淀んだ。

「……もしよければ、今度味噌汁の作り方を教えていただいてもいいですか?」

 目を見開いた後、蘭は優しげな笑みを浮かべてうなずいた。

「えぇ、もちろんよ。ただし、私の教えは厳しいわよ? 覚悟してね」
「はい、ありがとうございます!」

 最後にもう一度「ごちそうさまでした」と頭を下げ、巧は白雪家を辞去した。
 なぜか、香奈も着いてきた。

「あっ、いいよここまでで」
「いえ、私もちょっとだけ先輩のお家に行きます」
「えっ?」

 巧はいいのか、とうかがうように蘭を見た。
 彼女は「ごめんねぇ、香奈がどうしてもっていうから」と手を合わせた。

 親が許可しているのなら、巧に香奈を拒絶する理由はなかった。
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