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第一章

第65話 変わる関係

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 それでも僕は、シャルと一緒にいたい——。

 僕が思いの丈をぶつけても、シャルは目を見開いて固まったままだった。
 おそらく、彼女の中で色々と整理がついていないのだろう。
 これは、少し待った方がいいな。

「もちろん、シャルが望むなら僕は身を引く。だからお願い。今すぐじゃなくていいから、正直な想いを聞かせてほしい」
「私も、ノア君と一緒にいたいです」
「……へっ?」

 間髪入れずに答えが返ってきて、僕は固まってしまった。
 きっと、呆けた面を浮かべているのだろう。

「どうしたのですか? 間抜けな顔をして」

 間抜け面を浮かべさせた張本人が、不思議そうな表情を浮かべながら顔を覗き込んでくる。
 彼女の端正な顔が近づいてきて、僕は正気に戻った。

「……い、いやいや、ちょっと待って、シャルっ。よく考えた方がいいよ。さっきの話を聞いてわかったでしょ? 僕と一緒にいるのはリスクが高いって」
「わかっています。ノア君が暴走したら死ぬかもしれない。混血だと知られれば、研究者たちに狙われるかもしれない。そうでなくとも、今の情勢的にサター星人の血が入っている事がバレただけで、世間から敵視されるかもしれない……今すぐに思いつくのはこれくらいでしょうか」
「これくらいって……」

 僕は言葉を失った。
 どう考えても、そんな軽い調子で済ませていい話ではない。
 一つの可能性に思い当たる。

「シャル、もし仮に同情してくれているのなら——」
「それはあり得ません」

 シャルがピシャリと僕の言葉をさえぎった。
 怒りに似た鋭い眼差しが突き刺さる。
 僕はたじろいでしまった。

「同情でも恩返しでもありません。リスクを踏まえた上で、一緒にいたいと思っただけです。正直に応えてほしいと言われている中で、私が嘘を吐くと思いますか?」
「い、いや、思わないけど……」

 シャルがそんな人でない事はわかっている。
 しかし、簡単には受け入れられなかった。

「……すみません。今のは少し、意地悪な問いでしたね」

 シャルが口元を緩めた。
 ノアの葛藤かっとうやモヤモヤした感情は察してくれているらしい。

「ですが、信じてください。私は本当に、ノア君と一緒にいたいと思ったのです。もちろん、怖くないわけではありませんよ。最悪死ぬかもしれないわけですし……それでも、後悔はしたくないんです」

 そう言い切るシャルの表情は穏やかだったが、その瞳には強い意志の光が宿っていた。

「それぞれ想像してみたんです。ノア君が暴走した時、研究者に狙われた時、世間に目の敵にされた時でそれぞれ、私がノア君のそばにいる場合といない場合を。その結果、いない時の方が断然後悔するとわかりました。それに——」

 シャルが目を細め、首を少しだけ傾けてはにかんだ。

「——ノア君と過ごす時間は本当に楽しいですから」

 ——ドクンッ。
 可愛らしい笑みと嬉しい言葉に、僕の心臓が跳ねた。

「楽しくて後悔しない道と、楽しくなくて後悔する道。わかりやすい二択だったので迷わなかっただけです。決して、考えなしで決めたわけではありませんよ」
「っ……」

 息が詰まる。
 自分は情に流されたわけでもその場の感情で決めたわけでもなく、しっかりと考えた上での結論だ——。
 シャルはそう伝えてきているのだ。

(……本当に、敵わないな)

 思わず苦笑が漏れる。
 僕は不安だった。
 シャルは同情や義理で一緒にいたいと言ってくれているだけで、本心では離れたいと思っているのではないかと。
 でも、

「そこまで言われたら信じるしかないね……受け入れてくれて本当にありがとう、シャル。あと、疑ってごめん」
「いえいえ、こちらこそ打ち明けてくださって、一緒にいたいと言ってくださって、ありがとうございます。嬉しかったです」

 シャルが本当に嬉しそうに、そして安心したように微笑んだ。
 その瞳には光るものがあった。

 僕は湧き上がった衝動のままに駆け寄って、その華奢な体を抱きしめた。
 突然の行動に驚きを表しつつ、シャルも背中に腕を回してくれる。

「ノア君って、いつも唐突ですよね」
「ごめん、抑えられなくて」
「……別に、謝る必要はありませんよ。私もその、ノア君に抱きしめられるのは、好きですし」

 自身の言葉を証明するかのように、恥ずかしそうに頬を染めつつも、シャルは腕に力を込めた。
 どうしようもなく愛おしくなり、僕は彼女の肩に顔を埋めた。

「不安だった……もし、シャルが受け入れてくれなかったらどうしようって」
「私も不安でしたよ。もし関係を終わりにしようと言われたら、どうしようかと」

 シャルが頭をぐりぐりと押し付けてくる。
 同じ気持ちだったんだ。嬉しい。

「僕はそんな事は言わないよ。シャルには一回言われたけどね」
「あ、あの時はまだ、今ほど親しくはなかったですからっ!」

 軽く揶揄からかってやれば、シャルは腕の中から抗議してきた。

「……それに、ノア君だって受け入れようとしていたではないですか」
「うっ」

 シャルが上目遣いでジトっと睨んでくる。
 彼女の言う通りだったので、僕はスッと目を逸らした。

「……なんかさ、僕たちってちょいちょい傷口に塩を塗り合うよね」
「大体同じようなやらかしをしていますから、絶対に反撃の隙がありますもんね」
「じゃあ、似た者同士って事か」
「そういう事です」

 僕らは顔を見合わせ、クスクス笑い合った。
 それから少しの間、僕らは無言で見つめ合った。

 今このタイミングでするべき事など、一つしかない。
 恥ずかしい。心臓がバクバクと脈打ってる。
 けど、不安はない。

 僕はシャルを腕の中から解放し、姿勢を正して向き合った。

「シャル」
「は、はい」

 これから何が行われるのかはわかっているのだろう。
 彼女の顔は強張っていた。
 その瞳には不安と緊張と、そして期待の色があった。

 僕はシャルの瞳を真っ直ぐ見つめ、

「君の事が好きだ。僕と、付き合ってほしい」

 それだけを口にした。

 時間にすれば、たった数秒にも満たなかっただろう。
 それでもその静寂は、僕にとっては永遠のように感じられた。

「……はいっ、喜んで!」

 顔いっぱいに笑顔の花を咲かせ、シャルは頷いた。
 感極まったように、僕の胸に飛び込んでくる。
 華奢な体をがっちりと抱きしめながら、僕はホッと息を吐いた。

 ついに……ついにシャルが僕の彼女になったんだ。
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