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第一章

第25話 元カノを退ける

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「ごめんね、シャル。僕の気持ち、ちゃんと伝えてあげられてなくて」

 シャーロットは目の前が暗くなるのを感じた。
 アローラの言っていた事は正しかった。
 ノアは、ただ恩があったからシャーロットと親しくしていただけなのだ。

 優しくしてくれるし、女の子として扱ってくれてもいるが、それはノアが良い人だからだ。
 シャーロットとここまで仲良くしてくれているのは、あくまで恩返しと義務感によるものだった。

(少しでも期待していた私が馬鹿だったのでしょうね……)

 シャーロットは自嘲の笑みを浮かべた。
 本当の意味でノアと親しくなっていたわけではなかった。
 彼は自分に対して、恋愛感情なんてこれぽっちも持ち合わせてはいなかった——

「シャルは僕にとっても特別で、大切な人だよ」
「……えっ?」

 今……彼は何と言った?

「す、すみません。もう一回言っていただいてよろしいでしょうか?」
「えー、結構恥ずかしいんだけど……意地悪?」
「ち、違います! ちょっとぼーっとしていて……」
「シャルは僕にとっても特別で、大切な人だって言ったんだ」

 ……あぁ、聞き間違いではなかった。
 シャーロットは心底ホッとした。
 溢れそうになる涙を、瞬きで押し留める。

「そう……だったんですね」
「そうだよ。もしかして僕が恩返しや義務感で仲良くしていると思った?」
「はい……」

 責められているような気分になり、シャーロットは視線を逸らした。

「そんなわけないじゃん」

 ノアは笑った。

「ただ恩を感じているだけの人と学校で四六時中一緒にいたり、看病したり、部屋の掃除の手伝いまですると思う?」
「それはっ、思いませんけどっ」
「でしょ? シャルの人柄を好ましく思ってるから一緒にいようとしたし、何かしてあげたいとも思ったんだよ。僕、シャルと一緒にいる時間を結構楽しんでいたんだけどなぁ」
「うっ……」

 冷静に考えればそうだ。
 ノアは恩返しのために偽りの笑みを浮かべるような人じゃない。

 それに、別に嫌われていたわけでもないのだから、そこまで悲観する事もなかった。
 カミラも、ノアがシャーロットを大切に思っているのは間違いないと断言してくれてもいた。

 それなのに、アローラの言葉に翻弄ほんろうされて勝手に落ち込んでしまった。
 自分はノアにとって取るに足らない存在なのだと思い込んでしまった。

 それが、ひとえにノアへの想いが強い故のネガティブ思考だった事を自覚したシャーロットは、恥じらいとともにうつむく事しかできなかった。

「まあけど、僕が言葉足らずだったのも原因だよね。ごめんね」
「……そうです。ノア君がはっきり言ってくれないのが悪いのです」
「ごめんごめん」

 ノアは全く悪くないのに、謝ってくれた。
 だめだ。もっと好きになってしまう。

「アローラ、ありがとね」
「はっ? 何が?」

 ノアの不意のお礼に対して、アローラが眉を寄せた。

「僕とシャルの関係を心配してくれてたんでしょ? でも、見てもらったらわかる通り、僕らは互いが望んで今の関係にいる。だから大丈夫だよ」
「……はっ?」
「それじゃ、これからより暗くなるし、僕らはここらで失礼するよ。アローラも気をつけてね。強いから大丈夫だとは思うけど、女の子なんだからさ」

 ノアがシャーロットの手を引いて、アローラの脇をすり抜ける。
 あまりにも自然に別れの言葉を言われて、アローラは呆然としていた。

「……あ、あんたらの関係なんてどうせすぐに終わるわよ!」

 背後から、そんな捨て台詞が聞こえてきた。



「昔はあんな子じゃなかったんだけどな……やっぱり力は人を変えちゃうのかな」

 そう溢すノアは寂しそうだった。

「ノア君は、その……アローラさんに対して未練などはないのですか?」
「情が全くないわけじゃないけど、おかげさまで気持ちの整理はついているよ。彼女とやり直したいとも思っていないし」
「そうですか……」

 シャーロットはホッと息を吐いた。
 それを、ノアは何か勘違いしたらしい。慌てて付け加えた。

「もちろん、シャルの事はアローラの代わりなんて思ってないからね? ステータスだけ見たら似てるけど、二人とも全くの別人だし。シャルはシャルだから」
「わかっていますよ。ノア君が私の事をちゃんと見ていてくださっているのはわかりましたから」

 そして、その瞳に宿る感情が恋情ではない事も。

(でも、今はそれでも良いのです)

 シャーロットは前向きに考える事ができた。
 自分にもチャンスがあるとわかったから。

「私も、誰かの代わりにノア君を選んだわけではありませんから。そもそも、ジェームズさんは一度言い寄られた際にお断りしていますし」
「えっ、そうだったの?」

 ノアの足が止まった。
 それほど衝撃だったのだろう。

「えぇ。皆さんには言わないでくださいね」
「それはもちろんだけど……じゃあ、どちらかというとスペアにされているのはアローラなのかもしれないね。何か色々複雑だなぁ」

 ノアが苦笑した。
 シャーロットは、繋いでいる手にそっと力を込めた。

「……僕は大丈夫だよ。ありがと」

 ノアが微笑んだ。
 伝えたい事はしっかりと伝わったようだ。



「送っていただいてありがとうございました。本日は本当に楽しかったです」
「僕も楽しかったよ。ごめんね、僕のせいで色々迷惑かけちゃって」

 きっとアローラの事を言っているのだろう。

「いえ、ノア君が謝る事ではありません。それに……ノア君が大切にしてくださっている、という事も確認できましたし」

 言葉にするのは恥ずかしいが、シャーロットは伝えなければならないと思った。
 ノアの言葉と気持ちはちゃんと受け取ったという事を。
 自分は一度、彼の気持ちを疑ってしまったのだから。

「ちゃんと伝わったなら良かった」

 逆光でノアの顔はよく見えないが、穏やかな表情を浮かべている事はわかった。

「またいつでも来てね。お義母さんもシャルの事をすごく気に入ったみたいだから」
「はい、またの機会にぜひ。その、ノア君も全然来ていただいて構いませんから」
「掃除係として?」
「違いますっ。そうではなくて——」
「冗談だよ」

 アハハ、とノアが笑った。
 揶揄われていた事に気づき、シャーロットの頬に再び熱が集まった。
 少し強めにノアの胸を叩く。

「痛いよ、シャル。ごめんて」

 頭を撫でられる。
 シャーロットはノアの事をジト目で睨んでみせた。

「ノア君。もしかして頭を撫でておけば万事解決、とか思っていませんか」
「まさか」

 ノアが首を振った。
 若干視線を逸らしている。
 ……少しは思っていたんですね。

「ま、それは置いておくとして、シャルの家にもまたお邪魔させてもらうよ」
「置いておかれるのは不愉快ですが、それはぜひ」
「それじゃ、また明日」
「はい。道中お気をつけて——あっ」

 シャーロットは、よりノアの道中の安全を確保するための妙案を思いついた。

「どうしたの?」
「少々お待ちください」

 家に入り、貴重品入れの中からあるものを取り出してノアの元に戻る。

「ノア君、これを」
「あっ、うん……貝?」

 シャーロットがノアに渡したのは、二枚貝の片割れだった。
 もう一方はシャーロットが持っている。

「ただの貝……じゃないよね。魔道具?」
「はい。契り貝と呼ばれるものです。魔力を込めると、対になっているもう一つの貝が反応します」

 実際にシャーロットが魔力を込めると、ノアの持っている貝が震えて発光した。
 おおっ、とノアが目を輝かせた。

「気に入っていただけましたか?」
「うん、面白いねこれ。けど、何で僕に?」
「防犯用です。もし身の危険を感じたら、魔力を込めてください。送っていただいた帰りに何かあったら寝覚めが悪いですから」
「ありがとう。受け取っておくよ。明日返せばいい?」
「いえ、そのままノア君が持っていてください」
「いいの? 高そうじゃない、これ」
「それがあれば、レヴィの一件のような事があってもすぐに駆けつけられますから」
「……ありがと」

 ノアがふっと微笑んだ。

「どういたしまして。ちなみにそれは本来なら、貴族の女の子が婚姻こんいんする時に相手の殿方に送るものですが、そんな重いものではないのでご安心ください」
「えっ、そんなものもらえないよ」
「いいのです」

 返そうとしてくるノアの手を押さえる。

「使い方なんて人それぞれですし、せっかく便利な機能がついているのですから、使わないともったいないです。それに——」

 シャーロットはハッと口を閉ざした。

「それに?」
「な、何でもありませんっ。とにかくそういう事ですから、気をつけてお帰りください。また明日っ!」

 シャーロットはノアの背中を押して帰路へ向かわせた。

「えっ、う、うん。ありがとねー」

 困惑しつつ、ノアは帰っていった。

 その姿が見えなくなると、シャーロットは家に駆け込んでソファーにダイブした。
 頬が熱を持ち、心臓がバクバク脈打っている。

「あ、危うく告白してしまうところでした……!」

 それに、ノア君なら本来の用途とも重なりますから——。
 そう言いかけたのだ。

 シャーロットも女の子だ。
 できれば彼の方から告白してほしいという思いもある。
 しかし、アローラも言っていたように、現在のシャーロットとノアでは気持ちに温度差があるのも事実だ。

「焦らず、じっくりいきましょう」

 あえて口に出してみる。
 昨日も同じような事をしたな、とシャーロットは苦笑した。
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