上 下
5 / 211
第一章

第5話 美少女後輩マネージャーに髪を乾かしてもらった

しおりを挟む
 たくみが風呂から上がると、香奈かながソファーに仰向けで寝っ転がって漫画を読んでいた。
 すっかり夢中になっているようで、たくみの存在にも気づいていない。

 こちらに頭を向けているため、下手したら胸元が覗けてしまいそうになっている。
 というか、ピンク色が視界に映ってしまったため、巧はそっと視線を外しながら声をかけた。

「白雪さん。何読んでるの?」
「鬼殺の剣です……って、す、すみませんっ、こんな失礼な格好で!」
「いいよいいよ。くつろいじゃって」

 巧はそう言ったが、香奈はきちんとソファーに座り直した。
 漫画を机に置いて、視線を巧に向ける。

「あれ、先輩。髪の毛まだ濡れてません?」
「うん。水飲んだ後にちゃんと乾かすよ」
「良かった。意外とズボラさんなのかと心配しましたよ」
「あれ、僕たちの間に鏡ある?」
「ちょ、それどういう意味ですかぁ⁉︎」

 頬を膨らませて憤慨する香奈に、思わず笑いが漏れる。

 彼女の明るさに引っ張られて、巧の精神状態も、公園で雨に打たれている時よりだいぶ回復した。
 香奈を揶揄い、その反応に笑みを浮かべられるくらいには。

 怒りを見せていたはずの香奈が、安心したように笑った。

「……ドライヤーしてくるね」

 羞恥と気まずさを感じた巧は、そそくさとその場を立ち去ろうとするが、

「先輩。もし良かったら、ドライヤーしましょうか? 家にあげてもらったささやかなお礼です」
「えっ、いいよいいよ。悪いし」
「まあまあ、そう遠慮なさらずに」

 香奈が新聞勧誘業者のような悪い笑みを浮かべてにじり寄ってくる。

「実は前から先輩の髪を触ってみたかったんですよ。なんだかふわふわサラサラしてそうで。先輩さえよければ、むしろやらせて欲しいというか」
「……ならお願いしようかな」

 香奈の言葉は巧に気を遣わせないためのものだろうが、ここまで言ってくれているのなら、特に拒む理由はなかった。

「お任せください!」

 香奈が力こぶを作った。ほとんど筋肉は盛り上がっていないが。

「あっ、先輩。今、こいつ筋肉ねーなって思ったでしょ」
「……思ってないよ」

 図星だったため、巧の反応が少しだけ遅れた。

「いーや、絶対思いました! 罰として、私の好きなように髪の毛セットしてもいいですか? ドライヤーでやるだけですから」
「いいけど……」
「よっしゃあ!」

 困惑する巧を他所に、香奈はおもちゃを与えられた子供のように嬉しそうに笑った。

「わー、本当にふわふわですね!」

 巧の髪を毛流れに沿って乾かしつつ、香奈が歓声にも似た声をあげた。
 髪を触りたかったというのは、あながち本音だったのかもしれない。

 慣れた手つきで、巧の髪を整えていく。
 ものの数分で、真ん中できっちりと髪を分けた巧が完成した。

 分け目はしっかりと立ち上がっている。
 いわゆるセンターパートだ。

「わあ、格好いい! やっぱり、センターパート似合うと思ってたんですよ」
「ありがとう。いいね、これ」

 巧はいつも寝癖を治す程度のことしかしていないため、普段よりはいくらか垢抜けた雰囲気だ。

「普段もこれやったらどうです?」
「えー、いいよ。面倒だし」
「勿体ないなー。先輩、ちゃんとオシャレしたら絶対もっとモテるのに」
「白雪さんにそう言ってもらえて光栄だよ」

 ただのリップサービスだとはわかっているため、巧はさらっと受け流した。
 香奈は一瞬不満げな表情を覗かせた……ような気がしたが、すぐに笑みを浮かべた。巧の気のせいだったのかもしれない。

「先輩って一人暮らしなんですよね? 夕飯はどうしているんですか?」
「基本的には自炊だよ」
「えー、すごっ! 一人暮らしなのによく手が回りますね。私なんて宿題すらも終わらせられないのに」

 香奈が胸を張った。より大きさが強調される。
 巧は視線をあえて少し上に逸らし、香奈の眉間の辺りを見た。

「自慢しない。僕が風呂入ってる時にやれば良かったのに」
「それ、先に言ってくださいよ」
「やる子は言わなくてもやるし、やらない子は言ってもやらないんだよ」
「先輩って意外に毒舌ですよね」

 香奈が苦笑した。

「ギャップ萌えした?」
「はいっ、バチバチに」
「それはどうも。白雪さんは、夕飯はご両親が帰宅後に作ってくれるの?」
「いえ、今日みたいに両親の帰りが遅い日は各自です。みんな揃って食べようとすると、さすがに遅くなっちゃいますから」

 香奈が少し寂しげな笑みを見せた。

「じゃあ、白雪さんも自炊?」
「自炊か、外食ですね」
「今日は外食?」
「そうですね。雨も降っていますし、コンビニ弁当でも買います」

 これは、ささやかな恩返しのチャンスではないかと巧は思った。

「ならさ、良かったらウチで食べてく?」
「へっ? い、いえいえ、さすがにそれは迷惑ですよ」
「全然いいよ。一人分も二人分もそんなに変わらないし、白雪さんには本当に感謝してるから。あっ、でも……さすがに二人で夕飯は良くないか」
「いえ、やっぱり先輩さえ良ければ食べさせてください!」

 巧が思案顔になると、遠慮していたはずの香奈が急に積極的になった。
 巧は若干引きつつうなずいた。

「う、うん、わかった。じゃあ、ちょっと待ってて。今から作るから」
「いえ、私も手伝いますよ。さすがに待ってるだけなのは心苦しいので」
「そう? じゃあお願いしようかな」

 こういうときは変に断らないほうがお互い気持ちいいだろうと思い、巧は素直に申し出を受けた。

「はいっ、この完璧美少女、白雪香奈にお任せあれ!」

 香奈が拳を握りしめてガッツポーズをした。
 二の腕の筋肉を自慢したい男がやりがちな格好だが、やはり力こぶはほとんどできていなかった。

「少なくとも、筋肉に関しては完璧じゃないね」
「うるさいです」

 香奈が唇を尖らせる。
 一拍置いてから、二人は顔を見合わせて笑い出した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

彼女の浮気現場を目撃した日に学園一の美少女にお持ち帰りされたら修羅場と化しました

マキダ・ノリヤ
恋愛
主人公・旭岡新世は、部活帰りに彼女の椎名莉愛が浮気している現場を目撃してしまう。 莉愛に別れを告げた新世は、その足で数合わせの為に急遽合コンに参加する。 合コン会場には、学園一の美少女と名高い、双葉怜奈がいて──?

貞操観念逆転世界におけるニートの日常

猫丸
恋愛
男女比1:100。 女性の価値が著しく低下した世界へやってきた【大鳥奏】という一人の少年。 夢のような世界で彼が望んだのは、ラブコメでも、ハーレムでもなく、男の希少性を利用した引き籠り生活だった。 ネトゲは楽しいし、一人は気楽だし、学校行かなくてもいいとか最高だし。 しかし、男女の比率が大きく偏った逆転世界は、そんな彼を放っておくはずもなく…… 『カナデさんってもしかして男なんじゃ……?』 『ないでしょw』 『ないと思うけど……え、マジ?』 これは貞操観念逆転世界にやってきた大鳥奏という少年が世界との関わりを断ち自宅からほとんど出ない物語。 貞操観念逆転世界のハーレム主人公を拒んだ一人のネットゲーマーの引き籠り譚である。

女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。

矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。 女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。 取って付けたようなバレンタインネタあり。 カクヨムでも同内容で公開しています。

最愛の幼馴染みと親友に裏切られた俺を救ってくれたのはもう一人の幼馴染みだった

音の中
恋愛
山岸優李には、2人の幼馴染みと1人の親友がいる。 そして幼馴染みの内1人は、俺の大切で最愛の彼女だ。 4人で俺の部屋で遊んでいたときに、俺と彼女ではないもう一人の幼馴染み、美山 奏は限定ロールケーキを買いに出掛けた。ところが俺の凡ミスで急遽家に戻ると、俺の部屋から大きな音がしたので慌てて部屋に入った。するといつもと様子の違う2人が「虫が〜〜」などと言っている。能天気な俺は何も気付かなかったが、奏は敏感に違和感を感じ取っていた。 これは、俺のことを裏切った幼馴染みと親友、そして俺のことを救ってくれたもう一人の幼馴染みの物語だ。 -- 【登場人物】 山岸 優李:裏切られた主人公 美山 奏:救った幼馴染み 坂下 羽月:裏切った幼馴染みで彼女。 北島 光輝:裏切った親友 -- この物語は『NTR』と『復讐』をテーマにしています。 ですが、過激なことはしない予定なので、あまりスカッとする復讐劇にはならないかも知れません。あと、復讐はかなり後半になると思います。 人によっては不満に思うこともあるかもです。 そう感じさせてしまったら申し訳ありません。 また、ストーリー自体はテンプレだと思います。 -- 筆者はNTRが好きではなく、純愛が好きです。 なので純愛要素も盛り込んでいきたいと考えています。 小説自体描いたのはこちらが初めてなので、読みにくい箇所が散見するかも知れません。 生暖かい目で見守って頂けたら幸いです。 ちなみにNTR的な胸糞な展開は第1章で終わる予定。

寝取られて裏切った恋人への復讐

音の中
恋愛
【あらすじ】 彼との出会いは中学2年生のクラス替え。 席が隣同士だったのがきっかけでお話をするようになったんだよね。 彼とはドラマ鑑賞という共通の趣味があった。 いつも前日に見たドラマの感想を話していたのが懐かしいな。 それから徐々に仲良くなって付き合えた時は本当に嬉しかったよ。 この幸せはずっと続く。 その時はそう信じて疑わなかったな、あの日までは。 【注意】 ・人を不快にさせる小説だと思います。 ・けど小説を書いてると、意外と不快にならないかも?という感覚になり麻痺してしまいます。 ・素読みしてみたら作者のくせに思った以上にダメージくらいました。(公開して3日目の感想) ・私がこの小説を読んでたら多分作者に怒りを覚えます。 ・ラブコメパートが半分を占めます。 ・エロい表現もあります。 ・ざまぁはありますが、殺したり、人格を壊して精神病棟行きなどの過激なものではありません。 ・された側視点ではハッピーエンドになります。 ・復讐が駆け足だと感じちゃうかも…… ・この小説はこの間初めて読んでみたNTR漫画にムカついたので書きました。 ・プロットもほぼない状態で、怒りに任せて殴り書きした感じです。 ・だからおかしいところが散見するかも……。 ・とりあえず私はもうNTR漫画とか読むことはないでしょう……。 【更新について】 ・1日2回投稿します ・初回を除き、『7時』『17時』に公開します ※この小説は書き終えているのでエタることはありません。 ※逆に言うと、コメントで要望があっても答えられない可能性がとても高いです。

冤罪をかけられ、彼女まで寝取られた俺。潔白が証明され、皆は後悔しても戻れない事を知ったらしい

一本橋
恋愛
痴漢という犯罪者のレッテルを張られた鈴木正俊は、周りの信用を失った。 しかし、その実態は私人逮捕による冤罪だった。 家族をはじめ、友人やクラスメイトまでもが見限り、ひとり孤独へとなってしまう。 そんな正俊を慰めようと現れた彼女だったが、そこへ私人逮捕の首謀者である“山本”の姿が。 そこで、唯一の頼みだった彼女にさえも裏切られていたことを知ることになる。 ……絶望し、身を投げようとする正俊だったが、そこに学校一の美少女と呼ばれている幼馴染みが現れて──

学年一の美少女で自慢の幼馴染が親友に寝取られたので復讐します!+ 【番外編】

山形 さい
恋愛
優斗には学年一の美少女の自慢の幼馴染、玲がいた。 彼女とは保育園の頃に「大人になったら結婚しよ」と約束し付き合う優斗だったが。 ある日、親友の翔吾に幼馴染を寝取られている現場を目にする。 そこで、優斗は誓った。玲よりさらに可愛い女子と付き合って言おうと「お前とは結婚しない」と。

処理中です...