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第三章『不穏』~古より紡がれし負の片鱗~

翌日の朝食

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「あ、アレクさん、カインさん……、どうしたんですか? その……、頭の上」

「「何でもない」」

 翌日、朝食をとる為に向かった広間で目撃してしまった光景。
 げっそりと疲れた様子を見せながら、頭に痛々しい大きなタンコブをこさえているアレクさんとカインさん。
 席に着いていた二人は距離があるものの、一瞬だけ視線を交わし、溜息と共に声を揃えて同じ事を言った。

「昨夜は良く眠れたか?」

「あ、はい。サージェスさんとレイル君が護衛をしてくれましたから、朝までぐっすり……。アレクさんは?」

「俺は……」

「ユキ、番犬野郎の睡眠がどうこうよりも、他に言う事はねぇのか?」

「え……」

 不機嫌顔でこっちを睨んできたカインさんに、私の鼓動が小さく不安を感じて跳ねた。もしかしなくても……、昨夜の事、かな。
 恋という感情に対して臆病になっている私が、今何を思っているのか……、それが気になっているのだろう。

「……すみません、昨夜は色々あって、まだ何も考える事が出来てないんです」

「はぁ……。だからなぁ、考える考えないじゃなくて」

「ユキを急かせるような事を言うな」

「じゃあテメェは、ユキが俺達の前を敵前逃亡よろしく逃げ出しても良いってのか?」

「ユキが……、もう、何も考えたくないと、そう……、思うのなら、仕方がない」

 カインさんを睨んだアレクさんが、私に悲しそうな眼差しを向けてくる。
 その視線を受け止めながら思う事は、……今も、現在進行形で二人を傷つけている、という事。優柔不断で、臆病な私に対する不安や苛立ちがあるのは当然だ。

「あの……、二人の想いから逃げる事はしたくないって、そう思って、ます。だけど、その想いの強さや深さを知る度に……。正直、どう向き合っていけばいいのか、と」

「ユキ、焦らなくて良いんだ……。お前の心が俺達と向き合えるようになるまで、自分のペースで考えてくれさえすれば」

「大体、昨日も言ったけどな。考えすぎるんだよ、お前は。いい加減、そのド真面目思考どっかに捨てて来い、ったく」

「それだけユキが、俺達の想いを真剣に考えてくれている証拠だろう。不満があるなら、さっさとユキの前から消えろ」

「テメェに指図される覚えなんかねぇんだよ。このド真面目二号がっ」

 離れた席に座ってはいるものの、今にも大喧嘩が起きそうな気配に戸惑っていると、見慣れた姿が入ってきた。
 少し話があるからと、一度広間の前で別れたサージェスさんとレイル君だ。
 入室後すぐに場の空気を的確に察した二人が、仲裁行動に移ってくれた。
 その後に、続々と他の皆さんも入室し始める。

「はいはい、喧嘩は駄目だよー。ご飯は皆で仲良く楽しくなんだから」

「アレク、カイン皇子、無闇に諍いを起こすのは、ユキの為にならない。頼むから、時と場所を選んでから喧嘩をしてくれ」

 二人が諫めてくれたお陰で、その場は何とか収まった。

「「…………」」
 
 アレクさんも、カインさんも、水面下ではまだ睨み合いを続けているけれど。
 まぁ、表面的に落ち着いてくれたのなら良かった、と、思うべき、かな。
 ほっとしながら席に着いた私は、周囲を見まわしてから、ある事に気付いた。
 あれ……? ルイヴェルさんと、レイフィード叔父さんの姿がない。

「あの、サージェスさん。ルイヴェルさんとレイフィード叔父さんは……」

「あはは……。ルイちゃんはー、……熱を出して寝込んじゃいましたー」

「え!?」

「あぁ、言っておくけど、ユキちゃんのせいじゃないからね? ウチの魔術師達との調査や、連日の疲れが溜まってたみたいで、それが表に出ちゃったんだよ。だから、今日はお休み。ユキちゃんの護衛は、俺がしっかりやるからねー」

「そうなんですか……。じゃあ、レイフィード叔父さんは?」

「ウォルヴァンシアの王様は、ルイちゃんの件を聞いた後、ちょっと用事があるからって、部屋で食事をとる事になったんだよー。だから、心配ないよ。俺達はこっちで楽しく食事をしようねー」

 私の隣の席。普段ルイヴェルさんが座っている場所に腰を下ろしたサージェスさんが、頬杖を着いて私の頭をポンポンと撫でてくれた。
 私のせいじゃない。サージェスさんはそう言ってくれたけど……、誤魔化されたと感じてしまったのは、私の思い込みからなのだろうか?

「そう、ですか……」

 熱を出したのは本当のことかもしれないけど、その原因は……、私、だと思う。
 昨夜の、私が放った言葉で倒れたルイヴェルさんの姿。
 一度目の時は何も反応がなかったけれど、二度目はまさかの卒倒。
 しかも目の前でそうなっては、私以外の、誰のせいでもないわけで……。
 その翌日に熱を出して寝込んだという事は、――つまり。

「はぁ……」

 女帝であるディアーネスさん達が席に着き、始まった朝食の席。
 私はあたたかなスープを味わい、徐々に食事の手を止めていった。

「…………」

 自業自得、と、某王宮医師様に対して冷めた思いを抱きつつも、どうにも気になってしまう。ちゃんと朝食をとれているのだろうか? あの王宮医師様は……。
 熱を出して寝込んだ状態じゃ……、身体を動かす事も出来ないんじゃ。
 なんだか、だんだんと激しく心配になってきた。
 
「サージェス、騎士団の対策の方はしっかりと出来たのか?」

 一度様子を見に、と考えていた私の耳に聞こえた、ディアーネスさんの声。
 サージェスさんがテーブルに頬杖を着きながら、いつも通りのニコニコな笑顔で答える。
 
「昨日のうちにしっかりと終わってるよー。俺が抜けても問題ないように、ちゃんと代理を立ててるしね。陛下の方は? ガデルディウスの神殿の方は問題なかったのかな?」

 ガデルディウスの神殿……。
 確か、魔獣が封印されているという場所で、ディアーネスさんのお兄さん達の魂が囚われている場所……。私はお二人の会話に意識を向けた。

「レイフィードと共に調べを行ったが、封印には何も問題は生じていなかった」

「殿下達の本体の方は?」

「そちらも問題はない。ガデルディウスの神殿に何者かが干渉した形跡もない」

「じゃあ、安心、かな。まぁ、これから何が起こるかはわからないし、あそこに詰めている魔術師達以外にも、防衛の為の人員を割いた方が良いかもね」

「すでに手配は終わっておる。――時に、ユキよ」

「は、はい!!」

 表面上は、そんなに深刻さを感じさせない、いつも通りのお二人の声音。
 それを黙って聞いていた私は、その流れから自分に会話が振られるとは思っていなくて、つい、裏返った吃驚声で返事をしてしまった。あぁっ、恥ずかしいっ。

「シュディエーラとの授業だが、あれは暫く別件で手が空かぬ故、午前は好きに過ごすが良い。午後からの術に関する訓練の方は、護衛に同行しているサージェスに教えを乞うと良かろう」

「はい。わかりました」

「申し訳ありません、ユキ姫殿。本来であれば、遊学が終わるまで、しっかりと授業をさせて頂きたかったのですが」

 食事の手を止め、苦笑気味に頭を垂れてくれた美貌の人、宰相のシュディエーラさんに慌てて首を振った。

「謝らないでください。今まで沢山ためになる事を教えて貰ってましたし、復習も兼ねて自室で改めて勉強し直します。だから、大丈夫です。お気になさらず」

「ユキ姫殿……。ん? ……あぁ、そうですね。では、そうしましょうか」

「シュディエーラさん?」

 私に向けられていたシュディエーラさんの視線が下に向き、何やら私以外の誰かと話をしているような雰囲気を感じた。
 コクコクと納得するように頷き、美貌の宰相様がゆっくりと右手を胸の前まで持ち上げる。――あ、何か嫌な予感!!

「ミュゥ~!! ミュゥゥウウッ!!」

「はうわっ!! しょ、触手ちゃんっ!!」

 シュディエーラさんの手や腕に絡みながら姿を現した、にゅるりとした黒く長いそれ。今日は真っ白なリボンをした触手ちゃんが、嬉しそうな気配でこっちを見ている、――ような気がする!! 
 触手ちゃん達と出会ってから、少しは慣れた……、ような気はするけれど、やっぱり心構えなしにその姿を見ると、ぞわりとした感覚に包まれてしまう。

「この子と、皆もユキ姫殿と一緒に勉強がしたいそうです」

「は、はぁ……っ」

「よろしいでしょうか?」

 ニッコリ。シュディエーラさんに悪意はない。それはわかっている。
 だけど、だけど……っ、触手ちゃん達と部屋で密接なお付き合いをするのは、ぁああああっ!!
 いや、待って、待って、私!! 少しずつ慣れ始めていたのだから、ここはひとつ!!

「い、一緒に、頑張り、ますっ」

「ミュゥ~!!」

「ふふ、良かったですね」

「は、ははっ、……な、仲良く、しま、しま、しょう、ねっ。――ひぃっ」

 私の返事に喜んでくれたのか、触手ちゃんが一瞬で私の首や腕へと絡みつき、……あぁぁぁぁっ、ねっとりとした感触が頬にっ、スリスリスリ!!
 だ、大丈夫、大丈夫っ。これでまた一歩、苦手なものを克服出来る、は、は、はずっ!!
 冷や汗を全身に流しながら笑顔を貼り付けて耐える私に、シュディエーラさん以外の皆さんが微妙な視線を向けてくるのだった。
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