上 下
153 / 314
第三章『遊学』~魔竜の集う国・ガデルフォーン~

ラナレディアの町にて

しおりを挟む

 ――Side 幸希


「さ、サージェスさん、もう勘弁して貰えませんか?」

 とあるお店の一室で、私は涙目になりながらガデルフォーンの騎士団長さんに懇願する。店員さんである女性陣に囲まれ、着せ替え人形にされ続けて早一時間ほど。
 サージェスさんは飽きる事なく、店員さんに自分の見立てた服を渡しては試着を促してくる。

「うん、やっぱり可愛い子を着飾るのは楽しいねー。次は、よっと、こっちのフリルのドレス着てみよっか」

「い、いや、あの、もう十分ですって!!」

 店員さん達に試着室の中へと押し込まれ、今度は純白の生地を基調とした袖やスカートの裾と襟元にフリルがあしらわれた服に着替えさせられていく。
 腕の中間、肘の部分をキュッと絞るように水色のリボンを結ばれ、胸元の釦をしっかりと留められる。
 頭には、所謂レースで可愛らしく花模様をあしらったヘッドドレスを付けられた。
 スカートは、普段ロングスカート派な私にとっては、羞恥ともいえる膝あたりまでのミニスカート仕様……。
 すみません、サージェスさん……、これ、なんていう罰ゲームですか?
 鏡に映った完全少女趣味な自分の姿に、床に手をついて項垂れたくなるのですが!!

「うんうん、やっぱり可愛いねー。皇子君達が見たら、鼻血出してぶっ倒れちゃうんじゃないかなー」

「サージェスさん、本当に……、もうっ、お願いだから許してください」


「そういえばそうだね。結構長い事試着してたし、疲れちゃったよね。よし、じゃあ、何着か買っちゃうから外で待っててくれるかな?あ、その服もお買い上げで」

「はい!?」

「俺とのデートに花を添えると思って、今日は一日その恰好で頼むね?」

「あ、あの……」

 この格好で外に出ろと!?
 フリルいっぱい、少女趣味なファンシー感漂うこの姿で!?
 私の内心の叫びを感じていないのか、サージェスさんは何着かの服を店員さんに渡し、試着しているこの服の事も伝え、会計に行ってしまった。
 な、何とかして止めないと!! 買って貰うのも悪いし、この服はさすがに無理がある!!


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「……はぁ、駄目だった」

 会計カウンターで支払いを済ませようとするサージェスさんの腕にしがみついて、
「お気持ちだけで結構ですから~!!」と懇願したのだけど、結果的に無理だった。

『似合ってるんだから、問題ないない。皇宮に戻ったら、日替わりで毎朝俺の目を楽しませてほしいなー』

 爽やかにロイヤルスマイル的なものを返され、引き下がるしかなかった……。
 お店の壁に背を預け、通りを歩く皆さんの視線をチラチラと感じながら息を吐き出す。断れなかったお出掛けのお誘いを受けた後、私はサージェスさんと一緒に馬で皇都を出発した。
 一時間ほど馬を走らせた先は、ラナレディアという、皇都を半分ほどにした町で、
 沢山のお店を巡りながら歩き続け……、所謂、至れり尽くせりのエスコートを堪能させて貰ったのだけど。
 お昼を見晴らしの良いオープンテラスで過ごし、小物屋さんやアクセサリーショップを巡り、辿り着いたのが、今私が試着をしていた大きな洋服店だった。
 実は……、ここに来るまでも、サージェスによって買って貰った物が何点かあったりする。その都度お断りをしているのだけど、さっきのように全然聞いてくれる事はなかった。

「はぁ……」

 買って貰う理由なんてないのに……。
 一緒にお出掛けした記念に何か手頃な物をひとつ、というならまだわかるのだけど……。でも、買って貰った物をお返しするのも失礼に当たるし……。

「お礼……、どうしようかなぁ」

 下を向いてそう考えていると、ふと、すぐ傍から可愛らしい声がした。

「可愛らしいお洋服ですわね」

「え?」

 どこから声が、と視線を巡らせると……、私の横に立つように壁に身を預けている金髪の少女の姿があった。
 眩いばかりに美しい波を描く金の髪、私を見上げる眼差しはアメジスト……。
 年の頃は、多分、十歳前後ほど……。
 真っ黒な可愛らしいドレスを纏っている少女は、愛らしいその声を響かせて私に笑いかけている。

「せっかく似合っているのですから、ちゃんと顔を上げた方がいいですわ。皆、貴方の可愛らしさに見惚れているのですから」

「あ、あの……」

 ふわりと、ドレスのフリルを翻した少女は、私の前に立ち、純白の生地へと手を伸ばす。そこに視線を向ければ、少しだけ乱れたスカートの先を彼女が直してくれているところだった。

「あ、ありがとう……」

「どういたしまして、ですわ。私(わたくし)、可愛い物が大好きですの。物でも人でも、何でも……」

 一瞬、少女のアメジストの双眸が、うっとりと危険な色を宿して笑んだような気がした。気のせい……? 私は瞬きを繰り返し、もう一度少女を見下ろしす。
 小首を傾げ、「どうしましたの?」と、無垢な笑みを浮かべる少女……。
 やっぱり気のせいだったのだろうか。

「お姉様はお連れの方をここでお待ちですの?」

「お、お姉様?」

「はいですわ。私も待ち合わせをしているのですけれど、なかなか来なくて。退屈していたところに、お姉様の姿が目に入ったのですわ」

「そうなんだ。私も一緒に来た人をここで待っているの」

「ふふ、一緒ですわね。じゃあ、少しお話でもしませんこと?」

 少女は、陽の下で咲き誇る一輪の花を思わせるような笑みを見せ、
 お店と通りを挟んだ向こう側にある小さな広場へと私を連れて行った。
 広場の前で販売していたソフトクリームを二人分買い、ベンチへと腰かける。
 ここなら、お店からサージェスさんが出てきたら、すぐわかるよね。

「久しぶりにガデルフォーンに来たのですけれど、私の連れったら、用事があるから一人で待ってろと放置ですのよっ。かれこれ二時間は待ちっぱなしで、飽きてきたところでしたの」

「それは、ちょっと長いね。待っているのは、やっぱりご家族の方?」

「そうですわね~、家族ではありませんけれど、一緒にいる事は多いですわね。不精髭を生やしたへらへらしたおっさんですのよ。すぐにどこかにフラフラ行ってしまう面倒な癖もあって、いつも私が苦労してますわ」

 ぷりぷりと頬を膨らませてそう愚痴る少女は、心底その相手を嫌っているようには見えない。怒りつつも、どこか相手への気安さが感じられるというか、
 家族ではないけれど、きっと仲が良いんだろうなと想像してしまう。

「お姉様の待っている方はどんな人ですの?」

 自分の話を終えた少女が、ぺろりとピンク色のソフトクリームをひと舐めして、そう私に話しかけて来た。

「お世話になっている人だよ。今日はその人と一緒にここまで来たの」

「男の方ですの? 女の方ですの?」

「男性だよ」

「という事は……、ふふ、恋人ですわね!!」

「へ?」


 今私は、この子に『お世話になっている人』と説明したはずなのだけど……。
 何でそんなにキラキラした好奇心に満ちた眼差しで私を見つめてくるんだろう。

「えっとね、恋人じゃなくて、お世話になっている人なの」

「うーん、でも、そのお洋服、新品ですわよね? 着慣れていない感じもしましたし、てっきりあのお店で恋人に買って頂いたのかと思いましたわ」

「買って貰ったのは正解だけど、恋人じゃないの」

「でも……、この生地やデザイン……、物凄く高い代物ですわよ? よっぽど親しい間柄でもない限り、こんな物他人に買わないと思いますけれど」

 少女の言葉に、私はギギッ……とお店の方に視線を向けた。
 そういえば、この洋服や、サージェスさんがお買い上げしようとしていた洋服の値段を見ていなかった。
 私は改めて自分の恰好をじっくりと観察してみる。
 純白の生地を少し掴んだだけでもわかる、ふわりと心地よい肌触り抜群の感触……。じっくり見なくてもわかるほどの高級感……。
 高い、絶対に高い、と思っていたけれど。これ……、一体いくらなの……?

「私、お洋服やアクセサリーには拘りがありますのよ。お姉様の着ていらっしゃるこの服ですと……」

 得意げに瞳を光らせた少女が口にしたのは、気の遠くなるような金額だった。
 さらには、あのお店は有名デザイナーさんの経営するお店だとかで、
 そこで販売されている洋服は、全て一級品ばかり……。
 ちょっと待って……、サージェスさん、何着購入しようとしてたっけ。

「恋人でもないなら、よっぽどお金持ちなんでしょうね~」

「ど、どうしよう……。そんな高い物だなんてっ」

「いいじゃありませんの。殿方が下さる物は、笑顔で受け取っておくのが淑女の嗜みですわよ」

 当然のように軽くそう言った少女に、勿論慰められるわけもない。
 高いんだろうなって事はわかっていたけれど、まさか……想像以上だったなんて!! やっぱり、今からでもお店に戻ってサージェスさんを止めた方が……。

「お姉様、百面相ですわね~。そんなに気になさることありませんのに、真面目な方」

「だって、買って貰う理由がないもの」

「誰かに贈り物をしたいと思う気持ちに、理由なんていりますかしら?」

「たとえご厚意であっても、やっぱり……」

 ソフトクリームを口に含み、ひんやりと舌の上に馴染む感触と共に下を向いていると、目の前に影が出来た。
 何だろうと顔を上げると、そこに立っていたのは……。

「もうっ、遅かったですわね!! 待ちくたびれましたわ!!」

「ははっ、ごめんね~? ちょっと色々やる事があってさ。お詫びに好きなだけケーキ買ってあげるから、許してよ」

 不精髭のよく似合う……、笑い声に愛想のある優しげな男性。
 多分、私のお父さんと同じ四十代前半ぐらいかな? その人は、ベンチに座っていた少女を抱き上げた。

「もう、ケーキぐらいじゃ私の機嫌は良くなりませんわよ? あ、お姉様、お話出来てとても楽しかったですわ。私はもう行きますけれど、やっぱり貰える物は貰っておいていいと思いますわ」

「あはは……、ありがとう。気を付けてね」

「またどこかでお会い出来たらいいですわね」

 少女に分れの挨拶を告げると、不精髭の男性が事情を察したらしく、私の頭に手を置き、何故か優しく撫でられた。な、なんか、子供、扱い、されてる?

「ウチの子の相手、大変だったでしょ? 本当にありがとね」


 その優しい表情は、まるで……、娘を迎えに来たお父さんのような表情で……。
 思わず見惚れてしまったと気付いた時には、少女と男性は通りの向こうへと消えた後だった。どこの誰かもわからなかったけれど、とても不思議な印象を感じる二人だったなぁ。ソフトクリームを全て食べ終えた私は、そろそろお店の方に戻るべく席を立とうと力を入れた。
 ……その時。

「え?」

 頭の中が不快な感触に揺れる……。視界が、徐々に一面一色の闇に染まって……。
 これは……なに? よくわからないまま、自分の身体が地面の硬い部分とぶつかっうた瞬間、強制的な意識のフェードアウトが起こった。

「ユキちゃん!!」


 ――意識の片隅に、誰かの焦るような声が響いた。
しおりを挟む

処理中です...