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第四章
第六十九話 生還とこれから
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次に沙希が目を覚ましたとき、真っ先に視界に飛び込んできたのは見慣れた天井だった。
「沙希?」
今度は仮面が視界を覆う。それが【光の女王】の仮面であると思い出すのには、少し時間がかかった。
「み……光の女王?」
「良かった……目を覚ましたんだ」
光の女王——ミサが長く息を吐いた。その手が伸びてきて、沙希の頭を撫でる。手を何往復かさせた後、彼女は大きく息を吸い込み、
「沙希が目を覚ましましたー!」
大声で叫んだ。
「えっ⁉︎」
いくつかの声が重なる。
真っ先に駆け寄ってきたのはヒナだ。
「沙希ー!」
上半身を起こした沙希の元に、ヒナが獲物を見つけた肉食獣さながらのスピードで突っ込んでくる。
強く体を抱きしめられ、沙希はうぐっ、と変な声を出してしまった。
「ちょ、ヒナ、くるし——」
「沙希、良かったー……!」
沙希の声など聞こえていないようで、ヒナはえぐえぐと泣きながらさらに腕の力を強めてくる。
「ヒナ。嬉しいのはわかるけど、相手は負傷兵よ。加減しないと」
次に視界に入ってきたのは皐月だ。ヒナを注意する姿は毅然としたものだったが、それも沙希と目を合わせるまでだった。
「沙希……!」
皐月の目から一気に涙が溢れた。
ヒナとは違い、優しく抱きしめられる。
「ありがとう……無事に帰ってきてくれて……!」
「皐月様…… ご心配をおかけしました」
沙希は肩を震わせている自らの主人を抱きしめ返した。
その皐月ごと、今度は大河と美穂に抱きしめられる。
「良かった、沙希っ……!」
「ああ、本当に良かった……!」
二人の目にも、光るものがあった。
「奥様、大河様……」
美穂はともかく、大河が涙を浮かべているのを見るのは初めてだった。
二人の背中に腕を回しながら、沙希は目尻が熱くなるのを感じた。
長い抱擁の後、九条家親娘の身体が離れていく。
「沙希さん」
震えた声が背中から聞こえた。
沙希は身体の向きを変え、
「空也……⁉︎」
目を見開いた。沙希を見る空也の目にまで、他の皆と同じように涙が浮かんでいたからだ。
沙希の中では、大河以上に空也のほうが泣かないイメージがあった。
袖で目尻を拭い、空也が近づいてくる。
沙希のそばまでくると、彼はしゃがんだ。彼の両手が、沙希のそれを優しく包み込む。
「生きている……」
絞り出されたようなその声は震えていた。空也の目からいくつもの滴が落ちて、沙希の手を濡らした。
泣いている。空也が、自分が生きていると知って泣いてくれている。
そのことが嬉しくて、沙希は空也に抱きついた。
「沙希さんっ……?」
空也は驚いた様子だったが、すぐにその両腕を沙希の背中に回してくれた。
密着した身体から、その体温と鼓動が伝わってくる。
——「生きている」はこっちのセリフだよ、空也。
沙希は空也の方に顔を埋め、嗚咽を漏らした。
◇ ◇ ◇
その後は佐々木や護衛隊、メイド仲間、そして第三隊の人たち——祐馬と凛、そしてウルフの傑と舞衣、茜——も続々とやってきて、それぞれが沙希の無事を喜んでくれた。
皆の顔を見回しているうちに、沙希は気づいた。
「吉田さんは?」
沙希が姿の見当たらない人物の名を出すと、その場の多くの者の表情に陰りが生まれた。
「彼は皆さんが生還なさった直後、地方貴族の天馬家との会食に出かけましたな」
佐々木が淡々といった。
「そうですか……」
九条家の副執事長である吉田は、いくつかの周辺貴族との交渉事等を一任されている。今のタイミングで外せない席が入っていたとしても不思議ではない。
不思議ではないが、一度目に異界から見た吉田の笑みが、沙希の脳裏から離れなかった。
あれは見間違いではない。吉田は明らかに向こうの人間だ。
しかし、それを証明する手立ては沙希にはなかった。死に戻りのことを話しても、頭がおかしいと思われればそれまでだ。
いや、と沙希は思い直した。確かに死に戻りは荒唐無稽な話ではあるが——、
「沙希さん? 大丈夫?」
空也が心配そうに覗き込んでくる。他の皆も彼と同様の表情を浮かべていた。
「大丈夫……けど、少し疲れたかも」
沙希は空也の目を見て言った後、その横にいた皐月とヒナ、ミサとも目を合わせた。続いて、大河と美穂、皐月、そして佐々木と優作にも視線を投げる。
「それはそうよね。沙希は目を覚ましたばかりだし」
美穂がうんうんと頷いた。
「そうですね。沙希、ほら横になって」
皐月の手で、優しく布団に寝かされる。
「そうだな。これだけ人がいるというのも気疲れするだろうから、この場は解散としよう。沙希のことは【光の女王】が診てくれるから、皆はそれぞれ持ち場に戻ってくれ」
大河の言葉でほとんどの人間が立ち上がる。彼らは沙希に声をかけてから、部屋を出ていった。
残ったのは大河、美穂、皐月、佐々木、優作、ヒナ、ミサ、そして空也。全員、沙希が指名した人たちだ。
沙希がどう話を切り出そうかと迷っていると、突然ミサが飛びついてきた。
「わっ⁉︎ ちょ、ちょっと……どうしたの?」
沙希はミサを見た。彼女はすでに仮面を外していた。
「いやー、皆感動の再会みたいなノリだったのに、私だけ冷静でいなきゃいけなかったじゃん? 光の女王って冷静沈着キャラだし。だから、その分こうするんだっ」
ミサが沙希を抱く腕に力を込めた。
少し苦しかったが、ミサなりの愛情表現だとわかっているので、沙希は抵抗しなかった。
数秒すると、ミサは離れた。
「よーし、スッキリした! ——それで、沙希」
ミサの声のトーンが下がる。
「このメンバーだけ集めて、どうしたの?」
ミサの目は鋭い。
穏やかな表情だった他の者たちも、こぞって真剣な表情を浮かべている。
沙希は深呼吸をして口を開いた。
「皆さんにお伝え……というより、ご報告したいことがあったからです」
皆の顔を見回してから、沙希は続けた。
「今回の一件に、吉田さんが関わっています」
「えっ?」
声を上げたのはヒナだけだが、空也とミサも虚をつかれた表情をしていた。
しかし反対に、大人たちの反応は冷静だった。
もちろん驚いてはいるのだが、仮にも自分たちの副執事長が犯罪に加担していると知ったにしては、いささか薄い反応だ。
「証拠はあるのか?」
大河が聞いてきた。
「はい。ただ……話せば長くなります」
ここにいるメンバーなら、きっと沙希の死に戻りについても真剣に考えてくれるだろうし、そう思ったからこそ吉田が今回の一件に加担していることも明かした。
しかし、いくら彼らでも死に戻りなどという超常現象をすぐに信じるのは難しいだろう、とも沙希は考えていた。きっと、死に戻りのことを理解してもらうには時間が必要だ。
だが、話し合いに時間を取られるのは、沙希にとっては本意ではなかった。今この瞬間も、吉田は仲間に報告でもしているか、逃亡しているかもしれない。
沙希は一刻も早く吉田の身柄を確保しなければならないと思っていたし、だからこそ「話せば長くなる」とプレッシャーをかけた。
しかし同時に、証拠も何も出さずに信じろというのが滅茶苦茶な話であることも、沙希は理解していた。
目を閉じて熟考していた様子の大河が目を開けた。
証拠について話せ、と言われるのを沙希は覚悟したが、
「わかった。沙希を信じよう」
大河の口から出てきたのは、全く正反対の言葉だった。
「えっ……信じて……くださるのですか?」
予想外の結果だったため、自分の思い通りに事が進んだにも関わらず、沙希は思わず聞き返してしまった。
ああ、と大河は頷いた。
「実は、吉田が裏で何か怪しい動きをしているというのは掴んでいたのだ。情報を共有していたのは私と美穂、そして佐々木と優作だけだから沙希たちは知らなかっただろうが……すでに、我々の把握していない人物との密会の証拠も押さえてある」
「そうだったのですか」
沙希は驚いた。大河たちが裏でそんな動きをしていたなんて、全く気がつかなかった。
ヒナはもちろん、空也やミサも驚きの表情を浮かべている。国防軍特別作戦係やSランク冒険者ですら掴んでいなかったということは、大河たちはかなり慎重に動いていたのだろう。
「ああ。だから今回の件に吉田が関わっていようがいまいが、彼には話を聞く必要がある。そして彼がもし犯罪に加担しているなら、野放しにしておくわけにもいかない。そういうわけで、差し当たっては吉田の身柄を確保するのが急務だと思うが、皆異論はないか?」
大河が周囲を見回す。
沙希も含め、全員が首を縦に振った。
「沙希?」
今度は仮面が視界を覆う。それが【光の女王】の仮面であると思い出すのには、少し時間がかかった。
「み……光の女王?」
「良かった……目を覚ましたんだ」
光の女王——ミサが長く息を吐いた。その手が伸びてきて、沙希の頭を撫でる。手を何往復かさせた後、彼女は大きく息を吸い込み、
「沙希が目を覚ましましたー!」
大声で叫んだ。
「えっ⁉︎」
いくつかの声が重なる。
真っ先に駆け寄ってきたのはヒナだ。
「沙希ー!」
上半身を起こした沙希の元に、ヒナが獲物を見つけた肉食獣さながらのスピードで突っ込んでくる。
強く体を抱きしめられ、沙希はうぐっ、と変な声を出してしまった。
「ちょ、ヒナ、くるし——」
「沙希、良かったー……!」
沙希の声など聞こえていないようで、ヒナはえぐえぐと泣きながらさらに腕の力を強めてくる。
「ヒナ。嬉しいのはわかるけど、相手は負傷兵よ。加減しないと」
次に視界に入ってきたのは皐月だ。ヒナを注意する姿は毅然としたものだったが、それも沙希と目を合わせるまでだった。
「沙希……!」
皐月の目から一気に涙が溢れた。
ヒナとは違い、優しく抱きしめられる。
「ありがとう……無事に帰ってきてくれて……!」
「皐月様…… ご心配をおかけしました」
沙希は肩を震わせている自らの主人を抱きしめ返した。
その皐月ごと、今度は大河と美穂に抱きしめられる。
「良かった、沙希っ……!」
「ああ、本当に良かった……!」
二人の目にも、光るものがあった。
「奥様、大河様……」
美穂はともかく、大河が涙を浮かべているのを見るのは初めてだった。
二人の背中に腕を回しながら、沙希は目尻が熱くなるのを感じた。
長い抱擁の後、九条家親娘の身体が離れていく。
「沙希さん」
震えた声が背中から聞こえた。
沙希は身体の向きを変え、
「空也……⁉︎」
目を見開いた。沙希を見る空也の目にまで、他の皆と同じように涙が浮かんでいたからだ。
沙希の中では、大河以上に空也のほうが泣かないイメージがあった。
袖で目尻を拭い、空也が近づいてくる。
沙希のそばまでくると、彼はしゃがんだ。彼の両手が、沙希のそれを優しく包み込む。
「生きている……」
絞り出されたようなその声は震えていた。空也の目からいくつもの滴が落ちて、沙希の手を濡らした。
泣いている。空也が、自分が生きていると知って泣いてくれている。
そのことが嬉しくて、沙希は空也に抱きついた。
「沙希さんっ……?」
空也は驚いた様子だったが、すぐにその両腕を沙希の背中に回してくれた。
密着した身体から、その体温と鼓動が伝わってくる。
——「生きている」はこっちのセリフだよ、空也。
沙希は空也の方に顔を埋め、嗚咽を漏らした。
◇ ◇ ◇
その後は佐々木や護衛隊、メイド仲間、そして第三隊の人たち——祐馬と凛、そしてウルフの傑と舞衣、茜——も続々とやってきて、それぞれが沙希の無事を喜んでくれた。
皆の顔を見回しているうちに、沙希は気づいた。
「吉田さんは?」
沙希が姿の見当たらない人物の名を出すと、その場の多くの者の表情に陰りが生まれた。
「彼は皆さんが生還なさった直後、地方貴族の天馬家との会食に出かけましたな」
佐々木が淡々といった。
「そうですか……」
九条家の副執事長である吉田は、いくつかの周辺貴族との交渉事等を一任されている。今のタイミングで外せない席が入っていたとしても不思議ではない。
不思議ではないが、一度目に異界から見た吉田の笑みが、沙希の脳裏から離れなかった。
あれは見間違いではない。吉田は明らかに向こうの人間だ。
しかし、それを証明する手立ては沙希にはなかった。死に戻りのことを話しても、頭がおかしいと思われればそれまでだ。
いや、と沙希は思い直した。確かに死に戻りは荒唐無稽な話ではあるが——、
「沙希さん? 大丈夫?」
空也が心配そうに覗き込んでくる。他の皆も彼と同様の表情を浮かべていた。
「大丈夫……けど、少し疲れたかも」
沙希は空也の目を見て言った後、その横にいた皐月とヒナ、ミサとも目を合わせた。続いて、大河と美穂、皐月、そして佐々木と優作にも視線を投げる。
「それはそうよね。沙希は目を覚ましたばかりだし」
美穂がうんうんと頷いた。
「そうですね。沙希、ほら横になって」
皐月の手で、優しく布団に寝かされる。
「そうだな。これだけ人がいるというのも気疲れするだろうから、この場は解散としよう。沙希のことは【光の女王】が診てくれるから、皆はそれぞれ持ち場に戻ってくれ」
大河の言葉でほとんどの人間が立ち上がる。彼らは沙希に声をかけてから、部屋を出ていった。
残ったのは大河、美穂、皐月、佐々木、優作、ヒナ、ミサ、そして空也。全員、沙希が指名した人たちだ。
沙希がどう話を切り出そうかと迷っていると、突然ミサが飛びついてきた。
「わっ⁉︎ ちょ、ちょっと……どうしたの?」
沙希はミサを見た。彼女はすでに仮面を外していた。
「いやー、皆感動の再会みたいなノリだったのに、私だけ冷静でいなきゃいけなかったじゃん? 光の女王って冷静沈着キャラだし。だから、その分こうするんだっ」
ミサが沙希を抱く腕に力を込めた。
少し苦しかったが、ミサなりの愛情表現だとわかっているので、沙希は抵抗しなかった。
数秒すると、ミサは離れた。
「よーし、スッキリした! ——それで、沙希」
ミサの声のトーンが下がる。
「このメンバーだけ集めて、どうしたの?」
ミサの目は鋭い。
穏やかな表情だった他の者たちも、こぞって真剣な表情を浮かべている。
沙希は深呼吸をして口を開いた。
「皆さんにお伝え……というより、ご報告したいことがあったからです」
皆の顔を見回してから、沙希は続けた。
「今回の一件に、吉田さんが関わっています」
「えっ?」
声を上げたのはヒナだけだが、空也とミサも虚をつかれた表情をしていた。
しかし反対に、大人たちの反応は冷静だった。
もちろん驚いてはいるのだが、仮にも自分たちの副執事長が犯罪に加担していると知ったにしては、いささか薄い反応だ。
「証拠はあるのか?」
大河が聞いてきた。
「はい。ただ……話せば長くなります」
ここにいるメンバーなら、きっと沙希の死に戻りについても真剣に考えてくれるだろうし、そう思ったからこそ吉田が今回の一件に加担していることも明かした。
しかし、いくら彼らでも死に戻りなどという超常現象をすぐに信じるのは難しいだろう、とも沙希は考えていた。きっと、死に戻りのことを理解してもらうには時間が必要だ。
だが、話し合いに時間を取られるのは、沙希にとっては本意ではなかった。今この瞬間も、吉田は仲間に報告でもしているか、逃亡しているかもしれない。
沙希は一刻も早く吉田の身柄を確保しなければならないと思っていたし、だからこそ「話せば長くなる」とプレッシャーをかけた。
しかし同時に、証拠も何も出さずに信じろというのが滅茶苦茶な話であることも、沙希は理解していた。
目を閉じて熟考していた様子の大河が目を開けた。
証拠について話せ、と言われるのを沙希は覚悟したが、
「わかった。沙希を信じよう」
大河の口から出てきたのは、全く正反対の言葉だった。
「えっ……信じて……くださるのですか?」
予想外の結果だったため、自分の思い通りに事が進んだにも関わらず、沙希は思わず聞き返してしまった。
ああ、と大河は頷いた。
「実は、吉田が裏で何か怪しい動きをしているというのは掴んでいたのだ。情報を共有していたのは私と美穂、そして佐々木と優作だけだから沙希たちは知らなかっただろうが……すでに、我々の把握していない人物との密会の証拠も押さえてある」
「そうだったのですか」
沙希は驚いた。大河たちが裏でそんな動きをしていたなんて、全く気がつかなかった。
ヒナはもちろん、空也やミサも驚きの表情を浮かべている。国防軍特別作戦係やSランク冒険者ですら掴んでいなかったということは、大河たちはかなり慎重に動いていたのだろう。
「ああ。だから今回の件に吉田が関わっていようがいまいが、彼には話を聞く必要がある。そして彼がもし犯罪に加担しているなら、野放しにしておくわけにもいかない。そういうわけで、差し当たっては吉田の身柄を確保するのが急務だと思うが、皆異論はないか?」
大河が周囲を見回す。
沙希も含め、全員が首を縦に振った。
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