呪われ少年魔法師、呪いを解除して無双する〜パーティを追放されたら、貴族の令嬢や王女と仲良くなりました〜

桜 偉村

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第四章

第九十一話 大好きじゃないですか

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「何が……起こった?」

 紫色に染まった周囲を見回して、大河たいがうめきにも似た声を上げた。
 高貴さと禍々まがまがしさを同時に持ち合わせたようなその色に目を奪われていたが、それはほんの数秒で霧散した。目の前の景色が多様な色彩を取り戻していく。

 大河は何があったのかを祐馬ゆうまに尋ねようとして、様子がおかしいことに気づいた。

「祐馬、どうした?」
「——はっ」

 祐馬が弾かれたように顔を上げた。その額には脂汗が浮いている。

「何が起こったのだ?」

 祐馬は自分を落ち着かせるように何回か深呼吸を繰り返してから、答えた。

九条くじょう家を狙っていた魔物が、すべて消滅しました」
「何……⁉︎」

 大河は自分の耳を疑った。

「屋敷周辺だけではなく、アーク街南東側の入り口付近にいたという高ランクの魔物たちも……か?」
「はい、すべてです」
「なんと……」

 大河はしばし言葉を失った。そんなことがあり得るのだろうか。

「……人々は無事なのか?」
「一人一人の状態まではわかりませんが、おそらくは」

 控えめな肯定だったが、祐馬は人々に被害が出ていないことを確信している様子だった。

 半径数キロメートルに渡り、魔物だけを標的指定して消滅させる——。
 そんな馬鹿げた魔法を扱える人間など、大河は一人しか知らなかった。

「……空也くうや君だな?」
「はい。瀬川せがわの魔法であることは間違いありません。ただ——」

 祐馬が表情を曇らせた。

「どこか違和感を覚えるんです。魔力の気配があいつらしくないというか……」

 大河の脳内で警報が鳴った。
 空也が使った魔法はまず間違いなく、呪いの魔法という不吉な二つ名を持つ闇属性魔法だ。どうしても悪い想像が膨らんでしまう。

 そしてそれは祐馬も、ようやく衝撃から立ち直った清宮きよみやも同じようだった。

「急いで九条家の屋敷に向かってくれ!」

 大河は大声で御者に告げた。



◇   ◇   ◇



 空也の魔力の気配に違和感を覚えたのは祐馬だけではなかった。
 むしろ、祐馬よりも【索敵さくてき】の精度が高く、空也との距離も近かったその少女のほうが、はっきりと異変を感じ取っていた。

「うおおおおー!」

 冒険者と九条家の者たちが雄叫おたけびという名の歓声を上げる中、ヒナはその歓喜の輪に混ざれないでいた。

 いつもは純粋な雰囲気を持つ空也の魔法だが、今回は違った。彼の魔法であることは間違いないのだが、そこにはある種の禍々しさがあったのだ。
 ざっと【索敵】をしてみたところでは、【分解サナトス】は問題なく発動されているようだが……、

「そうだっ、ミサさんは——」

 ヒナは空也の【分解】の狙いが魔物の消滅だけではなかったことを思い出した。
 ミサの魔力を探し、意識を集中させる。

 しばらくそのまま観察を続けると、その魔力の消耗スピードが先程までと比べて明らかに遅くなっていることがわかった。

「っはあー……」

 ヒナは知らずのうちに詰めていた息を吐き出した。
 未だ危険な状況であることに変わりはないが、【スペックル・スティンガー】の毒はちゃんと消滅したようだ。これでまだ少しは保つだろう。

 ここまでちゃんと発動されていたなら、さっき感じた禍々しさは気のせいなのだろうか——、

 自分の感じた違和感の正体を探るべく、ヒナは空也に目を向けた。
 すると、和人かずとが険しい表情で地面に横たわっている人間に呼びかけているのが見えた。

 その横たわっている人間が沙希さきだと脳が認識した瞬間、ヒナは駆け出していた。

「沙希!」

 その顔を覗き込んで名を呼ぶが、ヒナの親友は眉すら動かさなかった。

「和人! 何があったの⁉︎」
「わからねえ。だが、ほとんど生命活動が停止している。息も浅い。このままじゃ——死ぬぞ」
「そんな……!」

 ヒナは目眩めまいを覚えた。
 ——死ぬ? 沙希が?

 身体がふらつく。

「おいヒナ、しっかりしろっ」

 和人がヒナの背中に触れた、そのとき——、

「アハハハハ!」

 場違いな笑い声が、その場に響いた。
 和人に支えられつつ、声のしたほうを振り返り——、

「……えっ?」

 ヒナは絶句した。
 笑っていたのは、空也だった。幸せそうに、楽しそうに、彼は笑っていた。

「空也……さん?」

 ヒナの口からかすれた声が漏れた。

「ああ、ヒナ」

 まるで今ヒナの存在に気づいたかのように、空也が視線を向けてくる。
 ヒナを視界に入れたということは、当然倒れている沙希も見えているはず。それなのに、空也の口元は緩められたままだった。

 見てよ、と彼は両手を広げた。

「僕の一撃で、九条家ここを狙っていた魔物が全部消滅したんだよ? すごくない?」

 自慢げに語る空也に、ヒナは戸惑いを覚えた。
 見た目も声も変わっていないのに、目の前の人物が空也なのかわからなくなる。

 もしや魔法の使いすぎでハイになっていて、沙希が倒れていることに気づいていないのだろうか。

「たしかにすごいですけど……でも沙希が、沙希が死にかけているんですよ⁉︎ 何とかしないと——」
「今は良いじゃん、そんなこと」
「っ——!」

 ヒナは息を呑んだ。
 今、目の前の少年は何と言った?

「お前今……そんなことって言ったか? 早坂はやさかが死にかけていることを」

 聞き返す和人の声は震えていた。

「はい」

 空也は躊躇ためらなく頷いた。

「それは良いじゃないですか。それよりこんな大魔法を——」
「ふざけないで!」

 乾いた音がその場に響いた。
 頬を押さえて呆気に取られている空也と手に残るジンジンとした痛みで、ヒナは自分が空也に平手打ちをしたのだと理解した。

「お、おい、どうしたっ?」
「何かあったのか?」

 異変に気づいた者たちが集まってくるのも気にせず、ヒナは空也に向かって叫んだ。

「魔法なんてどうでも良いでしょう! 早く正気に戻ってください、空也さん! 沙希が……沙希の命が危ないんです!」
「さ、き?」

 空也がたどたどしく言った。
 その目がヒナと和人の間で横たわっている少女に向けられ、大きく見開かれた。

「——沙希!」



◇   ◇   ◇



 沙希が危篤きとくであることはすぐに広まり、医療隊員がテントの中で沙希の診察を行った。なぜテントの中かと言えば、詳しい診察をするためには服を脱がせる必要があったためだ。

「どうだっ? 治せるか?」

 優作が、テントから顔を出した医療隊員の本田ほんだ由紀子ゆきこに尋ねた。
 由紀子が目に涙を浮かべながら首を振った。

「無理です……! 魔力構造がぐちゃぐちゃになっていて、とても治せません……!」
「なっ……⁉︎」

 その場に動揺が走った。

 通常、治癒魔法で怪我や魔力枯渇症などの病気を治せるのは、魔力構造が正常である場合のみだ。
 それが滅茶苦茶になったということは、沙希を治療できるのは彼女の魔力構造を知っている人だけということになる。

 他人の魔力構造を完璧に把握している人なんて——、

 ヒナははたと気がついた。
 いるではないか。沙希の魔力構造を完璧に把握している人物が、この場にはいる。

「——空也さん」

 沙希の近くで膝をついて項垂うなだれているその人物に、ヒナは声をかけた。

「……何?」

 およそ彼のものとは思えないうつろな眼差しと弱々しい口調にひるんでしまうが、ヒナは自分を奮い立たせて続けた。

「空也さんなら今の沙希を治すことも可能じゃないですか? だって、前に【改変かいへん】したときに把握しているでしょう? ——沙希の、魔力構造を」

 どよめきが起こった。
 期待に満ちた視線が空也に集まる。

 しかし、当の本人の目に光は灯らなかった。

「うん……でも、沙希をこんな状態にまでしてしまった僕が——」
「うるせえ!」

 本日二度目の乾いた音が響く。
 今度はヒナではなく、和人が空也の頬を叩いたのだ。

安田やすださん……」
「お前と早坂の間に何があったか知らねえけど、今コイツを救えんのはお前しかいねえんだよ! なら、やるしかねえだろ!」

 和人が、空也の胸ぐらを掴もうかという勢いで言った。

「空也君」

 反対に、優作ゆうさくが語りかける声は優しかった。

「無責任で酷なことを言っているのはわかっている。けど、和人の言う通り沙希を救えるのは君しかいないし、このままでは彼女は死んでしまう。頼む、頑張ってくれ……!」
「わかっています、わかってはいるんです! けど、あの声がっ……」

 空也が身体を震わせた。
 彼のここまで弱気な姿は初めてだった。

「声……ですか?」

 ヒナはおうむ返しで聞いた。

「うん。沙希を救える可能性があるのは闇属性魔法だけ。けど……【分解】を使ったとき、誰かが脳内に話しかけてきたんだ。それで、僕は沙希を——」
「ああ、それなら全然大丈夫ですよ」

 空也が弾かれたように顔を上げた。
 その顔を正面から見つめて、ヒナは言った。

「だって空也さん。沙希のこと大好きじゃないですか」
「——えっ?」

 空也が呆けた表情を浮かべた。

「おいヒナ、今それって関係な——」
「あるよ」

 ヒナは和人をさえぎった。

「脳内に声が響くなんて、精神干渉魔法かその類しか考えられない。だったら——」

 空也に視線を戻す。

「空也さんが、そんなものに負けないくらいの気持ちで沙希を治療すれば良いんです」
「あっ……」

 空也が口をぽかんと開けた。



◇   ◇   ◇



 そうか、精神干渉——。
 なぜ自分はその可能性にすら思い至らず、ただただ怯えていたのだろうか。

 思い返せば、それより前から【分解】は発動させていたにも関わらず、脳内に声が響いたのは空也が迷いを生じさせた瞬間だった。
 迷いはそれすなわち、心の隙となる。あの脳内に響いた声の持ち主は、その隙をって空也に干渉したのだろう。

『空也さんが、そんなのにも負けないくらいの気持ちで沙希を治療すれば良いんです』

 ヒナからかけられた言葉を思い出しながら、テントの中に入る。
 横たわっている沙希に目を向けた瞬間、別のヒナの言葉が脳内によみがってきた。

『だって空也さん。沙希のこと大好きじゃないですか』

 空也は何にも守られていない沙希の小ぶりな胸を見つめ、羞恥心を覚えると同時に納得もしていた。

 皐月やヒナ、ミサ、そして長年パーティメンバー以上の関係を続けてきた愛理にさえも抱かなかった、沙希にしか感じていなかった特別な何か。
 あれは、沙希への恋心だったのだ——。

「魔力は大丈夫ですか?」

 ヒナが聞いてくる。

「うん、大丈夫」

 自我をなくして沙希から吸いすぎてしまったため、【分解】を発動させてなお、空也の中にはある程度の魔力が残っていた。

 沙希から奪ってしまった魔力だ。絶対に失敗するわけにはいかない——。

「ふう……」

 一度深く深呼吸をしてから、空也は真っ白で控えめな丘へ手を伸ばした。
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