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第一章

第4話 美少女後輩マネージャーを家に上げた

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「少しだけ、先輩のお家にお邪魔させてもらえませんか?」

(……何を言っているんだ、この子は)

 突然の香奈かなからの申し出に、たくみは瞳をパチクリさせた。
 しかし、すぐに彼女の狙いに思い当たる。

「いや、さすがにちゃんと風呂は入るよ」
「いえ、そうではなくてっ。それもありますけど、その……実は、鍵を忘れてしまいまして。両親は夜まで帰ってこないんです」

 香奈が照れたように頬をかいた。

「あぁ、そういうこと……構わないけど、白雪しらゆきさんはいいの? 僕、一人暮らしだよ?」
「えっ、そうなんですか?」

 香奈が驚いたところで、エレベーターが二階に到着した。
 彼女も一緒に降りる。

「うん。親は単身赴任なんだ。だから、彼氏でもない男の家に上がり込むのは——」
「私は気にしません。先輩はそんな不埒ふらちなことをする人じゃないですし」
「まあ、そうだけど……」
「……やっぱり、ご迷惑でしたか?」

 香奈の表情が曇る。
 巧が渋っているのを、遠回しの拒否と判断したらしい。

「わがままを言ってすみませんでした。やっぱりどこかで適当に——」
「いや、全然迷惑とかじゃないよ」

 この土砂降りの中だ。
 家の前で待つにせよ、どこかお店で時間を潰すにせよ、香奈にとって楽な選択でないことは間違いない。
 彼女さえ構わないなら、巧が拒否する理由はなかった。

「白雪さんがいいなら上がっちゃって」
「本当ですかっ? ありがとうございます!」

 暗い表情から一転、香奈は花が咲いたように笑った。
 もし普通の高校男児が見ていたら、間違いなく頬を染めて悶絶していただろう。

 しかし、巧はわずかに頬を緩めてうなずくのみだった。

「本当に迷惑とかそう言うんじゃないんだけどさ」

 巧はそう前置きをしてから、ふと疑問に思ったことを尋ねてみた。

「白雪さんは、なんでそんなに僕のことを信頼してくれてるの?」
「んー、入学当初、サッカー部まで案内してくれた時も優しかったですし、それ以降もずっと温かく接してくれてるじゃないですか。だから信頼してます」
「……そっか」

 巧は視線を逸らして、小さく呟いた。

 香奈からの信頼が、あくまで部活の後輩から先輩に対するものでしかないことはわかっている。
 少し好意的な言葉を向けられたからといって、すぐに男女の仲に結びつけるのは失礼だ。

 視線を逸らしたのは、彼女が自分のことを異性として好きなのかも、などという勘違いをしたからではなかった。

 巧の部屋はエレベーターを降りてから四件目、二〇四号室だ。
 鍵を開けて扉を引く。

「どうぞ」
「お邪魔しまーす! ……えっ」

 どこかワクワクした表情で足を踏み入れた香奈は、すぐに頬を引きつらせた。

「どうしたの——あっ」

 後ろから覗き込んですぐ、巧は気づいた。

(そういえば僕の家ここ、汚部屋だったな)

 色々なことで頭がいっぱいで、すっかり忘れていた。

「上がらせてもらう身なので文句は言えませんけど……汚いですね」
「ごめん。ちょっと片すね」
「い、いえっ、それよりも先輩はお風呂に入ってください! 足の踏み場がない、というほどではありませんからっ」
「うん、寒いしそうさせてもらうよ」

 巧は素直に甘えることにした。
 汚い部屋に上がらせるのは抵抗があるが、片付けを優先して風邪を引くほうが彼女の負担になってしまうだろう。

「あっ、貴重品とかはお風呂場まで持っていってくださいね」
「……わかった」

 香奈の人間性は信頼しているので、巧としてはそこまで警戒する必要はないと思っている。
 だが、警戒しすぎるくらいのほうが彼女も気を遣わなくて済むだろう。

「ソファーでも椅子でも好きに座って。飲み物とかお菓子とかは自由に飲み食いしちゃっていいし、ゲームとか本とかも好きに漁っていいからね」
「あっ、はい。ありがとうございます」

 どこか緊張した面持ちの香奈に、クスッと笑いが漏れる。

「……先輩、今バカにしませんでしたか?」
「まさか」

 馬鹿にはしていないが、微笑ましく思ったのは事実だった。
 笑って誤魔化し、着替えを準備する。

「あっ、そうだ。トイレの位置は……って、同じ部屋の造りだからわかるか」
「はい。あそこですよね?」

 香奈がリビングの扉を開けて、玄関のすぐ近くを指差した。

「そう。あと聞いておきたいことある?」
「いえ、大丈夫です」
「じゃ、入ってくるね」
「はーい」

 お風呂場に向かおうとして、巧は思い直したように振り返った。

「あっ、そうだ白雪さん」
「はい?」
「ありがとね。色々と」
「っ……!」

 香奈に微笑みかけてから、巧はそそくさとお風呂場に消えた。
 改めてお礼を言うのが恥ずかしかったからだ。

 だから、彼は気づかなかった。
 一人リビングに残された香奈の頬が、たとえ夕陽に照らされていたとしてもごまかせないくらいには、朱に染まっていたことに。



◇   ◇   ◇



「不意打ちはダメですって……!」

 巧のいなくなったリビングで、香奈はソファーに顔を埋めて一人悶えていた。
 しばらくしてから、自分がまだ手洗いうがいをしていなかったことを思い出し、洗面所に向かう。

 風呂とつながっているため、一応ノックをしてみるが、反応はない。
 かすかにシャワーの音が聞こえているため聞こえていないのだろうと判断し、香奈は扉を引いた。

「先輩、少しだけ洗面所お借りしまーす」
「はーい」

 手を洗っている最中に視界の端に映ったコップから慌てて視線を逸らし、手のひらに水を溜めてうがいをする。
 シャワーの音が止んだ。香奈はイタズラを思いついた。

「先輩、ちょっと入りますねー」
「えっ、な、なんでっ?」
「ふふ、冗談です。失礼しました!」

 巧の動揺している様子に満足感を覚えつつ、香奈は洗面所を後にした。



(……何やってんだろ、私)

 少し時間が経って冷静になると、色々な意味で羞恥心が込み上げてきた。

 香奈は頬と頭を冷やすため、手近に積み上げられていた漫画を手に取った。
 アカアシという、人気のサッカー漫画だ。

 香奈も好きな漫画だったが、彼女はそれを読もうとはしなかった。
 どころか、何冊かあったアカアシを全て本の山の下に潜り込ませ、別の漫画を手に取った。
 鬼殺の剣という、最近アニメ化もされた人気のバトル漫画だ。

 香奈は読んだことはなかったが、人気なだけのことはあり、すぐに世界観に引き込まれてしまった。
 いつしか他人様の家にいることを忘れ、ソファーに仰向けになった状態で足をばたつかせつつ、次々とページをめくっていた。



◇   ◇   ◇



「クックック。まったく、最高の気分だぜ。いい反応してくれたなぁ、如月きさらぎは」

 香奈が巧の家に上がり込んでいることなどつゆ知らず、退部を命じたときの巧の顔を思い出して、武岡は自室で悦に浸っていた。

「他の奴らならともかく、俺に言われちゃあの雑魚も辞めるしかねえ。自然と香奈との交流もなくなっていくだろう。そうなれば、あとはじっくり距離を詰めていけばいい。女なんて所詮、好意を伝え続ければ簡単にオトせるからな。あー、早くあの胸を揉みしだきてえ」

 自分の手で乱れる香奈を想像して、武岡はさらに笑みを深めた。

「今は少しばかり警戒されているが、それは香奈が俺のことを男として意識しているからだ。案外、強引に手を出されることを望んでいるのかもしれねえな。プランBとして考えておくか」

 このときの彼の中では、巧が退部すること、そして香奈がいずれ自分のモノになることは決定事項となっていた。

 自分にはそれだけの影響力と魅力が備わっていると、本気で思っていたのだ。
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