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第三章

第四十一話 お出かけ③ —勘繰り—

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「話って?」
「先日に発生した異界についての話なんだ」
「ああ、瀬川せがわ君が巻き込まれたやつ?」
「えっ」

 何気ないミサの言葉に、空也くうやは間抜けな声を出した。

「……何で知っているの?」
「Sランクだと色々入ってくるのよ。大丈夫だったんだよね?」
「身の安全っていう意味なら大丈夫だけど、あの異界は結構きな臭かったよ。霊のこちらの世界への干渉が強まって作られたものじゃなくて、霊に憑依ひょういされた人が作ったものだったし」
「……それ、こっちの世界で憑依されて異界作ったってこと?」
「おそらく」
「そんなことある?」

 ミサが眉をひそめた。

「霊は見えないだけで元々こっちの世界にも存在しているけど……精神状態が不安定になりやすい異界の中ならともかく、こっちの世界で憑依されるなんて、よほど強い感情を抱えていないと起こり得ないよ」
「うん。でも、そう考えるしかないんだよね。憑依していたのは異界を作った霊だし、異界の性質には憑依された人の意思が反映されていた。僕と愛理あいりを飲み込んだ瞬間閉じたから」
「そうなんだ。確かに異界って普通はそんなにすぐには閉じないよね……って、愛理も巻き込まれたの⁉︎」
「うん。で、ついでに言うと、霊に憑依されて異界を作ったの、僕と愛理の元パーティメンバーのしげるっていうやつなんだ」
「嘘……」

 ミサは絶句した。

「……そんなこと、喋っちゃって良いの?」
「そこは片桐かたぎりさんを信頼しているよ。それに、ちょっと心に留めておいてほしいこともあるんだ。友人としても、Sランク冒険者としても」
「……何?」

 ミサが身構えた。

「その憑依されていた茂は、憑依される前に精神干渉を受けていた可能性が高いんだ」
「っ——!」

 ミサが息を呑んだ。

「つまり、それによって憑依されるほど精神状態が悪くなった……ということ?」
「【解析かいせき】はしていないから断定はできないけど。でも、もしそんなことをしている奴、または奴らがいるとしたら——」
「似たようなことがこれから起こる可能性もある……」
「そう」

 空也は短く肯定した。

「……わかった」

 ミサは力強く頷いた。

「ありがとう」

 その真っ直ぐな態度と眼差まなざしに、空也は頼もしさを覚えた。

「それじゃあ、飲み物買って戻ろうか」
「そうだね」

 それまでとは打って変わった穏やかな雰囲気で、二人は止めていた足を動かした。



◇   ◇   ◇



 【索敵さくてき】で大体の居場所はわかっていたため、四人の座るテーブルはすぐに見つかった。

 それぞれに飲み物を配り、ミサがついでに買ったお菓子を机の中央に並べた。

「わあ、ありがとうございまーす!」

 ヒナが勢いよく手を伸ばした。
 沙希さきがその手を容赦なく叩く。パチンという良い音がした。

「いった⁉︎ 沙希っ? 何を——あっ」

 沙希が皐月さつきにチラリと視線を向けた。護衛が主人より先に食べるな、ということだろう。
 ヒナが皐月に向き直り、頭を下げる。

「申し訳ありません……」
「……まあ、このメンバーでテンションが上がってしまうのはわかるし、公式の場ではないからお咎めはしないけれど」

 皐月がヒナの両頬を摘んだ。

「ふぐっ」
「貴族というものは序列や体裁というものを重視するのだから、くれぐれも注意するように。良いわね? ヒナ」
「ひゃ、ひゃい」

 ヒナがウンウンと頷いた。
 皐月が両頬から手を離した。見た目よりも力を入れていたのか、そこはほんのりと赤くなっている。

「でも、皐月様、お咎めなしの割には結構痛かった——」
「何?」

 口を尖らせたヒナに、皐月が笑みを向けた。ただし、その目は笑っていない。

「な、何でもありませんっ」

 ヒナがブンブンと首を振った。沙希がため息を吐く。見慣れた光景なのだろう。
 ふっと穏やかな笑みを浮かべて、皐月が「いただきます」とお菓子に手を伸ばした。空也たちもそれに続く。

「甘いです……!」
「ねっ、甘いねー」
「サイコーです!」

 皐月、愛理、ヒナが次々と声を上げる。

 沙希だけが感想を言わない状況に既視感を覚えた空也は、そちらに目を向けた。
 ——案の定、沙希は赤い顔で水を流し込んでいた。その皿には食べかけのお菓子がある。

「やりぃ!」

 ミサがガッツポーズをした。もはや、自らが犯人であることを隠す気もないようだ。
 皐月がため息を吐いた。ヒナも苦笑している。

「えっ、ど、どういう状況? 沙希、大丈夫っ?」

 唯一状況をわかっていないであろう愛理が、混乱の声を上げた。

「沙希の苦手な辛いものを、ミサがあれに仕込んでいたのでしょう」

 皐月が沙希の皿を、正確にはそこに載っているお菓子を指差した。

「ミサはイタズラ好きですから」
「ああ、なるほど」

 愛理がポンッと手を打った。

「でもミサ、今回は少し貴女らしくなかったですね。博打要素ありなんて」
「まあ確かに、沙希以外に渡る可能性はあったよね」

 ミサが、皐月の言葉を部分的に肯定した。けど、と彼女は続けた。

「私は十中八九、成功を確信していたよ」
「えっ、どうしてですか?」

 ヒナが聞いた。
 エヘン、とミサが胸を張る。

「今回のラインナップは、より皆の好物を意識したからね。愛理のは空也が把握していたし、沙希なら必ずそれを選ぶと思っていたんだ」

 ミサがドヤ顔で沙希のお菓子を指差した。
 沙希がミサを睨む。

「……許せません」
「ごめんって。ほら、私のと交換するから」

 ミサが自分の皿を沙希に差し出した。
 よく見れば、彼女のお菓子は手で千切られていた。最初から、イタズラが成功したら交換するつもりだったのだろう。

 しかし、そんな漢気(?)で満足するほど、沙希歯甘くなかったようだ。

「……ちょっと待ってください」

 沙希がカバンから小瓶を取り出した。その中身は赤い粉だった。

「さ、沙希っ?」

 引きつった表情のミサに見せつけるように、沙希はそれをお菓子に振りかけた。

「はい、どうぞ」

 そして、呆然としているミサの手にそれを乗せる。

「負けず嫌いなんだから……」

 皐月が苦笑した。

「皐月……多分これは、負けず嫌いなんて生やさしい言葉ですませて良いことじゃない」

 ミサが絶望の表情で、沙希からお皿を受け取った。

「これはそう——復讐よ」

 なぜかドヤ顔でそう言い放ち、ミサは赤いその物体にかじりついた。



◇   ◇   ◇



「……そういえばさ」

 水を片手に涙を流しつつも完食したミサが、空也を見てくる。

「最近瀬川君って何しているの?」
「愛理と冒険者やっているよ」

 空也は愛理をチラリと見た。愛理が頷く。

「えっ、そうなの? その割には瀬川君の名前、全く聞かないんだけど」
「まあ、そんなに派手にやっているわけでもないし、何より空也としては活動していないからね」
「えっ、どういうことですか?」

 皐月が首を傾げた。沙希とヒナも困惑こんわくしている。
 ミサがあっ、と声を上げた。

「【認識阻害にんしきそがい】?」
「そういうこと」
「……魔法?」
「そ」

 沙希の短い問いかけに頷き、ミサが説明を始めた。

「幻術みたいなもので、言葉通り他人の認識を阻害して誤認識させるのよ——こんな感じでね」

 ミサの持っていたコップが木箱に変化する。

 否、変化したのではない。
 彼女の魔法によって木箱に見せかけられているのだ。

「どこからどう見ても木箱ですね……」
「でしょ? けど、魔法を解除すればこの通り」

 ミサの手にしていたコップが、再びその姿を現した。

「すごいですね……ということは、瀬川様はこれを使って姿を変えているということですか?」
「そういうこと。今はやなぎ宗平そうへいっていう名前で、愛理と【夕焼けへーリウー・デュシス】っていうパーティやってるんだ。僕単体でもそうだし、僕と愛理が一緒にいると面倒なやからに絡まれそうだからさ」
「確かにそうですね。ですが、もう今はそこまでお気になさらなくとも良いのではありませんか?」
「えっ、どうして?」

 皐月の言葉に愛理が首を傾げた。

「屋敷を出てからここまで、確かに好奇の視線はチラホラ向けられていますが、それでも今のメンバーを考えればむしろ少ないほうと言えます。皆さんが空也君と愛理さんについてまだ関心を持っておられるなら、注目度はこの比ではないと思うのですが……」
「ああ、それは僕が軽く【認識阻害】を使っているからだと思うよ」

 空也はミサを見た。

「ついでに言えば片桐さんも、だけど」
「えっ、そうなんですか?」
「勝手に見抜かないでもらって良い?」

 ヒナとミサの言葉はどちらも疑問系だったが、そこに込められた感情は大きく違っていた。前者は純粋に興味をそそられたようであり、後者はげんなりしていた。
 皆の視線がミサに集中する。

「……相手に誤認識させるほどの強度は疲れるし色々面倒だから、認識されにくくなるようにしているのよ。瀬川君もそんな感じでしょ?」
「そう」
「別に隠していたわけじゃないけど、まさか気づかれるとは思わなかったわ……」
「半分はかんだけどね」

 親指を立てる空也に対するミサの返事は、苦笑だった。

「空也は常時二つの魔法を使っているの?」
「今はね」

 沙希の問いを、空也は控えめに沙希を肯定した。二つの魔法とは無論、【索敵】と【認識阻害】だ。

「常時二つ、ですか……」
「すごいね、空也っ」
「軽い調子でとんでもないことしているわね……」
「さすがは瀬川様ですっ!」

 順番に皐月、愛理、ミサ、ヒナの台詞だ。
 ヒナにしてはシンプルな褒め言葉だな、と空也は思った。愛理がいる手前、少しはブレーキをかけているのかもしれない。

「それじゃあ、そろそろ行きませんか?」
「良いね」
「うん、行こっ」

 皐月のかけ声で、皆が立ち上がった。



 それからも六人は、空也とミサ以外が好奇の視線を向けられつつも、買い物や街めぐりを楽しんだ。

 しかし、空也の発言通り、彼の【認識阻害】の強度は高くない。
 それでも、大抵の人間は無意識のうちに空也を認識から外してしまうが、優秀な魔法師、それも空也に注目している者たちにとってはその限りではなかった。



◇   ◇   ◇



呑気のんきなものだな」

 空也たちから遠く離れた場所——もしも彼らが目を向けたとしても、その顔は認識できないほどだ——で、フードを被った男がニヤリと笑った。

「これから彼らのアテにしている情報源は消えると言うのになあ。吉田よしだ、あれだけ悠長ゆうちょうにしているなら、もう少し近づいても良いのではないか? いくら私でも、ここからでは姿は見えても会話までは聞き取れん」
「私は奴らが悠長にしているのかは視認できませんが……油断はなさらないほうが良いですぞ。空也は一度【索敵】に引っかかった相手の魔力を覚えられる。もし万が一にでも不審に思われれば、今後の行動が取りづらくなります」
「そう言えばそうだったな。それに関しては本当に厄介やっかいだ」
暗殺・・の際にも彼が近くにいたら、尻尾を掴まれるかもしれませぬぞ」
「その点に関しては大丈夫さ」

 吉田の懸念けねんに、男は自信たっぷりの表情を見せた。

「大丈夫、というと?」
「アレらを使うのさ。手駒てごまは少し減ってしまうだろうが、多少のリスクは仕方ないだろう」
「……確かに、それは必要なリスクでしょうな。しかし、どうやって使うのですか? まさか、街中にアレらを放つわけにもいきますまい」
「その点に関しても心配するな。お前が仕入れてきた情報——柳宗平が瀬川空也だ・・・・・・・・・という情報・・・・・は確かなのだろう?」
「ええ。それは間違いなく」
「ならば問題ない」

 男はニヤリと笑って続けた。

「瀬川空也は明日、必ずキース森へやってくる」



◇   ◇   ◇



「おっ、愛理。宗平そうへい

 冒険者ギルドにて依頼を選んでいた宗平と愛理は、背後からかけられた明るい声に振り向いた。

 そこに立っていたのは、【流星メテオロ】にいたときからパーティぐるみの付き合いのある【陰影スキア】というパーティだった。
 声をかけてきたのは、リーダーの宇田うだ春奈はるなだ。

「春奈! 皆もー」

 愛理が笑顔で【陰影】のメンバーとハイタッチをしている。

 空也が柳宗平という架空かくうの人物に成り代わっているとはいえ、そもそも愛理は、突如として姿を消した・・・・・・・・・・新鋭しんえいパーティ【流星】の中で、唯一表舞台に出てきている人物だ。
 そんな彼女は、最近では一種のれ物のように扱われていて、春奈たちのように気さくに話しかけてくる者はほとんどいないので、愛理も嬉しいのだろう。

「今は依頼を選んでいるとこか?」
「そう。パーティランクもCまで上がったから、そろそろ本格的な魔物の討伐とかも受けようかなーって」
「もうCランクってことは……飛び級制度か?」
「うん。宗平君のおかげでトントン拍子だよ」

 冒険者のランクには、個人ランクとパーティランクの二種類が存在する。
 どちらも登録をした段階では一番下であるFランクからのスタートとなり、原則としてギルドの定める条件を満たすと順番にE、D、C、B、A、Sランクへと昇級できる。
 その条件は決して甘くはなく、二年でCランクまで到達できればスピード出世と言われる。

 しかし、今回の宗平や宗平と愛理のパーティ【夕焼け】のように、明らかに初心者ではない者たちに対しては、すぐに昇級できる制度が用意されている。

 それが飛び級制度だ。

 飛び級制度は「ギルド側の出した、普通の昇級条件とは異なる特別な条件を満たせば即時昇級することができる」というものだ。
 宗平、そして【夕焼け】のランクがともにすぐにCランクまで上がれたのは、この制度のおかげだった。

「まあ、お前らが上の依頼受けれないのはギルドにとっても痛手だしな……あっ、そうだ」

 何かを思いついた様子の春奈が、壁に貼られていた二枚の依頼書を持って戻ってくる。

「これ、どっちもキース森の依頼なんだけどさ。魔物の討伐ってんなら、こいつらをお前らと俺らで一緒に受けねえ?」
「えっ……」

 愛理が困惑の表情で宗平を見てくる。判断は任せる、ということだろう。

「構わないが、なぜだ?」
「そんなに深い理由はないよ。ただあんたらの、というか主に宗平の実力を見たいと思ってさ」
「……わかった」

 宗平は頷いた。特に拒む理由もなかったからだ。

「よっしゃ」

 春奈がニヤリと笑って握り拳を作った。
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