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第三章『魔獣』~希望を喰らう負の残影~

王宮医師の目覚めと幸希の消えない悩み

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 ――Side 幸希

 その夜、私は自分の部屋に戻る事はせず、ずっと皇宮の医務室にいた。
 アレクさんとルイヴェルさんが眠るベッドの間に椅子を置いて、そこに腰かけて二人を見守るだけの……、静かな時間。
 ソファーには、カインさんとレイル君が眠っていて、アレクさんのベッドの反対側には、ディークさんが寝ずの番をしてくれている。
 ルイヴェルさんが目を覚まさない原因は分かっているからまだ安心だけど、アレクさんの方は……。

「ディークさん……、眠らなくて大丈夫ですか?」

「心配すんな。俺は人間とは違って無理の効く仕様だからな……。つーか、俺の事よりも、お前の方こそ何度言ったら休んでくれるんだろうな?」

「すみません……」

 弟子であるカインさんと良く似た口調で苦笑を零すディークさんに首を緩やかに振ってみせると、「心配で仕方がないって顔だな?」と、その深緑の視線が眠るアレクさんへと落ちた。
 何故倒れてしまったのか、目を覚まさないのか……、原因はいまだにわからないアレクさん。
 症状的には、体内の魔力バランスが崩れた時の状態に似ているらしいのだけど、今はここにいないサージェスさんも、目の前のディークさんも、普通とは明らかに何かが違うと診断した。
 前触れのない異変が何を意味していたのか……、それを知る術(すべ)はまだない。
 
「病を患っていた、つーわけでもないみてぇだしな……。ま、朝になっても目が覚めねぇ場合は、サージェスと要相談だが」

「アレクさん……」

 首元の紐を解かれたせいか、アレクさんの綺麗な長い銀の髪がベッドシーツの上に広がっている。
 閉じられた瞼、浅く繰り返されている呼吸の音……。
 確かにアレクさんの命の鼓動はそこに在るのに、深く優しい蒼の双眸が私の姿を映す事はない。

「確かアレクは、お前の護衛騎士だったな……」

「はい。カインさんがウォルヴァンシアに遊学に来た際に、私の護衛騎士になってくれたんです」

「王兄姫を守る護衛騎士……、か。こんな時に倒れちまって……、こいつもさぞかし悔しいこったろうな」

「アレクさんは、責任感の強い人ですから……、目を覚ました時に落ち込まない事を祈りたいんですが」

 私の事を心から想い、守り通すと決めてくれているアレクさんの事だから、もし彼が眠っている間に私に何かあったりでもした日には……。自分自身をこれでもかと責め抜きそうな気がする。
 それに、護衛騎士というだけではなく、アレクさんは個人的な意味でも私の事を大切にしてくれているから……。さらにその反動が起こりそうな事は目に見えている。

「アレクの奴は……、昔からクソ真面目だからなぁ。ルイヴェルの奴の図太さを分けてやりたいくらいだぜ」

「ディークさんは、アレクさんの昔の事もご存じなんですか?」

「おう。俺はアレクとルイヴェルよりも年上なんだが、昔はよく面倒を見てやってたからな。ルイヴェルの奴は魔術馬鹿、人の言う事聞かねぇクソガキだった。アレクの方は、大人の言う事をよく聞く素直で真面目な性格の奴だったよ。今とあんまり変わんねぇけどな」

「そうなんですか……。アレクさんとルイヴェルさんの幼い頃……、きっと可愛かったんでしょうね」

「まぁ、外見は……、な。主にルイヴェルの奴が無茶すんのを、アレクが止めようとして巻き込まれたりとか、色々面倒事も多かったんだぞ?」

 うんざりとしながらも、どこか嬉しそうに懐かしみながら語ってくれるディークさんに、私はくすりと小さく笑う。
 アレクさんとルイヴェルさん、それからセレスフィーナさんは昔からの幼馴染。
 幼かった三人が遊ぶ時は、よくディークさんがお世話を頼まれていたのだそうだ。
 幼い頃から知能と魔力の高かったルイヴェルさんは、魔術と医術の名門、フェリデロード家の跡取りとして申し分ないほどの能力を有していたらしい。
 けれど、当時のルイヴェルさんは子供故の好奇心の強さと魔術に魅せられたその心の在り方のせいで、色々と問題を起こしていたそうだ。
 今では考えられない程の話が次から次へとディークさんの口から語られていく……。

「当時で言えば、アレクの方がルイヴェルよりも精神的に大人だったとも言えるな。父親のウォルヴァンシア副団長に憧れて剣の訓練に励んで、騎士団に入って……。俺も全部は見てねぇが、剣だけに生きてきたような奴なのは間違いなかったな」

「凄いですね……。その道を極めて、今では国の副団長さんにまで上り詰めてしまうなんて」

「ま、普通はねぇんだけどな」

「え?」

「ウォルヴァンシアの先代にあたる団長と副団長は、それぞれに事情があって若い内に辞めちまったんだよ。で、団長の後釜が、ルディーになったわけだ。そして、時が経ってから、次に副団長職がアレクに渡った」

 ディークさんの話では、ルディーさんは元々騎士団の人ではなかったらしい。
 ウォルヴァンシアの人達との交流はあったものの、本来は気ままに世界各地を旅する自由な人だった。けれど、前任の団長さんが無理を言って団長職を引き継いでもらい、今に至る、と。
 でも、普通は騎士団に所属していない人に突然団長職を任せたりしたら、周囲から異論が出たりはしないのだろうか? 日々鍛錬に励み、努力を続けている団員の人達からすれば……。

「文句を言えるような奴はいなかったみたいだぜ? ルディーの戦闘能力とあの良い面倒見の良い性格だ。騎士団の奴らも顔見知りだったし、むしろ同情されてたな」

「ど、同情ですか……」

「自由を好む奴が、一国に留められるんだ。それも、クセの強ぇ団員達の纏め役までな。そりゃあ貧乏クジもいいところって話だ。勿論、ルディーも最初は断ってたみてぇだが……、最後には観念したみたいだぜ」

「そうなんですか……」

 確か、私が幼い頃にはもうルディーさんは団長職に就いていたと思う。
 幼かった頃、レイフィード叔父さんにルディーさんをそう紹介して貰った事があるし、幼かった私の頭を撫でて貰った事も、一緒に遊んで貰った事もあった。
 取り戻した記憶の中に、今と変わらない笑顔を向けてくれていたルディーさんとの思い出が蘇る。

「まぁ、アレクの副団長職の件に関しても、前任の団長が指名を入れてきたんだけどな。本当は適任な奴が何人かいたんだが……」

「アレクさんもその候補だったって事、ですよね?」

「いや……、候補にも入ってなかったって聞いてるぜ」

「え……」

 それは意外な答えだった。アレクさんは真面目で仕事態度も能力も申し分ない……と、私は思っていたのだけど、候補にもなってなかったって……。どういう事?
 当時、適任者とされていたのは、アレクさんよりも年齢が上の人達ばかりで、部隊長の任に就いていたとはいえ、齢と経験的にその座がまわってくる事はないと思われていたらしい。
 けれど、前任の団長さんは指名した。ルディーさんに続き、アレクさんを。
 何故、候補者ではなく、予想外の枠にいたアレクさんを指名したのか……。
 団長職の時とは違い、まだ年若いアレクさんがその座に就く事に、当然周囲の人達は抗議の声を多少なりともあげたそうだ。

「ルディーの奴とは違って、年齢も経験も足りてなかったしな。当然といえば当然の声だったんだが、前任の団長が全員を納得させたお蔭で、アレクは異例の早さで副団長職に就けたわけだ」

「納得って……、そんな簡単に上手く収められるものなんですか?」

 幾ら前任の団長さんが説得にあたったからって、全ての不満をなかった事に出来るわけじゃない。
 むしろ、候補にもなっていなかったアレクさんにとっても、その課せられた立場は重圧に感じられるものだったのではないだろうか……。

「まぁな。当時のアレクの剣技の腕は候補者達に引けこそとらなかったが、如何せんまだ若すぎた」

「じゃあ……」

「それがなぁ……、前任の団長がこれまた茶目っ気のある人でな。『別に歳食ってる奴が偉いというわけでもないだろう? 要は向いてるかどうか、団長とのコンビネーションが鍵だ』とか何とかぬかした後に、ルディーと相性合わせをやったらしい」

「相性合わせ……、ですか?」

「おう。一度候補者全員とアレクを手合わせさせて全勝させた後、占いカード片手に候補者達とルディーの相性占いやり始めてな。で、その結果……」

 最後に占ったアレクさんとの相性が一番良かったらしい。
 団長と副団長の関係は、謂わば夫婦のようなもので、経験や年齢よりも優先されるのは『関係性のより良い持続』。
 長期的な目で物事を見るのが一番良いと判断した前任の団長さんの培ってきた人望のお蔭もあって、副団長の職はアレクさんへと受け継がれた……。
 勿論、それでも異議ありの言葉を向けた人達はいたらしいけれど……。

「前任の団長は、妙な説得力を持ってたからな。消えない不満は後日何があったかは知らねぇが、全部消えちまったらしいぜ」

「……凄い、ですね」

「まぁな。お前も今度会いに行ってみろよ。ってか、何回か顔合わせてるはずなんだがな」

「え……」

「アレクの親父もな。王兄の娘だぞ? そりゃ興味が湧くってもんだ。再会すりゃ一発で思い出す事確実だろうしな」

 確かに、私の記憶の中には色々な人達との思い出があるけれど、あまりに量が多すぎてなかなか全てを把握しきれてはいない。
 ウォルヴァンシアの前任にあたる団長さん……、浮かんでは消えていく懐かしい記憶の中にいる人……。くすりと面白そうに笑ったディークさんがその時、私の背後に起きた変化にその目を鋭く細めた。
 ディークさんの気配に気づいた私は、ゆっくりとルイヴェルさんが眠るベッドへと振り返る。もしかしたらという私の期待とは反対に、まだ、その深緑の双眸が現れる事はなかった。
 
「ディークさん、まだ、みたいですね……」

「いや、……ユキ、ちょっと呼んでみろ」

「え? わ、わかりました。ルイヴェル……、さん?」

 ディークさんに促されるまま、ルイヴェルさんの名前を呼んでみると、ぴくりとその瞼が震えたような気がした。覚醒が近いのだろうと確信を抱いたディークさんが、こちらへと歩み寄り私の肩に手を添える。
 その顔は真剣そのもの、お医者さんとしての気配を滲ませているけれど、次に言われた言葉に私はぽかんと小さく口を開けてしまった。

「反応が鈍い……。普通に待ってたんじゃもうちょいかかるか……。覚醒しかかってる時に引き摺り上げた方が都合がいい。もう一度、――『ルイおにいちゃん』って、可愛く呼んでみろ」

「……ディークさん、ふざけてますか?」

「まぁ、半分な。けど、効果ありそうだろ?」

「どんな呼び方でも反応は変わらないと思うんですけど……、まぁ、やってみます」

 こんな事で急に反応が良くなってルイヴェルさんが飛び起きるとか、絶対にないと思うのだけど……。他に何もする事もないし、ちょっと試してみようかな。
 どうせならもっと近くで呼んでやれとディークさんから意味のわからない勧めを受けた私は、ルイヴェルさんの耳元に顔を寄せて、その名を遠慮がちに小声で呼んでみた。

「……起きてください、ルイおにいちゃん」

「……ユ、キ」

「え……、ディ、ディークさんっ、は、反応がっ」

 ただ一言、その名を呼んだだけだというのに、ルイヴェルさんの唇が確かに私の名前を紡いだ。
 そんな馬鹿な、ルイヴェルさんに限ってこんな単純な事で起きるわけが……、と目を瞠っていると、ディークさんから再度「もう一息だな。頑張れユキ」と本当に意味不明な応援を寄越してきた。
 いや、起きて貰えるのなら私に出来る事は何でもするつもりなのだけど、……ルイヴェルさんにとって私という存在は一体何なのか……。
 きっとルイヴェルさんの中では、私はいつまで経っても幼い頃のままなんだろうなぁ。子供扱いというか、さらにその下の幼児扱いだったりして。

「ルイおにいちゃん、早く起きてくれないと……、ユキがどこかに行っちゃいますよ……?」

 なーんて、ルイヴェルさんが寝ているのをいい事に、私はついふざけてそう小さく囁いてしまった。
 そんな言動をしてしまったのは、心のどこかでガデルフォーンに起ころうとしている大きな異変に対して、一時的にでも気を抜きたかったからなのかもしれない。
 不謹慎だけど……、アレクさんまで倒れてしまった今、どこかで自分の心を休めておきたくて……。
 
「はぁ……。やっぱり、まだ駄目みたいですね。――え?」

 反応がなくなって諦めかけたその時、私の左手首を温かな感触が包んだ。
 びくりと全身を震わせ、その大きな手から視線を辿らせていくと……。

「もう……、お前の姿を見失うのは……、御免だ」

「ルイヴェルさん!!」

 眉根を寄せて私を見上げていたのは、眠りから目覚めたルイヴェルさんで……、まだ身体がきついはずなのに、私の手首を掴む熱は縋るような強さを秘めていた。
 
「くっ……」

「ルイヴェル、そのままでいい。無理して起き上がろうとすんな」

「……何故、アレクまでダウンしている?」

 身体に無理を強いて上半身を起こしたルイヴェルさんの背中に、大急ぎでソファーから持ってきたクッションを挟んであげると、その視線が眠るアレクさんへと向かった。私が起きているというのに、アレクさんが一人で暢気に眠るはずがないと、そうわかっているからの問いなのだろう。すぐにディークさんへと説明を求めた。

「玉座の間で倒れた。原因はまだ不明だ」

「そうか……。お前が診ても不明という事は、恐らくは厄介な事になっているんだろうが……」

「ルイヴェルさん、はい、お水です」

「あぁ……」
 
 氷水入りのグラスを手渡すと、ルイヴェルさんはそれを一気に喉奥に煽った。
 長い時間眠りに就いていたから、喉がカラカラの状態だったんだろう。
 サイドテーブルにグラスを置くと、ルイヴェルさんはガデルフォーン皇国に起きている異変の現状を把握し始めた。自分が眠りに入った後、私がディアーネスさん達と一緒にガデルディウスの神殿へと向かった事、そこで皇子様達の魂と対話した事、魔獣の復活が避けられないものである事……。
 全てを聞き終えたルイヴェルさんは、私の方へと視線を向け、口を開いた。

「ユキ、お前は避難用の空間に移れ」

「え……、で、でも、ディアーネスさんに許可を貰えましたし」

「自分の力が何かの役に立つかもしれない、と、そう先走る気持ちはわかる。だが、扱い方をわかっていない上、暴走した時の対処も不完全な状態だとわかっているだろう?」

「……そう、です、けど」

「確かにお前の中には、途方のない未知の力がある。それだけでなく、魔力とウォルヴァンシア王家の特別な力もな……。そんな力の塊みたいなお前に何か起きた時、事態が最悪の方向に動く可能性もある。わかるな?」

「はい……」

 決して責めるような口調ではなく、淡々と事実だけを告げてくるルイヴェルさんの低い声音に、私は自分が玉座の間でディアーネスさんに告げた決意が、浅はかなものであったと痛感した。
 自分に力がある事がわかって、何か出来るかもしれないと、役に立てるかもしれないと……、その気持ちだけが先行して、暴走した時の事を考えていなかった。
 
「だけど……、残らなきゃいけないって、全部見届けないと駄目だって、そんな気がするんです」

 自信過剰だとも思う。だけど、誰かが私を別の場所に移そうと口にすると、玉座の間で私の心を突き動かした衝動がまた湧き上がってしまう。
 これが何なのか……、自分でもよくわからないけれど、従わなくてはならないのだと、そう強く思えるのだ。

「ディーク、朝にはユキを避難場所に移す。サージェスにもそう伝えてくれ」

「……仕方ねぇな」

「ルイヴェルさん!!」

 やっぱり駄目なのだろうか。考えを変えてくれないルイヴェルさんが、私の手のひらをしっかりと握って首を振った。避難用の空間に行けと、自分に二度も言わせるなと……。
 確かに、玉座の間で暴走した私の力は目に見えて恐ろしいものだった。
 傷つく事も構わずに私を抱き締めて力を抑える為の術をルイヴェルさんが発動させてくれなかったら……。

「お前を邪魔だと思っているわけじゃない。気を落とすな」

「はい……」

 しゅんと、自分だけが蚊帳の外におかれる事が決まって落ち込んでしまった私の頭を、ディークさんが近寄って慰めるように撫でてくれる。
 ルイヴェルさんは私の事を想って、害がないように不安要素を減らそうとしているだけなのだと。それは私もよくわかっている。……だけど。

「ところで、お前があの時行使した術は、一体何に対してのモンだったんだ? 結局、あの黒銀の力の正体もわかってねぇだろ」

「僅かなサンプルしか残っていない、古の産物だ」

「古のってとこがまた……、厄介な対象なわけか?」

「あぁ……。伝説としてしか語り継がれていない忘却の底に在る様な話だ。この世界、いや、ガデルフォーンがまだ誕生する前の表側の世界に起こった……、大戦の相手だ」

「おい……、それってまさか」

 どうにか自分の感情を宥めて顔を上げると、ディークさんとルイヴェルさんが苦虫を噛み潰したような真剣な顔で見つめ合っていた。古の時代、大戦の相手……?
 あの不穏極まりない危険な子供達の事が、何かわかったのだろうか?
 拳を震わせ始めたディークさんに尋ねてみると、「お前も話だけは聞いた事があるかもな」と、私にもわかるように説明を始めてくれた。
 古の時代……、それは、何千年も何万年も前の……、遠い日の事。
 今では子供達に語り聞かせるだけの、お伽噺のような夢の中で起きたかのような、大戦の話。
 どこからともなく現れた、『悪しき存在(もの)』と呼ばれた存在が、カインさんの故郷であるイリューヴェル皇国を襲い、恐ろしい惨劇を引き起こした。
 前にルディーさんから話して貰った現実にあった歴史の一部……。
 その『悪しき存在』が揮っていた力こそが、あの子供達が行使していた『黒銀の力』。
 イリューヴェル皇国に何人たりとも介入出来ないように張られた結界のような存在もまた、その力が関与していたのだという。
 彼らの中から裏切り者が出なければ、今のエリュセードの平穏はなかった、とも。

「絵物語に書かれたレベルの話じゃ、それから各国の援軍が国内に入って一気に片を着けてめでたしめでたし……だが、本当は違うんだよな」

「イリューヴェル皇国内だけで事は済まなかったそうだからな……。だが、古の時代に関する興味は薄れ、その事について強く意識を向ける研究者は減ってしまったのが現状だ」

「じゃあ、……あの子供達は」

 その話が本当だとすれば、封じられたという存在が蘇ってしまったと、そういう事になるんじゃ……。不安を抱く私の眼差しに気付いたルイヴェルさんが、一瞬、その視線を彷徨わせた。

「そう考えるのが最終的な結論になるわけだが……、不明な事が多すぎる」

「『悪しき存在』を封じ込めた時空には、強力な封じが効いているはずだからな。何か起これば各国の王が把握するはずだろ?」

「強力な……封じ、ですか」

「そうだ。ディークの言う通り、伝説の存在が俺達の中で薄れても……、封じの監視だけは各国の王族が負う絶対の義務として、その監視と機能は続いているはずだ」

 だから、その封印に何か異変が起これば、必ず各国の王様達が動くはずなのだと、ルイヴェルさんとディークさんが声を揃えて、「あの子供達の存在はあり得ない」のだと戸惑いを示す。
 もう二度と、あんな大戦と惨劇が起きないように、確かな封印を行った……。
 そのはずなのに……、今、一体何が起こり、何が起きようとしているのか……。
 わからない事が多すぎて、ルイヴェルさん達も参っているようだった。

「とりあえず、それに関しては後で考えようぜ。今問題として向き合わなきゃならねぇのは、ガデルディウスの魔獣と、あのクソガキ共だろ」

「そうだな……。幸いな事に、あの『黒銀の力』に対する手段はある。面倒事を済ませたその後に、全てを明らかにすべきだろうな」

 重苦しい気配に包まれた医務室の中で、崩れかけている心のバランスを大きく揺さぶるかのようにもたらされた……、封じられた存在の話。
 ガデルディウスの魔獣の件だけでも手一杯なのに、そんな存在の脅威まであるとしたら……。
 ただ魔獣が復活するだけでなく、さらに被害が拡大するような仕掛けも施されている気がして、私の鼓動は押し潰されそうな脅威を感じて鈍い痛みを覚えた。
 
「けどよ、ルイヴェル……。干渉方法はわかっても、それを行使出来る奴が少なすぎるだろ。お前レベルでも、一度発動させれば何時間も眠る羽目になるんだ。その辺、どうするつもりだ?」

「間に合うかはわからないが、術を行使する為の理論を組み替える。如何に負担を少なく、連続して行使出来るか……、今から考える。ディーク、手伝ってくれ」

「なるほどな……。今のお前なら、フェリデロード家当主の考えた難易度の高い干渉法でも、どうにか出来るかもしれねぇ、か」

「あの」

「ん? どうした?」

「……い、いえ、何でも、ありません」

 自分にも何か出来る事は、そう、何度となく口にした言葉を呑み込む。
 そう言葉にする事で……私は、自分が頑張っている気になれるのだと、もしかしたら、そう、思っていたのかもしれない。
 役に立てなくても、役に立とうとする自分を演出したかっただけではないか、と。 それに思い当った私は、膝の上で両手を握り締め、唇を噛んだ。
 偽善的な自分の言動が、繰り返してきた意味のない言葉が、心に針を刺していくかのように感じられる……。

「すみません、ちょっとソファーの方で休ませて頂きますね」

「ユキ……」

「おう、休め休め。ガキはよく食べてよく寝るのが一番だからな」

「ふふ、そうですね」

 レイル君とカインさんが眠る方とは反対側のソファーに腰を下ろし、私はそこに寝そべった。瞼を閉じ……、誰にも聞こえない音を、小さく漏らす。

「私は……」

 守られているだけの存在では嫌なのだと、何度心の中で叫んでも……、頑張ろうとしても空回りばかり……。自分に力があるとわかっても、それを扱えないという事は無力も同然。何が出来る事があるのだと言葉を発しても、中身が伴わない自分……。
 良かれと思って取った行動が、いつか誰かの妨げとなり、逆に害を出してしまうのではないのかと……、繰り返し私の心を苛んでいく。
 もう、何もしないで避難場所で丸くなっていればいいのかな。何も出来ない私は、邪魔にならないようにするのが、一番、なのかな。
 うじうじと悩んでしまう自分に失望しつつ、私は堪え切れない悔しさを涙に変えた。

「ユキ……」

「え? ……ルイヴェル、さん?」

 ソファーに横たわっている私の上に、ソファーの背中越しにルイヴェルさんが顔を覗かせていた。
 身体が辛いはずなのに、どうして……。起き上がろうとした私を制して、その右手を私の頬へと伸ばしてくる。私の蒼い髪を、耳越しに探ってきたルイヴェルさんが、ふっとその表情を和ませる。

「笑っていろ……。それが俺の、……俺達の力に変わる」

「ルイヴェル……、さん?」

「もう休め。今は……、何も考えずにな」

 深緑の双眸に労わるような気配が浮かんでいると感じた直後、急激な睡魔が私を支配した。私の迷いや辛さを包み込むように……、優しい温もりが、夢の中へと誘っていく……。
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