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第三章『遊学』~魔竜の集う国・ガデルフォーン~

少女の終焉

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※ガデルフォーン皇国元第一皇子、ラシュディースの視点で進みます。


 ――Side ラシュディース


「どう、して……、どうして、邪魔するんですのっ」

 誰も助けには来ない事を知ったのか、少女はその場に崩れ落ち、肩を震わせている。
 そうしていれば、ただの愛らしくも悲しい存在にしか見えないというのに……。
 少女の全身から溢れ出す大量の瘴気が、俺達へと向けられている凄まじい殺意の気配が、この場を戦いの場へと変えていく。

「来るぞ!!」

 術で室内に光を灯し、少女の爪が凶悪な鋭さと長さを纏った瞬間、全員が戦闘の構えに入った。
 
「あぁぁっ、ぁああああああああっ!!」

「くっ!!」

 本能が突き動かす狂気的な動き、とでも言えばいいか……。
 目を血走らせた金髪の少女がまず、ディアを狙ってその凶爪を振るい始めた。
 最初に現れた晩とは違い、戦闘行為を愉しむでもなく、ただ、ディアを仕留めようと攻撃の手を休ませずに仕掛け続けている。
 知性も何もない……。室内の調度品は無残にも破壊され、カーテンなどの類も全て引き裂かれていく。

「癇癪持ちにも、ほどがあるね……、あの子」

「あぁ……、だが、こちらにとっては都合がいい。我を失っているのなら、頭はあまり働いていないだろうからな。行くぞ、サージェス、シュディ!」

「かしこまりました。今夜こそ、必ず」

 ディアだけを狙っていた少女の間合いに飛び込み、それぞれに霊体への干渉を可能とする術を放ちながら、それぞれに意識を向けさせてやる。
 
『ウゥゥウウウウウウゥッ!! 邪魔しないでぇえええええっ!!』

 代わる代わる少女の相手を務め、水面下でその霊体を今度こそ確実に捕らえる為の術を成していく。苦汁を舐めさせられた皇宮での時よりも、さらに強固な『檻』を。

「亡霊よ、貴様の茶番も……、今宵で終わりだ!!」

「終わりませんわ……っ!! 終わらないっ、終わらせないっ!! 私は、今度こそお兄様達と、家族と幸せになるのよ!! ――ッ!!」

 あまりにも悲痛で、哀れを誘う少女の叫び声……。
 だが、ガデルフォーン皇家に仇を成した以上、見逃してやる気はない。
 四人全員がそれぞれの役目である詠唱を水面下で終わらせた後、俺達は『檻』を発動させた。
 色違いの魔力が室内の中で絡み合いながら、ひとつの大きな光となる。

「いや、嫌ぁああああああっ!! また私を閉じ込める気なんですの!? 酷い、酷すぎますわ!!」

「我儘放題にやった子の言う事じゃないね……」

「陛下の受けた屈辱、その身で味わって頂きますよ」

 実体なきその身を囚われた少女は使える駒がなくなったせいか、強固な『檻』の中で叫び続け、逃げ場のない憤りと恐怖に苛まれている。
 ディアが槍の先を『檻』の中にいる少女に向かって突きつけ、宣告する。

「兄上達の洗脳を解け。そして、裁きを受けよ」

「嫌、嫌ですわ……っ!! お兄様達も、この皇宮も、国も、貴方になんか返してあげるものですか!! 全部、全部私のものですわ!!」

 この期に及んでも潔さを知らない少女の姿。
 呆れ果てるよりも、さらにその先にある面倒な気持ちになるな……。
 だが、どう足掻こうとここで終わりだ。
 ディアと少女が喰らいつくかのように睨み合っているのを眺めながら、俺も一歩前に出た。
 平行線を辿るのならば、『檻』の中で頷かざるを得ない程に痛めつける他ないだろう。
 だが、――その時、この場には不似合いな鳥の声が聞こえた、気がした。

「何だ……?」

「ラシュさん、今……。――ッ!?」

 気のせいかと、室内を見回していたその最中、異変が起こった。
 俺達四人分の魔力で創り上げた『檻』に、亀裂が入り始めたのだ。
 同時に、『檻』の中の少女の顔から焦りや恐怖の気配が消え去り、『檻』の効果で抑え込んでいたはずの強大な悪しき力が溢れ出す。

「あれだけ試行錯誤して創った術式……、破っちゃうわけ?」

 サージェスにしては珍しい、飄々とした気配の中に焦りの色が混じり始める。
 亀裂は急速に『檻』全体を侵食し、俺達が新たに抑え込む為の詠唱を始めるが、間に合わない。
 眩き光の檻が耳を劈く程の強烈な音を響かせ、……砕け散った。

「ふふ、ふふふふふ……。もう、いいですわ。ラシュディースお兄様も、所詮はお父様と同じ。私を受け入れて下さらないのなら、――同じようにいなくなってしまえばいいのよ!!」

「くっ、……何なんだ、突然力が何倍にも跳ね上がったようなっ!!」

「ラシュさん!! 逃げないと不味いって!!」

 このまま室内にいれば、あの少女が放ってくる場所を弁えない攻撃によって全てが破壊されてしまう。俺達は一度窓の外に飛び出し、追ってくる妄執の化身を迎え撃つ事にした。

「逃げても無駄、無駄ですわよ……。お父様を殺した時よりも、もっと、もっと、滅茶苦茶に引き裂いて、素敵な骸にしてあげますわ!!」

「うわぁ……、今の、ラシュさんにだけじゃなかったよね? 俺達も全員殺っちゃうって言ってるよね? あれ」

「だな。放っておいたら、国中の民があの娘に引き裂かれる事になるだろう」

「ラシュディース兄上……、もう、捕らえるなどという生温い手段は要らぬ。我は、あの亡霊を、討つ」

「ディア……」

 地上に生きる命は、全て死した後に冥界へと召される。
 永遠に巡る輪廻にその魂を委ね、幾度にも渡って地上に生まれ来るものだ。
 だが、霊体を討つ事になれば……、その魂もただでは済まない事を意味する。
 
「そうしなければ、多くの正者が傷付き……、父上のようになってしまう」

「そうだな……。致し方ない、か」

 恐らく、あの少女の亡霊を倒せば、弟達の洗脳も解けるはずだ。
 ディアに頷いた俺達は少女の目を引き付ける囮役となる為、散開し、行動に移る。
 
「そんなに遊びたいなら、相手をしてやる……。来い!!」

「可愛がって貰いたいなら、もう少し甘え方ってものを学んでほしいなー、ねぇ?」

「ガデルフォーンは、私達の手で守ります……!!」

 迫りくる脅威を避けながら瘴気で満たされた空(くう)を駆け巡り、出来るだけディアの姿が見えないようにと、派手な立ち回りで魔術を連続して行使する事を繰り返す。
 だが、少女から放たれてくる蛇のようにうねる魔物めいた存在がシュディの触手を思わせる動きで俺達の四肢を捉えにかかった。
 
「本当に……、顔に似合わない事ばかりをする子供だな」

「ほーら、こっちこちー。そんなの使っても、俺達は捕まらないよー?」

 やはり、どんなに強大な力を高めようと、感情を制御出来ていないあの少女には、その力を使いこなす事が出来ていないようだな……。
 駄々を捏ねた子供そのものの在り方で暴力的な力の揮い方をし、その余波が真下にある皇宮へと飛び火していく。

「折檻が必要だな……、ああいう手合いには」

「絶対に、絶対に……、逃がしませんわ!! 私の手で殺す、殺す……、ふふふふふ、殺す殺す殺す殺す殺す殺す!!」

 事前に皇都中に結界を張っておいた正解だった。
 膨れ上がってゆく少女の力が鞭のように皇宮の建物にぶち当たっていくが、結界の力で跳ね返される。この分なら……、ディアが術を発動させるまで耐えきれそうだな。
 だが、そう安堵したのも束の間。二人分の悲鳴が闇を裂いて響き渡った。

「シュディ!! サージェス!!」

「ぐっ……、こ、これしきの、事で……、ぅぅっ」

「最悪、だね……っ、くそっ」

「ふふふふ、まずは二人……。絞め潰して、血肉が夜空にぶちまけられる瞬間を見せてあげますわ」

「やめろ!!」

 少女の生み出した、魔物に似た巨大な蛇。
 その長く太い体躯に捕まってしまったシュディとサージェスの許に飛ぶよりも早く、二人は生まれ持ったもう一つの性(さが)である竜体へと変じ、その戒めを打ち破った。

『グガァアアアアアッ!!』

『はぁ、……ちょっと油断しちゃったねー。お返しだよ!!』

 現れた青き竜の巨大なる体躯が後ろに仰け反り、大量の魔力を口の中に集めて一気にそれを少女や残っている蛇のような生き物の胴体に向かって撃つ。
 渦巻く炎が大口を開け、悲鳴さえ上げさせる暇なく呑み込んだ。
 だが、それでも少女を滅する事は出来ない。
 銀竜となったシュディが追撃として放った連撃も、ダメージを与える事は出来ても、消滅にまでは追い込めない。
 やはり、今ディアが気配を消して発動させようとしている術式を直接、あの少女に叩き込むしかない、か。その詠唱に時間がかかるのが問題点だが、どうにか少女の注意をこちらに引き寄せ続けよう。少女に向かって攻撃を仕掛け続ける二体の竜に倣い姿を変え、その後を追っていく。

「無駄、ですわよ……!! 私は生身ではありませんもの!! たとえ霊体に干渉する攻撃をし続けても、負ったダメージはすぐに回復しますわ!!」

『そうだな。霊体に干渉する事は出来ても、消滅に追い込む事は出来ない……。普通はな』

「――ッ!!」

『ディア!! 頼む!!』

「なっ!!」

 少女を取り囲んでいた俺達はすぐにその場を飛びのき、距離を取った。
 確かに、一般的に考えれば魂を消滅させる手段など、誰も知りはしないと思われている。
 だが、万が一、悪しき魂が生者の世界に害を成し、その必要を生んだ時――。

「己が罪を贖え、――忌まわしき亡霊よ!!」

「きゃぁあああああああああああああああああっ!!」

 少女の背後をとったディアが、最後の一音を発した後に術を発動させた。
 魔力を帯びている槍で少女の背中を突き刺し、霊体に干渉る力でその場に留める。
そして、皇宮全体に広がった眩き陣が黄金と紫の光を巡らせながら、少女に向かって最後の一撃を振り下ろすに至った。
 それはさながら、天より降臨した神の使いのような輝きを放ち、少女を呑み込んでいく。

「あぁっ、ぁああああっ、いやぁぁっ、消え、消える、のは、嫌ぁぁあああああああああああっ!」

「潔く果てよ」

「ふふ、ふふふふ……、一人で消えて堪るもの、ですか。『皆』……、一緒、に、今度、こそ、あぁ、お兄様っ」

 少女の、絶望と、悲しみの滲む泣き顔。それが全て光の中に溶け消えると……、皇宮の上空には、亡霊の嘆きの余韻と共に、微かな静寂が沁み渡っていった。

「ふぅ……、ラシュさーん、終わった?」

「あぁ……。あの『神呪』を受けて、逃れられるはずはないからな」

 人の姿に戻り、サージェス達と皇宮の庭に降り立った俺は、辺りを見回しながら息を吐いた。
 意識を澄ませて探ったが、あの少女の気配はどこにもない……。
 隠れている、気配を消して傍にいる、という事もないだろう。
 何せ、ディアが発動させたのは『神呪』だ。
 遥か遠き昔……、ガデルフォーンの初代皇帝たる男が神々から授かった奇跡の『宝玉』。
 ガデルフォーンという世界の『心臓』、それは同時に、『神々の知』を抱く存在でもある。
 俺は、殺された親父から……、『宝玉』が抱く知の幾つかを教えられた事があった。
 そのひとつが、『神呪』。神々の術式とも呼ばれるそれは、生者の世界に仇名す存在を滅する事が出来る、魂にとっては恐るべきもの。
 それを事前にディアへ教えておいて良かったというべきだろう。
 ただ、その術は害なき魂には意味を成さず、悪しき魂にだけ有効だ。
 あれを喰らっては、如何に強大な力を有した霊体といえども、消滅からは逃れなかった事だろう。
 だが……、少女の亡霊が最後に言い残したあの言葉。どうにも気になる。

「ディア、シュディ、サージェス……、急ぐぞ」

 元の平穏な気配に戻ったはずの皇宮だったが、夜の風が俺の肌を撫でていった瞬間。
 ――全身から血が抜け落ちていくかのような、恐ろしい予感がよぎった。
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