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第三章『遊学』~魔竜の集う国・ガデルフォーン~

王宮医師と王宮魔術師の困った因縁

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「ルイヴェル……、フェリデロード?」

 それは、ガデルフォーン魔術師団の一員であるお二人と出会った日の夜の事。
 自室で食事をとる事になったカインさんを残し、ルイヴェルさんとレイル君と一緒に広間へと訪れた私は、『彼ら』と再会する事になった。

「何故貴様がここにいる!?」

 女帝であるディアーネスさんの許に訪れていた……、ユリウスさんの隣に立っていたクラウディオさんが恐ろしい形相で怒声をあげたのに驚くと、彼は地響きを生み出すような気配を漂わせながら近づいてきた。
 怒気、というか、敵意? を向けられているのは……、私の隣で飄々と涼しげな顔をしている王宮医師様。
 一切興味なし、と言いたげに、ルイヴェルさんはクラウディオさんと視線さえ合わさずに席へと私達を促した。けれど、それがまた逆効果だったのだろう。
 クラウディオさんの気配が、さらに恐ろしいものへと変わってしまった。

「相変わらず、人を虚仮(コケ)にしたような態度をする奴だな……っ。この礼儀知らずがっ!!」

「ユキ、レイル、今夜の夕食はガデルフォーン名物の、タラダバ肉のステーキだ。良かったな」

「貴様……っ!!」

 ……ルイヴェルさん、お願いですから、自分に向けられている敵意に反応してあげてくださいっ。
 完全無視の体(てい)で席へと就いた、微塵も動じた素振りを見せない王宮医師様の姿に、ますますクラウディオさんの怒りの炎は怒髪天を衝く勢いで燃え上がる。
 多分、お知り合いなのは間違いない、として……。

(問題は、この二人の関係性!!)

 あきらかに、クラウディオさんがルイヴェルさんに抱いている感情は良くないものだ。
 私に向けていた偉そうな態度とは全く違う、本気で嫌いだと全身で叫んでいるかのような気配。
 一方的に噛み付いてきているような構図だけど、……もしかしたら、クラウディオさんも被害者なのかもしれない。私の隣で頬杖を着いている王宮医師様の。
 女帝陛下のディアーネスさんは書類らしき物に目を通していて、何も言って来ないし……。
 クラウディオさんに駆け寄ったユリウスさんのお説教を受けても、怒りの気配は収まらない。
 
「ルイヴェル……、ちゃんと相手をして来い」

「断る」

 気を利かせてルイヴェルさんを促してくれたレイル君の言葉も、瞬殺。
 
「あの、ルイヴェルさん……、クラウディオさんとは、どういうご関係なんですか?」

「赤の他人だ」

「……じゃあ、何をしたんですか?」

「何も。会う度に下らない喧嘩を押し売りされているだけだ」

 絶対嘘ですよね? 過去に何かやらかして、あの人から恨みを買ってるんですよね?
 ジットリ……と、私とレイル君の責め立てる視線がルイヴェルさんをグサグサと突き刺す。
 けれど、やっぱりルイヴェルさんはルイヴェルさんだった。
 クラウディオさんと話をする気は皆無らしく、その深緑の瞳を閉じてしまう。
 仕方なく、私は少し静かになったクラウディオさんの方を向いてみた。
 ユリウスさんから怒られ、渋々、広間を出て行こうとしていたその時。

「――いまだに保護者付きとは、成長のない奴だ」

「る、ルイヴェルさん……!!」

 静かな含み笑いと共に、小さく漏れ聞こえたそれは、どう考えてもクラウディオさんに向けられた嘲笑だった。背を向けていたクラウディオさんが鬼神よりも恐ろしい顔で勢いよく振り向き、その右手を私達の方へと突き出す。え? な、なに!?
 紅の輝きを放つ魔術の陣がクラウディオさんの目の前に現れた瞬間、ルイヴェルさんが溜息を小さく零しながら立ち上がった。

「貴様だけは、貴様だけは……っ!!」

 間違いない。クラウディオさんは何か術を放とうとしている!
 私はレイル君と一緒に立ち上がり、すぐさま避難場所を求めて視線を彷徨わせた。
 けれど、どんな術が放たれようとしているのか、どの程度の規模なのか、それがわからない事には逃げようがない。というか、何故、女官や騎士の皆さんは微塵も動じずに留まっているの!?
 ユリウスさんも、クラウディオさんを止めようとはせずに、やれやれと額に指先を添えて独り言を漏らしているだけ。ディアーネスさんは……、あぁ、駄目だ。この事態に気付いているはずなのに、やっぱり何も気にしていないかのように書類と睨めっこをしている!

「と、とりあえず、外に出よう、ユキ!!」

「う、うん!! る、ルイヴェルさんも早く!!」

 とりあえず逃げよう、大急ぎで逃げよう!!
 ――と、決死の逃亡劇に突入した私達だったけれど、事態は意外な方へと転がってしまった。
 クラウディオさんの頭上で巨大な炎の玉が完成した直後。

「意味なき力は、無へと帰せ」

「――なっ!!」

 ただ、それだけを静かに紡いだルイヴェルさんの言葉を受け取ったかのように、クラウディオさんの生み出した攻撃用の魔術が一瞬で消え去った。
 それはもう、鮮やかに、跡形もなく……、ポシュンッ、て、可愛い音を立てて。
 
「ついでに、『枷』もくれてやる」

 その時初めて、ルイヴェルさんはクラウディオさんに興味を示したかのような音を発した。
 悪役さながらの、ニヤリとした微笑みを纏い、聞こえてきたのは詠唱の音。
 げっ! と、一瞬で青ざめたクラウディオさんがその場から逃げる暇もなく……。
 私とレイル君の耳に、手錠を嵌めるかのような音が、やけに大きく響いた。

「ぐぅううっ!! ルイヴェェエエエエル!! 貴様ぁああああっ!!」

「ユリウス、さっさとその残念な幼馴染を連れて行け」

「あ~、すみません、ルイヴェル殿。いつもご迷惑ばかりおかけしてしまって」

「少しは進歩を覚えてほしいところなんだがな? お前も、幼馴染の縁だからといって、甘やかし過ぎるのは毒だぞ」

「ふふ、肝に銘じます」

 クラウディオさんの両手に現れた光の手枷。あれは間違いなく、ルイヴェルさんの仕業なのだろう。
 さっきよりも溢れんばかりの怒りを露わにしているというのに、クラウディオさんはもう術を放とうとはしてこない。つまり……。

「術封じだな……」

「やっぱり……」

 魔術にはあまり詳しくないけれど、多分そんな感じの効果を施されたのだろうと読んでいたら、どうやら当たっていたようだ。レイル君がお疲れ気味に、クラウディオさんを同情の籠った眼差しで眺めている。まぁ、この食事の席で何かやらかされるよりはマシだけど……。

「クラウディオさんのプライド、ズタズタ……、だね」

「あぁ……、ルイヴェルからすれば、まだ生温い対応なんだろうが、……哀れだな」

 ユリウスさんに引き摺られて出て行くクラウディオさんを見送った後、ようやくディアーネスさんが書類から顔を上げるのが見えた。
 
「ふむ……。相も変わらず、お前達は仲が悪いな。少しは歩み寄ってみたらどうだ?」

「恐れながら女帝陛下、誰しも生まれながらの相性と言うものがございます。どうかお許しを」

 心底嫌そうな顔、ではなくて、胡散臭すぎる爽やかな笑顔でディアーネスさんに応えたルイヴェルさんが、逆に恐ろしすぎるっ。
 聞けば、どうやらルイヴェルさんとクラウディオさんは幼い頃からの縁があるらしく……、仲が悪いのは初対面の時だからだとか。それからずっと、大人になっても会う度に喧嘩ばかり。
 いや、怒って喧嘩を望んでいるのはクラウディオさんだけで、ルイヴェルさんはまるで相手にしていないのだとか。
 ただ、エリュセードの表側で開催されている、魔術師同士の会合や試合の際に顔を合わせては以下略、と。所謂、一方的なライバル視を、ルイヴェルさんは受けているらしい。

「だが、あれは魔術師としての能力は優秀だからな。くれぐれも、本気では潰さぬように、わかっておるな?」

「御意。善処いたしましょう」

 始まった食事の席で柔らかな蕩ける食感の熱いお肉を堪能しながら、私とレイル君は思った。

((絶対に善処する気がない……))

 ――と。
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