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第三章『魔獣』~希望を喰らう負の残影~
玉座の間でのひととき
しおりを挟む「ユキ、朝早くからすまぬな」
「いえ、明後日にはウォルヴァンシアへ戻りますし、その前にお会いできて良かったです」
食事を終え、玉座の間へとやって来た私達を出迎えてくれたのは、本来の大人の姿から少女のそれへと変化したディアーネスさんとシュディエーラさん達だった。
治療を終え、ゆっくり休む暇もなくお仕事に復帰したサージェスさんとクラウディオさんの姿もある。お二人とも、まだ身体の調子が元通りにとはいかないはずなのに、しっかりとした立ち姿を見せていた。
「本来であれば、このガデルフォーンの歴史や文化、その息吹を感じられる場所に連れて行ってやるつもりではあったが、それも満足にしてやれず、すまなかったな」
「そんな事ありません。このガデルフォーンで、私は色々な事を学ばせて頂きました。魔術も少しではありますけど、ちゃんと使えるようになりましたし、この国の皆さんには、とても大事な事を沢山教えて頂きました。本当に、ありがとうございました。ウォルヴァンシアに戻っても、教えて頂いた事を無駄にしないよう、努力を続けていきたいと思います」
皆さんに向かって深く頭を下げていると、斜め前の方から声がかかった。
「残念ですね。私と団長も、ユキ姫殿と色々とお話をしたかったのですが……」
顔を上げてそちらの方に目を向けると、銀の髪に眼鏡を纏う冷たい美貌の男性、ガデルフォーン魔術師団の副団長、シルヴェストさんがその表情を和らげて私を見ていた。
シルヴェストさんは私の前まで歩いてくると、どこから出したのか、その両手に可愛らしいウサギの人形を抱いて、差し出してきた。
「またいずれ、お会い出来る日を願って……」
「シルヴェストさん、ありがとうございます。大切にしますね」
薄桃色のもこもこウサギ人形……。目の前のシルヴェストさんが作ったとは思えないほどの愛らしさに微笑むと、私はそれを胸に抱き締めた。
シルヴェストさんと、それから、団長であるヴェルクさんとはあまりお話出来なかったけど、また機会があれば、ゆっくりと腰を据えてお話がしたいと思う。
それはお二人に限らず、サージェスさんやシュディエーラさん、皆さんに対しても同じ。沢山の経験と、それぞれが抱く知識や考えを、もっと時間をかけて、知りたかった。
「ディアーネスさん、私、これからも頑張ります。少しでも、皆さんに教えて頂いた事が生かせるように、自分というものを磨いていきます」
「この国に来た時よりも、顔つきが変わったな……。また何か、お前の役に立つ事があれば、ガデルフォーンに訪れると良い。楽しみにしているぞ」
たったの一ヶ月……。そのはずだったのに、魔獣とあの子供達の件で、遊学の期間はたった十日ほどで終わりを告げ、残りの半月は不穏に呑み込まれてしまった。
その過ごした日数よりも濃く、不安と不穏に満たされた出来事の数々……。
一生分の大事(おおごと)を味わった気もするけれど、これがまだ始まりに過ぎない事を、心の奥で感じている。
きっと、ウォルヴァンシアに戻った後も、不穏の影は徐々にその姿を現し始めるのだろう。だけど、それを恐れて不安ばかりに心を満たされている場合じゃない。
ウォルヴァンシアに戻ったら、自分に出来る事を確実に増やしていけるように行動を起こしていかなければ。そんな思いと共にディアーネスさんの言葉に頷くと、彼女が私に手招きをして呼び寄せた。
「ユキよ、これを、そなたに授けよう」
「これは……、短剣、ですか?」
それも、一振りじゃない。ディアーネスさんが私の両手に授けてくれたのは、二つの短剣。
別々というよりも、元から二つでひとつのペアで作られたのだろう。
その刀身を包む鞘は全く同じ物だった。そのひとつをディアーネスさんがその手に取り、慣れた手つきで鞘を引き抜いた。
銀の刀身に複雑な紋様が流れるように沿って刻まれている鋭利な剣……。
それは、私の目の前で紫の光を纏い、淡く光り始めた。
「これは、持ち主の魔力を受けて真価を発揮する武器だ。我が母から受け継いだ物のひとつだが、これより先、お前の助けの一つとして役に立つ事もあるだろう。持って行くが良い」
「お母様の……、そんな大事な物を、いいんですか?」
「構わん。我にはもう必要のない物だ。剣技の腕を磨くかはお前次第だが、持っていて損という事もないだろうからな」
そう小さく笑みを刻んだディアーネスさんが刀身を鞘に直すと、私の手にそれを置いた。
そして、短く詠唱の声が彼女の唇から零れ落ち、二つの短剣が宙へと浮き上がったかと思うと……。
「え……」
二つの短剣が光へとその姿を変え、一瞬の後に私の胸へと吸い込まれてしまった。
物理的な感触は全くなくて、本当に……、すぅっ……と、消えてしまったのだ。
驚いて自分の胸の辺りに触れている私に、すぐ後ろから微笑ましそうな声が補足を入れてくれた。
「ユキ姫、心配する事はないぞ。その短剣はユキ姫の体内にある魔力領域で眠りに就いただけだ。新しい主と絆を結ぶ為にな。時が来ればまた表に出てくる」
「そ、そう……、なん、です、か」
び、吃驚した……。自分の身体から光が出るのには慣れ始めていたのに、今度は武器の類が自分の中に吸い込まれるなんて……。まさに、ファンタジー。
ラシュディースさんからの説明で納得した私は、補足を幾つか貰い、ディアーネスさんにお礼を言って、アレクさん達のいる方へと戻って行った。
自分の中に武器が眠っているなんて不思議な気分だけど、ウォルヴァンシアに戻ったら、アレクさんに剣術を習ってみるのもいいかもしれない。
「それと、明日の夜に、臣下達への労いの宴を開く。お前達も参加していくと良い。ガデルフォーンで過ごす……、最後の夜となるだろうからな」
「はい。是非、参加させて頂きますね」
「はぁ~……、ようやくウォルヴァンシアに戻れるかと思うと、なんかガクッと力が抜けるよなぁ……。鬼畜な騎士にボコられまくった日々と、ようやくおさらば……」
「え? 何言ってるのかなー、皇子君? 君、向うに戻っても、週三でこっち通い決定してるからね?」
厳しい修行の日々から解放される……。
そう、しみじみとしながら笑ったカインさんの希望を別方向から容赦なく木端微塵にしたのは、他でもない、鬼畜と称されたサージェスさんだ。
にっこりと曇りのない笑顔で、親指を立てているところといい、これからもカインさんをその手で鍛える気満々だ。
「何言ってんだあああああああ!! テメェの修行は遊学期間限定の話だろうが!!」
「心配するな、カイン。ガデルフォーンへの送迎は俺が手配してやろう」
「お前も余裕顔で恐ろしい事口にしてんじゃねぇよ!! ルイヴェルぅううう!!」
「か、カイン皇子、女帝陛下の前なんだ。少しは落ち着いて……」
うがーっ!! と、地獄の宣告に発狂してしまったカインさんが、背後に控えていたルイヴェルさんに掴みかかっていきそうなのを、レイル君が必死に宥めにかかる。
確かに、あの厳しい修行の数々をこれからも、と思うと、流石に耐え切れない何かがあるんだろうなぁ。私がカインさんの立場でも、ちょっと泣いてしまいそうかもしれない。
アレクさんの方は、カインさんの様子を呆れ混じりに一瞥しただけで、特にコメントはなし。
「おい、馬鹿弟子。ウォルヴァンシアでも楽出来ると思うなよ? これから何が待ち構えてるかわからねぇんだ。師匠の俺が、みっちり鍛えてやるからな」
「休みなしか!? 俺を修行で潰しまくる気か!! この鬼畜共が!!」
さらに追加で、本家お師匠様であるディークさんからの宣告。
他人事ながら、私も流石に同情せざるをえなかった……。
そこまでして過酷な修行が必要なのか、と、不穏を前にする以前であれば、私も止めに入れたのだけど……。
あの不穏を抱く子供達の存在が明らかとなった以上、何が起こっても大丈夫なように、努力は確かに必要だ。それに、サージェスさんとディークさんも、決してカインさんを虐げているわけではないのだろう。
一度、偽物に囚われ、とんでもない場所に放置されてしまったカインさんは、また次の標的とならない保証もない。
何があっても対処出来る強さを、早い段階で身に着けさせておきたいに違いない、私には、そう思えた。
(何だかんだ言って、二人ともカインさんの事を心配してるんだろうなぁ……)
心を鬼にして、弟子を厳しい荒波の中で育て上げるお師匠様二人……。
うん、とっても感動的だ。
と、そんな微笑ましい事を考えていた事がバレたのだろう。
カインさんが半眼になって私を睨んできた。
「ユキ……、今、すげぇ気色の悪い事考えなかったか? お前」
「え? な、何も思ってませんよっ。サージェスさんとディークさんが、本当はカインさんの事を可愛いがってるとか、師弟関係万歳とか、そんな事はっ」
「ユキちゃーん、そんな本当の事を言い当てられちゃうと照れちゃうよー」
「テメェは黙ってろおおお!!」
ほ、本当にカインさんって、女性相手にでも容赦がないというか……。
私の両肩をその手で掴んで、猛抗議の声と共にガクガクと揺さぶりにかかってきた。め、目が回る……っ。
揺さぶられながら謝罪の言葉を震える声でカインさんに投げかけていると、アレクさんがそれを見兼ねて、止めに入ってくれた。
「ユキに乱暴な真似をするな……」
「あ、アレクさん……、わ、私なら大丈夫ですから。だけど、サージェスさんとディークさんがカインさんの事を想ってくれているのは、本当だな~と思うんですよね」
「だああああ!! そんな訳ねぇだろうが!! ディークの方は、俺が小せぇ頃からの付き合いだから情はあるだろうが、あの鬼畜サージェスに限ってそれはねぇええええ!!」
きっとあると思いますよ? その言葉はあえて言わず、サージェスさんの方に視線を向ければ、「ん?」と、わかっているはずなのに、爽やかな仕草でかわされてしまった。
それを言葉にする事も出来るはずなのに、茶化すようにしか言わないのは、サージェスさんの照れ隠しなのかもしれない。
……カインさんを鍛錬場に連れて行く時のサージェスさんは、とても楽しそうだったし、怒鳴っているカインさんを見る眼差しが、ディークさんと同じ……、やんちゃな弟を見守るお兄さんの優しいそれと、よく似ていたから。
「騒ぐのであれば、この玉座の間を出てからにせよ」
「あ、すみません……。えっと、最後にひとつ、いいですか?」
「何だ?」
諌める声を投げたディアーネスさんの方に向き、私は居住まいを正した。
これについては聞くべきかどうか迷っていたのだけど……。
一度クラウディオさんの様子を窺ってから、それを口にする。
「ユリウスさんの行方は……、まだ、掴めないんでしょうか」
それと、ガデルフォーンの皇子様達の魂が取り込まれた器の青年の行方……。
魔獣の件が片付いた後、難しい事は全て自分達に任せておくようにと、レイフィード叔父さんとお父さんに言われていたのだけど、どうしても最後に聞いておきたかった……。
何の為にユリウスさん達を攫ったのか、その目的もはっきりしていない上、これから先、どんな形で利用されるかと思うと……、胸が痛い。
「生憎とな……。あやつらは、ユリウスと兄上達の魂をその手中に収め、何処かへと姿を消した……。このガデルフォーンに留まっているのか、それとも、エリュセードの表側に出たか……、定かではない」
「私達も捜索の手を放ってはおりますが、容易には尻尾を掴ませてはくれないようです……」
ディアーネスさんの隣で憂い顔に沈んだシュディエーラさんの顔色は悪い。
休む暇もなく、事後処理に追われていたからだろう。
今ガデルフォーンの各地では、魔獣の復活に際し使用された『場』の浄化が行われている。
黒銀の力に包まれ、大量の瘴気をガデルディウスの神殿に運んでいたその道も、全て。
避難していた人達も徐々に自分の生活に戻って来てはいるけれど、浄化の住んでいない区域の人達はまだ戻る事が出来ていないと聞いている。
「そうです、か……」
「小娘が気にする必要はない。ガデルフォーンの問題は自国で片を着ける。お前はさっさと荷造りでもして、ウォルヴァンシアに帰れ」
「クラウディオさん……」
冷たい突き放すような声音だったけど、本当はこの場の誰よりも友人であるユリウスさんの事が心配で堪らないはずだ。
今どこでどうしているのか、辛い目に遭わされてはいないかと、心を引き裂かれるほどに不安と心配でいっぱいのはず……。
それを抑えてでも、魔術師団の仕事に向き合い、クラウディオさんは自分を律しているというのに……。今その心が、一瞬だけど大きく揺らいだような気配を感じた。 今私が聞いてしまった事は、不用意に彼の心を傷付けてしまっただけなのかもしれない。
反省の念を抱いた私は、ディアーネスさん達に退出の旨を告げ、玉座の間を出る事になった。
(はぁ……、駄目だなぁ、私)
それを言葉にしない事で均衡を保つ事が出来るという事もあるのだと、すっかり失念していた。
自分が気になるからと言って、やっぱりクラウディオさんの前ではやめておくべきだったのに。
「おい、小娘」
「え? く、クラウディオ、さん?」
玉座の間を出ようとした矢先、扉の前で私の腕が誰かに掴まれたかと思うと、クラウディオさんに引き止められてしまった。
顔は険しいままのそれだけど、僅かに頬が赤いというか……。
一体どうしたのだろうと向き直れば、クラウディオさんは自分の懐から何かを取り出した。
「……礼だ」
「はい?」
私の手の中に押し付けられたそれは、ラッピングされた可愛らしい袋だった。
しっかりとそれを私の手に握らせた後、クラウディオさんはそれ以上何も言わず、スタスタと魔術師団の団長であるヴェルクさんの許に行ってしまった。
……今のは、何?
「相変わらず、素直になれない性分のようだな」
「あ、ルイヴェルさん。あの、これ……、貰ってもいいんでしょうか」
ラッピングされた袋に戸惑っている私に、先に玉座の間を出たはずのルイヴェルさんがいつの間にか傍に来て、「クラウディオが押し付けてきたんだ。貰う以外に選択肢はないだろう」と、何だか楽しそうな笑みを寄越してきた。
でも、クラウディオさんに何かを貰う理由が……。
ラッピングの袋を結んでいたリボンを解くと、中には、丸い玉が幾つも繋げられて作られたブレスレットが入っていた。
ピンク色の、可愛らしいブレスレットだ。
だけど、どうしてこんな女の子らしい物を、クラウディオさんが私に贈ってきたのだろうか? 疑問と共に袋の中を探ってみると、出てきたのは一枚のメッセージカード……。そこには、エリュセードの文字で『ありがとう』と一言だけ書かれていた。
何で、クラウディオさんが私にお礼を?
「前に玉座の間で、お前がクラウディオに喝を入れた事があっただろう? あれだ」
「え……、で、でも、あの時は、何も出来ない立場の私が偉そうな事を、って、あとで結構反省してたんですけど……」
間違ってもこんな素敵な贈り物を貰える立場にはないはずだ。
ブレスレットを眺めながら困惑していると、絶対に返すような真似はするなとルイヴェルさんに言い含められてしまった。
これは、クラウディオさんが自分の意思で、私に対する感謝を表した証なのだから、と。
「ご丁寧な事に、守護の効果までつけてあるようだからな。今後、役に立つ事もあるだろう」
「何だか、申し訳ない気持ちになってしまうんですけど……」
「気にするな。あの時のクラウディオは、片割れのユリウスを助けに行けない自分の無力さに打ちのめされ、精神的に不味い状態だったからな……」
ルイヴェルさんの話によると、クラウディオさんは魔術師としての腕は良いものの、その精神の未熟さが目立ち、無意識に友人であるユリウスさんに依存でしていたところがあったらしい。
そのユリウスさんの安否がわからなくなって、助けに行く事も出来ない自分を心中で一気に責めたてたクラウディオさんは、あのまま放っておけば、使い物にならなくなった可能性もある、と。
だから、どんな感情であれ、クラウディオさんの意識を現実に向けさせた事が、結果的に良かったのだと、そう聞かされた。
「わかりました……。大切に、使わせてもらいます」
「そうしてやれ」
ブレスレットを袋の中に戻し、私はルイヴェルさんと共に玉座の間の外で待っているアレクさん達の所に向かおうと歩き出した。
しかし、今度はその行く手を阻むかのように……。
「セレスフィーナ殿、自国にも戻らず暇なのでしたら、あとで私の研究資料の整理でも手伝って頂けますか? きっと無意味に時間を過ごすよりは有意義な時間ですよ」
「ふふ……、お断りします。こう見えて、かなり多忙な身の上ですから」
……入口の所で、セレスフィーナさんと、ガデルフォーン魔術師団副団長のシルヴェストさんが互いに笑顔で問答を繰り広げて始めた。
主に、シルヴェストさんが嫌味的な物言いでセレスフィーナさんの御機嫌を損ねているような気しかしないのだけど……。
自分と一緒に来るように誘っているようにも、見える、かな?
アレクさんが宥めようと介入のタイミングを見計らっているけれど、セレスフィーナさん達のヒートアップしていく毒舌合戦のせいで、仕方なく引き下がる様子を見せた。
カインさんは眠そうに欠伸を零しているし、レイル君は頬を掻いて見守っているだけ。
サージェスさんに至っては、「君達仲良いねー」と、微笑ましそうに二人を観察している。
「ルイヴェルさん……、あれ、なんですか?」
「放っておいてもすぐに収まる光景だ。極稀にしか見られないものだが……、あの調子では一生かかっても、セレス姉さんに想いが届く事はないだろう」
「え……、それって、まさか……」
やれやれと、二人の喧嘩を仕方なく止めに歩き出したルイヴェルさんの背中に声をかけると、深緑の双眸が私の方に振り返り、人差し指がその唇に添えられた。
黙っておけと、そう言いたいのだろう。
一見して喧嘩をしているだけの二人にしか見えない光景だけど、どうやらシルヴェストさんの方は、その毒舌に紛れて、セレスフィーナさんへのある種の感情を届けようとしているようだ。……全然届いてませんよ~。
(好意の表し方って……、難しいなぁ)
ストレートな愛の告白や、優しさだけが相手への行為の表し方ではないのだなと、またひとつ学んだ気がする。アレクさんとカインさんの、私に対する接し方が違うように、シルヴェストさんもまた、セレスフィーナさんに対して好意があるのだろうけれど、接し方が非常に斜め上をいっている。
前途多難という他ない。
「あ……」
そんな二人を眺めていると、止めに入ろうとしたルイヴェルさんよりも先に、ディークさんがセレスフィーナさんの肩を抱き寄せて、強制的に毒舌合戦を終わらせてしまった。
ディークさんの目に浮かんでいるのは、従妹であるセレスフィーナさんに対して嫌味な物言いをするシルヴェストさんへの苛立ちの気配だ。
「ウチの従妹をいじって遊んでんじゃねぇよ」
「ディ、ディーク兄様?」
「別にいじってなどおりませんよ? 私はただ、時間があるのなら仕事を手伝ってほしいと」
「却下だ。行くぞ、セレス」
不機嫌全開でシルヴェストさんを睨みつけ、セレスフィーナさんを攫っていくディークさん……。
そして、私の目の前でお姉さんを奪われて一気に機嫌が下降した……、ルイヴェルさん。足早に去って行った二人を追って、ルイヴェルさんも早足で追いかけて行ってしまった……。
何だか、複雑な恋のトライアングル+弟の嫉妬の図を見た気がする。
「多分……、セレスフィーナさんは何も気付いてないんだろうなぁ」
だって、全然わかってないって顔をしていたもの。
そんなセレスフィーナさんも可愛いな~と、一人納得顔で頷いていると、いつまで経っても玉座の間から出て来ようとしない私を迎えに、アレクさんが来てくれた。
「ユキ、どうした?」
「あ、いえ……。なんでもありません。行きましょうか」
「それならいいんだが……、ユキ」
「はい?」
アレクさんに寄り添われ、玉座の間から広い廊下に続く境目を越えようとしていると、また腕を引かれてその場に留められてしまった。
私を見下ろしているアレクさんの眼差しに浮かんでいるのは、戸惑いと、それと、僅かな不安の気配。
「アレク、さん?」
「ユキ……、今日の午後、時間をとってくれないだろうか」
「え?」
「許される限りの中でいい。俺と一緒に、出掛けてくれないか?」
仄かな薄桃色に染まったアレクさんの頬。
私がそれを断るかもしれないと不安に思っているのか、その蒼の双眸には、熱と戸惑いの揺れが見え隠れしている。
アレクさんと……、お出かけ。そういえば、アレクさんがこっちに来てからは不穏続きで、一緒にどこかでゆっくりと過ごすという事はなかった気がする。
明後日にはウォルヴァンシアに帰るのだし、私も特に予定はない。
「はい。アレクさんが迷惑でなければ、ご一緒させてください」
笑顔でそれに答えると、アレクさんの瞳から不安の気配が完全に消え去った。
嬉しそうに表情を和ませて、「有難う、ユキ」と、心の底からの安堵と喜びを伝えてくるアレクさんの表情は、今までに見た事もないくらいに柔らかなもので……。
思わず、胸の奥がトクリと幸せな鼓動を打つのを感じた。
私は、ぎゅっと優しい温もりに包まれた手の感触を感じながら、久しぶりに訪れた平穏なひとときを噛みしめながら、玉座の間を後にした……。
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