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第一章

第103話 元カノからの再接触

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 冬休みが明けて学校が再開してから一週間が経った一月十五日、シャーロットは一人の男と何もない白銀の空間で向かい合っていた。
 師匠のルーカスに稽古をつけてもらっているのだ。

 場所は彼が用意してくれた、シャーロットの家から徒歩二十分ほどの修練場だ。
 スーア星の魔法の中心国であるラティーノ国には、至る所に修練場があり、設備も充実しているところが多い。
 シャーロットの家にある、修練場と彼女が暴走した時の収容所を兼ね備えた魔法で作られた部屋では、本格的な稽古をするには設備が足りないそうだ。

 稽古中、基本的に会話はない。
 実演を通してルーカスが伝えてきているポイントをシャーロットなりに理解し、その事を意識して与えられた課題に取り組む、実戦形式なら彼に挑むという事をひたすら繰り返す。
 これまでも、ずっとそうだった。

 シャーロットが立てなくなった頃、ルーカスが稽古の終了を告げた。

「ほらよ」

 床に仰向けになって荒い息をするシャーロットに、ルーカスが飲み物を寄越してくる。

「ありがとうございます……」

 一気飲みした。
 喉を通る冷たい感覚が心地よい。

「シャーロット」
「はい」
「お前は普通の優秀な魔法師で終わるポテンシャルじゃねえ。今、お前が普通のAランクに留まっているのは、暴走障害のせいで本気を出す事を恐れているからだ」
「っ……」

 シャーロットは息を呑んだ。
 新しい視点だったからではない。
 彼女自身も、薄っすらとは自覚していたのだ。

「稽古はつけてやるし、まだ伸び代はある。だが、その殻を破らなければ、お前はただの優秀な魔法師のままだ」

 そう言い残して、ルーカスは修練場を出ていった。



「……という感じでした」
「シャルの感覚、わかる気がするな。僕も全力を出すのは怖いし」

 登校中にルーカスとの稽古についてシャーロットが話すと、ノアがうんうんと頷いた。
 彼はシャーロットのように暴走障害を持っているわけではないが、それよりもはるかに厄介なサター星人の血が流れている。

「にしても、ほとんど会話がないってルーカスさんらしいね」
「ですよね」
「逆にあの人が言葉を尽くして説明してくれたら、なんかちょっと怖いもん」
「師匠に伝えておきますね」
「思いとどまっていただける事を切に望みます」
「仕方ありませんね」

 茶番を繰り広げながら学校に入る。

 三年生の教室がある三階の廊下の雰囲気が、妙に重苦しい事に気がついた。
 教室に入ると、空気が一段と重くなった。

 原因は考えるまでもなかった。
 冬休みを終えて学校が再開してからずっと空いていた中央の席に、女子生徒が座っていたからだ。

 アローラ・スミス。
 ノアとシャーロットと同じAランク魔法師で、ノアの元カノであり、退学となったジェームズ・ブラウンの交際相手だった女だ。
 一週間の謹慎処分を終えたのだろう。

 Aランクになってからは常に人だかりができていた彼女の周囲には、誰一人として近づいていなかった。
 取り巻きだったはずの生徒たちでさえ、彼女の方を見ないようにしていた。

(彼氏が退学になり、自身も謹慎処分を受けていたアローラさんに対して、どのように接して良いのかわからないから距離を取っているのでしょうか)

 最初の頃、シャーロットはそう考えていた。
 しかし一日、また一日と時間が経過するに連れて、それだけではない事に気づいた。

 蜜に誘われる虫のようにアローラの周りに群がっていた生徒たちは、一様にシャーロットやノアの動向に注目を払っていたのだ。
 彼らジェームズ一派は、ノアのいじめに加担していた事からもわかるように、強者に同調する事で自分の居場所を確保しようとする性質がある。

 彼らは力を失ったアローラを見限り、新しい宿主としてノアとシャーロットに目をつけたのだ。

(……というのは私の彼らに対する偏見や負の感情が入っているとしても、私やノア君の機嫌をうかがっているのは確かですね)

 一応はテイラー家の長女であるため、シャーロットもたまに貴族の社交界などに出る事はある。
 ジェームズ一派の向けてくるびるような目は、下級貴族がシャーロットの父親、つまりテイラー家当主のオリバーに向けるものと同種のものだった。

 不愉快だったが、幸いな事に接触を試みようとしてくる者はいなかったため、なるべく意識の外に置くように心がけた。
 ノアやエリアはもちろん、ハーバーとも距離が縮まっているし、アッシャーやサミュエル、さらにはテオなどとも関わる機会が増え、楽しい学校生活を送れている。

 ノアに暴走障害を受け入れてもらって以来、シャーロットは少しずつではあるが、他の人とも関わるようになっていた。

(負の感情に囚われていては、せっかくの充実した時間がもったいないですから)

 シャーロットはそう自分に言い聞かせた。



「ありがとうございました」
「あぁ」

 ルーカスに感謝の言葉を伝えてから、修練場が内包されている施設を後にする。
 クタクタの足をなんとか動かして帰宅すると、シャーロットは汗をかいた服のままベッドに倒れ込んだ。

 理由はわからないが、その日は一段と疲れていた。
 せめて体を拭いて着替えないととは思いつつ、睡魔すいまに逆らえずに寝落ちしてしまった。

 案の定、翌日に体調を崩した。


◇   ◇   ◇



「えっ、シャル風邪引いたの?」

 僕は目を見開いた。
 朝、執事さんの運転する黒い車にエリアしか乗っていなかったため、シャルはどうしたのかと尋ねると、風邪を引いたらしいと言われたのだ。

「うん。昨日汗かいた服のまま寝ちゃったみたい」
「冬でそれしたら、そりゃまあ風邪は引くか。どんな様子だった?」
「熱はあって咳と鼻水も出てたけど、普通に会話はできてたし、ただの風邪じゃないかな」
「不幸中の幸いだね」

 ほっと胸を撫で下ろす。

「ね。放課後お見舞い行こうよ」
「もちろん。けど、エリアは大丈夫なの?」

 確か、基本的に放課後は直帰しなければいけないルールのはずだが。

「長居しなければ大丈夫だよ。安心して、イチャつく時間はたっぷりあるから」
「病人とイチャついちゃダメでしょ。感染ったらシャルが心苦しく感じちゃうだろうし」
「えっ、でもノアって、彼女と菌を共有して喜ぶ性癖持ってなかったっけ?」
「よくそんなの思いつくね」

 気持ち悪さを通り越して、僕は逆に感心してしまった。

「そんな褒めないでよ」
「褒めてないよ……あっ」

 またくだらないボケに突っ込んでしまった。

「ノアって結構突っ込んでくれるよね」
「条件反射でしちゃうんだよ」
「良いではないか。我は嬉しいぞ」
「僕は嬉しくない」

 そっぽを向いて見せれば、エリアがくつくつ喉を鳴らした。



 三時間目は魔法学の時間だった。

「今回の実験は難易度が高いから、できればAランクの生徒にやってもらいたい。ノアとシャーロット、お願いできるか?」
「僕は大丈夫ですけど、シャルは欠席です」
「えっ、あぁ、そうか……」

 このクラスにAランクは、他には一人しかいない。
 先生は僕に申し訳なさそうな表情を向けた後、その生徒を指名した。

「じゃあアローラ。お願いしてもいいか?」

 アローラは舌打ちしそうな勢いで顔をしかめたけど、思い直したように表情を改めて頷いた。

「わかりました」

 アローラと共同作業なんてしたくなかったけど、先生はAランクにやって欲しいって言ってたし、僕のわがままで授業に支障をきたすわけにはいかない。

「じゃあ、アローラ。僕はこっちをやるから」
「わかった。私はこっちね」

 彼女との会話は、不自然なほどに自然だった。
 会話の中身というよりは、その雰囲気が、だ。

 直径一メートルほどはあろうかという球形の装置の左右には、それぞれ管がついていた。
 僕は右の管に、アローラは左の管に魔力を流し込んでいく。

 管はそれぞれが魔力を変質させる役割を担っていて、一定の魔力をうまく流し続ける事ができれば、左右の魔力が融合して大きなエネルギーを作り出す事ができるらしい。

 流す魔力を均一にする——。
 言葉にするのは簡単だが、実行するには相当な技術が求められる上に、失敗すると魔力同士が反発しあって暴発を起こす可能性もある。

 学校で使う装置であるため、そう大きな暴発はしないよう安全に作られていると先生は言っていたけど、安全性と成功率の観点からAランク魔法師を指名したんだろうな。
 アローラが変な気を起こす事もなく、実験は無事に成功した。
 暴発が起きれば彼女自身も危ないから、当然と言えば当然だけど。

 シャルが学校を休む事なんて珍しいから、少なくとも中学校でアローラと関わる事はもうないだろうと、席に戻りながら僕は思っていた。
 だから、シャルのお見舞いを終えて彼女の家を辞去した直後、暗闇から現れたその姿には驚いた。

「アローラ……⁉︎」
「やあ、ノア。奇遇だね」

 彼女は、かつて付き合っていた頃のように、笑顔で手を振った。
 久しぶりに見た気がする彼女の笑みに、僕の背中を冷たい汗が伝った。
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