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第一章

第28話 自覚した瞬間

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 足りない材料を買ってきて、早速夕食を作り始める。
 オムライス、副菜のソーセージとほうれん草のソテー、トマトとキャベツにチーズを乗せたサラダ、コーンスープという献立だ。

 シャルにはくつろいでもらうように言ったのだが(そもそもここは彼女の家だ)、どうにも落ち着かない様子だ。
 意味もなく家の中を歩き回ったり、遠慮がちにこちらの進捗しんちょく具合を見に来たり、ぬいぐるみとたわむれたりしている。
 普段は猫っぽいところが多いが、今はどちらかと言うと犬みたいだ。

「シャルー、もうすぐできるよー」
「は、はいっ」

 シャルが緊張した面持ちで椅子に座る。
 どうせなら全部やらせてくれ、と配膳はいぜんの手伝いも断った。

「お待たせしました。こちら、特製オムライスでございます」
「わあ……!」

 シャルが子供のように瞳を輝かせた。

「名前まで……ありがとうございます」
「結構うまいでしょ」

 卵にケチャップで「シャル」と書いておいた。
 ちょっとした遊び心だ。
 他の品目も並べ終えて、シャルの前に座る。

「色とりどりですごい……ありがとうございます、ノア君」

 そう言って笑うシャルの目には、光るものがあった。
 また、心臓が跳ねた。

「保証はできないけど、気持ちはちゃんと込めたよ。誕生日おめでとう。そしていつもありがとう、シャル。さ、食べてみて」
「はい、いただきますっ」

 シャルがオムライスを口に含む。
 目を見開き、頬を緩めた。

「おいしいです……!」
「それはよかった」

 とろけるような笑顔とは、まさにこの事だろう。
 僕も自然と笑顔になった。

 スプーンを置き、シャルがまっすぐ見つめてくる。

「どうしたの?」
「ノア君、本当にありがとうございます。私、今すごく幸せです」

 彼女は目を細め、少しだけ首を傾けて微笑んだ。
 本当に幸せそうだった。

 そんな表情を浮かべてくれた事が、そして自分がそういう表情にしてあげられた事が、とても嬉しかった。

「……喜んでもらえて何よりだよ。どんどん食べてね」

 やっとの事でそれだけ口にする。
 胸の高鳴りが一向に収まってくれない。

 まさか病気じゃないよね、と若干不安になりつつ、僕もオムライスを食べてみる。
 うん、我ながら美味しい。

「おいしいでしょう?」
「うん……って、何でシャルが得意げなのさ」
「さあ、どうしてでしょう?」

 シャルは小首を傾げて軽やかに笑った。
 いつもより少しだけ砕けた口調だった。



◇   ◇   ◇



「もう食べられません……」

 ソファーに体を委ねたシャルが、自らのお腹をさすっている。

「明日に残しておいてもよかったのに……」

 サラダやスープ、それにチキンライスも保存できるのに、シャルは全て食べると言って聞かなかった。
 その結果が今の状態だ。

「だって、せっかく作っていただいたものですから、その場で全部食べたいじゃないですか」
「その気持ちはすごい嬉しいけどね」

 あまり無理して欲しくないのだが、取りあえずは大丈夫そうなので、これ以上は言う必要もないだろう。

「じゃあ僕は洗い物するから、シャルはゆっくりしてて」
「はい、お願いします……」

 あくび混じりの返事が返ってくる。
 僕はバレないように苦笑した。
 数時間前に「もっとしっかりした姿を見せたい」と言っていた人物とは思えないだらけようだ。
 もちろん、文句はないけど。



 洗い物をしていると、ふとシャルが静かな事に気づいた。
 寝ちゃったのかな、程度の軽い気持ちで様子を見に行き——僕は固まった。

 シャルは膝を抱えて小さくなった状態で、僕がプレゼントしたクマのぬいぐるみを抱きしめながら眠っていた。
 その時、唐突に理解した。
 ——あぁ、僕はシャルの事が好きなんだ、と。

 かけていた最後のピースがハマったような、すっきりした感覚だ。

「何だ、そういう事だったのか……」

 心臓がうるさかったのは病気でも何でもない。
 単に、ときめいていただけの事だった。

 多分、いや、確実にもっと前からそういう対象として意識はしていたのだろう。
 これまでは、アローラに抱いていた想いとは違うから恋心ではないと判断していたが、前提が違った。
 どこか友達の延長線上にいたアローラと違い、シャルの事は本当に一人の女の子として意識していただけの事だったのだ。

「思い込みって怖いな……」

 思わず苦笑いを浮かべてしまう。
 今振り返れば、自分の行動の至るところにシャルへの恋心が転がっていた。
 というより、好きでもない異性相手にやっていたら許されないような事がいくつもあった。

 シャルはくぅくぅと可愛らしい寝息を立てている。
 やばい、可愛すぎる。
 触りたい、キスしたい、それ以上の事もしたい。

 ……これは危険だ。一旦離れよう。
 僕は慌てて台所に逆戻りした。

 今のが高揚した状態であんな無防備なシャルの側にいたら、いずれに理性を抑えきれなくなる事は目に見えていた。



 洗い物が終わる頃には、だいぶ気持ちも落ち着いた。
 そして大変ありがたい事に、シャルも起きてくれた。

「すみません。洗ってくださっている側で眠ってしまいました……」

 しょんぼりしている。
 可愛い。

「気にしないでいいよ」

 むしろ、寝てくれたおかげで僕は自分の気持ちに気づけたのだから、感謝したいくらいだった。

「私が気にします。せめて、お茶くらいは入れさせてください」
「本当? じゃあ、甘えようかな」
「はい」

 いそいそと台所へ向かうシャルの手には、猫の描かれたマグカップが二つ、握られていた。
 早速使ってくれるのか、嬉しいな。

「せっかくなので、頂いたマグカップに入れてみました。どちらが良いですか?」
「うーん、じゃあ水色の方で」

 君の瞳の色だから——とは、さすがに言えなかった。

「わかりました。今後もそうしましょう」
「そ、そうだね」

 これからも一緒にいてくれるつもりなのだとわかって、僕は動揺してしまった。

「どうしたのですか?」
「いや、何でもないよ」

 落ち着くために茶をすする。
 ……恋って大変だなぁ。



「それじゃ、僕はそろそろおいとましようかな」

 空のマグカップを持って立ち上がる。
 お茶を飲みながら話しているうちに、結構いい時間になってしまった。

「そうですね、夜も深まってきましたし。すみません、長々とお引き留めしてしまって」
「全然。僕が楽しくて時間を忘れてただけだよ」
「それならば良いのですけど」

 シャルがはにかんだ。
 表情一つ一つが愛おしい。
 彼女への想いは今にも口から飛び出そうだが、今はまだ告白のセリフを口にするつもりはない。

 雑談の中でシャルは以前、告白されるならロマンチックなものが良いと言っていた。
 誕生日も充分ロマンチックではあると思うが、何となくタイミングとしてしっくり来なかった。
 恋心を自覚した時には、すでに夕食後のくつろぎタイムだったというのもあるだろう。

 告白するならやっぱりクリスマスかな——。
 二ヶ月後に控えた聖なるに思いをせる。

「何をニヤニヤしているのですか?」

 シャルが不審者を見るような目を向けてくる。
 そんな目で見られるのも悪くないと思ってしまった。
 どんだけシャルの事が好きなんだ、僕は。

 ……まさか、実はマゾだったわけではないだろう。
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