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第三章

閑話② 空也の流派

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空也くうや君」

 街を歩いていると、護衛隊の一人である八城やしろが話しかけてきた。

「お嬢様を含めた皆を助けてくれてありがとう」
「いえ。こちらこそ、勝手に行動してしまってすみません」
「勝手じゃないさ。お嬢様と副隊長が許可したんだろ? なら、俺たちから言うことはないよ」
「信頼なさっているんですね、二人のこと」
「ウチの次期当主候補と副隊長だからな」

 八城がニカっと笑った。
 仲の良い人たちが認められるというのは嬉しいものだな、と空也は思った。



 買い物などをしていると、街の通りで人だかりができていた。

 そこでは、二人の男が剣を交えていた。真剣ではない。木剣だ。
 空也たちが近づいたとき、ちょうど歓声が上がる。勝負が決したのだ。

「凄技を披露したり、ああして挑戦者を倒してお金をもらう、いわゆるパフォーマーだね。王都では見られないけど」

 八城が説明してくれる。

「なるほど」

 面白いな、と思いながら、空也は頷いた。
 勝利したちょんまげの男が、今度は一人でパフォーマンスを始めた。彼が主催者なのだろう。

「空也、こういうの好きでしょ」

 愛理あいりが脇腹を突いてくる。

「よくおわかりで」
「やっぱり」

 空也が素直に頷けば、愛理が楽しそうに笑った。

「愛理はあんまりだよね」
「そうだねー。というより、女の子はあんまり好きじゃないと思う」
「まあ、そうだよね」

 愛理の言う通り、皐月さつきやヒナはそこまで興味は抱いていなさそうだ。
 というより、彼女たちに限らず、一行のほとんどが興味を持っていない——空也と、一人の少女を除いて。

沙希さき、これ見たい?」

 皐月がパフォーマンスに目を奪われているその少女、沙希に声をかけた。

「あ、いえ」

 沙希は首を振るが、未練があるのは明らかだった。

「見ていく?」
「いえ。そうすると、他の場所を見る時間がなくなってしまうので」

 沙希が未練を断ち切るように、その場を歩き出した。
 しかし、皐月がその手を掴んだ。

「皐月様?」
「沙希、他の場所にそんなに興味ないでしょ」

 皐月の断定的な言い方に、沙希は目を逸らした。

「別に良いのよ。沙希が見たいなら見ていても。私たちは他の場所を回っているから」
「ですが、それでは皐月様の護衛ができません。副隊長が護衛対象を放り出すわけには——」
「良いじゃない、ちょっとくらい」

 皐月は、あっさりとそう言ってのけた。

「確かに沙希がいたら心強いのは間違いないけど、ここは王都とは違って魔物も強くないし、魔法師だってほとんどいないから」
「しかし——」
「良いんじゃないですか、副隊長」

 八城も、皐月側で参戦する。

「お嬢様もこう言ってくださっているし、お嬢様の身は俺たちが必ず守りますから。副隊長がいつもしっかりやってくれているのは皆わかっていますから、少しくらい我儘わがまま言ってもバチは当たりませんよ」
「そうですよ、沙希。貴女もたまにはヒナみたいに我儘言いなさい」
「えっ、私そんなに言ってますっ⁉︎」

 ヒナが皐月にツッコミを入れて、笑いが起きる。

「……皐月様、皆。ありがとうございます」

 沙希がしんみりとした表情で頭を下げた。

「でも、いくら副隊長が強いと言っても、この時間に女の子一人は少し不安ね」

 女性の隊員が不安げに沙希を見た。

「あっ、それなら僕も残って良いですか?」

 空也は手をあげた。

「実は僕も、結構こういうの好きで」
「空也君が残ってくれるなら安心だな」

 八城が大きく頷き、他の隊員からも反対意見は出なかったため、空也と沙希がその場に残ることになった。



◇   ◇   ◇



「ごめんね、空也。気を遣ってくれて」
「ああ、別にそういうわけじゃないよ」

 沙希が謝罪の言葉を口にすれば、空也は気にするな、とでも言うように、手をヒラヒラさせた。

「元々剣は好きなんだ。自分もたまに使うしね。さっ、そんなことより見ようよ」
「うん」

 空也に促され、沙希も視線をちょんまげの男に戻した。

 次々と男が技を見せ、そのたびに歓声が上がる。

「すごい……何の流派なんだろう」
「多分、あの人は無真流むしんりゅうの使い手だね」
「知っているの?」

 沙希の呟きは答えを期待したものではなかったため、すぐ隣から聞こえた回答に、沙希は驚いた。

「決まった型を持たない、自由気質の強い流派だよ」
「おう、兄ちゃん。詳しいじゃねえか」

 空也の隣で見物していた男性が、空也に話しかけてきた。

「僕も少しかじっていたんですよ」
「なるほどな。あいつは酒井さかいっていう、ここら辺じゃ一番の無真流の使い手なんだぜ」
「そうだったんですか。どうりですごいと思いました」

 空也が納得したように頷いたところで、パフォーマンスが終わる。
 拍手が巻き起こり、おひねりが飛び交った。

「さあ、そろそろまた挑戦者を募集しようと思います! どなたか、挑戦してみませんかー?」

 ちょんまげ男——酒井が周囲を見回した。

「おい、お前行けよ」
「いや、無理だろ。さっきのやつだって瞬殺だったんだぜ?」

 あちこちでそんな声が聞こえてくるが、誰も名乗りを上げようとはしない。

「おい、兄ちゃん。お前さんも無真流の使い手なら、やってみたらどうだ?」

 先程の男性が、空也の背中を押した。

 男性には、決して意地の悪い考えはなかっただろう。
 しかし、男性の地声が大きかったこと、そしてちょうど皆が話をやめたタイミングだったため、彼の声はその場にいる者全員の耳に届いてしまった。

「おい、無真流の使い手だって?」
「面白えじゃねえか!」
「誰だ? そいつはっ!」

 ざわめきが大きくなり、男性が焦った表情を浮かべた。

「す、すまねえ。声が大きかった」
「確かに、よく通る声でしたね」

 焦りを浮かべる男性に対し、空也は苦笑いを浮かべた。
 空也は一歩踏み出した。

「い、良いんだぜ? 別にやらなくても」
「いえ、ここでやらないのは興がめますから。沙希さん、ちょっとやってきて良い?」
「うん。頑張って」

 正直なところ、空也と酒井の対決は見てみたかったので、沙希は躊躇いなく頷いた。

「が、頑張れよー」

 申し訳なさそうにエールを送る男性を見て、沙希は小さな笑いをこぼした。

「おっ、君かい? 無真流の使い手というのは」
「使い手というほどのものじゃありませんが、少しかじっていました」
「良いねえ」

 酒井が空也に木剣を渡す。
 それを受け取り、空也が身体をほぐし始めた。

「こりゃあ面白くなってきたぞ!」
「頑張れ、ガキンチョー!」
「負けるなよ、チビー!」

 場のボルテージが上がる中、二人が向かい合った。
 酒井が構える中、空也は自然体で立ったままだ。

「……準備は良いかい?」
「はい」

 気負った様子もなく、空也は頷いた。

「おいおい、なんだあの構えは?」
「やる気あんのかぁ⁉︎」

 あちこちから空也に対してヤジが飛ぶ。
 しかし、ヤジを飛ばしているのはその場の人間の八割で、沙希を含む残りの二割は息を呑んでいた。

 確かに、空也の格好からやる気は感じられない。にも関わらず、全くと言って良いほど隙が感じられなかったのだ。

 ——それを誰よりも感じていたのは、対峙している酒井だった。



◇   ◇   ◇



 何だ、この子は——!

 酒井は、空也に対する評価を改めた。
 最初は、軽く相手をしてやるくらいの心持ちだったが……、

(こりゃあ、久しぶりにホンモノ・・・・だな)

 一度息を吐いてから、酒井は空也に突進した。
 空也がそれを正面から受け止める。

「おおっ!」
「良いぞ!」

 観客から歓声が上がる。

 その後も酒井は技を交えながら攻めるが、空也は全てそれをいなしてみせた。
 一連の攻防が終わると、今度は空也が仕掛けた。

(これは……!)

 酒井は、それらをさばくので精一杯だった。
 無真流は決まった型を持たない特殊な流派だが、その無真流の使い手である界から見ても、空也の剣さばきは異様なものに映った。

(この子は間違いなく戦い慣れしている。だが、これは対人戦闘で身につく類のものなのか……⁉︎)

 そんな疑問を抱きながら、酒井はカウンターを繰り出した。



◇   ◇   ◇



 最初は盛り上がっていた観客も、戦いが進むにつれ、固唾かたずを呑んで勝負の行方を見守っていた。

 何度目かもわからない攻防を繰り広げ、空也と酒井が距離を取る。
 二人が一瞬目を合わせ、それぞれが構えを取った。

 ——これで勝負が決まる。

 沙希を含めた一部の人間は、漠然ばくぜんとそれを感じ取った。
 二人が同時に地面を蹴った。

 ——その攻防は、戦闘に目が慣れている人でなければ、何が起こったかわからなかっただろう。

「えっ?」
「い、今、何が起こった……?」
「音しか聞こえなかった——あっ」

 観客が呆然とする中、酒井の木剣の剣先、そして空也の剣の根本にヒビが入り、二本の木剣は同時に折れた。

「お、折れた! 折れたぞ⁉︎」
「どっちも折れた! 相討ちか⁉︎」
「いや、酒井の剣は先っぽだけだから、酒井の勝ちじゃないか⁉︎」

 観客が口々に騒ぎ出すが、空也が酒井に近づくと、その場は一気に静まり返った。

「お見事でした。僕の負けです」
「いや、この勝負に勝ち負けは不要だろう。俺の剣も確かに折れた。これは相討ちだ」
「……そうですね」
「良い勝負だったな」
「ええ」

 二人ががっちりと握手を交わす。
 すると、わあっと観客が一気に湧き上がった。

「本日はこれまでとなります。皆さん、ありがとうございました!」

 酒井が頭を下げれば、その場は拍手と歓声、そしておひねりに包まれた。
 沙希ももちろん手を叩いた。実際、すごい勝負だったとも思う。

 ——しかし同時に、沙希の中には空也への不満が渦巻いていた。



「——空也」

 周囲に人影が少なくなったところで、沙希は声をかけた。

「何?」

 空也が立ち止まり、振り返る。
 その目を見て、沙希は問いかけた。

「どうして、本気を出さなかったの?」
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