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第一章

第三話 リベンジ

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 沙希さきが元から空也くうやの実力や癖を把握していたこともあり、よりも討伐スピードは速くなっていた。
【ファング・ハント】が残り十体になったとき、沙希は空也に声をかけた。

「空也」
「何?」
「このファング・ハントたち、おかしい」
「どういうこと?」
「このままいけば全滅する可能性が高いのに、賢い彼らが撤退する素振りすら見せない」
「……確かに妙だ。すごい。良く気づいたね」
「……たまたま。それより、念のために周囲は警戒しておくべきだと思う」
「そうだね。ありがとう」
「うん……」

 沙希は、空也の真っ直ぐな賛辞に目を逸らしながら頷いた。

 沙希がファング・ハントの異常性に気づけたのはあくまで一度経験済みだからであるため、何だかカンニングでもしたような後ろめたい気分になっていたのだ。

 とはいえ、空也に周囲を警戒させるため、ひいては二人が生き残るためには仕方なかったのだが。



 しかし、そんな沙希の事情も心情も知らない空也は、沙希の指摘に素直に感心していた。
 倒すことに夢中になっていて、ファング・ハントが負ける確率の高い勝負を挑んできているという異常性に、彼は気づけなかったからだ。

 若干の悔しさを感じつつも、空也はすぐに思考を巡らせた。

(魔物が異常な行動を取っている原因……)

 すぐに空也の脳裏に浮かんだのは、何かの言いなりになっているか操られているかの二択だが、人間であれ魔物であれ、カースト上位に存在するファング・ハントを従わせることなど不可能だろう。
 そう考えて、空也はすぐにこれらのアイデアを打ち消した。否、打ち消そうとした。

『この世に絶対はない。それを忘れるな』

 しかし、彼の脳内に響いたその声が、その思考を方向転換させた。

 ただでさえこんな場所、こんな時間にファング・ハントが出現している異常事態なのだから、常に最悪を想定すべきか。

 空也は目の前の敵に意識を集中させつつも、周囲への【索敵さくてき】を強化した。

 その効果は、すぐに現れた。

「沙希さん、後ろ!」

 空也は、陰から沙希を狙って向かってきていた一体に気づき、懐に持っていた石を投げた。
 石は狙い通りに飛んでいき、その個体は絶命した。

「……ありがとう」
「ううん」

 お礼を述べた沙希の目が見開かれていることに、彼女を冷静な人物だと認識していた空也は意外感を覚えた。
 しかし、そんなくだらないことに思考を割いている余裕は空也にはない。死角から攻撃されそうになっていたのだから当然か、と空也は無理矢理——というほど意外だったわけでもないが——自分を納得させた。



 空也が抱いた意外感は、決して的外れなものではなかった。
 沙希は、背後に敵が潜んでいた程度のことで大袈裟おおげさに驚いたりはしない。にも関わらず彼女が驚いたのは、空也がその個体に気づいたのがよりも早かったからだ。
 それは空也が【索敵】の範囲を広げた副作用だった。沙希は、想定以上の空也の【索敵】の有効範囲に驚いたのだ。

 そして、空也の【索敵】の有効範囲に戸惑ったのは、何も沙希だけではなかった。



 空也が現場に到着する前から戦況を見つめていた男は、空也の【索敵】の有効範囲を知って苦笑を浮かべた。

「これは、プランBかな」

 誰にともなく呟きながら、男は手に握っていたモノを投げた。
 それは長剣だった。魔法を使った彼の投擲とうてき速度はすさまじかったが、その長剣は魔力をまとっている。空也なら簡単に防げるだろうな、と男は予想した。

 ——結果は、彼の予想以上だった。



◇   ◇   ◇



 何かが飛んできた、と沙希が気づいたときには、長剣はすでに空也に迫っていた。

「おっと」
「ガッ……!」

 空也の背後にいたファング・ハントが倒れる。空也の受け流した長剣が命中したのだ。

「すごい……」

 その予想以上の対処能力に驚きつつも、沙希の胸中には安堵あんどが広がっていた。
 前回はここで空也が重傷を負った。彼がしっかり戦える状態なら、勝機はある——。

 そんな確信を抱きながら、沙希は生い茂る木々を睨んだ。

「あれに気づくだけでなく、受け流して背後の敵を殺すとは……想像以上だよ」

 拍手をしながらそこから出てきたのは、全身をローブで包んだ男だった。

 見覚えのある、というより忘れるわけもないその容姿を、沙希は睨みつけた。脳内に思い出したくもない光景がよみがえり、沙希の身体が震える。
 その震えが怒りからか恐怖からなのか、はたまた興奮から来たものなのかは、彼女自身にもわからなかった。

「殺そうとした相手に最初にかける言葉にしては、なかなかバグっているね」
「バグっているって……」

 空也の言葉に、ローブ男が肩をすくめた。

「見た目に反して口が悪いな」
「それはどうも」
「褒めていないよ」

 こんな状況じゃなければ漫才のかけ合いにも聞こえるやり取りの後、二人は同時に地面を蹴った。
 直後、のファング・ハントが沙希に飛びかかった。

 それは完全な不意打ちだったが、沙希は余裕を持って【魔の結界マギア・カリマ】——魔力で対象を覆う無属性の防御技——で防御をした。前回の経験から予測がついていたからだ。

 しかし、その「前回の経験」がない空也はその限りではなかった。

「なっ⁉ ――はっ」

 ファング・ハントの不可解な行動・・・・・・に気を取られた空也は、その瞬間を狙ったローブ男の剣を何とか防いだ。

余所見よそみしても防ぐとは……さすがだね」

 ローブ男は皮肉めいた賞賛を口にするが、空也の脳内を占めていたのは全く別のことだった。
 ファング・ハントの数々の異常性のある行動、目の前の男の落ち着きよう。それらから察せられるのは――、

「貴方があいつらを操っているのか」
「……へぇ」

 空也の指摘に、ローブ男は目を見開いた。どうやら本気で驚いているようだ。

「沙希さん、そいつらはこの男により操られている!」
「——わかった」

 空也から沙希への忠告に、彼女は即座に了解の返事をした。
 そんな沙希にも男は驚いた表情を向けたが、その顔はすぐに余裕を取り戻した。

「あとで驚かせるつもりだったのに、ちょっとするどすぎないかい?」

 その精神的余裕は、空也への軽口にも表れていた。

「さあね」

 しかし、空也はそれに取り合わず、ロープ男に斬りかかった。

「冷たい返事だ」

 剣同士が絡み合い、金属音が辺りに鳴り響いた。



 数合の打ち合いの後、
 ――まずいな。
 表情にこそ出していないが、空也は内心で焦りを抱いていた。

 ロープ男が空也の顔を狙った一撃を繰り出す。切っ先が届く直前に空也は【身体強化しんたいきょうか】を発動して何とかかわすが、かわしきれずにその白い頬に赤い線が走る。

 致命傷はもらっていないし、相手にもダメージは与えている。
 それでも、細かい傷が多いのも、疲労しているのも明らかに空也のほうだ。

「ほらほら、もっとガツンと来なよ」

 ローブ男にはまだ余裕がある。というより、空也をいたぶって楽しんでいるようだ。その笑みからはサディスティックな色も見られる。

 おそらくはまだ全力を出してはいないだろう、と空也は推測した。
 全開で短期決戦に持ち込めば倒せるかもしれない。ただ、それも確証はないし、相手が隠し玉でも持っていたら一巻の終わり。空也どころか、現在ファング・ハントと交戦中の沙希の命さえ失われることになるだろう。

 ――やるしかない。
 空也はできる限り使用を避けてきた「隠し玉」を使うことに決めた。
 力加減を間違えれば周囲一帯を砂漠に変えてしまうほどの大技、【天命の恵セオス・ハリ】を。

 だから空也は、あえて手を抜いた。
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