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第四章『恋惑』~揺れる記憶~

フェリデロード本家・アレクの内より這い出る存在……

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「魔力値……、身体機能に異常ありません」

「精神領域の乱れも……、現在の経過においては異常ありません」

 中央の光る大きな円盤に身体を寝かせたアレクさんの診察が始まると、空中に浮かんでいる映像に次々と文字や、ゼロを示していた数値にも変化が表れた。
 術者の人達が何度も数値を測り直し、検査の類も同時に平行して行っていく。
 アレクさんは患者としての不安や負担を軽減する為に、浅い眠りに落ちるように術が行使されているのだけど、見守っている私の方は、今のところ異常なしという言葉に不安が募っていく。
 身体的にも、精神的にも、何もなければ……、次は魂への干渉が始まる。
 ルイヴェルさんを通して、一応、魂に干渉をする際は十分に注意をしてほしいと、昨夜の事も併せて話しておいたけど……。
 やっぱり鼓動は不安に鳴り響くばかりで、心配が消える事はない。

「ユキ姫様、大丈夫ですか?」

「は、はい……。大丈夫、です」

「ユキさん、やっぱり別室で結果が出るのを待っていた方が良くありませんか? 顔色……、悪いですよ。体調にも悪影響が出ているんじゃないですか?」

 セレスフィーナさんとフィルクさんが、私を支えるように手をかけてくれたけれど、私は首を振ってそれを遠慮した。
 正直、胸の奥が……、奇妙な不安と共に不快な感覚を覚え始めている。
 だけど、ここで別室に逃げてしまったら、一人で頑張っているアレクさんに申し訳が立たない。
 
「アレクさんが目覚めた時、その手を握ってあげられるように、私はここにいます」

「ユキ姫様……」

「ユキさん、……じゃあ、気分が悪くて耐えられなくなったら言ってください。僕達が、傍で支えますから」

「フィルクさん……、ありがとうございます」

 心配してくれているセレスフィーナさんとフィルクさんに頭を下げ、私は心を強くもつように深呼吸を繰り返すと、改めて目の前の光景を見守り続けた。
 術者の人達が巨大な陣を複数で構成する為に空間の端にそれぞれ広がっていく。
 アレクさんの傍には、レゼノスさんとルイヴェルさん、それからディークさんが残った。複数の色彩が混じった輝きが陣を発動させ、対象であるアレクさんに変化をもたらす。

「あれが……、アレクさんの魂」

 アレクさんの胸の中心から、誘(いざな)われるように蒼銀の輝きが宙へと導かれるのが見えた。
 魂なんて見た事もないけれど、人魂という形じゃない。
 上手く言葉には言い表せられないけれど、星屑のような煌きがアレクさんの周囲を取り巻いて、やがて……、その胸の中心にひとつの存在が生まれた。
 星屑の色よりも濃い、蒼銀の……、まるで、ひとつの核のような存在感を放つ、『結晶』。それはすぐに紋章のような形に変化し、私達の心を奪った。

「私も、前に人の魂を見た事はありますが……、これは」

「セレスフィーナさん?」

 彼女の方に視線を移すと、感動とはまた違う、畏怖の念を抱くように、彼女は震え始めた。術者の人達も、その目に驚愕の気配を浮かべ、同じように動きを止めている。アレクさんの方に視線を戻すと、驚いた事に……、蒼銀の星屑は徐々に範囲を広げ、この空間中に広がり始めた。どういう事?
 これが普通の事なのか、異常な事態なのか、私にはわからない。
 だけど、変化は目に見えて大きくなっていく。

「アレクさん……」

 この空間一帯が、ううん、もしかしたら、この大神殿中に広がっているのかもしれない、アレクさんの魂の煌波。
 まるで別世界に立っているかのような心地で状況を見守っていると、中心にあった一際強い輝きを宿した紋章に、変化が表れ始めた。
 人の姿を象るように、徐々に輪郭を帯びていくその何かの紋章は、やがて、アレクさんとそっくりな姿をとった。魂自体がアレクさんのものなのだから、別にその姿をしていても変ではない、とは思うのだけど……。

「髪の長い、アレクさん……?」

 先日、髪を切ったはずのアレクさんだけど、魂がとったその姿は、腰よりも長い銀髪を煌めきの中に泳がせている。
 服装も騎士服でも私服でもない、民族衣装のような物。
 姿は同じ……。だけど、纏っている空気が違う。
 決して穢してはならないと、そう思わせるような、神秘と威厳の気配を強く匂わせる存在をしているように思える。
 ゆっくりと開いた瞼の奥、やはり、その色もアレクさんとは変わらない、深い、蒼の双眸。意識があるのか、その存在は私達をぐるりと流し見ると、真下にいるアレクさんを見下ろした。

「アレク……」

 ルイヴェルさんがアレクさんそっくりのその姿に声をかけると、アレクさんの魂は意識をそちらへと向けた。

『…………』

「お前は、アレクではないな? アレクの魂に刻まれた記憶のひとつ、そうだろう?」

『俺は、アレクディース・アメジスティーの、記憶の欠片。だが、別物ではない』

「どういう意味だ?」

『導け。アレクディースの中に眠る、本来の姿を取り戻すために』

 訝しむルイヴェルさんから視線を外し、アレクさんの魂はその指先で宙に何かを描き出す仕草を行うと、直後、その場にいた術者の皆さんが地面に膝を着き、頭を押さえた。あのレゼノスおじ様まで辛そうな表情を纏い、低く呻いている。
 
「うっ……」

 セレスフィーナさんも私の隣で膝を着き、苦しそうに息を吐き出している。
 
「大丈夫ですよ、ユキさん。複雑な術式を頭の中に直接伝えられるのと同じで、一時的なものですから……」

「フィルク、さん?」

 彼女の傍に背を屈めた私に声をかけてきたフィルクさんに振り向くと、安心させてくれるような微笑が見えた。突然の事態に動揺してもいいはずなのに、彼は全く動じていない。
 フィルクさんがセレスフィーナさんの額に指先を添え小さく何かを呟くと、彼女の顔から苦痛の気配が掻き消えていった。

「フィル、ク……」

「すみません……。訳は後で話しますから」

「フィルクさん……」

 記憶を失くしていたはずの彼の瞳には、自身の存在を肯定する、確かな力強さがある。私達とは違い、この現状を正しく理解しているかのような顔つきだった。
 静かにルイヴェルさん達の方に歩いていくフィルクさんに、私とセレスフィーナさんは息を呑む。

「ルイヴェルさん、申し訳ないんですけど……、アレクさんの魂が伝えた術式は、絶対に行使しないでください」

「当たり前だ。こんなもの……っ、何も知らずに使えるものか」

 深緑の双眸に疑心を抱くルイヴェルさんに、フィルクさんは真剣な眼差しで言葉を続ける。

「はい。使ってしまえば、事態は最悪の方向に向かってしまったでしょうからね。それに……、彼は『違う』」

「フィルク?」

 フィルクさんが敵意を持って睨み付けた先で、アレクさんとよく似た顔をしたそれが、ニヤリと醜悪な笑みを浮かべるのが見えた。

「一時的に、本当の彼を抑え込んで出て来たんだろう? 『ディオノアード』」

 ディオノアード……?
 その言葉を受けたアレクそっくりの姿に、その肌に、一瞬にして黒い紋様が這っていく。カインさんが禁呪に侵されていた時と同じような光景だ。
 自分に向って伸ばされた腕をフィルクさんが打ち払い、私達が聞いた事もない詠唱の音がその唇から紡がれる。

「『あの御方』は、非常に不安定な存在となっている……。それに付け込んで事を成そうとするなど……、相変わらずの悪趣味だね?」

 がらりと口調の変わったフィルクさんが、忌々しそうに眉を顰めたアレクさんの魂に雷撃のような一撃を叩きつける!
 ディオノアードと呼ばれた存在から発された、苦痛の絶叫。
 何が起こっているのか……、わからない……、わから、ない。……ホントウ、ニ?
 セレスフィーナさんに支えられながら場を見守っていた私は、そう自問する声を自分の一番奥で聞いたような気がした。

「え……? なん……、なの?」

 わからない、という不安に、わからない、はずがない、と否定する声も、再び後に続いて聞こえてくる。何、……これ。

「ユキ姫様、私の傍を離れないでください」

「は、はいっ」

 声が消えていく。どこか遠くに吸い込まれかけていた意識がハッキリと現実に固定され、ほっと息を吐けた。
 だけど、術の発動と共に巻き起こった突風に煽られ、私達は耐えきれず後ろの壁に叩きつけられてしまう。
 それは、他の術者の人達も同じで、あちらこちらで苦痛の声が漏れ聞こえてくる。
 目も開けてはいられないくらいの衝撃に、私は骨が軋むような痛みを覚えながら、やがて突風が収まった瞬間に、前へと倒れ込んだ。

「ユキ姫様……、ご無事、です、か」

「はい……、セレスフィーナさん、は?」

「大丈夫、です……。ですが、フィルクと、あの恐ろしい変化を遂げた存在は一体……っ」

 よろりと立ち上がり、私の方へと急いで傍に寄って来てくれたセレスフィーナさんが、自分の腕の中に私を庇ってくれた。
 荒く息を吐きながら定めた視線の先では、ディオノアードと呼ばれたそれが、苦悶に呻きながらフィルクさんを睨みつけている姿が見える。
 ディオノアード……、それは、夢の中であの女性が言っていた言葉。
 その欠片を集めさせてはいけないと、忠告された存在。
 それが何なのか判明する前に、目の前に現れてしまった……。

「……思い出した。ディオノアードとは、古の時代、それよりも遥か昔……、もう、貴重な文献の中にも限られた物の中にしか記されていない名だ」

「父さん……?」

 私達とは違い、膝を屈する事のなかったレゼノスおじ様が、信じられない物を前にしたような、微かに震えた声音でその音を口にした。

「ディオノアード……、それは、十二の災厄のひとつ、『ディオノアードの鏡』の事だ。十二のそれらは、元は一人の神だったと聞くが、個々の器に封じられ……、神々の世界にて浄化の眠りに就いたと、『悪しき存在達』よりも昔の時代の為、完全なお伽噺の類だと信じられてきたが……」

「それが、現実の話だったって事かよ……っ」
 
 レゼノスおじ様の言葉に、ディークさんとルイヴェルさんが目に見えてわかる舌打ちを響かせた。
 それに頷いたフィルクさんが、ディオノアードを動けないように封じたまま、説明を補足する。

「その封印が解き放たれたのが、古の『悪しき存在』との戦いが起こる前……。正確に言えば、神々の一人がディオノアードの魔性に魅入られ、封印を解いた。神々の一派を洗脳し、彼らが愛していたエリュセードの地を蹂躙し、世界を消し去ろうと目論み、敗れた……」

「フィルク……、何故お前が、そんな事を知っている?」

 ルイヴェルさんの問いは当然だ。フィルクさんの声音には、まるで当時の事を見聞きしていたかのような深い哀愁の気配が感じ取れた。
 彼は寂しげに笑うと、「当然だよ……」と、自分の胸に右手を添えた。

「君達も知っているはずだよ。『悪しき存在』を封じる事が出来たのは、『裏切り者』が出たから……。洗脳を打ち破り、正気を取り戻し事態の収束に動いた神が」

「まさか……」

 その言葉にルイヴェルさんが息を呑む。
 私達も、まさか……と、その続きを加速する鼓動と共に待つ。
 昔を知っている存在、『悪しき存在』を裏切った、かつての離反者。
 フィルクさんの温かなブラウンの双眸に浮かぶ、寂しそうな気配。

「俺は、ディオノアードに汚染された存在……。呪いを受け、愛する者達を裏切った報いとして、ディオノアードの封印を見張り、そのままの存在として生き続けて来た者……」

「フィルクさん、貴方は……、そんなにも永い時を、生き続けて来たというんですか?」

 セレスフィーナさんに支えられ彼の許に歩み寄って行くと、静かに肯定の頷きを返された。すぐ目の前に見えたディオノアードが、嘲笑うように呟く。

『お前の中にも、ディオノアードの欠片が在るだろう? 俺の一部が……』

「残念だったね。俺の中に在るディオノアードは、もう完全に浄化済みだ。挑発しても無駄だよ。君の声には応えない」

『くそ……っ』

「ディオノアード、お前だって……、アレクディースが完全なる状態であれば、こんな風に存在を形成する事は出来なかったはずだ。だが、それも僅かの間の事。地上の民の力を借りられなくなった以上、もう終わりだよ」

 何をしても無駄。フィルクさんがディオノアードを縛る拘束力を強め、レゼノスおじ様達に視線だけを向け言った。

「このディオノアードは俺の中に封じるよ。手伝って貰えるかな?」

「それは別にいいんだけどよ。あとでちゃんと一から順に説明しろよ」

「それは勿論。皆に術式を流し込むけど、大丈夫。さっきみたいな事にはならないからね」

 周囲の術者の皆さんが、その言葉にほっとする気配が伝わってくる。
 だけど、フィルクさんの言葉を信じていいのかどうか、誰の心にも疑心と不安が少なからず渦巻いているのは確かだ。
 深緑の双眸に思案する気配を浮かべながら、ルイヴェルさんが尋ねる。

「フィルク……、お前を信じてもいいという確証はあるか?」

「疑うのは当然、かな……。だけど、俺は君達を……、いや、絶対的な心を示すなら、こう誓おう。俺は、……を、ユキさんを傷付けない。絶対に、もう、二度と」

 真偽を確かめようとしているルイヴェルさん達にではなく、フィルクさんが見つめた先にいたのは私だった。……どう、して? どうして、そんな風に、……。

「フィル……」

 辛くて泣き出してしまいそうな、すぐに駆け寄って抱き締めてあげたくなるような表情。その訳を尋ねる前に、フィルクさんは私から視線を外してしまった。
 ルイヴェルさんが瞼を閉じ、考え込む、というよりは、何かを見定めるような気配で数秒の時を過ごし、――そして。

「父さん、ディーク、やるぞ」

「ふぅ……。お前は相変わらずユキ姫様の事を出されると弱いな」

「叔父貴、弱いっつーか、むしろルイヴェルのこれは、ちょろい、が正解じゃないか?」

「確かにな。……だが、フィルクの目に、想いに、偽りはない。私にはそう感じられる。ディーク、お前も私と同じ見解を見出したからこそ、すんなりと提案を受け入れたのだろう?」
 
「こっちも色々見てきてるからな……。まぁ、ヤバイ結果は出ないだろうさ」

 現状を把握出来ずにいる私や他の術者さん達とは違い、フェリデロード家の三人は冷静そのものの様子でフィルクさんの提案を受け入れている。
 あの三人が大丈夫と言ってくれるなら、多分、何も心配はいらないのだろうけれど……。この異世界には……、本当に、神様がいたんだ。
 心配そうに私と三人の方を交互に見たセレスフィーナさんにそう尋ねながら、私は感じていた。――私は、何を当然の事を言っているのだろうか、と。
 幼い頃も、この世界に移住してからも……、神様という存在に出会った事なんて。

「――ですから、私達も神という存在にお会いした事は……、ユキ姫様?」

「…………」

 アレクさんの周囲に集まっているルイヴェルさん達が詠唱を始めていく姿をぼんやりと眺めながら、徐々に……、周囲の音や景色が遠くなって。

『……様、ユキ……、って、……さいっ』

『まったく、……は、……なんですから、……ふふ、……すね』

 ここには咲いていないはずの、甘い、お花の匂いが鼻先に届く気がして、……誰かの楽しそうな声が、伸ばされてくるぬくもりの気配が。
 
「ユキ姫様っ!」

「……あ」

 今、自分がどうなっているのかもわからず、無意識に伸ばしていた両手。
 セレスフィーナさんの焦っているかのような声に反応して現実に戻ってきた私は、瞬きを繰り返しながら両手を引いた。

「大丈夫ですか? どこかお具合でも」

「いえ、……何でもありません。すみません、ご心配をおかけしてしまって」

「ユキ姫様……」

 視線だけを向けてきたルイヴェルさん達に私は両手を横に振って「大丈夫です!」と大慌てで答える。大丈夫、大丈夫……。
 胸を打ち鳴らす早鐘の音を鎮めながら、セレスフィーナさんにも笑顔を返す。
 さっき、……自分が何を見たのか。何を感じたのか。
 確かに何かが見えたはずなのに、一秒ごとに霞がかっていく光景。
 誰かに話しかけられていた気がする。とても、良い匂いがする……、懐かしい、場所で……。だけど、覚えていられたのはそれだけ。
 自分の両手野平を見下ろしながら、見えていたものの存在に意識を向けていた私は、大きく響き渡った耳障りな絶叫にまた現実へと連れ戻されてしまった。
 アレクさんの姿をしているディオノアードが、ルイヴェルさん達が創り出した巨大な陣の光を受け、激しく悶え苦しんでいる。

「暫し眠れ……。災い成すその身に、救いが訪れるその時まで」

「グァアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!!!!!!!!!!!」

 陣の中央から逃れようと身を捩り叫ぶディオノアードだけど、発動された術に抗う術(すべ)はなく……。

「――え?」

 このまま、フィルクさん達の思惑通りに封じが成功すると思った刹那。
 ディオノアードが涙を流しながら、――私に向かって手を伸ばしてきた。
 泣いて縋る子供のように、彼が叫ぶ。

「さ、ま……っ、カァ、サマ……!! 母様ぁあああああああああっ!!」

「――っ!!」

 光となって消える寸前まで、ディオノアードがその瞳に捉え、助けを求めていたのは……、わた、し? 気のせいだろうか? それとも、ディオノアードが見ていたものが、私には見えなかっただけ? ……でも。
 確かに、私を見ていた、求めていたという確信が、胸の中に在った。

『母、……様っ!!』

「――っ」

 母様、って……、何? 
 胸の奥からこみ上げてきた吐き気と共に、私はその場に崩れ落ちた。

「ユキ姫様!!」

「うぅっ……、はぁ、はぁ」

 気持ちが悪い……っ。自分の存在が、ぐちゃぐちゃに掻き回されてしまうかのような、不安定な感覚が私を襲ってくる。
 術を終えたフィルクさんがゆっくりと瞼を開き、倒れ込んでしまった私に心配そうな視線を向け、ぐっと自分の中の何かに耐えようとする姿が見えた。

「父さん、ディーク、フィルクを頼む」

 禍々しい光の星屑となったディオノアードをその体内に取り込んだフィルクさんが膝を着いた直後、ルイヴェルさんがレゼノスおじ様達に後を任せ、私の方に駆け寄ってきてくれた。

「ルイ、ヴェル……、さん。私の、……事、は、いい、です、から、……フィルクさん、を」

「安心しろ。俺よりも腕の良い医者が二人もついている。……セレス姉さん、ユキを外に連れて行く。同行してくれ」

「ええ。わかったわ」

 立ち上がる力を持てない私をルイヴェルさんが横向きに抱き上げ、少し焦った様子で走り出す。私が説得力のない弱々しい声で「大丈夫、です……、から」と訴えたのも不味かったのだろう。私に対して過保護な王宮医師様達の緊張具合が強まった気配を感じると、目の前に銀緑の光が溢れ――。

 そして、数時間後。治療を受け眠りから目覚めた私にもたらされたのは、思いもかけない真実だった。

 ――アレクさんが、この異世界エリュセードに存在する、神の転生体である、と。
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